まず、時間外手当いわゆる残業代に関する基本事項は別コラムで解説していますので、基本事項についての補足はこちらでご確認ください。
時間外手当の対象となる労働時間とは?
時間外手当の対象となる労働時間は法定労働時間を超える労働時間です。会社で定められた就労時間である所定労働時間が法定労働時間を超えない場合には、通常の賃金請求はできますが、割増分の請求はできませんので、注意が必要です。
これを踏まえた上で、労働時間とは一体どのようなものを指すのでしょうか?
1 労働時間とは
労働者が使用者の指揮命令下に置かれている時間が労働時間とされています(三菱重工業長崎造船所時間・最判平成12年3月9日)。労働時間に当たるか否かは、労働者の行為が使用者の指揮命令下に置かれたものと評価することができるか否かにより客観的に定まるものであって、労働契約、就業規則、労働協約等の定めいかんにより決定されるべきものではないとされています。つまり、契約書等の外観を形式的に判断するのではなく、その実態に基づいて実質的に判断します。
2 労働時間といえるのか否かの問題
① 準備、片付け等
作業に着手する前の準備行為、例えば、制服への着替え、工具や機械のセッティング、朝礼など、また、作業終了後の片付け、清掃、制服からの着替え等は労働時間といえるのでしょうか?
先程解説した使用者の指揮監督下で行われた行為と評価できる場合には、労働時間といえます。使用者からの明示または黙示の指示があり、これに反すれば何らかのペナルティーが科せられていたり、労働者に対する勤怠評価の一要素となっている場合には、指揮監督下で行われていると評価できるでしょう。
・三菱重工長崎造船所事件最判平成12年3月9日
作業服及び保護具等の装着、準備体操場までの移動、副資材等の受出しと散水、終業時刻後の作業場等から更衣所等までの移動については、労働時間に当たるとされています。他方で、義務付けられていない手洗い、洗面、入浴とその後の通勤服の着用は、労働時間ではないと判断しました。
・京都銀行事件大阪高裁平成13年6月28日
①始業前の準備行為について、男子行員のほとんどが始業前に出勤し、業務の準備として金庫の開扉とキャビネットの運び出しが行われていること、融得会議が事実上出席が義務付けられていることなどを総合すると、始業時刻までの間の勤務については、使用者の黙示の指示による労働時間と評価できる。②終業後の行為について、多数の男子行員が午後7時以降も業務に従事していたこと、勤務終了予定時間を記載した予定表が作成されていたこと、使用者が時間外勤務を承認し、手当を支払っていること等を理由に労働時間に当たると判断しました。
・総設事件東京地裁平成20年2月22日
出勤状況や指示状況の実態から、始業前の準備や就業後の片付け、日報の作成時間などは指揮命令下の時間であり、また移動時間についても労働時間にあたると判断しました。
2 待機時間・手待時間
各作業の合間の待機時間や客が来店するまでの待機時間は、労働時間に当たるのでしょうか。一見すると、作業や接客それ自体をしていないため、労働時間でないように思います。しかし、そのような時間帯であっても、使用者からの指示や顧客からの問い合わせ・顧客の来店があれば、すぐに作業や対応に従事しなければならない状況であれば、たとえ実際の作業や接客をしていなくても、使用者の指揮監督下にあるものと判断されます。
・中央タクシー事件大分地裁平成23年11月30日
客待ち待機をしている時間は30分を超えるものであっても、使用者の具体的な指揮命令があれば直ちにその命令に従わなければならず、また、労働者は労働の提供ができる状態にあったのであるから、使用者の明示または黙示の指揮命令ないし指揮監督の下に置かれている時間と判断しました。
・北九州市・市交通局(市営バス運転手)事件福岡地裁平成27年5月20日
バスから離れずに、一定の場所的拘束性を受けた上、いつ現れるか分からない乗客に対して適切な対応をすることができるような体制を整えておくことが求められていた事案で、乗務員らは、待機時間中といえども、労働からの解放が保障された状態にはなく、使用者の指揮監督下に置かれているというべきであると判断しました。
・山本デザイン事務所事件東京地裁平成19年6月15日
作業と作業の合間に一見すると空き時間のようなものがあるとしても、その間に次の作業に備えて調査したり、待機していたことが認められるのであり、なお使用者の指揮監督下にあるといえるから、そのような空き時間も労働時間であると認めるべきであり、労働者が空き時間にパソコンで遊んだりしていたとしても、これを休憩と認めることは相当ではない。
3 休憩・仮眠時間
休憩時間や仮眠時間であっても、必要があれば実作業に従事する必要がある場合には、指揮命令下から離脱しておらず、労働から解放されていないため、労働時間とされます。
・大星ビル管理事件最判平成14年2月28日
仮眠室における待機と警報や電話等に対して直ちに対応をすることを義務付けられている場合には労働時間にあたるとしました。ただ、実質的に作業への従事の必要が生じることが皆無と言える場合には労働時間ではないとしています。
4 移動時間
業務に従事するにあたり、欠かせないのが移動時間です。移動時間にも、通勤時間、現場への直行時の移動、出張の場合の移動時間など様々なものがあります。
通勤時間
通勤時間は、労務提供のための準備行為であり、労務提供そのものとはいえないため、労働時間には当たらないとされています。ただ、実際の就業場所とされている工事現場に赴く前に一旦事務所に出勤することとされている事案では、事務所から工事現場までの移動時間を労働時間とした裁判例があります(総設事件東京地裁平成20年2月22日)
現場への直行時の移動時間
直行先の現場が、通常想定されている通勤距離内にある場合には、通勤時間として労働時間に当たりません。他方で、直行先の現場が通常想定されている通勤距離を著しく超える場合には、通常の通勤時間を超える時間に限り労働時間とします。
出張の場合
出張に伴う移動時間についても同様に、通常想定されている通勤距離を越えた場合には、超えた距離に対応する移動時間が労働時間になります。
なお、休日に出張のための移動をした場合には、物品の監視など別段の指示がある場合は別ですが、このような事情がなければ、その移動時間は労働時間に当たりません。ただ、休日に移動することについて、使用者から指示されている場合や休日に移動しなければ出張の目的を果たせない等の特段の事情がある場合には、休日の移動時間も労働時間に当たると考えることもできるでしょう(島根県教組事件・松江地裁昭和46年4月10日)
5 健康診断
使用者は、労働者に対する健康診断を実施する義務を負っています(労働安全衛生法66条1項)。しかし、通達では「業務遂行との関連において行われるものではないので、その受診のために要した時間については、当然には事業者の負担すべきものではな」いとしています。そのため、健康診断の受診に伴う時間は労働時間には当たりません。ただ、特殊健康診断については、その受診に要する時間は労働時間としています。
6 最後に
時間外手当の対象となる労働時間に関する論点は多岐に亘ります。特に、始業前や終業後の行為等については、未だ労働時間ではないという認識が根強く残っています。使用者においては、上述した考え方を踏まえ、残業に対する許可制を整備した上で、これを社内に十分に浸透させたり、業務内容によっては在宅勤務を推奨させ、みなし労働時間制を採用するなどして、残業に伴う負担の軽減を図るべきでしょう。

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