コラム
最終更新日:2023.04.05

カスハラ対策 悪質なクレームから従業員を守るための対策と予防策|難波みなみ法律事務所

難波みなみ法律事務所代表弁護士・中小企業診断士。幻冬舎「GOLDONLINE」連載第1回15回75回執筆担当。法的な問題には、法律の専門家である弁護士の助けが必要です。弁護士ドットコムココナラ弁護士ナビに掲載中。いつでもお気軽にご相談ください。初回相談無料(30分)。

カスハラとは

カスタマーハラスメントの略称で、顧客からの理不尽な要求や嫌がらせの総称と言われています。
格差社会の拡大に伴い、社会一般に対して不満を強く持つ階層が増大し、従業に対する不当な要求を求めるハラスメントが年々増えています。特に、新型コロナウイルスの感染拡大後においては、不況の深刻化などに伴うストレスの増加で、従業員に対するハラスメントが一層増えています。

カスハラ対策の必要性

従業員に対する安全配慮義務

カスハラは、一般的には対顧客の問題と思われがちですが、従業員に対して適切な配慮がなされないと、対顧客の問題に留まらず、従業員対使用者の問題に発展しかねません。
使用者は、従業員が業務の遂行に当たり生命・身体・精神を害さないように注意を払う義務(安全配慮義務)を負っています(労働契約法5条)。
具体的には、使用者は、業務の遂行に伴う疲労や心理的負荷等が過度に蓄積して労働者の心身の健康を損なうことがないよう注意する義務を負うと解されていま(電通過労死事件最判平成12年3月24日)。そして、使用者は、労働者が取引先、顧客等の第三者から受けたハラスメントに対する雇用管理上の配慮をするよう求められており(女性の職業生活における活躍の推進に関する法律等の一部を改正する法律」の附帯決議)、会社内部のハラスメントだけでなく、会社外部からのハラスメントについても配慮しなければなりません。
以上を踏まえれば、使用者は、従業員が取引先や顧客から、身体的な暴力や性的ないやがらせだけでなく、理不尽・不当なクレームや迷惑行為による精神的な暴力を振るわれないよう予防したり、これを阻止する義務まで負っていると考えられています。
そのため、顧客が従業員に対してカスハラを行っていることを使用者が確知しておきながら、これを漫然と放置したり、適切な対応をしなければ、安全配慮義務に違反することになります。
そこで、使用者には、安全配慮義務を尽くすために、マニュアルの策定やマニュアルに沿ったクレーム対応の教育、クレーム窓口の設置をするなどして、労働者の心身の健康を維持できるよう配慮することを求められます。
そのため、労働者のメンタルヘルスへの配慮が十分でない場合には、労働者から安全配慮義務の違反を理由に、損害賠償請求を受けるリスクもあります。加えて、労働者の離職率を高めることにもなり、転職サイトや口コミサイトによる風評被害により、優良な人材の確保も困難になります。
他方で、従業員の心身の健康に対して適切な配慮を行い、従業員満足度を維持・向上させることができれば、優良顧客への接客態度やサービスの質を向上させ、継続購買を促進させます。

顧客の離脱

ハラスメントを行う顧客に対する対応に手間や時間を取られるあまり、その他の顧客に対する接客の質が低下して、顧客満足度も悪化することにより、顧客ロイヤリティの低下や既存顧客の離脱が生じるリスクがあります。
さらに、カスハラか否かの統一的な基準がないがために、苦情の内容や態様が相当であり丁寧な対応が求められているにも関わらず、カスハラであると誤って判断してしまい、既存顧客を失ってしまうこともあります。
以上の理由から、カスハラに対して適切な対応を行うことは極めて重要なものといえます。

カスハラへの対応方法

クレーム対応の重要性

グッドマンの法則(参照グッドマンの法則|顧客ロイヤルティ協会 佐藤知恭)というクレーム対応と購買活動に関する研究結果によれば
クレームに対して適切な対応をすれば、顧客のロイヤリティ(忠誠度)が上昇し再購入・再利用に繋がるとされています(要は顧客にファンになってもらうことで、継続購買に繋げていくということです。)。クレームに対して『迅速に解決』されたと考えた顧客については、95%が低額商品、82%が高額商品の再購入をし、クレームすらしなかった不満を持つ顧客(サイレントクレーマー)は、37%が低額商品、9%が高額商品を購入しているとのデータがあります。つまりサイレントクレーマーについては半分以上が再購入しないということです。
そのため、クレーム対応を適切に行うことも当然重要ですが、顧客が抱いているクレームを吐き出すための施作を講じる必要もまた重要ということです。

顧客からの要求内容

顧客の要求態度が社会通念上許容されるようなものであったとしても、その要求内容が受け入れ難いものである場合も、ハラスメントに該当し得ます。
その例としては、以下のものが考えられます(参照 顧客からのハラスメントの定義と その対応に関するガイドライン 第2版UA ゼンセン 流通部門)。

(1)欠陥のあった商品の代金の他、具体的な損害がそれ程ないにも関わらず、高額な損害賠償を要求
(2)謝罪として土下座を求める要求
(3)従業員の解雇を求める要求
(4)自社製品以外の要求
(5)返品期限を過ぎていたり、購入から相当程度の時間を経過した後に不当な返品を要求
(6)およそ実現不可能な要求
(7)発生した事実に対して相応に対応したにもかかわらず、社長などの企業トップをだせという要求
(8)暴力をふるう、身体を触るなどの行為
(9)性的な発言をする、女性蔑視の発言をする行為

要求態度

顧客からカスハラの要求態度の類型は様々なものがあり、その類型に応じた適切な対応を行う必要があります。
数ある迷惑行為の類型の中でも、最も多い要求態度は以下のとおりとなります(参照 悪質クレーム対策(迷惑行為)アンケート調査分析結果 UAゼンセン 流通部門)。

1「暴言」
2「何回も同じ内容を繰り返すクレーム」
3「権威的(説教)態度」
4「威嚇・強迫」
5「長時間拘束」

最も多い類型の『暴言』は、ブス、ババアといったセクハラ的発言から、低脳、アホ、バカといった人格否定なもの、さらには、殺すぞといった犯罪的な発言に至るまで多種多様です。このような暴言によるハラスメントに遭遇した場合には、速やかにクレーム対応の担当者を呼び、発言の録音を行うなどしたうえで、安易に謝罪をすることなく顧客に対して毅然とした対応をとるべきです。

次に多い『何回も同じ内容を繰り返すクレーム』ですが、電話やそれ以外の方法で繰り返し問い合わせをしてくるパターンです。対応方法については、氏名・住所・携帯番号等の連絡先を確実に取得し、顧客とのやりとりを録音した上で、同じ要求が数回続いた段階で迷惑であり、問い合わせをやめるよう、はっきりと伝えるなどして毅然とした対応をします。
それでもなお、クレームが繰り返された場合には業務妨害罪として警察へ通報します。

『権威型』ですが、大会社の上級職員やその経験者が比較的多く、権威を傘に着て威張って不当な要求を求めるタイプです。必要以上に自身の権威を誇示し、特別扱いを求めてきますが、発生したクレームに対する適切な対応さえすれば、それを超えた特別対応については、毅然とした対応が求められます。これに応じてしまうと、かえって二次クレームに発展するリスクがあります。

次に『威嚇・脅迫型』ですが、前述した暴言型と重複する言動もあるかと思いますが、従業員に対して、暴力団などの反社会的勢力との繋がりを匂わすような発言をするなどしながら、危害を加えることを予告して怖がらせる類型です。威嚇脅迫型は、暴力型に発展する可能性が高いことから、すぐに上司あるいは担当者に対応を交代し、顧客からの発言を録音します。その上で、顧客に対して威嚇脅迫の言動を中止するよう求めますが、それでも止まない場合には警察への通報を行います。

最後に『長時間拘束』ですが、従業員に対して、必要もないのに長時間にわたりクレーム対応を強いるケースです。従業員が適切な対応を行なったにもかかわらず、顧客が繰り返し要求をしてくる場合には、上司や担当部員が対応の交代をし、それでもなお、要求の繰り返しをする場合には退去するよう求めるなど毅然とした対応をする必要があります。

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マニュアルの策定

上述したように、顧客からのクレームは、適切な対応をすれば顧客ロイヤリティを向上させる点で、マーケティングの施策として重要といえます。
ただ、適切に対応するべきクレームなのか、毅然とした対応が求められるハラスメントなのかの判別は現場の従業員によって行われることが一般的ですが、クレームとハラスメントの境界が曖昧であることもあり、判断を行う従業員にとって、顧客からのクレームがハラスメントに該当するのか否かの判断は、簡単な作業ではありません。
そこで、使用者において、ハラスメントに対する統一的な判断と対応をするため、例えば、業界団体が予め策定したハラスメントのマニュアルがある場合にはそれを社内で周知し、その運用を徹底するよう教育します。
仮に、業界団体が策定した判断基準やマニュアルがない場合には、類似する業界団体のマニュアルを利用したり、あるいは、会社内で独自のマニュアルを作成しこれを利用することが考えられます。マニュアルの作成にあたっては、各ハラスメントの類型別の要求内容や要求態度の特徴を記載し、累決別の対応方法を規定します。
しかし、マニュアルを作成し、これを周知するだけでは十分ではありません。カスハラを行う顧客の属性や要求内容は類型化することができたとしても、実際にはその対応方法は千差万別です。マニュアルを通じて対応方法の基本を身につけた上で、臨機応変の対応も求められます。そこで、定期的に研修やカスハラ対応のロールプレイングを実施するなどして、実際にカスハラに遭遇した際に備える必要があります。

担当部署の創設

正当なクレームであっても、顧客からののクレーム対応には相応の体力を要し、過度のストレス要因となります。そのため、従業員の心身に対するダメージを抑えるためにも、クレームの対応は従業員一人ではなく、専門部員等を含めた複数人で組織として対応しなければなりません。
組織構成や人員の余力にもよりますが、クレームやハラスメントに対する効率的な対応を図るために、クレーム対応の専門部署を設置するよう努めてください。

クレーム対応後のケア

理不尽なクレームやハラスメントの対応を長時間にわたって強いられると、深刻な心身のダメージを受け、うつ病等の疾患に罹患する従業員もいます。上述したように、従業員に対する適切な配慮が欠けてしまうと、損害賠償請求を受けたり、優秀な人材の確保が困難となります。
そのため、クレーム対応を行った従業員に対して、手厚い心身のケアを行うことは極めて重要といえます。例えば、従業員向けの相談窓口を設置したり、産業医や専門医の診察を促す、特別休暇を取らせるなどし、従業員の心身に対する適切な配慮をします。

まとめ

かつては、お客様は神様と言われた時代もありますが、社会構造の変化により、到底神様とは言えない顧客もいることは否定できません。
そのため、使用者は、従業員の会社に対する満足度を向上させるとともに優良顧客との関係性の強化をさせるためにも、ハラスメントに対して組織として適切に対応し、従業員の心身に対する負担を軽減させるようにしなければなりません。
カスハラをはじめとしたハラスメントへの対応に困ったら弁護士に相談してください。

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