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会社から、退職後に会社の競合他社に転職するなと言われていますが、認められるのでしょうか?
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従業員の地位や禁止期間等に制限が付いていない場合には競合への転職禁止は認められない可能性があります。
従業員が会社を辞めた後に、競合する事業の起業や競合する企業への転職を防ぎたいという相談があります。今回は、従業員の競業避止義務について解説していきたいと思います。
競業避止義務とは?
従業員の競業避止義務とは、在職中あるいは退職後に、社員が、会社の事業と競合する企業に転職しない、あるいは、競合する事業を起業しないようにする義務です。
競業避止義務は、会社の企業秘密やノウハウの流出を予防して、会社の利益を守ることを目的としています。
以下では、在籍中の協業行為と、退職後の協業行為の2つに分けて解説をしていきます。
在籍中の競業行為
従業員には、職業選択の自由や営業の自由があります。そのため、在籍中であっても兼業や副業をすることは認められています。
しかしながら、労働者は、労働契約に基づき信義則上の義務として、同業他社における副業や会社の秘密情報を利用した副業・兼業を制限されています(労働契約法3条4項)。
そのため、雇用契約書や就業規則に在籍中の競業禁止の規定がなかったとしても、在籍中の競業は制約されます。ただし、競業行為を理由とした懲戒解雇や退職金の減額をするためには、あらかじめ就業規則や労働契約書に競業避止義務の具体的な内容や懲戒事由を規定しておくべきでしょう。
TIPS!取締役の競業避止義務
取締役が、在職中に競業行為を行う場合には、株主総会や取締役会の承認を得る必要があります(会社法356条)。承認を得ずに競業行為を行うと、会社から損害賠償や差し止め請求を受けることになります。
退職後の競業行為について
退職後の競業行為は原則として自由です。
退職後については、従業員は、会社との労働契約が終了しているため、労働契約に基づく信義則上の義務を根拠とした競業行為の制限はできません。しかも、労働者には職業選択の自由が保障されています。
よって、退職後は、原則として競業行為は広く認められることになります。
そこで、会社は、特に退職後については、誓約書の作成や就業規則への規定により、退職した従業員に対して退職後も競業避止義務を負わせ、会社の利益を守る必要があります。
競業避止義務契約の有効性について
誓約書や就業規則があれば、無制約に退職後の競業避止義務を負わせられるとなれば、職業選択の自由は有名無実化してしまいます。
そこで、退職後の競業禁止を定めた規定や合意が有効といえるためには、以下の判断基準に基づき職業選択の自由を不当に制約していないと評価できる必要があります。
競業避止義務が有効となるためには
- 守るべき企業の利益があるかどうか、
- 従業員の地位
- 地域的な限定があるか
- 競業避止義務の存続期間
- 禁止される競業行為の範囲につ いて必要な制限が掛けられているか
- 代償措置が講じられているか
参照|競業避止義務の有効性について 経済産業省
①守るべき企業の利益があるか
そもそも企業に守るべき利益がなければ、退職後の競業行為を禁止する必要性はないと言っても言い過ぎではないでしょう。
ここでいう企業の利益とは、不正競争防止法で規定されている営業秘密だけでなく、これに準じる程度に保護するべき、営業方法や指導方法等に係る独自のノウハウも含まれると解されます。
②従業員の地位
従業員の職位に関係なく、全ての従業員を対象とする競業禁止には合理性が認められにくいとされています。つまり、通常は従業員の職務や地位によって、会社の営業秘密等との接点の有無や程度には幅があります。
そこで、従業員の地位や機密情報との接点に応じた合意内容であることが必要です。
東京地判 H19.4.24
原告(会社)の全社的な営業方針、経営戦略等を知ることができた社員に対して競業避止義務を課する ことは不合理でないと判断しました。
東京地判 H24.1.13
従業員数6,000人の日本支店において20人しかいない執行役員で役員会の構成員である高い地位にあったが、機密性のある情報に触れる立場にあったものとは認められないと判断しました。
③地域的な制限について
会社の業務の性質等に応じて、合理的な地域的絞り込みがなされているか否かが判断されます。地理的な制限がなされていないことをもって直ちに無効となるわけではありません。
東京地判平成19年4月24日判決
地理的な制限がないが、全国的に家電量販店チェーンを展開する会社であることからすると、禁止範囲が過度に広範であるということもない、と判断しました。
④ 競業避止義務の期間
何年にもわたって競業行為を禁止すると、労働者の職業選択の自由を極めて制限します。
1年以内の期間については肯定的に捉えられている例が多いですが、2年間の競業避止義務期間について否定的に捉えている判例が見られます。ただ、形式的に、期間の長短のみで有効性が判断するわけではありません。
業種の特徴、守られべき使用者の利益、従業員と機密情報等との接点の有無等を踏まえて、禁止期間が職業選択の自由の制約の程度が強いかを判断します。
大阪地裁平成3年10月15日
退職後3年間の競業避止を約束した特約の有効性が問題となった事案です。会社の顧客情報を独占的に利用するという競業行為に限定して特約を有効と判断しています。
⑤禁止行為の範囲
禁止の対象が一般的抽象的な内容の場合、制約の程度が強く就業の自由一般を奪うことになるため、合理性は認められにくい一方、禁止対象となる活動内容や従事する職種が限定されている場合(例えば在職中の取引先への営業行為の禁止等)には合理性が肯定されることが多くなります。
【肯定】大阪地裁 H21.10.23
競業をしたり、在職中に知り得た顧客との取引を禁じるに留まり、就業の自由を一般的に奪 ったりするような内容とはなっていないと判断しました。
【肯定】東京地裁 H14.8.30
「禁じられているのは顧客奪取行為であり、それ以外は禁じられていない」と判断しました。
【肯定】東京高裁 H12.7.12
禁止の対象は「在職中に営業として訪問した得意先に限られてお り、競業一般を禁止するものではない」と判断しました。
【否定】大阪地裁 H24.3.15
在職中の勤務地又は『何らかの形で関係した顧客その他会社の取引先が所在する都道府県』における競業及び役務提供を禁止しているところ、職業選択の自由の制約の程度は極めて強いと判断しました。
⑥代償措置について
代償措置と呼べるものが一切ない場合には、有効性が否定される傾向が強く、裁判所においても重視されています。ただ、代償措置の有無だけではなく、これまで述べてきた各要素を総合的に考慮して判断されます。
代償措置の例として、賃金の高さをもって代償措置と捉えるケースが多いですが、競業避止合意の前後で給与の差がない場合には、たとえ賃金が高くても代償措置とは評価されないこともあります。
退職後に競業避止義務を負わせるためには
退職後の競業行為を防ぐためには、退社した後も競業避止義務を負わせる必要があります。
競業避止義務条項の定め方
競業避止義務の合意や就業規則が有効となるためには、合理的な範囲に制限されていることが必要です。
具体的には、一般社員であれば、禁止期間とエリアの制限をします。例えば、禁止期間を1年間とし、禁止エリアを半径2キロメートルに限定することが考えられます。あるいは、禁止エリアに代えて、禁止する行為を限定することも考えられます。例えば、競業行為全般ではなく、会社の顧客への営業行為などに限定する場合です。
他方で、会社の機密情報に触れている幹部社員である場合、一般社員のように、エリアや業務内容を特定せずに、6か月から1年の期間に限り、競業行為全般を禁止する内容とします。
入社時に誓約書を作成する
退職する社員に競業避止義務を負担させる最も有効的な方法は、入社時に秘密保持義務や競業避止義務に関する誓約書にサインをさせ、これを提出させる方法です。
入社後に誓約書を新たに作成する場合、労働条件の不利益変更となり無効となる可能性があります。さらに、会社との関係性が悪化しており、誓約書のサインを拒否する可能性もあります。
そのため、誓約書は入社時に作成するように心がけます。
就業規則の規定
就業規則に退職後の競業避止義務を定めておくことが考えられます。
ただ、競業避止義務の条項を新たに設けることは、労働条件の不利益な変更にあたります。
就業規則の不利益変更には、変更の必要性、不利益の程度、不利益の緩和措置等の各条件を精査する必要があります。そのため、簡単には認められるものではありません。また、就業規則はすべての従業員を対象とし、個別の従業員との合意よりも一般的な内容となるため、制限が広くなりがちです。
さらに、就業規則は、従業員に対して周知しなければ効力を生じさせません。そのため、従業員に対して、就業規則を交付したり、いつでも見れる場所に保管しておくなど、十分に周知しておくことが必要です。
退職時の誓約書の作成
入社時から退職までに誓約書の作成をしていない場合には、退職時に誓約書を作成する必要があります。
しかし、従業員は、この誓約書の作成に協力する義務はありません。会社が、この誓約書を作成しなければ退職させないという対応をしたとしても、同様です。従業員は会社に対して、2週間前に退職の意思表示を到達させれば、2週間の経過をもって雇用契約は終了します(民法627条1項)。
競業禁止の合意がなければ競業行為を制限できません。そのため、入社時や昇格時等において、他の書面の作成と同時に誓約書の作成をすることが肝要です。
競業行為に対する対応とは
社員が在職中や退職後に競業避止義務に違反して競業行為を行う場合には、損害賠償、退職金の減額等、差止請求、懲戒解雇等の懲戒処分といった方法で対応します。
損害賠償
会社が社員に対して、損害賠償請求をすることが考えられます。
ただ、会社は、社員の競業行為を証明するだけでなく、これによって会社に損害が発生したことを証明しなければなりません。
退職金の不支給・減額・返還請求
競業避止義務に違反した社員の退職金の全部又は一部を支給しない方法があります。既に退職金を支給している場合には、退職者に対して、退職金の全部又は一部の返還を求めます。
競業行為避止義務に違反する場合に退職金を不支給とすることを、あらかじめ就業規則や雇用契約書等で具体的に定めておくことが必要です。
さらに、競業避止義務違反があったとしても、退職金の不支給は、それが長年の功労を抹消してしまうほどの重大な損害を与えたり、会社の社会的信用を損なわせる場合に限定されます。
差止請求
労働者が競業会社や事業を起業したような場合、競業行為の差止請求をすることができます。
差止めの請求が認められるためには、競業行為によって企業の営業上の利益を現に侵害され、または侵害される具体的なおそれがあることが必要です。
使用者の営業上の利益を現に侵害され,又は侵害
懲戒処分
在職中の労働者が競業避止義務に違反する場合には、その労働者に対して懲戒解雇等の懲戒処分を行います。
就業規則等に競業行為が懲戒事由として規定されていることが必要です。
その上で、競業行為の内容、これによって生じた会社の不利益、社員の立場とその責任に応じて、懲戒処分を選択します。
競業避止義務の問題は弁護士に相談を
会社の営業秘密やこれに匹敵する重要な情報等の流出を守るためにも、契約書や就業規則などの整備を検討してください。
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早い時期の対応が肝心です。
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