毎日の通勤時、思いがけないアクシデントに直面した場合、そのケガやトラブルが「通勤災害」として認定されるかは、意外と知られていない複雑な問題です。この記事では、「通勤災害が認定されない理由とその対応策」を深掘りし、通勤中のリスクへの理解を深め、万一の際に知っておくべき対応策を解説します。
通勤災害とその認定基準
労働者の健康と生活を守るため、通勤途中で発生するさまざまな災害も労災保険の補償対象となることがあります。しかし、「通勤災害」とひとことでいっても、その認定基準は複雑で、一定の条件を満たす必要があります。通勤災害の定義と認定基準を紹介します。
通勤災害とは何か
通勤災害とは、通勤途中に発生した災害をいいます。通勤災害の「通勤」とは、労働者が、就業に関し住居と就業場所との間の往復等の移動を合理的な経路及び方法により行うことをいいます。
住居と事業所の移動だけでなく、事業所間の移動も含みます。また、単身赴任者の赴任先住居と帰省先住居間の移動も該当します。
通勤災害の認定基準
通勤災害の認定基準としては、大きく分けて3つのポイントが挙げられます。
通勤が、①就業との関連していること、②合理的な経路および方法であること、③業務の性質を有するものではないことの全ての要件に当たれば、通勤災害となります。
業務災害との違い
通勤災害は、業務中に起こる「業務災害」とは区別されます。業務災害は会社の指揮監督の下で行っている業務中に生じる事故や健康障害を指し、通常、会社側に責任が問われます。
一方で、通勤災害は使用者の指揮監督の及ばない移動中に関連して発生するものですから、会社の責任は通常生じません。そのため、労災保険が補償されない損害については、加害者側に対して損害賠償請求することになります。
参考:「通勤災害」とは?業務災害との違いを区別しよう!|フォーサイト
認定されない通勤災害の例と理由
すべての通勤中の事故が通勤災害として認定されるわけではありません。通勤災害が認定されないケースにはいくつかの例があり、その背景には、事故が発生した状況や経路、目的などが大きく関わっています。ここでは、通勤災害が認定されない主な例とその理由についてご紹介します。
通勤災害が認定されない主な理由
通勤災害が認定されない理由はさまざま挙げられますが、主な理由は、通勤途中に、通勤経路からいったん外れたり(逸脱)、通勤とは関係のない行為(中断)を行うことで、通勤とはいえなくなることです。
日常生活上必要な行為
通勤経路の逸脱や中断があっても、日常生活上必要な行為であって、やむを得ない最小限度のものである場合であれば、通勤中の災害と認定されます。
例えば、パチンコ店や映画館に入ったり、雀荘で麻雀をするような行為は、通勤とはいえません。他方で、以下の行為については、日常生活上必要な行為とされています。
①日用品の購入その他これに準ずる行為 ②職業訓練や教育訓練 ③選挙権の行使 ④病院などで診察または治療を受ける行為、 ⑤要介護状態にある配偶者など一定の親族の介護(継続的または反復して行われるものに限る) |
ただし、あくまでも、逸脱や中断後に通勤経路に復帰した後に発生した事故であることが必要です。逸脱や中断中に生じた事故は、通勤災害にはならない点に注意してください。
ささいな行為
通勤に際して通常行われる「ささいな行為」であれば、「逸脱・中断」とはせず、ささいな行為中も含めて通勤と認められます。
例えば、通勤経路の近くにある公衆トイレを使用する場合や経路付近の公園で短時間休む場合、経路上の店舗でタバコや雑誌を購入する場合を指します。
宿泊した友人宅から出勤した時の災害
通勤災害が認定されない具体的な例の一つに、友人宅から出勤する途中でケガをしたケースがあります。通勤災害といえるためには、住居から事業所への移動といえる必要があります。しかし、友人宅は、労働者が居住して日常生活のために使用する家屋ではないため、住居にあたりません。そのため、通勤にはあたらず、その途上の災害は通勤災害とはいえません。
経路上の喫茶店でコーヒーを飲んだ後の災害
退勤後に自宅へ帰る途中、経路上の喫茶店でコーヒー休憩を挟んだ後に事故に遭遇した場合も、通勤災害としては認められない例の一つです。
喫茶店に入店して飲食をする行為は、ささいな行為とはいえません。また、日常生活上必要な行為ともいえません。
この場合、喫茶店での休憩は、通勤経路が中断されていると判断され、通勤災害には当たりません。仮に喫茶店に立ち寄らず直接帰宅途中の事故であれば、通勤災害としての認定が可能性が高まるでしょう。
昼休みの帰宅する途中の災害
昼休みに帰宅し、その帰宅途中で災害に遭遇した場合も、通勤災害としては認められません。
昼休みに帰宅する行為自体が、就業に関連して行われるものではないため、通勤災害の補償対象外となるのです。
業務終了後、事業場施設内でサークル活動を行った後帰宅する途中の災害
業務終了後すぐに帰宅するのではなく、事業所施設内でサークル活動等に参加した場合には、通勤災害に当たらない場合があります。
サークル活動後の帰宅が、社会通念上就業と帰宅との直接の関連性を失わせる程に長時間に及んでいる場合には、通勤と評価できません。
サークル活動で2時間50分に及ぶと就業と帰宅との直接関連がないと言えるほどの長時間とされる可能性があります。
通勤災害の認定手続きと注意点
通勤途中に遭遇する災害は、通勤災害として認定されることがありますが、実際の認定手続きには様々な注意点が存在します。通勤の途中で発生したケガや病気を労災保険の補償対象とするためには、手続きを適切に進める必要があります。
通勤災害の認定手続き
負傷等が通勤災害に該当するか否かは、労災請求書を受理した管轄の労働基準監督署が所定の調査を行った上で判断します。
まず、通勤災害に遭った場合、医療機関で受診をした上で、通勤災害用の書類「療養給付たる療養の給付請求書(様式第16号)」を提出します。 医療機関が労災指定病院であれば医療機関を通じて労基署に提出します。医療機関が労災指定病院でなければ、治療費を一旦立て替えた上で、労基署に直接提出します。
労基署は、合理的な経路であったかなどの必要な調査をした上で、通勤災害であるか否かを認定します。
認定を受けるための注意点
通勤災害の認定を受けるためには、注意すべきポイントがいくつかあります。
まず、自宅と勤務先の間を合理的な経路・方法で移動していることが認定の前提条件となります。そのため、通勤災害の療養給付請求書には、事故当時の具体的な状況を記載することが必要となります。特に、通勤経路や事故の発生状況について、虚偽の記載をしたり、曖昧な記載をしないように、具体的な事実を記載することを心がけてください。
- 通勤の種類(住居から就業場所・就業場所から住居・就業場所から他の就業場所)
- 就業開始の日時や時刻
- 住居を離れた日時や時刻
- 就業終了の日時や時刻
- 就業場所を離れた日時や時刻
- 移動の通常の経路・方法及び所要時間
- 災害の原因や発生時の発生状況
3カ月以内であれば、不服申し立て手続きを行える
通勤災害の認定結果に対して不服がある場合、被災労働者は、労働者災害補償保険審査官に不服の申立てをすることができます。
不服申し立ては、保険給付に関する決定があったことを知った日の翌日から3か月以内に行う必要があります。
通勤災害の補償内容と損害賠償
通勤災害にも交通事故だけでなく、それ以外の事故もあります。加害者がいない事故もあります。そのため、通勤災害の補償は、被災労働者の保護のために非常に重要な役割を果たします。
ここでは、通勤災害の補償内容について詳しくお話しします。
通勤災害の補償内容
通勤災害の補償内容にはいくつかの種類があります。
第一に、治療費全額が支給されることです。これを療養給付といいます。
次に、治療期間にわたる休業補償が行われることが挙げられます。これによって、事故による収入の減少をある程度カバーすることができます。
続いて、後遺障害が残った場合には障害給付が支給されることも重要です。障害等級に応じた支給が行われます。
さらに、最悪の事態、すなわち労働者が亡くなった場合には、その遺族に対して遺族補償(年金、一時金)が支給されます。これらの補償は労働者が安心して働き続けるための大きなサポートになります。
会社に対する損害賠償
通勤災害の場合、労災給付を超えて、会社に対して損害賠償を求めることはできません。
業務災害の場合、被災者は会社に対して、安全配慮義務違反等を理由に損害賠償を求めることができます。しかし、通勤災害の場合、原則として会社側に損害賠償の責任を負う義務違反がありません。そのため、通勤災害の場合には、会社に対する損害賠償は原則認められません。
加害者側に損害賠償請求する
通勤災害を起こした加害者がいる場合、労働者は労災保険の給付に加えて加害者側に対する損害賠償請求を行うことが可能です。
この場合、事故による実際の損害を基にして計算される賠償金額が、加害者やその保険会社から支払われることになります。ただし、この損害賠償請求には適切な手続きを要し、複雑な交渉が必要とされることもあります。そのため、法律の専門家のアドバイスを得ながら進めることが望ましいでしょう。このようにして、労働者は二重の保護を受けることが可能となり、その結果としてトータルでの補償内容が充実していくのです。
通勤災害の問題は弁護士に相談を
通勤災害は、労災保険だけでなく、交通事故であれば加害者に対する損害賠償の問題も含んでおり、損害の計算や加害者又は保険会社との交渉が必要となります。交渉が難航すれば、民事訴訟を提起して争うことにもなります。損害の回復を十分に行うためにも、労災保険を適切に利用することが求められます。
通勤災害の件でお悩みであれば弁護士に相談することを検討してください。