医師や歯科医師は、専門性が高いこともあって、残業代の対象にはならないと考えがちです。
しかし、医者や歯医者だから残業代が発生しないわけではありません。
今回は医師や歯科医師に残業代を支払う必要があるのかを解説します。
医者の残業実態
病院・常勤勤務医の勤務時間等(宿直・日直中の待機時間含む)は、男性は41%、女性は28%の医師が週60時間以上となっており、多くの医師が残業時間をしていることが分かります。
医師の残業が常態化している理由には以下のものが考えられます。
残業が多くなる理由
- 医師の応召義務
- 医師不足
- 勤務時間の変動
医師の応召義務
医師法19条1項に医師の「応召義務」が規定されています。
診療に従事する医師は、診察治療の求めがあった場合には、正当な事由がなければ、これを拒んではならない。
医師の応召義務にも例外があります。診察時間外の診察、専門外の診察、迷惑行為、医療費の不払いの場合には、応召義務は課されないとされています。
しかし、医師の応召義務を理由に診療時間を問わずに診療を拒むことはできないと誤解しているケースがあります。
医師不足
多くの医療機関で慢性的な医師不足が発生しています。医師不足により、医師一人当たりの業務負荷が大きくなることで、長時間労働が常態化します。
先進国の中でも、日本における国民1000人あたりの医師数はもっとも少なくなっており、医師の絶対数が不足しています。訴訟に発展しやすい診療科においては、医師不足は顕著となっています。その他にも医師不足の要因はありますが、慢性的な医師不足は、医師の長時間労働を招く原因の一つとなっています。
業務量の多さ
医師不足に加えて、医師が担う業務量の多さも残業を招いています。医師は、患者の診察だけでなく、診断書や診療録の作成、入院の説明も担っています。また、宿直・日直・当直・宅直といった勤務体制を強いられています。このような業務量の多さや特殊な勤務体制が長時間労働を招いています。
▶医師の勤務実態に関する厚生労働省の解説はこちら
医師に残業代が払われない理由
医師の残業が常態化しているにもかかわらず、医師に対する残業代が十分に支払われていないのが現状です。
医師に残業代が支払われない理由は以下のものが挙げられます。
- 医師は労働者ではないと考えている
- 裁量労働制であると考えている
- 年俸制
- 固定残業代を払っている
医師も労働者であること
労働者とは、使用者による指揮監督下で就労をする者を指します。
医師も、使用者である医療法人や上司から指揮監督を受けながら医療サービスを提供している場合には、当然ながら労働者に該当します。たとえ高額所得者であったり、高度の専門知識を要する領域であったとしても、労働者であるという結論に変わりはありません。
専門業務型裁量労働制
医業は、専門性の高い業務ですので、裁量労働制の対象になるのではないかと考える方もいるかもしれません。
専門業務型裁量労働制においては、実際の労働時間ではなく、労使協定にて予め定められた労働時間を労働したものとみなされます。
しかし、専門業務型裁量労働制の対象業務は定められた19の業務に限定されていますが、医師や歯科医師の業務はこの対象業務として規定されていません。そのため、たとえ一定程度の裁量が付与されているとしても、みなし労働時間として時間外手当の支払いが免れることはありません。
年俸制と残業代
多くの医師は、その給与体系が「年俸制」となっており、年俸が年間の業績評価に対する給与として支給されるため、年俸内に時間外労働も含まれていると考える方もいるかもしれません。
しかし、年俸制は単に1年間で支払う給与総額を定めているだけであって、年俸制であることをもって、直ちに時間外手当を支払う必要がなくなるわけではありません。
また、年俸制を採用している場合に、医療機関側が「年俸の中に残業代が含まれている」と主張するケースもあります。しかし、通常の給与と固定残業代が明確に区分されていない限り、年俸給与の中に固定残業代が含まれているとの主張は認められません。
固定残業代の問題
医師に固定残業代が支給されているケースがあります。
ただし、年俸制給与のうち、通常の労働時間にあたる部分と割増賃金にあたる部分とが明確に区別でき、かつ、割増賃金にあたる部分が割増賃金の金額を上回る場合には、それ以上の時間外手当を負担する必要はありません。
この点に関して、以下の最高裁判例も、医師の固定残業代の扱いについて、通常の労働時間の賃金部分と割増賃金部分とが明確に区別できなければ、割増賃金の支払をしたとはいえないと判断しています。
なお、以下の事案における第一審では、医師としての業務の特質に照らして合理性があり、医師が労務の提供について広範な裁量があること、給与額が高額で好待遇であったこと等からしても、月額給与のうち割増賃金に当たる部分を判別できないからといって不都合はなく、時間外手当が年俸に含まれるとの合意があったと判断し、控訴審も同様の判断をしていましたが、最高裁でこれらの考えは否定されました。
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▶最高裁平成29年7月7日判決
【事案】
医療法人と医師との間の雇用契約において時間外労働等に対する割増賃金を年俸に含める旨の合意がされていた場合、医師は使用者である医療法人に対して時間外手当の請求をすることができるのか?
【判決概要】
医療法人と医師との間においては、時間外労働等に対する割増賃金を年俸1700万円に含める旨の本件合意がされていたものの、このうち時間外労働等に対する割増賃金に当たる部分は明らかにされていなかったというのである。そうすると、本件合意によっては、医師に支払われた賃金のうち時間外労働等に対する割増賃金として支払われた金額を確定することすらできないのであり、医師に支払われた年俸について、通常の労働時間の賃金に当たる部分と割増賃金に当たる部分とを判別することはできない。
したがって、医療法人の医師に対する年俸の支払により、医師時間外労働及び深夜労働に対する割増賃金が支払われたということはできない。
宿直・当直時も残業代の対象となる
医師は所定労働時間内に患者の診察等を行うだけでなく、業務の特殊性から、所定労働時間外に、突発的な事故による応急患者への対応等をする必要が生じてしまいます。
そのため、入院施設のある医療機関等では、医師や看護師が交代制で宿直や当直をすることが多いと思います。
医療法16条においても宿直させる義務を規定しています。
医療法16条
医業を行う病院の管理者は、病院に医師を宿直させなければならない。
当直や宿直は、通常業務とは異なる業務に及び、かつ、不活動時間を多く含んだ長時間なものになることが常ですから、当直や宿直の時間が労働時間に該当するのかが問題となります。
まず、労働時間とは、使用者の指揮監督下にある時間を指します。
そして、当直宿直勤務についても、使用者からの指示や患者からの救急要請があれば、すぐに作業や対応に従事しなければならない状況であれば、たとえ実際の作業や診察をしていなくても、使用者の指揮監督下にあるものと判断されます。
そのため、当直宿直勤務も労働時間に該当します。
労働時間に関する解説はこちら
仮眠時間も労働時間?
宿直や当直は長時間に及ぶため、仮眠時間が設けられることが多いと思います。
この仮眠時間のような不活動時間についても、労働からの解放が保障されていなければ、つまり、要請があれば起床して対応する必要があるのであれば、労働時間に当たります。
大星ビル事件判決(最一小判平成14年2月28日)
不活動仮眠時間において,労働者が実作業に従事していないというだけでは,使用者の指揮命令下から離脱しているということはできず,当該時間に労働者が労働から離れることを保障されていて初めて,労働者が使用者の指揮命令下に置かれていないものと評価することができる。
したがって,不活動仮眠時間であっても労働からの解放が保障されていない場合には労基法上の労働時間に当たるというべきである。
断続的勤務であるため適用されない
労働基準法41条3号は,労働時間といえる場合でも、監視又は断続的労働にあたり、かつ,労働基準監督署長の許可を受けているときには、時間外労働や休日労働の割増賃金を支払う必要がなくなります。なお、深夜労働は適用されます。
この点について、行政庁において医師の宿直当直に関する基準(医師、看護師等の宿日直許可基準について)が示さています。以下要約した内容です。
①通常の勤務時間の拘束から完全に解放された後のものであること
② 宿日直中に従事する業務は、一般の宿日直業務以外には、特殊の措置を必要としない軽度の又は短時間の業務に限ること。
③夜間に充分睡眠が取れること
④その他の宿直日直の一般的な要件を満たしていること
・支払われる宿日直手当が同種の労働者に対して支払われている賃金の1人1日平均の3分の1を下らないものであること。
・宿直勤務については週1回,日直勤務については月1回を限度とすること等
(参照 断続的な宿直又は日直勤務の許可基準昭和 22.9.13 発基 17 号)
以上の各要件を満たす場合には、宿当直の労働時間は断続的労働として、割増賃金の適用除外となります。
宿直中に、昼間と同様態の労働に従事することがある場合には、労基法37条の割増賃金を支払う義務は生じますが、このような状況が稀であり、一般的にみて睡眠が充分にとりうるものである場合には、宿直の許可を取り消すことはないとされています。
他方で、宿直のために泊り込む医師,看護婦等の数を宿直の際に担当する患者数との関係あるいは当該病院等に夜間来院する急病患者の発生率との関係等から見て、昼間と同態様の労働に従事することが常態であるようなものについては,宿直の許可を与えないとされています。
奈良病院事件(大阪高等裁判所平成22年11月16日判決)
【事案】
産婦人科医師らが,夜間宿当直勤務と宅直勤務の勤務時間中の実作業時間以外の宿直勤務・宅直勤務時間について、割増賃金等の支払いがなされていなかったため、これを求めた事案です。なお、使用者は断続的労働の許可を受けていたため、その要件を充足しているのかが問題となりました。
【判決要旨】
産婦人科医師の宿日直勤務につき,同勤務中に救急患者の対応等が頻繁に行われ,夜間において十分な睡眠時間が確保できないなど,常態として昼間と同様の勤務に従事する場合に該当するため、通達の基準を充足しない。
そのため、本件宿日直勤務は,労基法41条3号の断続的労働とは認められず,宿日直勤務の全体について、病院長の指揮命令下にある労基法上の労働時間であるとして、その従事した宿日直勤務時間の全部について割増賃金の請求を認容しました。
医療の2024年問題
医師の需給や偏在等の理由により、自己犠牲的な長時間労働が常態化しており、医師自身の健康被害や過労死のリスクもあることから、医師の労働時間の上限規制が2024年4月から導入されます。
一般労働者の残業の上限規制
平成30年の労働基準法の改正により残業等の上限規制が変更されました。
いわゆる36協定を結んだ場合には、時間外労働の上限は月45時間,かつ年間360時間です。
改正前では、臨時的な事情があれば、36協定に特別条項さえ定めておけば、無制限に残業させることができました。法改正により、36協定に特別条項を設けても、いかに制限されることになりました。
•1か月100時間(休日労働含む)未満
• 複数月(2か月~6か月)の平均で80時間(休日労働含む)以内
• 年間で720時間以内
• 特別条項の適用は年間の半分を上回らないよう,6カ月を上限とすること
医療の働き方改革
医療の現場では過重労働が深刻化していたため、上限規制は直ちに適用されず2024年まで適用が猶予されています。
残業時間の上限規制が適用されたとしても、一般の労働者とは異なる上限規制となります。
しかし、すべての医療機関に対して一律の規制をすると、医療体制を維持することができなくなります。そこで、医療機関の種類に応じた上限規制が設けられています。
以下のAからC水準に応じた上限規制が設けられています。
A水準の医療機関では、一般の上限規制と同様の規制となります。
他方で、都道府県の指定を受けた特定労務管理対象機関(B水準、C水準)であれば、時間外労働の上限規制が緩和され、残業時間の上限が年間1860時間・月100時間未満とされています。
ただ、月の上限時間を超える場合には、医師に対する面接指導と労働時間の短縮等のための措置を講じる必要があります。
また、連続勤務時間の制限(28時間)、勤務時間インターバル(9時間)及び代償休息の付与も義務化されています(A水準では努力義務)。
A水準
対象の医療機関
B水準、C水準の医療機関以外のすべての医療機関はA水準の適用となります。
上限規制
A水準では、一般労働者と同じ上限規制の適用となります。
B水準
対象の医療機関
三次救急や救急搬送の多い二次救急指定病院、がん拠点病院など(B水準)、医師の派遣を通じて地域医療を確保するために必要な役割を持つ特定の医療機関(連携B水準)
上限規制
年1860時間以下、月100時間未満(休日労働含む)
B水準・連携B水準については2035年度に廃止することが決まっています。
C水準
対象の医療機関
初期研修医、専門医取得を目指す専攻医を雇用している医療機関(C1水準)、特定高度技能獲得を目指す医籍登録後の臨床従事6年目以降の医師を雇用する医療機関(C2水準)
上限規制
年1860時間以下、月100時間未満(休日労働含む)
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