労働時間は、使用者が労働者を指揮監督している時間です。実労働だけでなく、これに必要となる準備行為、着替え・片付けその他必要となる行為も労働時間に含まれます。しかし、多くの企業では、実作業それ自体ではない行為を労働時間とせずに処理されていることがほとんどです。1つ1つは短時間の労働かもしれませんが、これら全てを合算すると長時間の労働時間になる場合もあります。
また、残業代を請求するにあたり、労働時間を証する客観的な証拠が重要です。在職中から、タイムカードや業務日報といった証拠を確保するように努めましょう。
本記事では、残業代の基礎となる労働時間について弁護士が解説します。
労働時間の基本的な理解
労働時間が、所定労働時間や法定労働時間を超える場合には、労働者は使用者に対して残業代の支払いを請求できます。そのため、どのような時間が労働時間となるのかが労使間で激しく争われることも多くあります。
労働時間とは
労働者が使用者の指揮命令下に置かれている時間が労働時間とされています(三菱重工業長崎造船所時間・最判平成12年3月9日)。
労働時間に当たるか否かは、労働者の行為が使用者の指揮命令下に置かれたものと評価することができるか否かにより客観的に定まるものであって、労働契約、就業規則、労働協約等の定めいかんにより決定されるべきものではないとされています。つまり、契約書等の外観を形式的に判断するのではなく、その実態に基づいて実質的に判断します。
法定労働時間とは
法定労働時間とは、労働基準法で定められている労働時間です。1日あたり8時間、週あたり40時間が法定労働時間です。この法定労働時間を超えると、時間外割増賃金が発生します。
所定労働時間とは
所定労働時間とは、雇用契約上で決められた労働時間を言います。法定労働時間は労働法で規定されている労働時間を言います。所定労働時間を超えても法定労働時間を超えなければ、時給分の賃金は発生しますが、割増賃金は発生しません。例えば、所定労働時間が7時間である場合、8時間労働をしても、1時間分の残業代は発生します(法内残業)。ただ、割増賃金を請求することは出来ません。
実労働時間とは
実労働時間とは、休憩時間を除いた、実際に労働をした時間を指します。労働基準法の「労働時間」とは、この実労働時間を指しています。
労働基準法上の労働時間のルール
法定労働時間を超えたり、午後10時以降に就労をすると、使用者は割増賃金を支払う必要があります。休日に仕事をした場合にも割増賃金が発生します。
割増賃金率は次のとおりです。
- 時間外労働 25%
- 休日労働 35%
- 深夜労働 25%
以下では、労働時間と残業代に関係するルールを解説します。
法定労働時間を超える残業は36協定が必要となる
労働基準法32条は、週40時間・1日8時間を超えて労働させることを禁止しています。使用者がこれに違反して残業をさせると、6か月以下の懲役または30万円以下の罰金の罰則を受ける可能性があります。
ただ、36協定(さぶろく協定)を締結し、これを労働基準監督署へ届け出ることで、この罰則を免れることができます。
法定労働時間を超えれば割増賃金が発生
法定労働時間を超えて仕事をすると、25%の割増賃金を請求できます。当然、これとは別に時給換算した賃金の支払いを求めることもできます。1か月の残業時間が60時間を超えると、割増率は50%となります。中小企業であっても、令和5年4月1日以降も適用されるようになりました。
午後10時から午前5時までは割増賃金が発生
深夜労働とは、午後10時から午前5時までの労働です。深夜労働をした場合には、25%の割増賃金を請求することができます。
時間外労働かつ深夜労働をしている場合には、各割増賃金率を合算した50%の割増賃金を請求できます。
休日労働も割増賃金が発生
休日労働とは、「法定休日」に仕事をする場合です。休日労働をすれば、35%の割増賃金を請求することができます。週休2日制で、日曜日を法定休日・土曜日を所定休日としている場合、土曜日に出勤したとしても休日労働には当たりません。
残業時間にも上限がある
36協定を届出していても、無制限に残業をさせることができるわけではありません。残業時間の上限は、1か月45時間、1年360時間とされています。
ただし、36協定に特別な規定をしている場合には、例外的にこの上限を超えて残業をさせることができます。
• 時間外労働と休日労働の合計が1か月100時間未満
• 時間外労働が1年720時間以内
• 時間外労働が1か月45時間を超えられるのが年6ヶ月まで
• 時間外・休日労働の合計が1か月100時間未満、複数月平均80時間以内
労働時間にあたるか問題となるケース
実作業そのものが労働時間にあたることは当然です。しかし、実作業そのものではないものの、これに似た作業や実作業をするために必要となる作業が労働時間にあたるのかは問題となります。使用者としても、実作業ではないために、労働時間と捉えていないことはよくあります。
着替え・準備・片付け等
作業に着手する前の準備行為、例えば、制服への着替え、工具や機械のセッティング、朝礼など、また、作業終了後の片付け、清掃、制服からの着替え等は労働時間といえるのでしょうか?
先程解説した使用者の指揮監督下で行われた行為と評価できる場合には、労働時間といえます。使用者からの明示または黙示の指示があり、これに反すれば何らかのペナルティーが科せられていたり、労働者に対する勤怠評価の一要素となっている場合には、指揮監督下で行われていると評価できるでしょう。
【三菱重工長崎造船所事件最判平成12年3月9日】
作業服及び保護具等の装着、準備体操場までの移動、副資材等の受出しと散水、終業時刻後の作業場等から更衣所等までの移動については、労働時間に当たるとされています。他方で、義務付けられていない手洗い、洗面、入浴とその後の通勤服の着用は、労働時間ではないと判断しました。
【総設事件東京地裁平成20年2月22日】
出勤状況や指示状況の実態から、始業前の準備や就業後の片付け、日報の作成時間などは指揮命令下の時間であり、また移動時間についても労働時間にあたると判断しました。
待機時間・手待時間
各作業の合間の待機時間や客が来店するまでの待機時間は、労働時間に当たるのでしょうか。一見すると、作業や接客それ自体をしていないため、労働時間でないように思います。しかし、そのような時間帯であっても、使用者からの指示や顧客からの問い合わせ・顧客の来店があれば、すぐに作業や対応に従事しなければならない状況であれば、たとえ実際の作業や接客をしていなくても、使用者の指揮監督下にあるものと判断されます。
【中央タクシー事件大分地裁平成23年11月30日】
客待ち待機をしている時間は30分を超えるものであっても、使用者の具体的な指揮命令があれば直ちにその命令に従わなければならず、また、労働者は労働の提供ができる状態にあったのであるから、使用者の明示または黙示の指揮命令ないし指揮監督の下に置かれている時間と判断しました。
【北九州市・市交通局(市営バス運転手)事件福岡地裁平成27年5月20日】
バスから離れずに、一定の場所的拘束性を受けた上、いつ現れるか分からない乗客に対して適切な対応をすることができるような体制を整えておくことが求められていた事案で、乗務員らは、待機時間中といえども、労働からの解放が保障された状態にはなく、使用者の指揮監督下に置かれているというべきであると判断しました。
【山本デザイン事務所事件東京地裁平成19年6月15日】
作業と作業の合間に一見すると空き時間のようなものがあるとしても、その間に次の作業に備えて調査したり、待機していたことが認められるのであり、なお使用者の指揮監督下にあるといえるから、そのような空き時間も労働時間であると認めるべきである。
休憩・仮眠時間
使用者は労働者に対して、一定時間の労働をさせた場合には休憩させなければなりません。具体的には、労働時間が 6時間を超え、8時間以下の場合は45分、8時間を超える場合には1時間の休憩を与えなければなりません。
形式的には、休憩時間や仮眠時間であっても、必要があれば実作業に従事する必要がある場合には、指揮命令下から離脱しておらず、労働から解放されていないため、労働時間とされます。休憩時間中の客待ちや電話番のような手待ち時間や待機時間は、労働からの解放が保障されていないため、休憩時間には当たらないもあります。
【大星ビル管理事件最判平成14年2月28日】
仮眠室における待機と警報や電話等に対して直ちに対応をすることを義務付けられている場合には労働時間にあたるとしました。
移動時間
業務に従事するにあたり、欠かせないのが移動時間です。移動時間にも、通勤時間、現場への直行時の移動、出張の場合の移動時間など様々なものがあります。
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通勤時間
通勤時間は、労務提供のための準備行為であり、労務提供そのものとはいえないため、労働時間には当たらないとされています。ただ、実際の就業場所とされている工事現場に赴く前に一旦事務所に出勤することとされている事案では、事務所から工事現場までの移動時間を労働時間とした裁判例があります(総設事件東京地裁平成20年2月22日)。
現場への直行時の移動時間
直行先の現場が、通常想定されている通勤距離内にある場合には、通勤時間として労働時間に当たりません。他方で、直行先の現場が通常想定されている通勤距離を著しく超える場合には、通常の通勤時間を超える時間に限り労働時間とします。
出張の場合
出張に伴う移動時間についても同様に、通常想定されている通勤距離を越えた場合には、超えた距離に対応する移動時間が労働時間になります。
なお、休日に出張のための移動をした場合には、物品の監視など別段の指示がある場合は別ですが、このような事情がなければ、その移動時間は労働時間に当たりません。ただ、休日に移動することについて、使用者から指示されている場合や休日に移動しなければ出張の目的を果たせない等の特段の事情がある場合には、休日の移動時間も労働時間に当たると考えることもできるでしょう(島根県教組事件・松江地裁昭和46年4月10日)。
健康診断
使用者は、労働者に対する健康診断を実施する義務を負っています(労働安全衛生法66条1項)。しかし、通達では「業務遂行との関連において行われるものではないので、その受診のために要した時間については、当然には事業者の負担すべきものではな」いとしています。そのため、健康診断の受診に伴う時間は労働時間には当たりません。ただ、特殊健康診断については、その受診に要する時間は労働時間としています。
多様化する労働時間制
時代の移り変わりにより働き方も変遷しています。多様化する働き方に応じて、労働時間制も多様化しています。その一部を紹介します。
変形労働時間制
変形労働時間制とは、月や年単位を平均して1週間の労働時間が法定労働時間を超えなければ、1日及び1週間の法定労働時間の規制に関わらず、労働させることが認められている制度です。
変形労働時間制は、繁忙期の労働時間を長くする代わり、閑散期の労働時間を短くすることで、業務の繁閑等に応じて労働時間の配分を行うものです。
変形労働時間制には、①1か月単位、②1年単位、③1週間単位の3種類があり、それぞれ内容や要件を異にしています。
みなし労働時間制
みなし労働時間制とは、実際に働いた労働時間に関わらず、あらかじめ定めた労働時間に従事したものとみなす制度です。
このようなみなし労働時間制には、次の3つが規定されています。
- 事業場外労働に関するみなし労働時間制(労基法38条の2)
- 専門業務型裁量労働に関するみなし労働時間制(労基法38条の3)
- 企画業務型裁量労働に関するみなし労働時間制(労基法38条の4)
実務上では、外回りの営業職や出張時において、事業場外のみなし労働時間制が採用されていることが多くあります。事業場外みなし労働時間制では、所定労働時間が8時間とされていれば、実際に要した時間が8時間を超えても、8時間労働したものとみなされます。
残業代の問題は弁護士に相談を
時間外手当の対象となる労働時間に関する論点は多岐に亘ります。特に、始業前や終業後の行為等については、未だ労働時間ではないという認識が根強く残っています。使用者においては、上述した考え方を踏まえ、残業に対する許可制を整備した上で、これを社内に十分に浸透させたり、業務内容によっては在宅勤務を推奨させ、みなし労働時間制を採用するなどして、残業に伴う負担の軽減を図るべきでしょう。
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