裁判所が親権等の判断を示しているにも関わらず、一方の親がこれに従わない場合、どのようにして子供の引き渡しを行うのでしょうか?
色々な要件はありますが、「強制執行」によって子供の引き渡しを実現できます。
ただ、強制執行というと、腕力を使って無理矢理、子供と親を引き離して引渡しを実現させるようなイメージがあるかもしれません。
しかし、実はこのような腕力を用いた無理な引渡しはできないのです。
子の引き渡しの強制執行には、複雑な要件が定められています。
そのため、その要件を理解することは簡単ではありません。
今回はその子の引渡しの強制執行に関する要件を解説していきます。
本記事を読んで分かるもの |
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1.子の引渡しを命ずる裁判所の判断が必要
相手方が子供を連れて別居を開始したり、面会交流後に子供を連れ去ったりした場合、子供を直ちに連れ戻したいと考えると思います。
しかしながら、直ちに子の引渡しの強制執行ができるかというと、できません。
まずは、子の引き渡しを求める調停、子の引き渡しを求める審判や仮処分を求める申立てを家庭裁判所に対して行います。
その上で、裁判所における審理や話し合いを通じて、調停であれば父母の合意による調停の成立、審判や仮処分であれば、裁判所による審判や決定が行われます。
子供を引き渡す内容の調停や審判等が確定したにもかかわらず、子供と同居する親がこれに従わない時に、ようやく強制執行ができます。
なお、子の引き渡しの問題は、緊急性が高い事案が多いため、話し合いを基調とする調停手続ではなく、審判と仮処分の申立てをすることが多いです。
2.強制執行のための要件
2-1.強制執行とは何か?
強制執行というワードを聞くと、強制的に何かを実現するといったイメージをお持ちかと思います。
そのイメージで間違いはありません。
具体的には、相手方が判決、調停、審判等の内容に従わないために、判決等を得た人の申立てに基づいて、判決等で認められた申立人の相手方に対する請求権を、裁判所が強制的に実現する手続といえます。
なお、審判前の仮処分の場合、債権者に保全命令が送達されてから2週間を経過してしまうと、執行ができなくなりますので注意が必要です。
2-2.『人』を対象とする強制執行であること
通常、強制執行というと、預金を差押えたり、建物を取り壊して土地の明渡しを求めると言ったように『物』を対象とすることが多いです。しかし、子の引渡しの強制執行の場合、子供という『人』を対象とし、しかも、その子供は幼い場合が多いため、その強制執行の手続には、通常の強制執行の手続とは異なる制約が設けられていたりします。
2-3.強制執行の種類
子の引き渡しの強制執行には2種類あります。
一つが直接強制というものです。
直接強制とは、裁判所の命令を受けた執行官が子供のいる場所に赴いて、相手方から子供の引渡しを求める強制執行です。
もう一つが間接強制というものです。
間接強制とは、子供の引渡しをするまで1日〇〇万円を支払えといったものです。
子供の引渡しを直接実現させるものではありませんが、相手方に対して心理的な圧迫を加えることで、子供の引渡しを実現させようとするものです。
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3.直接強制するための要件
先程紹介しました直接強制を行うためには、民事執行法という法律で定められた要件を満たすことが必要となります。
第174条2項 前項第1号に掲げる方法による強制執行の申立ては、次の各号のいずれかに該当するときでなければすることができない。 一 第172条第1項の規定による決定が確定した日から2週間を経過し たとき (当該決定において定められた債務を履行すべき一定の期間の 経過がこれより後である場合にあっては、 その期間を経過したとき。 二 前項第2号による方法による強制執行を実施しても、 債務者が子の 監護を解く見込みがあるとは認められないとき。 三 子の急迫の危険を防止するため直ちに強制執行をする必要があるとき。 |
3-1.174条2項1号について
1号は間接強制の手続を先に進めている場合です。
具体的には、子の引渡しを求める親が裁判所に対して、子の引き渡しを求めるとともに、〇〇日以内に引き渡さない場合には、1日あたり〇〇万円の支払いを求める間接強制の申立てをします。
これに対して裁判所がこれを認める決定が相手方に送達されてから1週間で、この決定は確定します。
その確定したときから2週間が経過すれば、1号の要件を満たされます。
間接強制を先行して実施していても子供の引渡しがなされていない以上、再度間接強制を実施してもあまり意味はなく、直接的な実現方法に着手せざるを得ません。
3-2.174条2項2号について
2号は、『債務者が子の監護を解く見込みがあるとは認められないとき』を要件としています。
子供と同居する相手方が引渡しに応じる見込みがなさそうであれば、わざわざ間接強制を先行させる必要はありません。
子供の監護を解く見込みがあるとはいえない場合とは、相手方が子供を引き渡す機会があったにもかかわらず、その引渡しを拒絶した場合をいいます。
たとえば、相手方に対して子供の引渡しを求めたが、相手方がこれに応じないばかりか、子供に関する情報提供や子供との面会にも応じないような態度を示している場合が該当し得るといえます。
また、相手方に対して、この引き渡しに向けた協議を働きかけたにもかかわらず、相手方がこれを無視したり、連絡はあるものの全く前向きな反応を示さないような場合にも、該当し得ると考えます。
3-3.174条2項3号について
『子の急迫の危険を防止するため直ちに強制執行をする必要があるとき』とは、子供の生命や身の安全に悪影響を及ぼすような状態で監護しているような場合をいいます。
例えば、相手方が面会交流中に子供を返還しないで連れ去ったような場合や監護する親に無断で子供を連れ去ったような場合が想定されます。
3-4.相手方の聴き取り(審尋)
子供と同居する相手方に対して反論をする機会を与えるため、裁判所は、強制執行を行うにあたって、相手方から聴き取りを行わなければなりません。
これを審尋(しんじん)と言います。
裁判官による審尋手続が、相手方に対する任意の引渡しを促す機会にもなり得ます。
ただ、相手方が子供の所在場所を変更して強制執行を妨害するおそれがある場合には、相手方に対する審尋を行うことでかえって強制執行の目的を達成できない場合には審尋を実施しません。
第174条3項 執行裁判所は、第1項第1号の規定による決定をする場合には、債務者を審尋しなければならない。ただし、子に急迫した危険があるときそ の他の審尋をすることにより強制執行の目的を達することができない事 情があるときは、この限りでない。 |
4.執行官によって執行を行う
裁判所による強制執行の決定が行われると、裁判所から執行官に対して、強制執行に必要となる行為を行う権限が付与されます。
第174条4項 執行裁判所は、第一項第一号の規定による決定において、執行官に対し、債務者による子の監護を解くために必要な行為をすべきことを命じなければならない。 |
4-1.執行官の行う行為
では、執行官が行うことのできる行為とはどのような行為が定められているのでしょうか?
以下の行為を行えると法律では規定さています。
① 相手方に対する説得 ②相手方の住居等への立ち入りと子の捜索 ③閉鎖した戸を開くため必要な処分をすること ④ 引渡しを求める親もしくはその代理人と子を面会させること ⑤引渡しを求める親もしくはその代理人と相手方を面会させること ⑥ 相手方の住居等へ引渡しを求める親又はその代理人を立ち入らせること ⑦子の心身に有害な影響を及ぼすおそれのない場合に、子以外の者に対する威力の行使 ⑧ 引渡しを求める親又はその代理人に対し、必要な指示をすること |
4-2.まずは執行官による説得
強制執行においても、はじめから有形力を行使してこの引き渡しを実現するわけではありません。
まずは、子供の負担を軽くするためにも、執行官が相手方に対する説得を試みて、相手方による任意の引渡しを促すべきと考えられています。
4-3.鍵の解錠について
強制執行において、執行官は相手方の家に入ることができます。
また、相手方の家が施錠されている場合、執行官は、鍵屋に依頼して鍵を解錠させることができます。
ただ、常に鍵の解錠ができるわけではありません。
家の状況から家の中に子供がいる可能性が高い場合に限り解錠を実施することができると考えるべきでしょう。
4-4.腕力を用いた引渡しができるのか?
まず、子供の心身に対する負担への配慮から、子供本人に対して威力を用いることができません。
また、子供以外の者に対して威力を用いることはできますが、これによって子供に対して有害な影響を及ぼす場合には、たとえ子供ではない人に対する威力の行使でも認められていません。
威力とは何か?
威力とは、執行官がその腕力を使った有形力を行使するものと言われています。
例えば、執行官が子供を説得しても、子供が自宅内を逃げ回っていたり、引渡しを嫌がっている場合に、その子供の腕を掴んで、引渡しを求める親に引渡すことは、子供に対する有形力の行使となります。
そのため、このような態様での引渡しは認められていません。
他方で、ベビーベッドで寝かされている乳幼児を抱き上げる行為や引渡しを嫌がっていない子供の体に触れる行為は、子供の抵抗を排除するものではないため、認められると考えられます。
子以外の人に対する威力
例えば、相手方が自宅の玄関に立ち塞がって引渡しを妨害している場合、近い場所に子供がいないのであれば、引渡しを妨害する相手方を威力を用いて排除したとしても、子供の心身に悪影響を及ぼさないといえます。
そのため、このような場合には威力を用いることは認められるでしょう。
子以外でも認められないことも
他方で、相手方が子供を抱き抱えて離さない場合です。
相手方の腕を無理矢理解いて子供を引き離すような行為は、子供の心身に悪い影響を及ぼすものですから、許容されないと考えられます。
そのため、このような場合には、執行官が相手方に対して根気強く説得を行い、それでも、引き渡さないのであれば、機会を改め、相手方の自宅以外の場所での執行を検討することになるでしょう。
5.相手方の住居以外の場所での執行は可能か?
子の引渡しの強制執行を行う場合、子供と同居する相手方と子供が一緒にいる必要はありません。
ただし、債権者である親は執行する場所に同行する必要はあります。
そのため、相手方の自宅以外の場所でも、子の引渡しの強制執行を行うことができるのです。
ただ、この場合には、その場所を占有する人の同意が必要となります。
また、その場所が、子のプライバシーを保護したり、交通事故等の予想外の事態を避ける上で、相当な場所といえることが必要となります。
175条2項 執行官は、子の心身に及ぼす影響、当該場所及びその周囲の状況その他の事情を考慮して相当と認めるときは、前項に規定する場所以外の場所においても、債務者による子の監護を解くために必要な行為として、当該場所の占有者の同意を得て又は次項の規定による許可を受けて、前項各号に掲げる行為をすることができる。 |
5-1.どのような場所が相当か?
学校や保育園
まず、相手方の自宅以外の場所として、学校や保育園などが考えられます。
しかし、学校や保育園には、対象となる子供以外にその子供の友人や保護者等の関係者が多数行き交う場所である。
そのような場所において、平然と強制執行を行ってしまうと、子供に対して大きな心理的な負担を生じさせてしまいます。
そのため、学校等で執行を行う場合には、子供に対する負担を最大限配慮して、他の子供等と鉢合わせないよう別室を用意するなどの慎重な対応が必要となるでしょう。
通学路は?
通学路も多くの子供や地元の人達が行き交う場所です。
そのような場所で公然と強制執行を行うことは、子供のプライバシー権を害してしまいます。
また、裁判所の執行官が子供の面前に突然現れたことに子供がびっくりし、公道に飛び出す等の危険な行為に及ぶことが想定されます。
これにより、交通事故に遭ったり、転倒する等して怪我を負うこともあります。
そのため、通学路は強制執行を行う場所として認められにくいと考えられます。
祖父母宅の場合は?
相手方の父母、つまり、子の祖父母が同意をするのであれば、祖父母宅を執行場所とすることは可能です。
しかし、相手方の父母である以上、相手方が監護する子の引渡しを拒否する可能性が高く、祖父母の同意を得ることが困難となることが想定されます。
占有者の同意に代わる許可をもらう
祖父母が強制執行の同意をしない場合でも、裁判所から祖父母の同意に代わる許可をもらうことで、祖父母の同意なく、祖父母宅にて強制執行を行うことができます。
175条3項
執行裁判所は、子の住居が第一項に規定する場所以外の場所である場合において、債務者と当該場所の占有者との関係、当該占有者の私生活又は業務に与える影響その他の事情を考慮して相当と認めるときは、債権者の申立てにより、当該占有者の同意に代わる許可をすることができる。
しかし、裁判所が占有者の同意に代わる許可をするための要件として、祖父母宅が子供の住居であることが必要となります。
単に数時間だけ子供が祖父母宅にいるだけでは住居とはいえません。
この場合には、子供が相手方の自宅に戻ってから強制執行をすることになります。
5-2.債権者は必ず立ち会う必要がある
強制執行に際して、子供と相手方が一緒にいる必要はありません。
しかし、引渡しを求める親(債権者)あるいはその代理人は必ず強制執行に立ち会う必要があります。
なぜなら、子供からすれば、急に訪問してきた執行官に連れて行かれるという不安感を覚えてしまい、かえって相手方から引き離すことが難しくなります。
そのため、執行場所に債権者である親を同行させ、子供に顔を見せることで、子供は不安感を解消させることができ、引渡しを円滑に進めることができるからです。
ここで、執行場所とは、相手方の家だけでなく、子の引渡しを行われる場所に近接した場所も含むと考えられています。
175条5項 第一項又は第二項の規定による債務者による子の監護を解くために必要な行為は、債権者が第一項又は第二項に規定する場所に出頭した場合に限り、することができる。 |
6.弁護士に相談しましょう
子の引き渡しをするためには、強制執行の前提となる調停手続や審判等の手続を経る必要があります。
そのうえ、これらの手続には迅速な対応が非常に重要となります。
相手方の監護実績を積み重ねることは可能な限り避けなればなりません。
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