賃貸物件の借主が家賃を滞納したまま夜逃げをすると、家賃収入が得られなくなり、そのままではその物件を他の人に貸すこともできません。
かといって、オーナーであっても無断で部屋の中に入ったり、借主が置いていった家財道具などの残置物を処分することは、法律で禁止されています。
そのため、物件を他の人に貸すためには、裁判手続きによって借主との契約を解除し、強制執行により明け渡しを受ける必要があります。
そこで今回は、夜逃げした借主から明け渡しを受けるための裁判手続きの流れや期間、費用などを弁護士分かりやすく解説します。
夜逃げした場合のNG・注意点
賃借人が夜逃げをして困っているとしても、自力で強制的に解決を図るような行為は絶対にしないでください。
日本は法治国家なので、正当な権利があっても裁判所を通さずに、借主の意思に反して強制的に権利を実現することは禁止されています。このことを「自力救済禁止の原則」といいます。
以下のような行為で自力救済を図ろうとすると、民事・刑事を含めて法的責任を負ってしまうおそれがあるので、くれぐれも注意しましょう。
居室内への立入り
たとえ所有する物件であっても、正当な理由なく居室内に立ち入ることは認められません。
賃借人の許可なく部屋の中に入ると住居侵入罪がに問われる可能性もあります。
ただし、借主との連絡が取れず自殺や孤独死が疑われるような場合には、例外的に居室内への立入りは許容されます。
家財類を勝手に処分すること
夜逃げした賃借人が置いていったものであっても、他人の物を勝手に処分することは窃盗罪や器物損壊罪に該当します。そのため、部屋の中にある家財類などを勝手に処分することは許されません。
以上の行為は民事上も不法行為に該当するので、後に賃借人から慰謝料などの損害賠償請求を受けるおそれもあります。
鍵を勝手に変更すること
物件を他の人に貸すためには、鍵を変更する必要があるでしょう。しかし、現在の賃借人の許可なく鍵を変更する行為は、器物損壊罪に該当する可能性があります。
家財類を勝手に処分する行為と同様に、民事上の損害賠償請求の対象にもなります。
実家や勤務先に乗り込む
賃借人の実家や勤務先などに乗り込んで、滞納家賃の支払いや残置物の撤去を求めるなど、度を超えた要求をしてはいけません。
要求の方法や程度によっては、脅迫罪や強要罪、恐喝罪などに該当するおそれがあります。
職場の人に対して執拗な要求をして仕事の邪魔をした場合は、威力業務妨害罪に該当することもあります。
実家や職場の人から「お引き取りください」と言われても居座って要求を続けると、不退去罪にも該当します。
以上の行為も、民事上の損害賠償請求の対象となります。
夜逃げした場合の対応
賃借人が夜逃げをした場合、事件性があれば、警察に通報をすることも検討します。
事件性がない場合や、事件性があっても警察の捜査が終了した後は、以下の流れで裁判手続きを進めていきます。
①住民票や戸籍の附票を取り付ける
裁判をするためには、賃借人に裁判書類を送達する必要があります。
しかし、賃貸物件にはもう賃借人がいないため、現在の居場所を調査しなければなりません。そのために、住民票や戸籍の附票を取り付けましょう。
住民票や戸籍の附票には、住民登録された住所が記載されています。賃借人が夜逃げをした後に住民票を移動している場合には、これで現在の居場所が分かる可能性があります。
②内容証明を送付する
夜逃げした場合、借主の住所宛に滞納家賃の請求と契約の解除を求める内容証明郵便を送付します。
夜逃げしているため、通知書が受領されることは考えにくいです。
ただ、訴訟提起をするにあたって、賃貸人として、やるべき事は尽くした状況を作っておく必要があります。また、借主が転送届を出している場合には、転居先がわかる可能性もあります。
③訴訟提起する
居場所の調査ができたら、賃借人に対して、滞納家賃の支払いと物件の明け渡しを求める訴訟を提起します。
訴状には被告(賃借人)の住所と送達場所を記載しなければなりませんが、住民票や戸籍の附票上の住所を記載しましょう。
ただし、家賃の滞納期間が3ヶ月未満では、一般的に貸主・借主間の信頼関係が破壊されたとは認められないため、一方的に契約を解除することはできません。そのため、訴訟を提起するのは家賃滞納が3ヶ月以上続いた後にしましょう。
提起する裁判所
訴状の提出先は、賃借人の住所地を管轄する裁判所です。
建物の固定資産評価額の2分の1が140万円未満の場合は簡易裁判所が管轄となり、140万円以上であれば地方裁判所となります。
ただし、裁判所法により、不動産に関する裁判については、不動産の価格が140万円を下回る場合でも地方裁判所に対して訴訟提起することが認められています。
④所在不明の借主への送達
訴状が裁判所に受理されると、裁判所から賃借人へ訴状が送達されます。
④-1.就業場所の送達をする
訴状に記載した住所地への送達ができなかった場合は、就業場所(職場)へ送達してもらうことも可能です。
賃借人の職場へ訴状を送達してもらうためには、「就業場所送達の上申書」を作成して裁判所に提出します。
④-2.公示送達の申立てをする
賃借人が就業場所でも訴状を受け取らない場合や、そもそも就業場所が分からない場合は、公示送達の申し立てが必要です。
公示送達とは
公示送達とは、相手方の所在が分からない場合に、裁判所の掲示板に文書を掲示し、2週間が経過すれば送達されたものとみなされる制度のことです。
訴状の公示送達が認められると、実際には賃借人が訴状を受け取らなくても、裁判を進めることができるようになります。
公示送達の条件
公示送達の申し立てをするためには、「公示送達の申立書」を作成し、「調査報告書」などの添付書類と一緒に裁判所へ提出します。
調査報告書には、賃借人の所在を突き止めるために調査した内容を記載します。相手方の所在が不明であることを説明しなければ公示送達は認められないので、所在調査は入念に行っておく必要があることにご注意ください。
欠席裁判
訴状が賃借人に送達したものとみなされると、裁判が始まります。
公示送達の場合、被告が出頭することはまずないため、欠席裁判が行われます。
具体的には、賃借人が答弁書を提出せず、かつ、第1回口頭弁論期日に出頭もしない場合には、訴状に記載したとおりの内容で賃貸人勝訴の判決が言い渡されます。このことを「欠席判決」といいます。
民事訴訟の判決書は当事者に送達されますが、判決の送達も公示送達によって行われます。
公示送達によって判決書が賃借人に送達されたものとみなされたときから、2週間の控訴期間が経過すると、判決は確定します。
強制執行の申立て
判決が確定すると、強制執行の申し立てが可能となります。
明渡しの強制執行をするためには次の資料を用意する必要があります。
• 判決(債務名義)
• 確定証明書
• 送達証明書
• 執行文
それから「不動産引渡命令申立書」を作成し、賃貸物件の所在地を管轄する地方裁判所で申し立てを行います。
建物明渡の強制執行
強制執行の申し立てが受理されると、いよいよ強制的に賃貸物件の明け渡しを受けるための手続きが始まります。
明渡の催告
まずは、裁判所の執行官と一緒に賃貸物件を訪れて、明け渡しの催告を行います。
具体的には、1ヶ月程先の日を引渡期限(断行日)と定めて、執行官が賃借人に対して明け渡しを求めます。
賃借人は所在不明のため、同行する鍵屋が開錠した上で居室に入ります。執行官が引渡期限と明け渡しを求める旨を記載した書面を作成し、物件の玄関などに掲示します。
執行官は強制的に開錠するために、鍵業者を同行するのが一般的です。
また、家財類の搬出費用を見積るために、搬出業者も催告日に立ち会います。
強制執行の断行
断行日までに賃借人が現れなければ、執行官が開錠して物件内に立ち入り、家財類等の残置物をすべて搬出した上で、賃貸人に物件を引き渡します。
ただ、賃借人が退去しており、家財類等もない場合には、建物の鍵を取り替えた上で執行完了とすることもあります。
家財類の保管や処分
家財類などの残置物については、賃借人や親族などに引き渡すのが原則です。しかし、賃借人が夜逃げをしている場合には、残置物を賃借人やその親族に引き渡すことは難しいのが実情です。
賃借人等によって残置物の引き取りがされない場合、執行官は家財類を倉庫などの保管場所で保管することになります。保管費用は事実上賃貸人が負担せざるを得ません。
ただ、賃借人が夜逃げしているなど、保管物を引き取りに来ないことが明らかな場合には、保管せずに、断行日に売却することもあります。買受人がいない場合には、賃貸人がこれを買い取って処分せざるを得なくなります。
少額訴訟の場合
少額訴訟は、60万円以下の金銭の支払いを求める場合に、原則として1回の期日で審理が終結する簡易的な訴訟手続きです。
迅速な処理が可能なので、総額60万円以下の滞納家賃を取り立てるためには有効な手続きですが、建物の明け渡し請求は対象外であることにご注意ください。
夜逃げした賃借人との契約を解除して明け渡しを求めるためには、通常訴訟としての「建物明渡請求訴訟」を提起する必要があります。
支払督促は利用できるか
支払督促とは、債権者からの申し立てにより、簡易裁判所が書類審査だけで、債務者に対して金銭の支払いを命じる手続きのことです。
少額訴訟と同様、滞納家賃を取り立てるためには便利な手続きですが、対象となるのは金銭の支払い請求に限られます。
したがって、建物の明け渡しを求める場合には、支払督促は利用できません。
保証人に対する請求
賃貸借契約で連帯保証人が付いている場合には、賃借人に夜逃げされたら連帯保証人に連絡しましょう。
ただし、連帯保証人に請求することで、すべてを解決できるわけではないことに注意が必要です。
滞納家賃の請求をする
連帯保証人は家賃の支払いについて賃借人と同じ義務を負っているので、滞納家賃は連帯保証人に請求できます。
連帯保証人が支払いを拒否する場合は、少額訴訟(ただし60万円以下の場合)や支払督促の利用を検討するとよいでしょう。
賃借人に対する訴訟を提起する際に連帯保証人を相被告とすることもできますが、別途、少額訴訟や支払督促を利用する方が、早期に滞納家賃を回収しやすいといえます。
ただし、連帯保証人にも十分な支払能力がないこともあるので、滞納家賃の金額によっては、話し合いにより分割払いの和解をするのも有効な方法です。
保証人に明渡義務はない
賃借人が夜逃げをした場合でも、連帯保証人に対して明け渡しを求めることはできません。なぜなら、賃貸物件の明け渡しは、賃借人だけが履行できる義務だからです。
つまり、連帯保証人は、滞納家賃の支払い義務は負うものの、物件の明け渡し義務は負わないということです。
実際には、連帯保証人が残置物を引き取ってくれることもありますが、その場合でも契約の解除通知と明け渡し請求は、あくまでも賃借人に対して行う必要があります。
強制執行までの期間
夜逃げした賃借人から強制執行で物件の引き渡しを受けるまでには、ある程度の期間がかかります。
期間の目安を頭に入れて、効率よく準備を進めていきましょう。
判決確定まで
判決確定までの期間は最短で半年(6か月)前後です。
まず、家賃滞納が始まってから賃貸借契約が可能となるまでに、最低3ヶ月以上の滞納期間が必要です。
それから裁判を起こすことになりますが、必要書類の準備にも時間がかかるので、家賃滞納が2ヶ月続いたころには弁護士に相談しておいた方がよいでしょう。
裁判を起こす際、公示送達が必要な場合は、2週間の掲示期間が必要です。
訴状が賃借人に送達されたものとみなされてから、裁判が開かれ、欠席判決が言い渡されるまでの期間は、1か月半~2ヶ月程度が一般的です。
判決言い渡し後は、判決書の公示送達に2週間、さらに判決確定までに2週間がかかります。
したがって、家賃の滞納開始から判決確定までの期間は、最短で6ヶ月程度です。ただし、訴訟提起や公示送達の申し立ての準備に手間取ると、期間が長引いてしまうことになります。
速やかに弁護士に依頼することを検討しましょう。
強制執行の申立てから断行まで
強制執行の申立てから断行までの期間は1か月半前後となります。
強制執行の申立て後は、まず、明け渡しの催告までに2週間程度かかるのが一般的です。執行官のスケジュールによっては、さらに先の日程になることもあります。
明け渡しの催告の日程は申立人と執行官が打ち合わせて決めるため、お互いの都合により申し立てからの期間は前後します。
強制執行の断行日は、明け渡しの催告の日から1ヶ月後に指定されます。
したがって、強制執行の申し立てから断行までは1ヶ月半程度の期間をみておくとよいでしょう。
家賃の滞納開始から最終的に物件の引き渡しを受けるまでのトータルの期間は、最短で7か月半ほどになります。
少しでも早く引き渡しを受けるためには、早めに弁護士への相談・依頼を検討した方がよいでしょう。
強制執行までの費用
訴訟提起と強制執行の申し立てには、それなりの費用もかかります。ここでは、おおよその相場を紹介するので、あらかじめお金の準備もしておきましょう。
訴訟手続の費用
訴訟手続きでは、訴状に貼る印紙代と裁判所に提出する郵便切手代がかかります。
印紙代は、訴額に応じて決められています。訴額とは、訴訟で相手方に請求する金額のことです。
建物明渡請求訴訟では、対象物件の固定資産評価額の2分の1が訴額となります。滞納家賃の支払いも請求する場合は、滞納額が訴額に加算されます。
例えば、物件の固定資産評価額が500万円で、家賃滞納額が30万円だとすると、訴額は280万円(500万円×1/2+30万円)です。この場合の印紙代は、19,000円です。
訴額が大きくなればなるほど、印紙代も高くなります。
郵便切手代は裁判所によって異なることがありますが、6,000円~8,000円程度です。
公示送達を申し立てる場合は別途費用が必要で、1件につき印紙代1,000円と郵便切手代1,000円~1,500円程度かかります。
公示送達の申し立ては訴状の送達時と判決書の送達時で2回必要なので、2回分の費用が必要です。
強制執行の費用(業者費用も含む)
強制執行手続きでは、裁判所に納める費用と、断行の際に利用する業者に支払う費用がかかります。
裁判所に納める費用は、相手方が1名の場合、印紙代として500円、郵便切手代として1,000円~1,500円、予納金として6~7万円程度です。
郵便切手代と予納金は、裁判所によって金額が異なることがあります。
業者に支払う費用としては、主に鍵屋、残置物の運搬業者、残置物を保管するための倉庫業者などに支払う費用が必要です。
鍵業者に支払う必要は、数万円程度が相場です。
運搬業者と保管業者に支払う費用は、売却できない残置物の量によって異なります。一般的には、アパートやマンションの一室で10万円~50万円程度、一軒家で50万円~100万円程度かかることが多いようです。
料金は業者によって大きく異なることもあるので、なるべく低料金で安心できる業者を見つけることがポイントとなるでしょう。
建物明け渡しの実績が豊富な弁護士に依頼すれば、低料金の業者を手配してもらえる可能性が高いです。
夜逃げは犯罪ではない
賃貸物件のオーナーにとって、家賃を滞納して夜逃げをする借主は許しがたい存在でしょう。しかし、夜逃げは犯罪ではないので、借主を罪に問うことはできません。
家賃を払わないのは詐欺だと思われるかもしれませんが、ほとんどの場合、刑法上の詐欺には該当しません。
詐欺罪は、代金を支払う意思も能力もないのに、あるように偽って契約した場合に成立するものです。借主が契約当初は家賃をきちんと支払っていたのであれば、その後に何らかの理由で支払えなくなっても偽ったことにならないので、詐欺罪は成立しないのです。
室内に残置物を放置する行為も、みだりにゴミを捨てたわけではないので、不法投棄などの罪に問うことは難しいでしょう。
オーナーとしては、借主の民事責任を問うしかなく、裁判で滞納家賃の支払いや建物明け渡しを請求することになります。
借主が破産・個人再生した場合
夜逃げした借主が見つかっても、滞納家賃の他に多額の借金を抱えていて、自己破産や個人再生の手続きをとることもあります。
破産の場合
借主が破産する場合、滞納家賃は回収できなくなるのが原則です。
借主にある程度の財産がある場合は、破産管財人が換価処分と配当を行うので、滞納家賃をごく一部ですが回収できます。
裁判所から届いた文書に「破産手続きを開始する」という文言と「破産手続きを廃止する」という文言が併せて記載されている場合は、配当は行われません。そのため、残念ながら滞納家賃は回収できないことになります。
いずれにおいても、破産開始決定後に、裁判所から「破産者を免責する」と記載された文書が届いた場合は、借主に対して、強制執行をして滞納家賃を回収することはできません。
なお、裁判所の破産手続き外で借主に直接、支払いを請求することは禁止されているので、ご注意ください。
個人再生の場合
借主が個人再生をした場合、滞納家賃の5分の1の金額が3年から5年にわたって返済されることになります。
個人再生の場合も、裁判所から文書が届きます。記載された指示に従って、債権届出書を提出しましょう。
再生手続が順調に進めば、滞納家賃の5分の1~10分の1の金額が、3年~5年の分割で支払われるようになります。借主がこの分割払いを完了すると、残りの債務は免責されるため、回収できません。
夜逃げをした借主の対応は弁護士に相談を
夜逃げした賃借人から物件を明け渡してもらうためには裁判手続きが必要であり、手間と時間、費用がかかります。
しかし、自力救済は禁止されています。そのため、裏技のようなものを探すよりは、裁判手続きをなるべく効率よく進める方が、結局は得策です。
できる限りスムーズに物件の引き渡しを受けるためには、お早めに弁護士に相談してみることをおすすめします。