明渡訴訟は、オーナー側が借主等に物件の返還を求める最終手段です。大半の人は、早期に物件の明渡しを実現させたいと考えますが、訴訟手続は時間もかかりますし、労力もそれ相応に生じます。そこで検討したいのが「和解」という解決方法です。
本記事では、貸主側が明け渡し訴訟を有利に進め、早期和解を実現するための全手順を解説します。和解のメリットや、交渉を有利に進めるための具体的なノウハウを、わかりやすくご紹介します。
そもそも明け渡し訴訟で「和解」は選択できるのか?
明け渡し訴訟では、必ずしも裁判所の判決を待つだけでなく、「和解」という形で問題を解決することも可能です。和解の意義を解説します。
判決を待たずに解決を目指す「裁判上の和解」とは
裁判上の和解とは、訴訟が裁判所に係属している間に、当事者である原告と被告が、裁判官の仲介のもと話し合い、互いに譲歩して合意に至ることで紛争を解決する手続きです。
これは、裁判官が一方的に判断を下す「判決」とは異なります。判決が事実認定と法解釈に基づき白黒をつけるのに対し、和解は当事者双方の意向を反映させ、より柔軟な解決を目指せる点が大きな特徴と言えるでしょう。
この和解が成立すると、その合意内容を記載した「和解調書」が作成されます。この和解調書は、確定した判決と同一の法的効力を持ちます。つまり、もし相手方が和解で取り決めた内容を守らない場合でも、改めて訴訟を起こすことなく、和解調書に基づいて強制執行の手続きを進めることが可能になります。これにより、問題の早期かつ確実な解決が期待できます。
明け渡し訴訟の目的は強制執行の権利を得ること
明け渡し訴訟を提起する重要な目的の一つとして、借主が任意に物件を明け渡さない場合に、法的な強制力をもって物件の明け渡しを実現するための「債務名義」を獲得することにあります。
債務名義とは、強制執行によって借主を強制的に立ち退かせることができる根拠となる公的な文書です。この債務名義の代表例としては、確定判決に加えて、裁判上の和解によって作成される和解調書などがあります。
そのため、貸主は裁判上の和解を成立させれば、借主が任意に物件を明け渡さない場合でも、裁判所を通じて強制執行の手続きを進めることができます。


貸主が知るべき和解のメリットと注意点
明け渡し訴訟において裁判上の和解を選択するメリットは様々です。また、和解を成立させるにあたっての注意点にも配慮する必要があります。
【メリット】時間や費用の負担を大幅に軽減できる
明け渡し訴訟を提起し、判決に至るまでには、一般的に1年以上もの期間を要することが少なくありません。裁判は複数回行われることも多く、手続きが進むにつれて時間的な負担も増大します。さらに、判決の前に当事者尋問を行うこともあり、さらに大きな負担も生じます。
これに対し、和解による解決は、ある程度の審理が尽くされた段で話し合いの機会が設けられ、1年以内で和解が成立する可能性があります。
和解によって早期に解決できれば、これらの時間や訴訟対応による諸々の費用を大幅に削減できる点が大きなメリットです。時間と費用の節約は、貸主側にとって精神的な負担の軽減にも繋がり、物件を早期に次の入居者に貸し出すことで、機会損失を防ぐことにも繋がります。
【メリット】柔軟な条件で早期の明け渡しが期待できる
明け渡し訴訟で判決となった場合、裁判所が一律の基準で判断を下すため、必ずしも貸主や借主、それぞれの個別の事情が十分に反映されず、硬直的な解決になりがちです。その上、判決が確定しても借主が物件の明渡しをしない場合には、強制執行の手続を行わなければなりません。
一方、裁判上の和解であれば、当事者双方が話し合い、合意に基づいて条件を設定できます。借主の収入状況等を考慮し、例えば明け渡し期限を猶予したり、特定の条件(未払い賃料の分割払いなど)を設けたりすることで、借主が自発的な明渡しを受け渡し、強制執行を回避することが可能です。
このように、個別の事情に合わせた柔軟な条件を踏まえた和解案は借主の協力を引き出しやすくなり、結果として判決を待つよりも大幅に早期に物件の明け渡しが実現できる可能性を高めます。
【注意点】取り決めた内容が履行されないリスク
明け渡し訴訟における和解は、早期解決や柔軟な条件設定といったメリットがある一方で、注意すべき点も存在します。その一つが、和解によって合意した内容が、相手方である借主側によって必ずしも履行されるとは限らないリスクです。
例えば、滞納家賃の分割払いが滞ったり、約束した明け渡し期日を過ぎても退去しないといったケースが考えられます。
このような場合、貸主側は損害金がさらに増加する経済的な損失に加え、物件の明け渡しが長期化することによる機会損失、そして問題が解決しないことによる精神的な負担を被る可能性があります。
ただ、相手方が和解内容を履行しなかった場合でも、改めて訴訟を起こすことなく、和解調書に基づいて強制執行の手続きを進めることが可能になります。
訴訟提起から和解成立までの具体的な流れ
明け渡し訴訟において、最終的に裁判所の判決を待たずに和解で解決する場合、どのようなプロセスを経て合意に至るのでしょうか。ここでは、訴訟提起から和解成立までの一般的な流れを時系列に沿って解説します。
ステップ1:訴訟提起から第一回口頭弁論期日まで
明け渡し訴訟を開始するには、まず原告であるオーナー側が、裁判所に対し「訴状」を提出することから始まります。
裁判所は提出された訴状を審査し、受理後、訴状の副本と第一回口頭弁論期日を記載した呼出状などを、被告である借主宛へ特別送達という方法で郵送します。
被告はこれらの書類を受け取った後、通常は期日の約1週間前までに、訴状に対する認否や自らの主張を記した「答弁書」を裁判所に提出しなければなりません。答弁書を提出しない場合や、第一回期日に出頭しない場合は、オーナー側の主張が認められ、弁論を終結した上で判決手続となる可能性もあります。
第一回口頭弁論期日は、訴状提出から約1ヶ月程度で指定されるのが一般的です。
ステップ2:裁判所での和解協議と条件交渉
第一回口頭弁論期日を経て、弁論期日や弁論準備手続を重ねることで、双方で主張と立証を尽くしていきます。審理がある程度尽くされると、和解による解決が可能かどうかが検討されます。建物の明渡しに関して、争点がそれ程無い場合には早い段階で和解の検討が行われます。
和解協議は裁判官が各当事者に個別に和解成立に向けた条件を聞き取った上で、双方に対して和解条件の譲歩を求める形で進めていきます。
貸主側は、以下のような和解条件を求められることが一般的です。
- 建物の明渡時期の猶予
- 明渡しまでの賃料相当損害金の全部又は一部の免除
- 未払賃料の全部又は一部の免除
- 未払賃料を支払期限
- 未払賃料の支払方法(分割や分割回数)
- 原状回復費用の一部免除
- 転居費用の負担
オーナー側は、譲歩できる範囲を十分に検討した上で、裁判官に対して譲歩できる条件を提示します。裁判官による説得を重ねて和解条件の調整ができれば、和解が成立します。
ステップ3:和解調書の作成と確定後の効力
裁判所での和解協議がまとまり、当事者双方がその内容に合意すると、裁判所によってその合意事項を記載した「和解調書」が作成されます。
この和解調書は、単なる契約書とは異なり、確定した判決と同一の法的効力を持つ非常に強力な文書です。具体的には、「債務名義」としての効力を有するため、もし相手方である借主が和解調書で取り決めた内容(例えば、未払い家賃の支払い義務や明け渡し期限など)を履行しなかった場合でも、改めて訴訟を提起することなく、この和解調書に基づいて直ちに強制執行の手続きを申し立てることが可能になります。
また、和解調書が作成され、裁判所で確定することにより、その訴訟手続きはそこで終了します。つまり、改めて判決を待つことなく、この和解調書をもって紛争が終結したことになります。これにより、その後の上訴などの手続きも不要となり、早期かつ確定的に問題を解決できる点が大きなメリットです。
明け渡しの和解交渉を有利に進めるための重要ポイント3つ
明け渡し訴訟において和解を選択する場合、単に合意すればよい、というわけではありません。オーナー側にとって最大限有利な条件を引き出し、将来的なリスクを回避するためには、戦略的に交渉を進めることが非常に重要です。
ポイント1:滞納家賃の支払い計画を具体的に提示させる
和解交渉において、滞納している家賃の回収は貸主側にとって非常に重要な目的の一つです。単に借主から「支払います」という意思表示を得るだけでは、実際に回収できるか不確かです。確実に滞納家賃を回収するためには、借主に対し、具体的な支払い計画の提示を求めることが不可欠です。十分な支払能力がないにも関わらず、無理な条件で滞納家賃の支払いを約束させても意味がありません。和解調書により強制執行ができるとしても、借主に収入や資産がなければ、強制執行により滞納家賃を回収することができません。
そのため、滞納家賃を確実に回収できるように借主側の事情も踏まえながら、実現可能な支払計画に基づいた和解を成立させることが大切です。
ポイント2:明け渡しの期限を明確にする
明渡訴訟の和解においては、明渡期限を明確に定めます。
ただ、貸主側としては、1日も早く明渡しを実現させたいと考えるのが通常です。しかし、あまりにも無茶な明渡期限を求めると、借主の心情的な反発を招き和解を頓挫させることもあります。借主による任意の明渡しが実現できるように、多少の明渡期限の猶予をすることも大切となります。
ポイント3:原状回復の範囲や金額を合意しておく
物件を明け渡す際の原状回復の範囲についても詳細に取り決めましょう。
本来、原状回復費用は、物件の明渡しを終えてから貸主が借主に対して請求するものです。しかし、紛争を終局的に解決させるために和解を成立させるにもかかわらず、和解成立後に改めて原状回復費用の問題を勃発させることは望ましくありません。
そこで、あらかじめ物件内の状況を把握することができるのであれば、その状況を踏まえた原状回復の範囲や金額も和解の対象としておくことが望ましいでしょう。
もし和解の約束が守られなかった場合の対処法
明け渡し訴訟において和解が成立し、調書が作成されたとしても、残念ながら借主がその内容を必ずしも履行するとは限りません。
以下では、和解の約束が履行されない場合にオーナーが取りうる対応について詳しく解説していきます。
和解調書に基づく強制執行の申し立て手続き
明け渡し訴訟における和解によって作成された和解調書は、確定判決と同一の「債務名義」としての効力を持ちます。
これは、もし借主が和解で取り決めた内容(建物の明け渡しや未払い家賃の支払いなど)を履行しない場合に、改めて訴訟を起こすことなく、強制執行の手続きを申し立てる根拠となるものです。
強制執行の申立ての準備が整ったら、「強制執行申立書」に必要な添付書類を添えて、対象となる不動産の所在地を管轄する地方裁判所に提出します。
強制執行による明け渡し(断行)の流れ
和解内容が守られず、強制執行を申し立てた後、まず執行官が、物件の占有状況を確認し、占有者に対し任意での明け渡しを求める「催告」を行います。通常、申立てから2週間程を催告日として調整します。
催告に際して、物件内に「引渡し期限」と、その期限までに明け渡しがない場合に強制的に執行を行う「断行日」を記載した公示書が貼り付けられ、占有移転禁止の通告もなされます。催告から断行までは、通常約1ヶ月程度です。
この催告で定められた期限までに明け渡しが行われない場合に実施されるのが「断行」です。断行日には、執行官と執行補助者などが立ち会い、物件への立ち入り、残された家財道具の運び出しなどを強制的に行います。
運び出された残置物は、倉庫などの保管場所に一定期間保管されます。保管期間は通常約1ヶ月ですが、その期間内に借主等が引き取りに来ない場合は、法的な手続きを経て売却または廃棄されることになります。
即決和解を利用する
訴訟提起に至る前の段階で、当事者間である程度の合意形成ができている場合に検討できるのが、「即決和解」という制度です。
即決和解とは
即決和解は、「訴え提起前の和解」とも呼ばれる法的な手続きです。これは、訴訟を提起する前に、当事者双方が合意した内容に基づき、簡易裁判所に申し立てを行い、裁判官の面前で和解を成立させる制度です。
裁判所が指定した期日に双方が出頭し、合意に至れば和解が成立して和解調書が作成されます。他方で、期日に当事者の一方が出頭しない場合や合意に至らない場合、和解期日を続行させるなどしても和解に至らなければ、手続は終了します。
裁判上の和解との違い
即決和解と、既に説明した裁判上の和解との最も大きな違いは、手続きを開始するタイミングです。裁判上の和解は、既に明け渡し訴訟などが裁判所に提起され、手続きが進行している最中に、裁判官の勧告や当事者からの申し出によって成立するものです。つまり、訴訟手続きの一部として行われます。
これに対し、即決和解は「訴え提起前の和解」とも呼ばれる通り、まだ訴訟を起こしていない段階で利用できる手続きです。当事者間で事前に合意した内容に基づいて、簡易裁判所に和解の申立てを行い、裁判官の面前でその合意内容を確認してもらうことで成立します。
即決和解は、訴訟の準備や複雑な手続きが不要なため、裁判上の和解に比べて一般的に短期間で和解が成立する傾向があります。しかし、どちらの方法で成立した和解であっても、その内容を記載した和解調書は、確定判決と同一の法的効力を持ちます。
即決和解のメリットや留意点
即決和解には、いくつかのメリットがあります。最も大きなメリットは、訴訟手続きを経ずに、確定判決と同一の法的効力を持つ「債務名義」を比較的早期に取得できる点です。これにより、万が一、相手方が和解で約束した内容を履行しなかった場合でも、改めて訴訟を起こす必要がなく、この和解調書に基づき速やかに強制執行の手続きを進めることが可能になります。
また、訴訟に比べて手続きが簡易であるため、申立手数料が請求金額にかかわらず2,000円と、費用負担を抑えられる点もメリットと言えるでしょう。
さらに、公正証書は金銭債権の強制執行しかできず、不動産の明渡しの強制執行を行うことはできません。一方、即決和解の場合には、不動産の明渡しにかかる強制執行も行うことができます。
一方で、留意すべき点も存在します。即決和解は、あくまで当事者間で事前に合意した内容に基づいて行う手続きです。そのため、相手方(借主)が和解に応じる意思がない場合や、合意内容について交渉の余地がなく意見が対立している場合には利用できません。
まとめ:戦略的な和解で不動産経営のリスクを賢く回避しよう

本記事では、明け渡し訴訟における「和解」という選択肢に焦点を当て、その詳細やメリット、注意点、そして具体的な手続きの流れについて解説しました。
和解の最大のメリットは、時間と費用の大幅な削減です。判決まで進むと解決まで1年以上かかることもありますが、和解であれば比較的早期に合意に至りやすくなります。
合意内容が守られなかった場合でも、改めて訴訟を起こすことなく、和解調書に基づいて速やかに強制執行の手続きへ移行できます。
明け渡し訴訟は、単に物件を取り戻すだけでなく、その後の不動産経営の安定にも影響を与える重要な局面です。
そこで、和解という選択肢を戦略的に活用しながら、不動産経営におけるリスクを賢く回避していくことをお勧めします。そのためには、不動産取引に強い弁護士に早期に相談や委任することを検討することも大切です。
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