男女が婚姻届を提出して夫婦となる場合、その前提として婚約をしてから結婚することが多いでしょう。ただ、中には、婚約をしてから婚姻届を提出するまでに、様々な事情により婚約が解消されることがあります。
しかし、「正当な理由」もなく一方的に婚約を破棄すれば、婚約破棄の原因を作った婚約者は損害賠償責任を負うことになります。婚約破棄の損害額は、婚約期間や婚約の成熟度、不倫やDV等の有責行為の有無等を根拠に計算します。特に、婚約者の不倫・浮気は慰謝料額を高額化させる理由の一つとなります。
婚約破棄された場合に、慰謝料等を請求できるのか、請求できるとしていくら認められるのかを解説していきます。
婚約破棄の慰謝料とは?
婚約が正当な理由なく破棄された場合、婚約破棄によって生じた精神的苦痛を慰謝料として請求することが認められます。
婚約破棄の慰謝料額は、様々な事情に応じて計算されますが、30万円から300万円となることが多いです。幅の広い相場感となっていますが、婚約期間や婚約破棄の理由などによって適正な慰謝料額が判断されます。
手切れ金と慰謝料の違い
俗に言う手切れ金と慰謝料は全く異なる性質のものです。
手切れ金とは、法律で定義された用語ではありませんが、一般的に男女関係を清算・解消するために支払われる金銭をいいます。法律の世界では、「解決金」と呼ばれる金銭がありますが、手切れ金は解決金の一種とも言えます。
他方で、慰謝料とは、婚約破棄によって生じた精神的な苦痛に関する損害賠償の一つです。
そのため、手切れ金とは明らかに異なる性質のものです。
婚約破棄の慰謝料の条件
婚約破棄による慰謝料請求が認められるためには、①婚約が成立していること、②婚約破棄に正当な理由がないことが必要です。
以下では、婚約破棄の慰謝料請求の条件を詳しく解説します。
婚約が成立していること
婚約破棄を理由とした慰謝料請求をするためには、その前提として婚約が成立していることが必要です。
婚約は当事者の約束で成立するものです。婚約は口約束であっても成立します。
しかし、婚約は、『将来結婚しようね。』といった不確定なものでは成立しません。
婚約を証明できること
仮に、婚約が確定的に成立していたとしても、慰謝料の請求をする方が婚約が成立していることを証明しなければなりません。
しかし、口約束であれば、言った言わないの水掛論になってしまい、口約束だけでは婚約の存在を十分に証明できません。
そこで、婚約が成立していることを証明するために、婚約を前提に結婚に向けて行われるイベント等を客観的な資料によって証明していくことが必要となります。
婚約を証明するための事情としては以下のようなものがあります。
婚約の証拠 |
・婚約指輪・結婚指輪 ・両親顔合わせ ・結納 ・結婚式場の予約 ・新婚旅行の申込み ・結婚を理由とした退職(寿退社) ・子どもの妊娠・出産 ・同棲や新居の確保 |
Tips!結納とは
昨今では結納が実施されるケースも少なくなってきたため、馴染みも薄くなってきました。
結納とは、婚約が調った証として、熨斗や末広などの縁起物や現金を取り交わす慣習です。
ゼクシィ結婚トレンド調査 2021によれば、両家の顔合わせのみ行った人が80%以上、結納を行った人は10%にも満たない状況です。
既婚者との婚約は成立するのか
交際する相手方が既婚者であるが、将来離婚した時に結婚するという婚約は無効であると考えられています。
しかし、結婚の約束をした経緯が、相手方に対して、『近々配偶者と離婚する。』と嘘をついて性的な関係を持ち交際を開始させたような場合には、貞操権侵害を理由に損害賠償請求できる可能性があります。
婚約破棄に正当な理由がないこと
婚約破棄による慰謝料請求をするためには、婚約破棄に正当な理由がないことが必要です。
婚約をした当事者は、婚約に基づき婚姻を成立させるように努力する義務を負います。
そのため、婚約をした当事者が、正当な理由なく婚約破棄をすると、婚約の不当破棄として損害賠償を受けることになります。ただ、婚姻するか否かは、あくまでも当事者の自由な意思によって判断されるものであり、結婚することを法的には強制させることはできません。
婚約破棄の正当な理由とは?
婚約破棄に正当な理由がある場合には、その婚約破棄を理由とした損害賠償請求は認められません。
正当な理由とは、将来円満な夫婦関係を期待できないような、やむを得ない事情です。なお、婚約破棄の正当理由については、『婚約解消の動機や方法等が公序良俗に反し,著しく不当性を帯びている場合に限られる』と考える見解があります(東京地裁判決平成5年3月31日)。
正当な理由が認められる具体例
正当な理由として肯定される典型例は以下のとおりです。
- 社会常識を相当逸脱した言動があった場合(福岡地裁小倉支部昭和48年2月26日)
- 結婚式10日前に無断で家出をして結婚式の実施を不可能にした場合
- 相手方が別の人と性行為に及んだ場合
- 相手方による暴力や侮辱的な言動に及んだ場合
- 正常な性交ができない身体的な欠陥や病気がある場合
正当な理由が否定された例
正当理由とはいえないとされた例は以下のとおりです。
- 破棄をした者が婚約者以外の人と結婚したこと(最高裁判決昭和38年12月20日)
- 破棄をした者が別の人と性行為に及んだこと
- 民族的差別を理由とする場合(大阪地裁昭和58年3月8日)
- 被差別部落差別を理由とする場合(大阪地裁昭和58年3月28日)
- 相手方の気が強いなどの性格の不一致
- 親から結婚の同意を得られない場合(親の反対)
- 特定の宗教を信仰している
なお、婚約を解消した側の主張する理由が単なる口実で、解消した理由が別の事情で、その事情が信義に反するものといえる場合には、正当理由は否定されます。
婚約破棄の慰謝料額の相場
婚約破棄の慰謝料額の相場は、30万円から高額になる事案になれば300万円にも及びます。
慰謝料額を左右する事情は、以下のようなものがあります。
✓ 婚約期間 ✓ 婚約の成熟度 ✓ 子供の妊娠や出産の有無 ✓ 婚約者以外の異性との浮気不倫・性交渉の有無 ✓ 国籍や出自を理由にする場合 ✓ DVやモラハラが原因となっている場合 ✓ 婚約者の年収・社会的地位・年齢 |
婚約期間
婚約期間が長ければ長いほど慰謝料額は高額になる傾向です。
婚約期間が長ければ、婚約者の婚姻に対する期待は大きくなるからです。
婚約の成熟度
色々な結婚準備を進めたことで婚約の成熟度が高く、ほぼ婚姻関係と変わらない関係となっていれば、慰謝料額は高くなります。
婚約をしたばかりの男女よりも、婚約指輪の購入、結納、両親顔合わせ、式場予約、住居の確保といった結婚に向けたプロセスが進行していればいるほど、当事者の結婚に向けた期待度は高くなります。
なお、婚約に至った経緯も慰謝料額の算定要素になるケースもあります。
【東京地裁平成28年10月20日】
〇結論
30万円
〇判断
女性と男性とは、男性の婚姻中から不貞行為を開始したことをきっかけに婚約に至ったのであり、女性の婚姻成就に対する期待は、男性と元妻間の婚姻秩序を侵害しつつ発生したものといわざるを得ない。
婚約破棄による女性の被侵害利益を金額として評価するにあたっては控えめに算定せざるを得ない。
子供の妊娠や出産
婚約期間において、女性が婚約者の子どもを妊娠している場合や出産している場合も慰謝料額は高額になる傾向です。
子供の妊娠や出産により、子供を含めた家族関係を構築することに強い期待を持つと考えられるからです。また、婚約破棄後に、女性が男性の子供を女手一つで養育することの大きな負担も考慮されています。
【東京地裁判決令和2年2月17日】
〇結論
100万円
〇判断
交際期間中に堕胎できない身となり、婚約破棄後に子を産んでいること、男性が出産した子に対して何らの協力もしていないこと、同居する母親の援助を得ながら子を養育しているが、妊娠・出産・育児に伴って就労に制限があるため生活が逼迫している。
婚約破棄に至った状況も踏まえると、精神的苦痛を慰謝するには100万円が相当と認める。
【東京地裁平成19年4月27日】
〇結論
100万円
〇判断
女性が、婚約期間中、男性と同居して妊娠し流産したこと、男性の婚約不履行の動機が別の女性との交際にあったとうかがわれること、他方、知り合ってから婚約破棄に至るまでの期間が5か月余りにすぎないこと、結婚の準備のために特別の経済的出えんをした事実はうかがわれないことなどの諸事情を総合考慮すると、精神的苦痛を慰謝するための慰謝料の額は,100万円が相当である
婚約者以外の異性との浮気不倫
異性との性行為などの浮気不倫は、慰謝料額を高くする事情になります。
婚約者は婚約を遵守する義務を負っています。しかし、婚約者以外の人と肉体関係を持つ行為は、婚約当事者の信頼関係を破壊する背信行為であり、婚約を遵守する義務に反します。
そのため、婚約中の異性との性行為は、各事情の中でも慰謝料額をより高くする事情の一つといえます。
婚約者の性行為に関する問題は後述します。
【東京地裁平成28年11月14日】
〇結論
150万円
〇判断
男性は、女性と婚約して自分の子を産ませるにまで至ったものの、別の女性とも交際するようになった。女性は、男性の子を出産して婚約したこと、調停が申し立てられるまで子供の認知を拒んだことなどの諸般の事情を総合考慮すると、慰謝料は150万円と認めるのが相当である。
【東京地裁判決平成29年12月4日】
〇結論
200万円
〇判断
男性は平成27年12月28日に別の女性と婚姻したことにより、女性との婚約を一方的に破棄したものである。
同居期間は約3年と長期間にわたっており、同居期間中には女性が2回にわたり男性の子を妊娠し、人工妊娠中絶を行っていたことなどの事情からすれば、女性に生じた精神的苦痛に対する慰謝料としては、200万円が相当である。
国籍や出自を理由とする婚約破棄
国籍や出自を理由とする婚約破棄の慰謝料額は高額になる傾向です。
国籍や出自を理由とする婚約破棄は、民族的な差別というべきものであり、過去の裁判例を見ると、いずれも高額の慰謝料額が認められています。
DVやモラハラ
婚約者による暴力や人格非難が行われて、婚約が解消された場合には、慰謝料額は高額になります。
一方的な暴力や悪質な人格非難は、婚約者の心身を深く傷付ける行為であり、婚約関係を破綻させる背信行為といえるからです。
婚約者の浮気を理由とした慰謝料請求
婚約者が浮気をしたことで婚約破棄に至った場合、慰謝料請求することができます。
婚約が有効に成立している場合、婚約者は婚約を実現できるように尽くす義務を負います。それにもかかわらず、別の異性と性行為を行うことは、婚約を実現させる義務に違反する行為です。そのため、婚約者の義務違反を理由に損害賠償請求をすることが認められています。
浮気を理由とした婚約破棄の慰謝料の相場
慰謝料額の相場は100万円から150万円が相場ですが、交際期間や婚約期間、不貞行為の内容によっては、それ以上となるケースもあります。
先ほど紹介した裁判例も参考にしながら、認められる慰謝料額を算出してみましょう。
婚約者が浮気をする理由
婚約者の浮気が発覚した場合、婚約を継続するか破棄するかは個人の判断に委ねられます。婚約者の浮気を許すかどうかは、結局のところ婚約者が浮気した理由によるところが大きいからです。
婚約者が浮気に手を染める理由は以下のものが代表的です。
- マリッジブルー
- 結婚前に遊んでおきたい
- 関係のマンネリ化
- 元々浮気する性格である
婚約中の浮気の兆候
婚約者の浮気が発覚する原因は、多岐にわたります。なかでも、特に多いのが婚約者の不審な言動によることです。
- 携帯電話を手放さない
- LINE通知を非表示にしている
- 異性が来訪した形跡がある
- LINEの返事が遅い、そっけない
- 会う回数が減少した
- 連絡が付かない時間帯や曜日がある
- 友人などが婚約者の浮気現場を目撃した
浮気・不倫の証拠を揃える
婚約中の浮気が慰謝料請求の対象として認定されるためには、浮気を客観的に証明する証拠を握っている必要があります。
婚約破棄に伴う慰謝料請求を行うためにも、「性的関係を伴う浮気」という証拠をしっかりと集めておくことが大切です。
- 性行為の写真や動画
- 性行為に関するLINEメッセージ
- ラブホテルに入退室する写真や動画
- 避妊具を使用した形跡
- 異性と宿泊したことが分かるメッセージ
- 探偵社の調査報告書
浮気相手に対する慰謝料請求
婚約者が浮気をした場合、浮気相手に対しても慰謝料請求できる場合があります。
しかし、婚約者の不貞行為があれば、浮気相手に対する慰謝料請求は常に認められるものではありません。
浮気相手の故意と過失
浮気相手は、婚約の当事者ではなく第三者です。そのため、浮気相手が、婚約の事実を知っていたにもかかわらず、婚約者と性行為に及んだことが必要です。
単に交際していることを認識しているだけでは不十分です。当事者が婚約していることを認識している、あるいは、認識していなかったとしても、不注意により知らなかったといえることが必要です。
これを法律の世界では、「故意」「過失」と呼び、被害者側において、不倫相手の故意・過失を証明しなければなりません。
浮気相手に対する慰謝料の時効
浮気相手に対する慰謝料請求権は3年の消滅時効となります。
当然ですが、婚約当事者は、浮気相手との間で婚約のような合意をしていません。
そのため、約束違反による損害賠償請求をすることができません。この場合、浮気相手の婚約者との不貞行為により、他方の婚約者の権利・利益を侵害することを理由に、不法行為の損害賠償を請求することになります。
不法行為の損害賠償の時効は、3年となります。ただ、この3年の消滅時効は、被害者が婚約者の浮気行為を知ったことに加えて、その浮気相手の名前と住所を知った時から進行します。
経済的な損害の請求
婚約をすれば婚姻に向けて準備を進めていきます。
しかし、婚約が解消されると、この準備のために支出した費用が無駄になってしまいます。例えば、披露宴の費用やキャンセル料、結婚後に使用する家具の購入費用、婚約指輪の購入費用が挙げられます。
また、婚約に伴って会社を退職している場合、将来得られたであろう収入(逸失利益)も損害賠償として認められる可能性もあります。
結納金
結納は、法的には婚約の成立を確認するとともに将来、当事者やその家族の関係を良好なものとするために授受される贈与と考えられています。
そのため、婚約破棄となった場合には、結納金は不当利得として返還しなければなりません。ただ、婚約解消な責任ある者が結納金の返還を求めることは信義則に反するとして認められないことがあります。
婚約破棄の慰謝料の請求方法・手順
婚約破棄の慰謝料請求をする手順を紹介します。適切な方法で進めなければ、本来認められるべき慰謝料も認められなくなる可能性があります。
証拠集めをする
婚約の成立や婚約破棄の理由を証明できる客観的な証拠を準備しておきましょう。テレビ番組の影響により、証人尋問の証言と代理人弁護士の演説が重視されていると考えている人がいます。
しかし、訴訟手続において、裁判官は基本的には証拠によって事実認定と損害の評価をします。また、代理人弁護士が裁判期日において演説することはありません。
準備書面を提出することで、それぞれが主張したい事項を主張するに留まります。そのため、婚約破棄に関する証拠をあらかじめ保全しておくようにすることが重要となります。
慰謝料等を求める内容証明郵便の送付
相手方に対して、婚約の不当破棄を理由とした損害賠償を求める通知書を送付します。
相手方に対する慰謝料請求は口頭でも行うこともできますが、請求の内容が不明確になったり、事後的に請求内容を証明することが難しくなることもあります。
そこで、送付した文書の内容や送付時期を事後的に証明するため、通知書は内容証明郵便を用いて送付するようにします。
交渉を進める
通知書を送付した後、婚約破棄に関係する事項や慰謝料の金額について相手方と協議を進めます。
ただ、多くの事案では、相手方からは、婚約は成立していない、婚約破棄に正当な理由があるといった主張がなされます。このような主張が理由となり、相手方との交渉が破談してしまいます。
合意書を作成する
相手方や浮気相手との話し合いの結果、合意ができた場合には合意書を作成します。相手方らが婚約破棄の慰謝料を分割払いで支払う場合には、公正証書により作成することも検討します。
合意書には以下の内容を盛り込むようにします。
①婚約破棄による慰謝料額 ②慰謝料の支払期限と支払方法 ③分割払いを滞納した場合の期限の利益を喪失する条件 ④接触禁止(正当な理由なく接触しないこと) ⑤口外禁止(正当な理由なく口外しないこと) ⑥清算条項(互いに権利義務がなく、今後金銭請求しないこと) |
公正証書を作成する場合には、強制執行認諾文言を規定することで、支払いの滞納時に裁判手続きを経ずに強制執行を行うことができます。
訴訟提起をする
相手方が請求を拒否する場合や慰謝料請求の通知を無視する場合には、裁判所に対して訴訟提起することになります。
訴訟手続では、慰謝料の支払いを求める原告が、「婚約が成立したこと、正当な理由なく婚約破棄されたこと、これによって損害を受けたこと」を客観的な証拠により立証しなければなりません。
慰謝料の支払いを求められている被告は、原告の請求に対して、婚約は成立していないことや婚約破棄に正当な理由があることを反論することになります。
婚約破棄の慰謝料請求には時効がある
婚約破棄の慰謝料は、約束違反による損害賠償といえます。約束違反(債務不履行)の損害賠償の時効は、5年とされています。
婚約破棄を受けてから5年も放置することは考えにくいですが、5年の時効期間が経過すると、消滅時効により慰謝料請求権は消滅しますので注意が必要です。
なお、婚約破棄の慰謝料請求を不法行為の損害賠償とする場合には、後述のとおり3年の時効となります。
婚約破棄の慰謝料の問題は弁護士に相談しよう
婚約破棄による損害賠償をするにあたっては、婚約が成立していることを裏付ける客観的な証拠が非常に重要です。
単なる口約束だけでは、婚約が認められない、あるいは認められたとしても慰謝料額は小さく算定されることが多いです。
そのため、計画的に証拠を収集していくことが求められます。まずは弁護士に相談してみましょう。
お気軽にご相談ください。初回相談30分を無料で実施しています。
面談方法は、ご来所、zoom等、お電話による方法でお受けしています。
対応地域は、大阪難波(なんば)、大阪市、大阪府全域、奈良県、和歌山県、その他関西エリアとなっています。