相続分の譲渡は多くの方にとって馴染みのない言葉かもしれません。
特に相続手続が絡むと、何をすればいいのか、何が一番の選択肢なのか悩むことも多いでしょう。
相続手続きでは、相続人全員で遺産分割協議を行い、遺産分割が成立すれば、その分割内容に沿って遺産を引き継ぐのが通常です。
しかし、遺産分割協議に関与したくない場合に、相続分を譲渡することで相続人との話し合いから解放することができます。その上、相続分の状態に対する対価を得られることもあります。
ただし、故人に借金がある場合には、相続分譲渡をするだけでは、借金の責任から解放されないことに留意しなければなりません。また、相続分譲渡をするためには、相続分譲渡の証明書を作成するなどしなければなりません。
この記事では相続分の譲渡について詳しく説明し、そのデメリットや相続放棄との違いを明らかにします。
相続分の譲渡とは?
相続分の譲渡とは、相続人が自分の相続に関する権利をその他の人に移転することを指します。
相続が開始した際、相続人にはそれぞれの法定相続分が認められます。この相続分を譲渡することで、相続手続きから外れたり、金銭的な対価を受け取ったりできることがあります。
譲渡の対象となる相手は相続人である必要はなく、第三者にも可能です。また、譲渡は有償でも無償でも行うことができます。
相続分を相続人ではない人に譲渡できる
相続分の譲渡とは、特定の人に相続分を譲る行為です。譲渡先はその他の相続人でもいいですし、相続人ではない人でも問題ありません。つまり、相続分を他の相続人に譲渡する事例が一般的ですが、法的には相続人以外の第三者に譲渡することも可能です。
ただし、相続人でない第三者に相続分を譲渡することによって、遺産分割の協議にその第三者が加わることになるため、他の相続人との調整が必須となります。特に、遺産分割協議において第三者との議論が複雑化する可能性もあります。
相続分の一部も譲渡できる
相続分譲渡は、相続分の全てを譲渡するだけでなく、その一部を譲渡することも可能です。
ただし、相続分の一部譲渡をする際には、譲渡する割合を明確にした契約書や合意書を取り交わすことが重要です。
複数人への譲渡もできる
相続分を譲渡するとき、その相続分を1人だけでなく複数の人に対して分割して譲渡することも可能です。例えば、相続人間の公平を期すために、各相続人に平等に相続分を譲渡するような場合です。
一方で、相続人ではない複数の第三者に相続分を譲渡すると、相続分を有する権利者が乱立してしまい、遺産分割協議を難しくするおそれがあるため注意が必要です。
譲渡の対価は無償でも有償でも可
相続分の譲渡は、譲渡者と譲受者の合意に基づき無償でも有償でも行うことができます。
有償譲渡の場合には、その対価の金額や支払時期・方法を明確に合意をして、文書化することが大切です。
なお、相続分の無償譲渡は、譲渡者の相続手続において特別受益とされる可能性があるため注意しましょう。
相続分譲渡ができるケース
相続分譲渡は、相続人であれば常にできるわけではありません。遺言書がある場合には、相続分を譲渡できないこともあります。
遺言書がない場合はできる
遺言書がなければ、法定相続人が相続分を取得しますので、その相続分を譲渡することができます。
相続させる遺言がある場合はできない
遺言書では、特定の相続人に財産を相続させる趣旨の遺言が用いられることが一般的です。
この相続させる遺言は、遺産分割方法を指定したものと考えられていますが、遺産分割方法の指定がされた場合には、何の行為をすることもなく、遺産は故人の死亡によって直ちに相続人に承継されます。
そのため、相続させる遺言がある場合には、相続分を譲渡することができません。
遺言で包括遺贈されている場合はできる
遺言が包括遺贈されている場合には、相続分の譲渡をすることができます。
遺贈とは、相続人ではない人に遺産を死亡時に贈与することをいいます。包括遺贈とは、特定の財産ではなく割合をして遺贈することをいいます。具体的には、「甲に遺産の5分の1を遺贈する。」といった具合です。
包括遺贈を受けた場合には、その包括遺贈の割合に沿って相続分の譲渡をすることができます。
遺言で特定遺贈されている場合はできない
特定遺贈とは、特定の財産を遺贈することをいいます。
特定遺贈の場合、相続させる遺言と同じように、相続分の譲渡をすることはできません。
相続分を譲渡するメリット
相続分を譲渡することにはいくつかのメリットがあります。
まず、相続分を譲渡することで、複雑な遺産分割の手続きから解放されるという点が挙げられます。
また、譲渡によって対価を得ることが可能である点も見逃せません。
このように、相続分の譲渡は、煩雑な手続きからの解放と経済的利益の双方を得られる点で、相続人にとって有用な選択肢の一つとなり得ます。
遺産分割の手続から解放される
相続分の譲渡により、遺産分割の手続から解放されることが大きなメリットとして挙げられます。通常、遺産分割協議では相続人全員が話し合いを行いますが、相続人間の話し合いには多くの時間と労力が必要です。しかし、相続分を譲渡することで、遺産分割協議に伴う様々な負担から解放されることが可能になります。つまり、相続人との話し合いにより生じる心理的なストレスや時間的な拘束から解放されるため、多忙な人や相続問題にあまり関わりたくない人にとって、有用な選択肢となり得るのです。
遺産分割協議を進められる
相続分譲渡により、相続人の人数を減らすことができ、遺産分割手続を簡便にすることができます。
相続人の人数が多ければ多いほど、合意形成は煩雑となります。そして、相続人がその他の相続人に対して、相続分を譲渡することで、遺産分割協議に参加しなければならない相続人の人数が減ります。ただ、相続分の譲渡が相続人以外の第三者に譲渡されたり、相続分の一部譲渡の場合には、相続人の人数に変動がない、場合によっては増えるため、かえって遺産分割協議が難航する場合もあります。
譲渡対価を得られる
相続分の譲渡において、譲渡対価を得られることはメリットの一つです。
この対価とは、相続分の譲渡に対して受け取る報酬のことであり、有償譲渡の場合に発生します。先ほど解説したように、相続分を譲渡することで、相続に関する煩雑な手続きから一早く解放されるだけでなく、同時に金銭的な利益を得ることもできるため、特に長期化しがちな遺産分割協議を避けたい場合に有効な選択肢と言えるでしょう。
相続分譲渡と相続放棄の違い
相続分譲渡と相続放棄は、遺産を取得しない点で共通していますが、これらには大きな違いがあります。
相続分譲渡は、譲渡した後も相続人の地位は失われないため、故人の負債からは免れることができません。
他方で、相続放棄により、相続人は初めから相続人でなかったものとされ、したがって、資産も負債も継承しなくなります。
それぞれの手続きの違いを理解し、適切な選択をすることが求められます。
相続財産の一部だけを対象にできるか否か
相続分譲渡では、相続分の一部だけを譲渡することが可能です。一方、相続放棄は権利義務の一切を放棄するもので、部分的な放棄はありません。
誰に相続分を譲るかを選べるか否か
誰に相続分を譲るかという点においても違いがあります。
相続分譲渡では、譲渡先を選べる自由があります。相続人以外の第三者への譲渡も可能です。しかし相続放棄では、特定の者への譲渡という選択肢がなく、相続人としての地位自体を放棄する形になります。
債務の支払い義務がなくなるか否か
第三の違いとして、債務に関する義務の消滅についてです。
相続放棄を選ぶと、相続債務の支払い義務は免除され、相続人としての地位を最初から持たなかったとみなされます。他方で、相続分譲渡では譲渡人自身の債務の支払い義務は続きます。具体的には、債権者との関係でいえば、相続分譲渡があっても、債権者は譲渡人に対して債権の弁済を求めることができます。
期限と手続の違い
制度面でも違いがあります。
相続放棄は家庭裁判所に対する申述が必要であり、相続開始を知った日から3ヶ月以内という期限があります。これに対して、相続分譲渡には裁判所の手続きが不要で、特に期限も設けられていません。
相続分譲渡ではなく相続放棄をするべき場合
相続債務がある場合は、相続分の譲渡よりも相続放棄を選択することが賢明です。
相続分の譲渡は、相続人が自らの相続分を他の誰かに譲り渡す手続きですが、相続債務の債権者は、相続分譲渡に関知していません。そのため、債権者は、たとえ相続分譲渡が行われても、譲渡人の相続人に対して、債権の行使をすることができます。つまり、相続分譲渡を行っても相続債務からは免れないのです。
一方、相続放棄を行うことにより、債務を負うことを避けることが可能です。
したがって、相続財産に債務が含まれており、その負担を回避したい場合には、相続分譲渡ではなく相続放棄が適しています。
相続分譲渡と相続分放棄の違い
相続放棄に似た制度として相続分の放棄があります。
相続分の放棄とは、相続人が自分の相続分を一方的に放棄することです。相続放棄のように裁判所を利用せず、期間制限もありません。また、相続債務の債権者に対して、相続分の放棄後も相続債務の責任を負い続けます。
相続分譲渡は特定の人との間で成立する合意ですが、相続分放棄は一方的に放棄するものです。
相続分譲渡に必要な手続
相続分を譲渡する際の手続きには、まず相続分譲渡証明書の作成が必要です。相続分譲渡証明書を作成した上で、遺産分割協議を進めていきます。
相続分譲渡証明書を作成する
相続分譲渡証明書は、相続分を他者に譲渡したことを証明するために必要な書類です。
相続分譲渡は、譲渡人と譲受人との間の契約です口頭でも契約は成立します。しかし、口頭での契約は、言った言わないの問題となり、事後のトラブルを引き起こします。
相続分譲渡をする際に、譲渡人と譲受人との間で合意書を正しく作成することで、後々のトラブルを未然に防ぎ、スムーズに手続きを進めることが可能となります。
また、相続分譲渡証明書を作成することで、相続分を譲り受けたことを証明することができ、遺産分割協議を円滑に進めることもできます。遺産分割調停に移行する場合も、相続分を有することを証するためにも、証明書の役割は重要です。
相続分譲渡証明書の内容
相続分譲渡証明書には、誰が誰に対して、いつ、相続分のどの程度(全部か一部か)をいくらで(有償か無償か)譲渡したのかを明記します。
また、被相続人の氏名、最後の住所、相続開始日を明記して、相続分の内容を明らかにします。
その上で、年月日、譲渡人と譲受人の住所・氏名を記載した上で、捺印をします。印鑑は実印ではなく認印でも構いませんが、できれば実印で捺印した上で印鑑登録証明書を添付するのが望ましいです。
相続分譲渡を前提に遺産分割協議をする
相続分を譲渡したら遺産分割協議を進めます。
相続分を譲り受けた場合には、相続分譲渡証明書を提出することで、相続分を取得したことを説明します。その上で、相続分譲渡を前提として、相続人間で遺産をどのように承継するかを協議していきます。
話し合いの結果、遺産分割が成立した場合には、遺産分割協議書を作成します。遺産分割協議書には、相続分譲渡が行われたことを明記しておきます。
相続分譲渡の注意点
相続分を譲渡する際にはいくつかの重要な注意点があります。
相続分の譲渡は相続税の対象となり、通常の2割増しで課税されることがありますので、税務上の影響を慎重に評価する必要があります。
また、取戻権の行使を受ける可能性も念頭に置いておくべきです。さらに第三者に譲渡することで、その第三者が遺産分割に参加することになることも考慮が必要です。譲渡に伴う税金についても、相続人や第三者に対して無償または有償で譲渡した場合、それぞれのケースで異なる税金が発生しますので、事前に税理士等の専門家に相談し、適切な対策を講じることが推奨されます。
相続税の対象となる
相続分を譲渡した場合でも譲渡人に相続税がかかることがあります。
まず、相続人に対して相続分を無償譲渡した場合、譲渡人に相続税は課税されません。他方で、有償譲渡の場合には譲渡対価に対して相続税が課税されます。
次に、相続人以外の人に譲渡した場合には、先ほどとは異なり、譲渡人に相続税が課税されます。また、有償で譲渡した場合には、所得税も課税されるため注意しましょう。
取戻権の行使を受ける可能性がある
相続分を譲渡する際には、取戻権の行使を受ける可能性があることを念頭に置く必要があります。取戻権とは、相続人が第三者に対して相続分を譲渡した場合に、一部の相続人がその相続分を取り戻すことができる権利を指します。
取戻権は、譲受人が相続人ではない第三者であると、遺産分割協議に他人が介入してくることになり、話し合いが停滞するおそれがあるために、相続手続を円滑に進めるために認められたものです。
取戻権は、第三者に相続分譲渡された場合を対象としており、譲渡時から1か月以内に行使することが必要となります。また、有償譲渡だけでなく無償譲渡の場合も対象となります。さらに、取戻権を行使した場合には、相続分の評価額と費用を支払う必要があります。
無償譲渡は特別受益になる可能性
相続分の無償譲渡が特別受益になる可能性があります。
例えば、父の相続時に、母が子供Aに相続分を譲渡した場合、母の相続時において、過去の相続分の無償譲渡が特別受益として考慮される場合があります。
特別受益とは、生前贈与などにより、相続人が故人から受けた特別の利益をいい、特別受益を遺産の前渡しとして、具体的な相続分の修正をします。
以上のように相続分の無償譲渡の場合には、特別受益として考慮される可能性があるため留意しましょう。
最高裁判決平成30年10月19日したがって、共同相続人間においてされた無償による相続分の譲渡は、譲渡に係る相続分に含まれる積極財産及び消極財産の価額等を考慮して算定した当該相続分に財産的価値があるとはいえない場合を除き、上記譲渡をした者の相続において、民法903条1項に規定する「贈与」に当たる。 |
遺留分侵害額請求権の対象となる
相続分の無償譲渡が遺留分侵害請求の対象となる可能性があります。
先ほど解説したように、譲渡人の相続との関係では、相続分の無償譲渡が特別受益にあたる贈与となります。
他の相続人の遺留分が侵害されている場合、遺留分侵害額請求をすることができます。遺留分請求の対象は、相続開始時の遺産だけでなく、生前贈与も対象となります。この生前贈与は、相続人に対する贈与であれば相続開始前10年前、相続人でない人に対する贈与であれば相続開始前1年前に限定されます。
そのため、相続分の譲渡も遺留分請求の対象となる可能性があります。
第三者が遺産分割に参加する
第三者が遺産分割に参加することになると、相続の過程が複雑化する可能性があります。
相続人ではない第三者に相続分が譲渡されることにより、遺産分割協議の場で新たな利害関係が生まれます。これにより、相続人間での合意が難しくなることもあります。特に、第三者であっても積極的に意見を述べたり、法的な権利を主張することができるため、これまでの相続人たちだけでの合意形成とは異なったプロセスが必要とされます。
相続分の譲渡は難波みなみ法律事務所へ
相続分の譲渡には遺産分割協議から解放されるなどのメリットはあります。一方で、依然として相続債務の負担は続きますし、相続税や所得税の税負担も生じる可能性があります。
相続分の譲渡をするべきか、相続放棄をするべきかの選択に悩んでいる場合、期限の関係もあるため速やかに弁護士に相談しましょう。
相続分譲渡を選択する場合にも、相続分譲渡の合意内容を証明するためにも相続分譲渡の証明書を適切に作成する必要があり、弁護士によるリーガルチェックを経ておきましょう。
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