賃貸物件の借主が突然亡くなった場合、貸主であるオーナーは、賃貸契約を終了させて明渡しを求めることはできるのでしょうか?
借主が死亡した以上、契約は当然に終了し物件内への立ち入りができるような気もします。
しかし、後述するように、借主が死亡したことを理由に契約を終了させることはできません。
そのため、勝手に物件内の家財類を処分することはできません。
今回のコラムでは、借主が亡くなった場合の対応について解説していきます。
借主が死亡するとどうなるの?
賃貸借契約とは?
マンションや一軒家などの不動産をその所有者が貸して、借主が賃料を払ってこれを使用する契約を賃貸借契約といいます。
駐車場の利用のために土地を借りる場合も、賃貸借契約となります。
借主が亡くなっても契約は続く
借主が亡くなっても、当然に賃貸借契約が終了するわけではありません。
賃貸借契約では、賃料を支払う借主に対して、不動産を使用させる権利を与えています。
この不動産を使用する権利は、相続によって引き継がれる財産です。
そのため、借主が亡くなっても、借主の相続人が、亡くなった借主が有していた不動産を利用する権利を相続することになります。
したがって、貸主であるオーナーは、借主が死亡したことのみを理由に、賃貸借契約を解消させることはできないのです。
ただ、死亡とは別に、賃料を滞納しているような場合には、賃料の不払いを理由とした契約の解除が認められる可能性はあります。
相続されるとどうなるのか?
借主が不動産を使用する権利は、相続財産として、借主の相続人に承継されます。
借主の相続人が1人の場合には、相続放棄をしない限り、その相続人が借主の地位を相続します。
借主の相続人が複数いる場合には、その相続人間で、誰がどの財産を取得するのかを話し合いをする必要があります。
これを遺産分割協議と呼びます。
遺産分割協議がなされない場合、借主の地位は相続人全員で共有されることになります。
相続人を確定させる方法
亡くなった借主の相続人が誰であるのかを確定させる必要があります。
確定させる方法は、本籍地の記載のある住民票を取り寄せた上で、借主の戸籍謄本を取り寄せていきます。
亡くなった事が記載された戸籍謄本を取り寄せ、これを起点に過去の戸籍謄本を取り寄せます。
相続人が継続を希望しない場合
賃借人の死亡後、賃貸物件に誰も住んでいないような場合、家賃の負担等を考慮して、相続人が賃貸借契約の継続を希望しない場合があります。
このような場合には、早期に相続人との間で賃貸借契約を終了させる合意をする必要があります。
相続人が1人あるいは複数いたとしても、その内の1人が借主の権利関係を相続している場合には、その相続人との間で合意書を作成していきます。
他方で、相続人が複数で、かつ、遺産分割が未了の場合や遺産分割が終わっていても、複数の相続人が借主の地位を承継している場合、その複数の相続人との間で合意書を作成していくことを要します。
合意書には何を規定するべきか
表題
合意書の表題については、法律上、特別な要件はありません。
単に『合意書』でもいいですし、『賃貸借契約に関する合意書』といった具合で記載してもらったも結構かと思います。
柱書
柱書には、合意書にサインをする当事者の名前と、どのような合意をするのかといった概要を記載することが多いです。
賃貸人〇〇と賃借人■■は、後記物件目録記載の建物(以下『本件建物』という。)を対象物件とする賃貸借契約(以下『本件契約』という。)について、以下のとおり合意した。
相続による賃借人の変更
必須ではないですが、借主の死亡によって借主が変わっていますので、相続に伴って賃借人が変更した事を念のため確認する規定を定めることがあります。
賃貸人〇〇と賃借人■■は、旧賃借人◎◎が、令和〇年〇月〇日に死亡し、■■が旧賃借人◎◎を相続したことに伴い、本件契約の賃借人たる地位を承継したことを確認する。
合意解約
賃貸借契約を貸主と借主の間で合意により終了したことを明記します。
賃貸人及び賃借人は、本合意書作成日に本件契約を合意により解約したことを相互に確認する。
明渡日の確認
合意書の作成日に直ちに賃貸物件の明渡しを受けることもあるかもしれません。
多くの事案では、合意書作成時からしばらく経過してから明渡しを受けます。
しかし、合意書の作成により、既に賃貸借契約を合意により終了させているため、合意後においては借主は物件を使用する権原を失います。
そこで、いつまでに賃貸物件を明け渡す必要があるのかを明記しておくことが必要です。
1 賃貸人は賃借人に対して、令和〇年〇月〇日まで本件物件の明渡しを猶予する。
2 賃借人は、前項の期限までに本物件の鍵を手交する方法により本件物件を明け渡す。
原状回復
借主は貸主に対して、契約の終了によって物件を明け渡す場合、賃貸物件を原状に戻さないといけません。
この原状回復ですが、経年劣化による損耗や普通に使用していたことによる損耗は対象外とされます(原則)。
そのため、原状回復は、物件内の家財類や造作物等を搬出することに加えて、わざと壁を壊したりといった故意・過失によって生じた損耗を修復することを対象としています。
賃借人は、前条の明渡しの際、本件物件内にある家財類その他動産類(以下「動産類等」という。)を搬出し、賃借人のした造作加工(ただし、本件契約締結以後にしたものに限る。)を撤去の上、原状に復して明け渡す。
未払賃料
借主の生前あるいは他界後に家賃の未払がある場合には、その精算をします。
貸主が借主から敷金を預かっている場合には、敷金と未払の家賃とを相殺することが通常です。
1 賃借人は賃貸人に対し、本件契約に基づく未払賃料及び明渡日までの賃料相当損害金として〇〇万円を支払わなければならない。
2 賃借人は賃貸人に対し、前項の金員を令和〇年〇月〇日までに、賃貸人が指定する銀行預金口座に振り込む方法により支払う。振込手数料は、賃借人の負担とする。
契約の継続を希望する場合
相続人が賃貸借契約の継続を希望する場合には、相続の発生により借主の地位は相続人に承継されていますから、あえて契約書等の書面を作成する必要はありません。
ただ、念のため、相続によって借主が変わったことやこれまでの契約内容を確認する意味合いで覚書や契約書を作成することはあります。
複数の相続人がいる場合には、相続人の間で遺産分割協議をしてもらい、契約の継続を希望する相続人が賃貸借契約に関する権利義務関係を承継します。
この遺産分割協議をしている間、賃料の未払が生じないように、相続人から賃料の支払いを受けるようにします。
相続人と連絡が取れない場合
一人暮らしを借主が亡くなった場合、戸籍謄本等を通じて、借主の相続人に連絡を入れる必要があります。
しかし、事案によっては、相続人から全く応答がないような場合があります。
あるいは、相続人から応答があっても適切な対応をしてもらえないこともあります。
当然、この場合には、相続人から家賃の支払いはないでしょうから、賃料不払いの状況となります。
そのため、賃貸人としては、賃料不払いを理由に賃貸借契約を解除することになります。
仮に契約を解除したとしても、判決などがなされていない状況で、勝手に建物内に立ち入って家財類を処分することはできませんので注意してください。
1ヶ月の滞納では解除は難しい
借主が亡くなった後、相続人が賃料を支払わないとしても、1ヶ月の滞納だけで契約を解除できるかというと、原則として難しいです。
なぜなら、賃貸借契約は、一回きりの契約ではなく、何ヶ月、何年と続き、その間賃貸物件の利用に対して賃料が払われ続ける継続的な契約です。
そのため、軽微な契約違反のみを理由に契約を終了させてしまうと、借主に大きな損害が発生してしまうからです。
3か月以上の滞納は必要
賃貸借契約が継続的な契約で、その根底には、貸主と借主の信頼関係が基礎となっています。
そのため、賃料の不払いがあったとしても、この信頼関係が壊れるような状況になることが必要と考えられています。
そこで、賃料不払いを理由に契約を解除するためには、3か月以上の賃料の不払いは必要であると言われています。
相続人に対して請求が必要
まず、1ヶ月目の滞納があった時点で、書面やメールなどで賃料の支払いを催促します。
この時点で相続人の住所が分からない場合には、判明した時点で速やかに支払いを求める文書を送付します。
3ヶ月目の滞納があれば、内容証明郵便で未払賃料の支払いを催告します。
この文書には、所定の期限内に支払いがなければ契約を解除する内容を記載しておきます。
それでも、未払の賃料が支払われない場合、貸主は相続人に対して、契約を解除する通知書を内容証明郵便で送付します。
遺産分割協議が未了の場合には、借主の相続人全員に対して、解除通知を送付する必要があります。
【催告書書式】
通知書
〒000-0000
大阪府〇〇市〇〇町〇〇番地
〇〇殿(✳︎死亡した賃借人の名前)相続人〇〇殿
〒000-0000
大阪府〇〇市〇〇町〇〇番地
通知人〇〇(✳︎賃貸人の名前)
通知人〇〇は、令和〇〇年〇〇月〇〇日、亡〇〇氏との間で、後記物件目録記載の建物(以下『本件建物』と言います。)を対象不動産、賃料を月額〇〇万円とする賃貸借契約(以下『本件契約』と言います。)を締結しました。
賃借人〇〇氏が、令和〇〇年〇〇月〇〇日に他界され、貴殿が〇〇氏を相続したことに伴い、貴殿が本件契約の賃借人たる地位を承継されました。
しかし、賃借人〇〇氏が他界されてから現在まで、本件契約にかかる賃料の支払いはなされておらず、未払賃料の総額は月額賃料の3ヶ月分に相当する〇〇万円に達しています。
つきましては、通知人は貴殿に対して、前記未払賃料〇〇万円を、本書を受領した日から10日以内に後記指定口座宛に振り込む方法により支払うよう請求します。
万が一、前記期限までに未払賃料のお支払いを頂けない場合には、通知人は本契約を解除致します。その場合には、本件建物を原状回復した上で、 速やかに通知人に明け渡しをするよう求めます。
〜以下略〜
相続人がいない場合
相続財産法人となる
亡くなった借主に相続人がいない場合、どうなるのでしょうか?
また、相続人がいたとしても、その全員が相続放棄すれば相続人はいなくなります。
この場合には、亡くなった借主の財産は、相続財産法人という法人となります。
相続財産管理人とは
相続財産法人を管理する人を選任しなければなりません。
相続財産を管理する人を相続財産管理人と呼びます。
相続財産管理人は、亡くなった借主の住所地を管轄する家庭裁判所に対して、相続財産管理人選任の申立てをすることによって、選任されます。
通常、相続財産管理人には弁護士や司法書士が選任されることが多いでしょう。
相続財産管理人に対して明渡しを求める
相続財産管理人に対して、賃料の不払いを理由とした契約の解除を通知します。
通常、相続財産管理人は、契約の継続を希望しないでしょうから、貸主は相続財産管理人との間で、 賃貸借契約を解除することを合意し、物件の明渡しをしてもらいます。
この場合、早期の明渡しをしてもらい、速やかに新規の募集をするために、残置動産の所有権を放棄してもらい、貸主において残置動産の処分を行うこともあります。
未払賃料については回収できないことも
貸主は相続財産管理人に対して、賃貸物件の明渡しを求めるとともに、未払いとなっている賃料の支払いを求めます。
相続財産に未払賃料を払えるだけの余裕がある場合には、相続財産により未払賃料の支払いを受けることができることがあります。
しかし、相続財産がほとんどない場合には、未払賃料の回収は難しいでしょう。
相続人がいないが内縁の妻がいる場合
借主に相続人がいないとしても、借主に同居する内縁の妻がいる場合には、この内縁の妻が借主の権利義務関係を引き継ぐことができます。
内縁の妻が契約の継続を希望する場合、貸主は、内縁の妻に対して、賃料の支払いを求めることになります。
内縁の妻が契約の解消を希望するのであれば、内縁の妻との間で契約解消の合意をすることになります。
ただ、賃借人が亡くなったことを知ってから1か月以内に、借主の地位を引き継がない意思表示をすると、内縁の妻は借主の地位を承継しないことになります。
この場合には、先程解説しました相続財産管理人の選任をした上で諸々の手続を行う必要があります。
相続人が任意に明渡しに応じない場合
請求書の送付
借主が死亡後、賃料の支払いがなされない場合、各相続人に対して、未払賃料全額の支払いを求める請求書を発送します。
この場合、相続人全員に対して、未払額全額の請求をすることになります。
なお、死亡前の未払賃料については、全額ではなく相続人の法定相続分に応じた金額の請求となります。
催告書の送付
請求書の送付をしても、相続人から支払いを受けられない場合には、未払分の支払いをするよう催告するとともに、期限内に未払分の返済がなければ契約を解除する内容の内容証明郵便による通知書を送付します。
解除通知の送付
内容証明郵便による通知書を送付してもなお、未払分の支払いがなければ、賃貸借契約の解除を前提とした賃貸物件の明渡しを求める通知書を発送します。
場合によっては、先ほどの催告の通知書が解除通知を兼ねている場合には、改めて解除通知を発送しないこともあります。
訴訟手続
自力で明渡ししない
任意に明渡しをしないからといって、無理矢理、自力で明渡しを実現させることはできません。
万が一、相続人の承諾を得ることなく鍵を変えたり、残置動産の処分等をすると、住居侵入罪や器物損壊罪となる可能性があります。
訴訟提起する
相続人から賃貸物件の明渡しを受けることができない場合には、訴訟提起をせざるを得ません。
賃料の不払いによる契約の解除を理由とした不動産の明渡しと未払賃料の支払いを求める場合、訴状において、
①賃貸借契約が締結されたこと
②相続によって借主の地位が相続人に承継されたこと
③賃料が支払われていないこと
④賃料の支払いを催告したこと
⑤未払賃料の支払いがないことを理由に解除したこと
を具体的に主張します。
また、訴状で記載した主張を裏付ける証拠も一緒に提出することになります。
訴訟提起後、裁判所と初回期日の日程を調整します。
訴訟提起から2ヶ月前後の日時が初回の裁判期日として指定されます。
第一回期日から証人尋問まで
第一回期日までに、被告となった賃借人から答弁書が提出されます。
答弁書とは、原告となった貸主の請求やその根拠となる請求原因を認めるのか否か等の認否を記載する文書です。
第一回期日以降、原告と被告が交替で準備書面やその証拠を提出することになります。
例えば、第二回期日では原告が被告の主張に対する反論を、第三回期日では、被告が原告の主張に対する反論や主張を行うといった具合です。
原告と被告が主張と反論をある程度出し尽くした段階で、裁判官は、いきなり判決を出すのではなく、原告と被告に対して和解の提案をすることが多いです。
和解協議を経ても、原告被告間で和解条件の調整ができなければ、尋問手続に移ります。
事案によっては、尋問手続を経ずに判決手続に移行することもあります。
初回期日から判決前まで、一般的には1年から1年半の期間を要することが多いでしょう。
判決手続
裁判官が審理を通じて明らかになった事実関係を基礎に、原告の請求に理由があるのか否かを判断する判決を出します。
判決を受けた日の翌日から2週間以内であれば、判決に対して控訴することができます。
強制執行
勝訴判決を得ても、借主が明渡しに応じない場合には、貸主が自力で明渡しを実現させることはできません。
そのため、勝訴判決を得た後に明渡しを実現するためには、執行官に対して強制執行の申立てをしなければなりません。
強制執行の申立後、執行官は、借主に対して、
1ヶ月の引渡期限を定めて明渡しの催告をすることができます。
催告により強制執行が迫っていることを自覚させることで、この引渡期限までに、借主が任意に明渡しに応じることが多くあります。
強制執行の実施予定日までに借主が明渡しに応じないのであれば、強制的に物件の明渡しを実施します。
これを強制執行の断行といいます。
弁護士に相談しましょう
賃借人が亡くなった場合、戸籍謄本等の取り寄せをして相続人の確定をする必要があります。
その上で、相続人との間で話し合いをしなければならないこともあります。
相続人との交渉が難航すれば訴状や強制執行の手続が待っています。
これらの手続には多くの手間を要するだけでなく、専門的な知識や経験を必要とします。
早い時期に弁護士に相談しておくことが重要となります、
当事務所では初回相談30分を無料で実施しています。
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