結婚した娘は親の遺産を相続できないと考える人がいますが、そんなことはありません。
法律上、娘が結婚した後も実家の両親との親子関係は続きます。そのため、結婚した娘にも相続権があります。
しかし、実際には他の子どもや兄弟姉妹などから「嫁に行った娘には相続権がない」などと言われ、もめるケースも少なくありません。
そこで、この記事では、相続人となる人の順位や、結婚した娘が相続する場合の手続き上の注意点などについて、弁護士が分かりやすく解説します。
結婚した娘も法定相続人となる
結論からいうと、結婚した娘も法定相続人となるので、相続権が認められます。まずは、結婚した娘の相続権について正しく理解しておきましょう。
子どもは第1順位の法定相続人
法定相続人とは、身内の方(被相続人)が亡くなったときに、相続人になる人として民法で定められた人のことです。
民法では以下のとおり、法定相続人の範囲と順位が定められています。
常に相続人になる人 | 配偶者 |
第1順位 | 子 |
第2順位 | 直系尊属(父母、祖父母など) |
第3順位 | 兄弟姉妹 |
このように、子は第1順位の法定相続人とされています。結婚した娘も被相続人の子なので、第1順位の法定相続人です。被相続人に配偶者や他の子がいる場合は、その人たちと共同相続人となります。
第1順位の法定相続人がいる場合、第2順位と第3順位に該当する人は相続人になれません。被相続人に両親や兄弟姉妹がいたとしても、子がいる限り、これらの人たちは相続人にならないということです。
嫁に行っても子どもであることに変わりはない
娘が結婚すると、多くの場合は実家の戸籍を抜けて、夫の戸籍に入ります。しかし、実家の戸籍から抜けても、実家の両親との親子関係が切れるわけではありません。
相続制度は、戸籍制度と連動するものではないのです。現在の戸籍が別々になっていても、結婚した娘が実家の両親の子どもであることに変わりはありません。親が亡くなれば、結婚した娘も相続人になります。
娘が夫の両親と養子縁組をしても相続人となる
娘が夫の両親と養子縁組をした場合でも、通常の養子縁組(「普通養子縁組」といいます。)であれば実親との法律上の親子関係も続くので、実の親が亡くなった場合は相続人となります。
この場合、養子縁組によって夫との両親とも法律上の親子関係が生じます。そのため、娘は夫の両親が亡くなった場合にも相続人になります。
特別養子縁組の場合
「特別養子縁組」をした場合は、実親との法律上の親子関係が解消されるため、実の両親が亡くなっても相続人にはなれません。
ただ、特別養子縁組ができるのは養子となる人が原則として15歳未満の場合に限られるので、結婚した娘が夫の両親と養子縁組をする場合は、普通養子縁組をすることになります。
嫁に行った娘に相続権がないと誤解される理由
結婚した娘に相続権がないと誤解される理由として、かつての家長制度による名残が今でもあることが挙げられます。
かつての家長制度による名残
結婚した娘に相続権がないと誤解される理由のひとつが、かつての家長制度の名残と言われています。
家長制度とは、戦前の民法に定められていた家制度です。
家長制度のもとでは、現在の相続制度とは異なる「家督相続」が行われていました。
家督相続とは、戸主が亡くなると、残された家族の中で最も年長の男子が戸主の地位を引き継ぐとともに、すべての遺産を相続するという制度のことです。
ほとんどの家庭では長男が戸主となり、戸主が亡くなるとその長男が新たな戸主となって、すべての遺産を相続していたのです。結婚した娘は嫁ぎ先の戸主に服従する存在であり、相続権は認められていませんでした。
家長制度の廃止と男女平等
終戦後に制定された日本国憲法で「法の下の平等」が定められました。それに伴う民法改正により、家長制度や家督相続の制度は1947年に廃止されました。
現行民法では、「家」にとらわれず、子は生まれた順や性別を問わず、全員が均等の相続権を有するものとされています。
しかしながら、現在でも日本では、家長制度の名残が見受けられます。特に地方や年配の人たちの中には、遺産は長男が中心となって引き継ぐものであり、嫁に行った娘には相続権などないという価値観を根強く持っている人もいるようです。
嫁に行った娘が相続で知っておくべきこと
既にご説明したとおり、結婚した娘も第1順位の法定相続人となります。
しかし、他の相続人が「嫁に行った娘に相続権はない」と誤解することも少なくないので、相続人となった場合には次のことを知り、正しく対処することが大切です。
実印の押印・印鑑証明の提出に安易に応じない
他の相続人から遺産分割についての詳しい説明もないまま、遺産分割協議書への実印での押印や印鑑証明書の提出を求められることもありますが、安易に応じてはいけません。
遺産分割協議は、相続人全員で行う必要があります。実際に協議に参加していなくても、他の相続人が作成した遺産分割協議書に実印で押印し、印鑑証明書を提出すれば、その協議内容に合意したことになってしまいます。
他の相続人のみの協議によって遺産が適正に分けられているとは限らないので、実印の押印や印鑑証明書の提出に安易に応じることは控えましょう。
遺産分割協議書の内容を十分に確認する
実印の押印や印鑑証明書の提出を求めるために遺産分割協議書が送られてきた場合は、その内容を十分に確認しましょう。
そこには、嫁に行った娘が「相続権を放棄する」と記載されているかもしれません。そこまでひどい内容ではなくても、嫁に行った娘に不利な内容が記載されている可能性は十分にあります。
遺産分割協議書に実印で押印し、印鑑証明書を添付して返送しなければ、遺産分割協議は成立しません。
内容に納得できないときは、第1順位の法定相続人としての正当な相続分を主張し、再協議を提案すべきです。
相続放棄をすることも検討する
法定相続人であっても、遺産を相続するかどうかは自由です。場合によっては、相続放棄もできます。
相続放棄とは、法定相続人が家庭裁判所へ申述することにより、初めから相続人とならなかったものとみなす制度のことです。
相続権があるとしても、他の相続人とのトラブルに巻き込まれたくない場合は、相続放棄をするのもひとつの方法です。被相続人に借金などマイナスの遺産が多い場合は、相続放棄をした方がよいでしょう。
ただし、相続放棄をすると預貯金や不動産などプラスの財産も一切相続できなくなることに注意が必要です。
嫁に行った娘を相続手続きから除外する問題点
視点を変えて、他の相続人の中に「嫁に行った娘」がいる場合には、その人の相続権に注意する必要があります。
嫁に行った娘を相続手続きから除外すると、以下の問題点があることにご注意ください。
遺産分割は無効となる
遺産分割協議は、相続人全員で行わなければ成立しません。そのため、嫁に行った娘を除外して遺産分割をしても無効です。後で嫁に行った娘から相続権を主張されると、改めて遺産分割協議を行う必要があります。
また、遺産分割協議書がなければ不動産や銀行口座などの名義変更ができません。遺産分割協議書に他人が無断で嫁に行った娘の署名・捺印をして提出すると、有印私文書偽造罪などの犯罪が成立し、刑罰が科せられることがあるので注意が必要です。
遺留分を主張される可能性がある(遺言書を作成している場合)
嫁に行った娘には遺産を渡さないという内容の遺言書があったとしても、遺産をまったく渡さなければ遺留分を主張される可能性があります。
遺留分とは
遺留分とは、兄弟姉妹以外の法定相続人に保障された最低限の相続分のことで、これは遺言をもってしても侵害することはできません。
子が相続人となる場合は、各法定相続人に本来の相続分の2分の1に当たる割合の遺留分が認められます。例えば、3人の子が相続人となる場合なら、1人あたりの遺留分は遺産全体の6分の1(本来の相続分である3分の1×2分の1)です。
遺留分請求を受けると
嫁に行った娘も被相続人の子どもなので、この割合で遺留分を有しています。遺留分を侵害された場合の主張のことを「遺留分侵害額請求」といいます。
遺留分侵害額請求をされた場合、既に遺産を取得した相続人は、遺留分を侵害した割合に相当する金銭を、嫁に行った娘に支払わなければなりません。
嫁に行った娘に遺産を渡したくない場合には、しっかりと話し合い、納得の上で遺留分や相続の放棄をしてもらう必要があるでしょう。
嫁に行った娘を含めた相続手続きの進め方
相続人の中に嫁に行った娘がいる場合の相続手続きの進め方は、通常の相続手続きの進め方と何ら変わりません。以下で、一連の流れをご説明します。
娘も含めた相続人と被相続人の戸籍謄本を集める
まずは、被相続人の出生から死亡までの連続した戸籍謄本(除籍謄本や改正原戸籍謄本も含みます。)を集めます。すべての戸籍謄本を見れば、親族関係が分かります。
娘も含めた相続人と被相続人の戸籍謄本は、遺産の名義変更や遺産分割調停の申し立てなど様々な手続きでも必要となるので、漏れなく集めておきましょう。
娘も含めて遺産分けの話し合いをする
相続人が確定したら、誰がどの遺産を相続するのかについて話し合いをします。この話し合いのことを「遺産分割協議」といいます。
遺産分割協議は嫁に行った娘も含めて、相続人全員で行わなければなりません。
ただし、相続人全員が一堂に介して話し合う必要はなく、電話やメール、手紙などで個別に連絡をとり、意向を確認する形でも構いません。
要は、全員が協議に参加し、遺産がどれだけあるのかを正しく開示した上で、遺産の分け方について全員の合意を得ることが必要です。
遺産分割協議書を作成する(娘の署名捺印を忘れない)
遺産の分け方について相続人全員の合意が得られたら、遺産分割協議が成立します。その場合は、遺産分割協議書を作成することになります。
遺産分割協議書には、誰がどの遺産を取得するのかを明確に記載した上で、相続人の全員が署名して実印で捺印し、各相続人の印鑑証明書を添付する必要があります。当然ですが、嫁に行った娘の署名、捺印、印鑑証明書も必要です。
相続人のうち誰か一人でも署名捺印、印鑑証明書が欠けると、遺産分割協議が有効に成立したことの証明が難しくなるおそれがあるので、注意しましょう。
遺産分割調停の申立てをする
遺産分割協議で相続人全員の合意が得られない場合は、家庭裁判所へ遺産分割調停を申し立てましょう。
遺産分割調停は、家庭裁判所で調停委員を通じて、遺産の分け方について話し合いによる合意を目指す手続きです。中立・公平な立場の調停委員が助言を交えて話し合いを仲介してくれるので、相続人だけで話し合うよりも合意が得られやすくなります。
ただし、あくまでも調停は話し合いの手続きなので、合意しない相続人がいる場合には調停不成立となります。その場合には審判の手続きに移行し、各相続人が提出した主張や証拠に基づき、家庭裁判所が遺産の分け方を決めます。
審判が確定すると各相続人はその内容に従わなければなりませんので、強制的な解決が可能です。
長男の嫁や長女の夫は遺産相続できますか?
「嫁に行った娘」は被相続人の子なので相続人となりますが、「長男の嫁」や「長女の夫」は被相続人の子ではないので、相続人となりません。したがって、遺言により遺産を取得する場合を除いて、原則として遺産相続することはできません。
数次相続の場合
しかし、「数次相続」が生じた場合には、例外的に遺産相続できることがあります。
数次相続とは、被相続人が死亡したあと遺産分割協議をしないまま相続人が亡くなっている場合をいいます。例えば、長男の父が死亡して長男が相続人となった後、遺産分割することなく長男も死亡したとします。この場合、長男の嫁は長男だけでなく、長男の父の遺産も相続することができます。
特別寄与料を請求できることも
相続権のない長男の嫁や長女の夫であっても、被相続人の生前に療養看護に努めたり、事業を手伝うなどしていた場合は、「特別寄与料」を請求できる可能性があります。
特別寄与料とは、相続権のない親族が、被相続人の生前に無償で療養看護や労務の提供などによって、被相続人の財産の維持・増加に寄与をした場合に、寄与に応じた金銭の支払いを相続人に対して求めることができる制度のことです。
このように、長男の嫁や長女の夫も、ある程度の遺産を受け取れる場合があるので、気になる方は諦めず弁護士に相談して確認した方がよいでしょう。
弁護士が相続手続きでサポートできること
嫁に行った娘が他の親族から遺産分けを拒否された場合など、相続トラブルが生じた場合は弁護士に依頼することをおすすめします。
弁護士に相続手続きを任せれば、次のようなサポートを受けることができます。
戸籍謄本の取り寄せと相続人の確定をサポート
相続手続きの第一歩は、戸籍謄本を集めて相続人を調査し、確定することですが、この作業には大きな手間を要することが多いです。
法定相続人の数が多い場合は、多くの取り寄せるべき戸籍謄本の数が増えます。
戸籍謄本は一挙に取得できるわけではなく、ひとつずつ取り寄せ、その内容を読み取り、そのひとつ前、またはひとつ後の戸籍謄本を取り寄せるという形で集めていきます。
戸籍謄本の内容を正しく読み取り、次に必要な戸籍謄本の取得を申請するためには、専門的な知識を要することも少なくありません。
弁護士は、戸籍謄本の取り寄せと相続人の調査、確定の作業をすべて代行してくれます。
遺産分割協議を一任
遺産分割協議では、弁護士が代理人として他の相続人との話し合いを代行してくれます。依頼者は、他の相続人と直接やりとりする必要がなくなるのです。
相続人だけで話し合うと、各自の利益ばかりを主張して対立し、感情的なトラブルに発展することも少なくありません。しかし、法律の専門家である弁護士が間に入ることで冷静な話し合いが可能となります。
弁護士が法的な観点から話し合い、必要に応じて説得も試みるので、早期の円満な解決も期待できます。
協議がまとまった場合は、遺産分割協議書の作成も弁護士に任せれば安心です。
隠し財産も含め遺産の調査を任せられる
結婚した娘は、親である被相続人の財産を正確に把握していないことも多いでしょう。他の相続人や親族が財産隠しをしてしまうと、遺産分割協議に参加したとしても、適正な遺産分けは望めません。
しかし、弁護士に依頼すれば遺産の調査も任せられます。弁護士は、「弁護士会照会」(23条照会)などの調査手段を持っています。財産隠しが疑われる場合には、銀行や証券会社、生命保険会社、法務局、役所などに照会して、徹底的に遺産を調査してくれます。
自分で遺産の調査をするためには、遺産分割調停や審判を経なければ難しいことが多いですが、弁護士のサポートを受けることで、スピーディーな調査が可能となるのです。
遺産分割調停を一任
遺産分割調停に発展した場合も、複雑な手続きは弁護士に一任できます。
調停の申立手続きを弁護士がすべて代行してくれますし、調停期日にも弁護士が同席してくれます。調停委員に対しては弁護士が的確に主張や説明をしてくれるので、調停を有利に進めやすくなるのです。
審判に移行した場合も、弁護士が主張をまとめた書面と証拠を家庭裁判所に提出してくれるので、有利な審判が期待できます。
相続手続きを弁護士に依頼するメリットは、大きいといえるでしょう。
相続トラブルは弁護士に相談を
嫁に行った後の相続でトラブルに巻き込まれてお困りの方は、一度、弁護士に相談してみましょう。
当事務所では初回相談30分を無料で実施しています。面談方法は、ご来所、zoom等、お電話による方法でお受けしています。お気軽にご相談ください。対応地域は、難波、大阪市、大阪府全域、奈良県、和歌山県、その他関西エリアとなっています。