遺留分は法定相続人が最低限保障された相続分であり、遺言によっても奪うことのできない権利です。
遺留分侵害額請求する場面で、遺産が不動産しかない場合には、その不動産の金額をどのように評価するのかが大きな争いとなります。
不動産の評価方法には、いくつかの種類があり、争われているステージに応じて採用される評価額が異なります。協議や調停段階では、固定資産税評価額や不動産業者の査定書をベースに交渉することも多いです。他方で、訴訟手続の中でも評価額の対立が激しい場合には、不動産鑑定士による鑑定評価に基づいて遺留分額を計算することもあります。
また、遺産が不動産のみである場合、遺留分侵害額を回収する方法も問題となります。生命保険金や相続人固有の預貯金から回収することもありますが、そのような資金がなければ、遺産である不動産の売却したり、共有持分を取得することもあるでしょう。
本記事では、不動産しかない場合の遺留分に関する基本的な知識から、評価額の種類、計算方法、請求の手順まで、弁護士の視点から詳しく解説します。
不動産しかなくても遺留分はお金で払われる
遺産が不動産のみの場合でも、遺留分は現金で支払われることになります。
民法改正により遺留分の請求は、金銭の支払いを求める権利に変わりました。そのため、遺産が不動産しかなかったとしても、不動産の評価額をベースに遺留分侵害額を計算し、その金額を支払ってもらうことができます。例えば、遺産である不動産の評価額が1000万円で、個別の遺留分割合が4分の1であれば、250万円に相当する金銭が支払われることになります。
法改正前、遺留分侵害額請求は遺留分減殺(げんさい)請求と呼ばれており、遺留分減殺請求により遺留分割合に当たる不動産等の遺産の持分を取得することになっていました。しかし、法律の改正により、共有持分を取得することはなく、金銭を支払ってもらうようになりました。
遺留分はお金で払われることになった
2019年の民法改正により、遺留分の支払い方法が大きく変わりました。
民法の改正により遺留分制度が大きく変更されました。遺留分請求を行使することで、権利者は義務者に対して遺留分の侵害額に相当するお金の支払いを求める金銭債権が発生することになりました。
民法改正前は共有状態になった
改正前民法では、遺留分減殺請求権を行使することで、遺贈や贈与の効力が消滅して、減殺の対象となった財産を共有することになっていました。つまり、改正前は、現行法とは異なり現物返還が原則となっていました。そのため、遺留分の対象が不動産のみであれば、遺留分減殺請求権の行使により不動産の共有持分を取得することになりました
しかし、現物返還では、権利者と義務者との間で共有関係となってしまい、共有関係の解消のために新たな紛争を引き起こしてしまいます。このような問題があったことから、法律が改正され、遺留分請求は金銭の支払いを求める制度に変更されました。
不動産の評価額を基に遺留分額を計算する
遺留分額を正確に算出するためには、不動産の評価額を適切に計算する必要があります。
不動産の評価額は、固定資産税評価額、路線価、公示価格、査定価格、不動産鑑定評価額など、複数の方法があります。それぞれの評価方法には特徴があり、協議や調停、訴訟手続きなどの手続きに応じて最適な方法を選択する必要があります。
以下では不動産の評価額の計算方法やその基準について詳しく解説します
不動産の評価額を計算する方法
不動産の評価額を算出する方法には、いくつかの代表的な手法があります。以下に主要な評価方法を紹介します。
路線価
路線価は、道路に面する宅地の1平方メートル当たりの価額のことであり、国税庁が毎年発表する基準地価で、相続税や贈与税の評価基準として広く用いられています。路線価は公示価格の8割に相当すると言われており、路線価あるいは路線価を8割で割戻した金額を不動産の評価額として主張することがあります。
路線価は、国税庁のホームページ内にある路線価図で調べることができます。
路線価は、土地の評価額を簡易的に算出することができるため、協議から訴訟手続に至るまで広く利用されています。
固定資産税評価額
固定資産税評価額は、市町村が固定資産税を算出するために基準となる評価額です。固定資産税評価額は、市町村役場から送付される固定資産税の納税通知書や固定資産税評価証明書で確認することができます。
固定資産税評価額は、公示価格の7割の金額とされています。そのため、固定資産税評価額または
その金額の7割を割り戻した金額を評価額として主張することがあります。
公示価格
公示価格は、国土交通省が毎年3月に公示している土地の価格をいいます。
毎年、特定の土地の価額が公示されるため、土地の評価指標に用いられます。ただ、全ての土地について公示価格が出されるわけではないため、その点で路線価や固定資産税評価額とは異なります。
基準価格で、不動産取引の際の参考指標として用
基準地価
基準地価とは、都道府県が主体となって毎年9月下旬に公表されている特定の土地の価格をいいます。
公示価格は国が公表する評価額でしたが、基準地価は都道府県によって公表されています。
査定価格
査定価格は、不動産業者が実際の取引価格や路線価・固定資産税評価額などを踏まえて算出する評価額です。市場における需要と供給のバランスを反映しているため、現実的な評価が可能です。
ただし、依頼者の意向に沿って査定価格を算出することも多いため、客観性中立性には欠ける場合もあります。
不動産鑑定評価額
不動産鑑定評価額は、不動産鑑定の専門家である不動産鑑定士によって詳細に評価された価格です。客観的かつ専門的な視点から算出されるため、裁判や調停においても信頼性の高い評価額として認められます。
ただし、高額な鑑定費用が発生するため、費用対効果を考慮した上で利用することが推奨されます。
交渉や調停で評価額を決める方法
遺留分侵害額請求をした後、権利者は義務者と遺留分に関する話し合いを行います。話し合いが進展しない場合には、家庭裁判所の調停手続を通じて解決を目指します。
話し合いや調停手続において、不動産の評価額を決定する場合、一般的には、固定資産税評価額や路線価、査定価格などを基に話し合いが行われることが多いです。なぜなら、紛争の初期の段階で、多額の費用を要する不動産鑑定士の鑑定意見書を基に不動産の評価額を主張することは多くはないからです。つまり、初期の段階では、早期にかつ、費用を抑えた紛争の解決を目指すのが一般的です。
双方が主張する評価額に開きがある場合には、早期解決の観点から、中間値で合意をすることも珍しくありません。
訴訟で評価額を決める方法
もしも交渉や調停で合意が成立しない場合、訴訟手続を通じて評価額を決定することになります。
訴訟手続では、裁判官が当事者の主張と証拠に基づいて終局的な判断を下すプロセスです。訴訟手続においても、固定資産税評価額や路線価、査定書をベースに審理されることもあります。ただ、裁判上の和解が成立しない場合や不動産の価格が大きい場合には、正確な評価額を算出するために、不動産鑑定士による鑑定を実施することもあります。
遺留分侵害額を計算する方法
遺留分侵害額の計算は、遺産の基礎となる財産に義務者の生前贈与を加算した金額に個別の遺留分割合を掛けることで行います。
ここでは、遺留分侵害額の具体的な計算方法について詳しく見ていきましょう。
不動産の評価額を含めた基礎財産を計算する
遺留分を計算する際には、まずは基礎となる財産額を確定させる必要があります。
相続開始時における被相続人の財産に加えて、相続人や第三者に対する生前贈与を加算し、被相続人の債務を控除することで基礎財産を計算します。
遺留分を算定するための財産の価額(基礎財産)= 相続開始時における被相続人の遺産の額 +相続人に対する生前贈与(原則10年以内) +第三者に対する生前贈与(原則1年以内) −被相続人の債務の額 |
不動産のみが遺産である場合、相続開始時における被相続人の遺産の金額で争いになります。遺留分の権利者側はできるだけ多くの遺留分を得たいために、高めの不動産評価額を主張することが多いです。一方で、遺留分の義務者側は自身の負担を軽減させたいために、低めの評価額を主張することが多いでしょう。
義務者の生前贈与を加算する
先ほど述べたように、遺留分を計算するための基礎財産には、相続時の財産に加えて、生前贈与も含まれます。
しかし、全ての生前贈与が加算されるわけではありません。相続人に対する贈与と相続人以外に対する贈与では、加算する生前贈与に異なる期間制限があります。相続人に対する贈与は、被相続人死亡前10年以内に行われたものが対象となります。一方、相続人以外に対する贈与は、1年以内に行われたもののみが加算されます。
遺留分割合を掛けて遺留分額を計算する
遺留分の割合は、法定相続分の2分の1に相当する割合で設定されています。相続人が被相続人の両親等の直系尊属であれば、遺留分割合は3分の1となります。例えば、遺留分権利者である子供の法定相続分が1/2である場合、遺留分割合は1/4となります。
遺留分の基礎財産に法定相続分と遺留分割合を掛けることで、遺留分額を算出できます。
遺留分額 =基礎財産✕法定法定相続分✕遺留分割合 |
遺留分侵害額を計算する
遺留分侵害額請求の金額は、遺留分侵害額を基礎に算出します。遺留分侵害額は、遺留分額から、権利者自身の生前贈与や相続手続で取得した財産を控除することで算出することができます。
遺留分侵害額 =遺留分額 −権利者が受けた特別受益の額 −遺産分割や遺言で取得した財産額 +権利者が負担する債務 |
遺留分請求の流れ
遺留分請求の具体的な流れについて説明します。
まずは、遺留分請求を内容証明により行います。その上で、遺留分義務者との間で交渉を重ねます。交渉を経ても合意に至らない場合や相手方が不誠実である場合には、調停手続を通じて解決を目指します。調停を経ても合意に至らなければ訴訟手続により最終的な解決を実現させます。
相手に遺留分請求の通知をする
遺留分請求の第一歩は、遺留分義務者に対して遺留分請求の通知を行うことです。
遺留分請求の通知の方法には制限はありませんが、通常、内容証明を用います。
内容証明郵便を用いることで、通知の事実を証拠として残すことができます。特に、遺留分侵害額請求は、遺留分の侵害を知った日から1年で消滅時効となります。そのため、遺留分請求を行った日を事後的に証明できることは、消滅時効との関係で非常に重要です。
義務者と交渉する
通知後、当事者間で遺留分侵害額についての交渉が開始されます。交渉の段階では、固定資産税評価額や路線価、査定価格などの評価基準を基に、不動産の評価額が主要な協議対象となるでしょう。
協議の結果、当事者間で合意に至れば、合意内容を書面化します。合意内容を明文化することで、合意内容を当事者間で明確にすることができ、紛争の再発を防ぐことができます。
合意できなければ調停申立てをする
交渉が不調に終わった場合、次のステップとして家庭裁判所に調停を申し立てることになります。調停では、調停委員が当事者の間に入り、双方の主張を聞きながら合意を目指します。
調停が不成立になれば訴訟提起をする
調停が成立しない場合、最後の手段として訴訟を提起することになります。訴訟では、裁判所が当事者の主張と証拠に基づいて最終的な判断を示します。
訴訟手続きは交渉や調停と比べると解決までの時間と費用がかかるため、可能な限り調停や交渉で解決することが望まれます。
不動産しかない時の遺留分請求のポイント
遺産が不動産しかない場合の遺留分請求において、特に注意すべきポイントを押さえることが重要です。
あらかじめ査定書を取っておく
遺留分請求を行う前に、不動産の査定書を取得しておくことは非常に重要です。
通知段階から、不動産鑑定士の私的鑑定を行うこともケースによってはあるかもしれませんが、実務上は、査定書や固定資産税評価額・路線価を基礎資料とすることが多い印象です。
査定書は、遺留分額を正確に算出するための基礎資料となります。できれば、不動産業者数社に査定書を作成してもらいましょう。
遺留分侵害額請求権の時効に気をつける
遺留分侵害額請求には消滅時効があります。
遺産が不動産しかないことを理由に遺留分請求を諦めていると、消滅時効となってしまい、遺留分請求ができなくなってしまいます。
遺留分侵害額請求は、遺留分侵害を知った日から1年、または、相続開始から10年を経過することで時効となります。
不動産しかない場合でも、遺留分の侵害があれば時効期間が到来する前に内容証明により遺留分請求を行い消滅時効の完成を阻止することが重要です。
不動産しかない時の遺留分を回収する方法
遺産が不動産のみの場合において、遺留分侵害額を回収するためには色々な方法があります。不動産しかないからといって、遺留分請求を諦める必要はありません。
不動産を共有にする
まず一つ目の方法は、不動産の共有持分を取得する方法です。
法改正により遺留分は金銭請求に変わりましたから、不動産の共有持分を取得することはありません。ただ、当事者双方の合意があれば、遺留分侵害額に相当する共有持分権を取得する方法で解決させることも可能です。
しかし、共有関係にすることは権利関係を複雑にするだけでなく、共有関係の解消のために共有物分割の裁判をすることもあり、紛争の先延ばしとなる可能性があります。
そのため、不動産の共有は避けるべき解決方法です。
分割払いにする
遺留分侵害額を分割払いで受け取る方法もあります。この方法では、義務者が合意した支払条件に沿って、遺留分侵害額を分割して支払う形になります。分割払いは、一括払いが難しい場合には選択肢の一つとなります。
分割払いとする場合には、支払期限や遅滞したときのペナルティ、例えば、期限の利益の喪失や遅延損害金などの条項を設けておくことが大切です。場合によっては、支払いを確実にするために、遺産の不動産に抵当権等の担保権を設定することも検討するべきでしょう。
不動産の差押えをする
遺留分について、調停、裁判上の和解、確定判決などにより解決した場合、遺留分の義務者が遺留分侵害額を支払わない場合、権利者は義務者の財産を差し押さえることができます。差押の対象は、遺産である不動産も含みます。
不動産に十分な余剰がある場合には、不動産を差し押さえることで遺留分の回収を実現させることができます。
遺留分の問題は難波みなみ法律事務所へ
不動産しかない場合、遺留分の問題の主戦場は、不動産の評価額となります。自身に有利となるように、不動産の評価額を論理的に主張できるかがポイントです。固定資産税評価額、路線価、査定書などの情報を比較対照して、有利な評価額を基に説得的に主張しましょう。当事者双方の対立が激しく、話し合いによる解決が期待できない場合には、不動産鑑定士への依頼も検討しなければなりません。
相続に関する悩みや不安がある場合は、早めに弁護士などの専門家に相談することをお勧めします。専門家の助言を受けながら、円満かつ公正な相続を実現しましょう。
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