相続人には遺留分という権利があります。
しかし、亡くなった人が残していた遺言書が、相続人の遺留分を侵害する内容となっていることはよくあります。遺言書を作成すれば、遺言者の意思に沿って遺言執行者が遺言の内容を実現させます。しかし、いくら遺言を作成していたとしても、相続人の遺留分を侵害することまでは許されません。つまり、遺留分は遺言に優先することになります。
遺留分を侵害する遺言がある場合には、速やかに遺留分侵害請求を相続人や受遺者に対して行使する必要があります。他方で、遺言を作成する場合には、遺留分を侵害しないよう遺留分の対策を講じるべきです。
今回の記事では遺言が相続人の遺留分を侵害している場合の対応を弁護士が解説します。
遺留分と遺留分の割合
遺留分とは、遺言によっても侵害することのできない、最低限保障された相続人の権利をいいます。
遺留分の割合は、法定相続人の法定相続分に2分の1を掛けた割合です。
例えば、相続人が配偶者と子ども2人であれば、配偶者の遺留分割合は4分の1、子供一人の遺留分割合は8分の1となります。
なお、相続人が亡くなった人の親(直系尊属)である場合には、2分の1ではなく3分の1になります。
兄弟姉妹には遺留分はない
遺留分は、兄弟姉妹には認められていません。
また、兄弟姉妹が被相続人よりも先に他界している場合、兄弟姉妹の子供(被相続人から見たら甥・姪)が相続人となります。
兄弟姉妹に遺留分がない以上、その子供である甥や姪にも遺留分は認められていません。
代襲相続人も遺留分権利者となる
被相続人が亡くなる前に子が死亡している場合、その子供の子ども、つまり、孫も祖父母の法定相続人となります。このような相続人を代襲相続人(だいしゅうそうぞくにん)といいます。代襲相続人も法定相続人ですから、遺留分の権利者となります。
代襲相続ではなく子供が相続放棄した場合、その子供は初めから相続人ではなかったことになるため、孫は代襲相続人することはなく、遺留分の権利者にもなりません。
TIPS!相続廃除と相続欠格
相続欠格や相続廃除があっても代襲相続は起こります(民法887条2項)。
遺留分を侵害するケースとは
遺留分を侵害するケースは、遺言書が作成されている場合か、多くの生前贈与が行われている場合です。
遺言書が、特定の相続人に全て、あるいは、大部分の遺産を相続する内容となっていることはよくあります。相続人ではない人(相続人ではない孫や子の配偶者等)に対して遺贈する内容も同様です。
この場合には、遺留分を侵害している可能性は高いでしょう。
また、遺言書作成時点では、遺留分を侵害しない内容になっていたとしても、被相続人が亡くなった時点で預貯金がかなり減額しているため、相続開始時点では遺留分を侵害する内容となっていることもあります。例えば、不動産を相続人Aに、預貯金を相続人Bにそれぞれ相続させる内容の場合です。
さらに、遺言の内容それ自体が遺留分を侵害しなくても、後述する生前贈与を加算すると、遺留分が侵害されていることもあります。
以上のように遺言の内容それ自体だけでは遺留分の侵害の有無や金額は明確ではありません。そのため、生前贈与や債務を調査して、計算しなければなりません。
遺留分の計算方法
遺留分の侵害額を計算する方法は、民法で具体的に規定されています。
具体的には、遺留分侵害額の計算方法は、①遺留分の算定基礎となる財産の価額の計算、②遺留分の計算式、③遺留分侵害額の計算式の3つから構成されています。
それぞれの計算式が合わさって遺留分侵害額が計算され、各計算過程において様々な法律問題が含まれています。
①遺留分の算定基礎となる財産
①遺留分を算定するための財産の価額は、被相続人が相続開始の時において有した財産の価額に生前贈与した財産の価額を加えた額から債務の全額を控除した額となります。
財産には、預貯金、現金、不動産、株式や投資信託等の金融資産、家財類等の動産類が含まれます。
(遺留分を算定するための財産の価額)
第1043条 遺留分を算定するための財産の価額は、被相続人が相続開始の時において有した財産の価額にその贈与した財産の価額を加えた額から債務の全額を控除した額とする。
生命保険や死亡退職金は含まれない
生命保険の死亡保険金や死亡退職金は、被相続人の遺産ではなく、受取人固有の財産であると考えられています。そのため、遺留分の基礎財産にはあたりません。ただし、保険金や退職金の金額が、遺産総額に比して大き過ぎる場合には、例外的に遺留分の基礎財産に該当する可能性があります。
未支給年金
年金の未支給がある場合、年金の受給者と死亡当時生計を同じくしていた者(配偶者,子,父母,孫,祖父母又は兄弟姉妹)、未支給年金の支給を請求できます。この未支給年金の権利は相続の対象とならないとされています。そのため、遺留分の基礎財産にもなりません。
生前贈与を加算する
生前贈与も遺留分の算定基礎となります。
生前贈与も加算しますので、遺言書の内容が遺留分が侵害されていなくても、生前贈与を加算することで遺留分が侵害されていることはあります。
ただ、全ての生前贈与が遺留分の対象となるわけではありません。
第1044条 贈与は、相続開始前の一年間にしたものに限り、前条の規定によりその価額を算入する。当事者双方が遺留分権利者に損害を加えることを知って贈与をしたときは、一年前の日より前にしたものについても、同様とする。
2 第九百四条の規定は、前項に規定する贈与の価額について準用する。
3 相続人に対する贈与についての第一項の規定の適用については、同項中「一年」とあるのは「十年」と、「価額」とあるのは「価額(婚姻若しくは養子縁組のため又は生計の資本として受けた贈与の価額に限る。)」とする。
時期による要件
近年の法律改正により、相続人に対する生前贈与は、亡くなった日から10年前までに行われたものが遺留分の算定基礎となります。
また、相続人ではない人に対する生前贈与は、亡くなった日から1年前までに行われたものが遺留分の算定基礎となります。
ただし、被相続人と贈与を受けた人の双方が、遺留分権利者の遺留分が侵害されることを知りながら贈与をした場合には、1年あるいは10年よりも前の贈与であっても、遺留分の算定基礎となります。
特別受益であること
相続人に対する贈与は、特別受益であることが必要です。
特別受益とは、特定の相続人が、被相続人から、結婚や養子縁組のため、あるいは、生計の資本として生前贈与を受けているときの利益をいいます。
相続開始後ではなく、生前に遺産となるべきであった財産を受け取っている点で遺産の前渡しといえます。
全ての贈与が特別受益に当たるわけではありません。
贈与の金額が少額である場合には、それが結婚資金や生活費のための贈与であっても、扶養の範囲内といえる場合には、特別受益とはいえません。
また、金額が少額であっても、他の相続人も同様の贈与を受けているのであれば、特別受益として計上されないこともあります。
被相続人の債務を控除する
被相続人の借金は基礎財産から控除します。住宅ローンや教育ローンなどの借入が該当します。
被相続人が保証人となっている場合の保証債務については、原則として控除することはありません。しかし、主債務者が所在不明等の場合には、保証債務も控除の対象となる可能性があります。
②個別の遺留分の割合と遺留分額
①の計算を通じて算出された財産の価額に遺留分割合を掛けた金額となります。
遺留分の割合は、配偶者や子どもは2分の1とされています。この遺留分割合に法定相続分を掛けて算出された割合を①の金額に掛けます。
例えば、配偶者と子ども2人(長男と次男)のケースにおいて、長男の遺留分は、①の金額に2分の1と法定相続分である4分の1を掛けた金額となります。
③遺留分侵害額の計算式
①の基礎財産に遺留分割合と法定相続分を掛けて算出された価額から、遺留分権利者が受けた生前贈与、遺留分権利者が取得すべき遺産の価額、遺留分権利者が承継する債務の額を控除した金額となります。
権利者の生前贈与を加算する
遺留分権利者も、生前贈与を受けている場合には、遺留分侵害額の計算において考慮されます。
全ての贈与が対象となるのではありません。
遺留分の計算で考慮されるためには、特別受益といえる贈与であることが必要です。
他方で、遺留分義務者の贈与のような期間制限はありません。条文上は、何年前の贈与も、権利者の生存贈与として計上されます。
権利者が相続した財産を加算する
遺留分の権利者側が相続した財産も加算します。例えば、遺言書が、大部分の財産を特定の相続人に相続させた上で、わずかな財産を権利者となる相続人に相続させる内容の場合です。また、生前に多くの財産を特定の相続人に贈与した上で、わずかな遺産を遺産分割により権利者となる相続人が取得する場合です。
遺留分権利者が承継した債務を加算する
被相続人が借金を負っている場合には、遺留分権利者も相続分に沿って相続債務を負担しますから、その負担する債務額を加算します。
ただし、相続人のうちの1人に対して全財産を相続させる遺言がある場合には、遺言者の意思は相続債務も含めて一切の遺産を承継させるものですので、遺留分権利者の法定相続分に応じた相続債務の額を遺留分の額に加算することは認められません最三小判平成21年3月24日)。
遺留分の計算例を用いてシミュレーション
遺留分の計算は様々な事情や法律知識を踏まえて行う必要があり非常に複雑なものです。そこで、できる限り難解な計算過程を分かりやすくするために事例を紹介しながら解説していきたいと思います。
遺言書で全財産を一人の子どもに相続させる場合
相続人 | 子供3人(長男A・次男B・三男C) |
遺産額 | 6000万円 |
借金額 | 1500万円 |
生前贈与 | 0円 |
内容 | 父が、長男Aに対して全財産を相続させる遺言を残している場合 |
①遺留分の基礎財産:4500万円=遺産額6000万円-1500万円
②遺留分額:375万円=①4500万円×2分の1×6分の1
③遺留分侵害額:375万円*長男Aに対して全財産を相続させる遺言がある以上、借金も含めて長男Aに承継させるものとして計算する。
生前贈与がある場合
相続人 | 子供3人(長男A・次男B・三男C) |
遺産額 | 0円 |
借金額 | 1500万円 |
生前贈与 | 3000万円(知人に対する生前贈与)、450万円(子らに対する生前贈与) |
内容 | 父が死亡する半年前に相続人ではない知人に対して3000万円の生前贈与、子らに対して一人当たり150万円の生前贈与をしている事案 |
①遺留分の基礎財産:1500万円=遺産額0円+生前贈与3000万円ー1500万円
②遺留分額:125万円=①1500万円×2分の1×6分の1
③遺留分侵害額:500万円=125万円+500万円(借金1500万円÷3人)-150万円(子の生前贈与)
遺留分侵害請求のプロセス
遺留分を侵害する遺言書も有効です。
遺言書が遺留分を侵害している場合には、遺留分侵害額を得るためには、受遺者や相続人に対して、遺留分侵害額の請求をする必要があります。
遺言無効の主張ができないか検討する
まずは、遺言書が有効な遺言であるかを十分に検討するべきです。
遺留分を侵害する遺言も、遺留分の侵害を理由に無効となることはありません。しかし、遺言書の要式を守らない遺言書は無効となります。また、要式を守っていても、遺言能力がない状態で作成された遺言書も無効となります。例えば、認知症の影響で判断能力がかなり低下している高齢者が複雑な内容の遺言書を作成している場合には、遺言は無効となる可能性があります。
そのため、遺言の有効性に疑義が生じる場合には、遺留分侵害額請求の前提として遺言無効の主張をしておくべきでしょう。
内容証明で遺留分請求の通知する
遺留分侵害額請求には1年の期間制限(消滅時効)があります。
この1年間の計算は、被相続人が亡くなったことを知っただけでなく、遺留分を侵害する遺言や生前贈与があることを知った日から数えていきます。
そのため、この1年の期間制限内に遺留分侵害額請求をしていることを事後的に証明させるために、遺留分の請求は配達証明付内容証明郵便を用いて行うのが通常です。
一度、遺留分請求を期間内に行使すれば、遺留分侵害請求に基づく金銭請求は5年間の消滅時効となります。
遺留分侵害額請求の調停手続を進める
遺留分に関する内容証明の送付後、話し合いによる合意に至らない場合には、家庭裁判所に対して、遺留分侵害額請求の調停を申立てる必要があります。
調停手続きとは、家庭裁判所の調停委員(2名・男女)の仲裁を通じて、相続人間の相続問題等を解決するよう話合いを行うプロセスです。遺留分に関する争いは、調停手続を経ることなく、いきなり訴訟提起することはできません(調停前置)。
調停が成立することも
調停手続では、主に亡くなった時点の財産の内容やその金額、生前贈与の有無や金額が主たる争点となります。特に、不動産がある場合には、その不動産の評価額(固定資産評価額、路線価、実勢価格)が大きい争われることがあります。
また、生前贈与がある場合には、その生前贈与があるのか否か、あったとしてもこれが特別受益といえるのかが争われることが多いでしょう。調停手続を経て、遺留分に関する合意ができれば、調停は成立します。
TIPS!
①固定資産評価額とは、固定資産税を徴税するために、固定資産税を計算するための不動産の評価額のことをいいます。固定資産税評価額は、実勢価格の7割程であるといわれています。
②路線価とは、相続税の計算において、相続財産である土地価格を算出するための評価額のことをいいます。路線価は、時価の80%を目安とされています。
調停には強制力がある
調停が成立した場合、調停には確定判決と同じ効力を持ちます。そのため、相手方が合意した調停の内容を履行しない場合には、相手方の預貯金やその他財産を差押えることができます。差押えできる財産は、相続や生前贈与によって取得した財産に限らず、これら以外の財産も差押えの対象となります。
また、調停により確定した遺留分侵害請求は、10年間の消滅時効となります。
✓裁判所の遺留侵害の解説はこちら
遺留分侵害額請求の訴訟提起をする
調停手続を経ても合意に至らない場合には、遺留分侵害に関する訴えを地方裁判所に提起しなければなりません。訴訟手続では、調停手続のように話し合いの要素は小さくなります。双方が客観的な資料に基づいた主張や反論を繰り返します。訴訟においても、不動産の評価額や生前贈与が争点となることは多いです。
裁判上の和解
訴訟手続においても、双方の主張や反論がある程度尽くされた段階で、裁判官から和解の提案がなされます。この裁判所の和解案は、将来の判決内容よりも互いにメリットのある内容となっていることが多いです。そのため、裁判上の和解により解決することも多いでしょう。
和解の提案を受けても合意できない場合には、当事者尋問等を経て判決手続に移行します。
遺留分対策の遺言を作成することで紛争を予防
以上のように、相続人の遺留分を侵害する極端な遺言書は、調停手続や訴訟手続といった紛争を生むきっかけとなります。
調停や訴訟等の裁判手続に要する時間は短くはありません。また、依頼する弁護士の費用や解決に至るまでの精神的負担はいずれも小さくはありません。そこで、このような遺留分の問題が生じないような遺言書の作成をするようにするべきでしょう。
他の相続人にも財産を相続させる
特定の相続人に対して全く相続させないという極端な内容の遺言は、相続問題を誘発させてしまいます。そのため、遺留分に相当する金額(あるいは、これに近い金額)の財産を取得できるようにすることが肝要です。
また、預貯金を相続させる場合には、遺言を作ってから亡くなるまでに、預貯金額が減額することも見越して、相続させる預貯金の金額や割合を決めましょう。
付言事項を活用して遺留分請求の自粛を求める
遺言書には、誰に何を相続させるのかという遺言事項に加えて、遺言者の家族に対する思いやメッセージを記載する箇所があります。
これを付言事項といいます。付言事項には、法的な拘束力はありません。しかし、付言事項に、遺言者の家族に対する感謝の気持ちや遺言書を書いた経緯等を詳細に記載することで、遺言者の真意や心情が伝わり、相続人たちの理解を促すことが可能となります。
これにより、たとえ遺言により遺留分を侵害されていても、遺言者の気持ちを尊重して、遺留分の請求を控えることもあります。
生命保険を活用することで遺産総額を少なくする
たとえ遺留分対策をしていたとしても、状況の変化により相続開始時に遺留分を侵害しているケースもあります。そこで、遺留分の基礎財産を減少させて遺留分の侵害額を抑えるために、預貯金の一部を一時払いの生命保険の保険料に切り替える方法が考えられます。また、生命保険に加入しておくことで、保険金が遺留分請求を受けた場合の原資となり、速やかな対応をすることも可能となります。
遺留分の問題は弁護士に相談しよう
遺言が遺留分を侵害している場合、その侵害額を具体的に算出することは簡単ではありません。
遺留分権利者と義務者に対する生前贈与を確認する必要があります。
また、遺産や生前贈与された財産の評価額が大きく対立することもあります。
ご自身で頑張り過ぎずに、適切に弁護士に相談することが重要です。
弁護士に依頼するメリット
- 遺留分の関連する資料収集を一任できる
- 遺留分の侵害額を具体的に計算できる
- 遺留分全般について相談できる
- 自身に有利な条件を教えてもらえる
初回相談30分を無料で実施しています。
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