長年にわたって相続手続きをせずに放置してしまっていることはよくあります。
相続登記をすることなく、亡くなった人が残した自宅不動産に、一部の相続人が住み続けている場合、この自宅不動産を自身の所有物にしたいと考えるでしょう。固定資産税や修繕費等の負担を長年しているような場合には特にそうです。
このような場合に考えられる方法が相続財産の時効取得です。
相続財産の時効取得には、特別な条件を満たすこと、特に「所有の意思を持った占有といえるか?」が必要です。
本記事では、相続財産の時効取得について解説していきます。
相続財産の時効取得は難しい
相続財産の時効取得には、一般の時効取得の要件よりもハードルが高くなっています。
単に相続財産を長期間にわたり占有していれば足りるものではありません。
まずは時効取得の基本的な解説をした上で、相続財産と時効取得の条件を詳しく解説していきます。
時効取得の条件
土地の時効取得が認められるためには、長年にわたり他人の土地を占有し続けることが必要です。
具体的には、以下の条件を満たすことが必要です。
時効取得の条件
①「所有の意思」
②「平穏にかつ公然と」
③「他人の物」
④20年間または10年間占有していること
⑤善意無過失であること(10年の短期時効取得に限る)
①所有の意思
時効取得するためには、その土地を所有の意思をもって使用し続けていることが必要です。
土地を賃借りしている場合や無償で借りている場合には、所有の意思は認められません。
②平穏にかつ公然
時効取得するためには、土地を平穏かつ公然と占有しなければなりません。
平穏とは、暴行や脅迫によらないこと、公然とは隠匿によるものではないことを意味します。
いずれも、民法186条1項により平穏・公然推定されます。
つまり、平穏かつ公然と占有をしていることは、占有の事実から推定されるため、積極的に証明する必要はありません。
③他人の物
時効取得は、他人の所有する土地を長年占有することで、その所有権を取得させる制度です。
そのため、対象となる土地は自分以外の他人が所有する物であることを前提としています。
④20年または10年の占有
時効取得には、長期間の占有が必要です。占有を開始した時とそこから20年または10年経過した時に占有していることを証明すれば、その間占有が継続していたと推定されます。
⑤善意無過失
時効取得は、他人の土地が自分の土地ではないことを知っていても認められます。ある事実を知っていることを法律上は悪意と呼びます。
悪意の場合、20年の占有により時効取得が認められます。
他人の土地が自分の物であると信じ、自分の物であると信じたことに正当な理由があれば、10年の占有により時効取得が認められます。自分の物であると信じたことを善意、自分の信じたことに過失がないことを無過失といいます。
相続財産の時効取得
土地を所有している親や親族が亡くなった後、長年にわたって自分の物であると信じて占有してきた場合に相続財産の時効取得は認められるのでしょうか?
遺産分割協議が必要となる
相続の開始があれば、亡くなった人(被相続人)の土地を取得するためには、相続人全員の話し合いをする必要があります。これを遺産分割協議といいます。
遺産分協議により遺産分割が成立しない間、被相続人の遺産は、共有状態となります。
遺産分割未了であれば他主占有
遺産分割未了で遺産共有状態であれば、自主占有が否定されるのが原則です。
時効取得のためには、占有が自主占有であることが必要です。
自主占有とは、所有の意思を持って行う占有です。自主占有は、心の中で『自分の物にしたい。』と思っているだけでは足りません。外形的な事実から、所有の意思を持っているといえることが必要です。
そのため、賃借りしている借主が、いくら賃貸物件を自分の物にしたいと思い続けていたとしても、賃貸借契約という権原の性質から、自主占有は認められません。
遺産分割が未了であれば、遺産は他の相続人と共有状態にあります。つまり、他の相続人と共有する土地を他の相続人のために管理していることになります。
そのため、遺産分割未了であれば、いくら自分の物にしたいと思っていても、共有状態である以上、他主占有となるのが原則です。
自主占有が認められる場合
ただし、遺産であっても自主占有が認められる場合があります。
自身に単独の所有権があると信じざるを得ない合理的な事情がある場合には、例外的に自主占有が認められます。
ただし、最高裁判所の判例やその他の先例を見ていると、相続人の占有が自主占有となるためには、かなり厳しい条件を満たすことが必要となるでしょう。他方で、土地を長年にわたって占有してきた事実だけでは、自主占有と認定されることは難しいでしょう。
自主占有となるケース
- 被相続人から生前贈与や売買により土地を取得していたと信じていた
- 固定資産税等の公租公課を自分の名義で負担し、不動産の収益を単独で得ていても、他の相続人が何らの異議も述べてこなかった等の場合
- 他の相続人の存在を知らず、自分だけが相続人であると信じていた
- 土地上に建物を建築するなどした上で、自分の単独所有であることを他の相続人に表明していた
大阪高等裁判所平成29年12月21日
【事案】
- 相続人の1人である原告が本件土地上に建物を建築した
- 第三者に賃貸して収益を全額取得してきた
- 他の相続人は異議を述べなかった
- 原告は本件土地の固定資産税・都市計画税を京都市に全額納付していた
【判決】
- 本件土地に建物を建築してその敷地に対する独占的な占有を開始したという事実があっても、そのことから当然に、当該占有開始時に土地の占有権原が当然に自主占有になったということはできない
- 本件建物の建築を機に、自らが本件土地の所有者であることを伝えたことを裏付ける証拠もない
以上を理由に本件建物の建築日を起算点とする時効取得の主張は理由がない
最高裁昭和47年9月8日
- 家督相続により他の相続人は相続しているとは考えず、自己が単独で相続したと誤信
- 土地の収益を全て自己の手に収めた
- 酵公租公課も自己名義で納めた
- 他の相続人は全く関心を寄せず、異議を述べなかった
以上を理由に、本件土地を自主占有してきたものというべき
最高裁昭和昭和54年4月17日
他に共同相続人のいることを知りながら、あえて共同相続人の承諾を得ることなく虚偽の相続放棄の申述をすることによって本件不動産の単独名義の相続登記をしたものであるから、単独の自主占有の成立を疑わせる事実があると判断し、自主占有を否定しました。
時効取得するための手続き
時効取得の条件を満たす場合に必要なプロセスを解説します。
時効の援用が必要となる
長年土地を占有していれば、自動的に土地の所有権を取得できるわけではありません。
時効期間の完成後、時効の援用をして初めて、取得時効の効果が生じます。
相続財産の時効取得の場合には、共有持分を持っているその他の相続人に対して、時効によって土地の所有権を取得した旨を通知する必要があります。
内容証明郵便を利用する
時効の援用をする場合、口頭ではなく内容証明郵便により通知する必要があります。
時効の援用は口頭でも行うことはできます。ただ、口頭による場合、相手方に対して、いつ、どのような内容で意思表示が到達したかを事後的に証明することが難しくなります。
内容証明郵便を用いれば、誰に対して、いつ、どのような内容を通知し、これがいつ配達されかを事後的に証明することができます。
登記手続きを行う
時効の援用をしたとしても、当然に登記簿上に時効取得の内容が反映されるわけではありません。
時効取得により土地の所有権を取得したことを登記上に反映させるためには、登記権利者である時効取得者と、登記義務者である他の相続人が共同して登記申請する必要があります。
そうすると、相続人全員の協力なくして時効取得の登記手続きを進めることができません。
訴訟手続き
時効の援用後、共同相続人が登記手続きに協力しない場合には、訴訟手続きを進めていくしかありません。
訴訟手続きの結果、時効取得を認める判決や裁判上の和解があれば、その他の共同相続人の同意を得ることなく単独で登記申請を進めることができます。
訴訟手続の審理
時効取得を求める相続人は、所有権を取得したことを確認する訴訟を提起します。
時効取得を求める相続人は、時効取得の条件を満たしていることを主張し、証明していくことが必要です。
特に、占有が自主占有であること、具体的には、単独所有であると信じざるを得ない事情を主張立証することが求められます。
双方が主張立証を尽くした段階で、裁判官から和解勧告が行われるのが通例です。
裁判官の和解勧告により和解が成立すれば、訴訟は終結します。
裁判上の和解により時効取得の登記手続を行うことができます。
判決手続
裁判官の和解の提案を受けても和解が成立しなければ、証人尋問(当事者尋問)を行うことになります。
証人尋問の後、判決手続となります。
裁判所による終局的な判断が示されます。
判決を受け取った日の翌日から2週間の経過するまでに控訴しなければ判決は確定します。
時効取得を認める判決であれば、確定判決により単独で登記手続を行うことができます。
相続登記は義務化
相続財産の時効取得の問題は、相続開始後、相続人間で遺産分割協議をすることなく放置することにより生じます。
つまり、相続開始後速やかに遺産分割協議を行い相続登記をすれば、時効取得が成立することはありません。
そして、法律の改正により、相続登記が義務化されることになりました。令和6年4月以降に施行となります。
相続開始を知った時から3年以内に相続登記をしなければなりません。
相続開始を知ってから3年以内に正当な理由なく相続登記を怠っていると、10万円以下の過料が科される可能性があります。
正当な理由の例としては以下のケースが考えられます。
- 相続人が多数に上り、戸籍謄本等の必要な資料の収集や相続人との協議に多くの時間を要するケース
- 遺言の有効性や遺産の範囲等が争われており遺産分割協議を進められないケース
- 相続人が重病等の事情により遺産分割協議ができないケース
▶相続登記の法務省の解説はこちら
時効取得した場合の税金
時効の援用により取得した土地の時価が経済的利益となり、一時所得として所得税が生じる場合があります。
一時所得の金額の計算式は以下のとおりです。
一時所得の計算式
一時所得の金額=時効取得した土地の時価-時効取得するために直接要した金額-特別控除額(最高50万円)
時効取得した不動産を売却する場合の税金
時効取得した土地を売却譲渡した場合にも、譲渡所得として所得税が生じる場合がります。
譲渡代金から時効の援用時の土地の時価がその土地の取得費となります。
譲渡所得の計算式
譲渡所得金額=収入金額 ー( 取得費+ 譲渡費用)ー特別控除額
時効取得の問題は弁護士に相談を
相続財産の時効取得には自主占有と認められるかがポイントです。
土地の利用状況や他の相続人の対応などの様々な事情を踏まえた専門的な判断が求められます。
当事務所の弁護士は、信託会社の勤務経験を有しており、相続問題を数多く取り扱っています。一人で悩まずにご相談ください。当事務所では初回相談30分を無料で実施しています。対応地域は、大阪府全域、和歌山市、和歌山県、奈良県、その他関西エリアお気軽にご相談ください。