夫婦が別居を開始した後、夫が妻に生活費を払わないことがあります。
生活費を全く支払わない場合、離婚原因の一つである悪意の遺棄に該当することがあります。
本記事では、離婚原因の一つである悪意の遺棄と別居後の生活費である婚姻費用について解説します。
本記事を読んで分かること
- 悪意の遺棄とは何か分かる
- 婚姻費用とは何か分かる
- 生活費を払わない場合に悪意の遺棄となるのかが分かる
1.悪意の遺棄とは
民法には、離婚できる理由として以下の離婚原因が規定されています。
- 配偶者に不貞な行為があったとき。
- 配偶者から悪意で遺棄されたとき。
- 配偶者の生死が三年以上明らかでないとき。
- 配偶者が強度の精神病にかかり、回復の見込みがないとき。
- その他婚姻を継続し難い重大な事由があるとき
この離婚原因の中に悪意の遺棄が規定されています。
夫婦において、悪意の遺棄などの離婚原因があれば、たとえ配偶者の一方が離婚を拒否しても、裁判所の離婚判決を通じて離婚することができます。
1-1.悪意の遺棄の内容
悪意の遺棄とは、正当な理由なく、配偶者に対する同居・協力・扶助義務を放棄することをいいます。
夫婦は、同居し互いに協力し扶助しなければなりません。
それにもかかわらず、理由もなく別居をしたり生活費を渡さない場合には悪意の遺棄に当たる場合があります。
遺棄といえるためには、短期間ではなく、ある程度(6か月以上等)継続した状況にあることが必要です。
2.悪意の遺棄となる行為とは
同居義務・協力義務・扶助義務を履行しない状況が悪意の遺棄とされます。
悪意の遺棄となる行為を具体的に見ていきましょう。
2-1.婚姻費用を払わない
配偶者が生活費を払わない場合には、悪意の遺棄となる可能性があります。詳細は後述します。
2-2.正当な理由なく同居を拒否する
夫婦は同居義務を負っています。
同居義務とは、同じ住まいに夫婦としての共同生活を営む義務をいいます。
正当な理由もないのに家を出て行って帰ってこない、結婚したのに一度も同居しようとしない場合には、同居義務違反となり、悪意の遺棄に当たる可能性があります。
2-3.家事や育児に協力しない
夫婦は協力義務を負っています。
協力義務とは、夫婦の日常生活の維持や子供の養育するために夫婦が協力することをいいます。
協力義務は、夫婦関係の円満な維持のために必要不可欠な要素です。
妻が宗教活動に精を出して専業主婦として重要な務めである家事や育児をないがしろにした事案では協力義務違反と認定されました。
3.悪意の遺棄に当たらない場合
たとえ別居していても、別居に正当な理由があれば悪意の遺棄には当たりません。
夫が単身赴任をせざるを得ない場合には、同居はしていませんが正当な理由が認められますから、同居義務に反しません。ただし、単身赴任であっても、夫が妻に生活費を支払わなければ、扶助義務違反となり、悪意の遺棄となります。
夫婦の冷却期間を置くために一時的に別居するような場合、夫婦関係の維持を目的としているため、同居義務に抵触しないといえるでしょう。
別居の原因が夫婦の双方にあり、婚姻費用を支払っている場合には、悪意の遺棄には当たらないといえるでしょう。
【東京地方裁判所平成16年9月29日】
別居は、夫婦の口論をきっかけになされたものであり、夫は妻に毎月婚姻費用として13万円を送金していたことなどの事実に照らせば、悪意の遺棄に該当しない。
4.婚姻費用を払わない場合
「生活費を支払わない」は女性側の令和3年の離婚原因ランキングの2位となっています。
配偶者や子供の生活費である婚姻費用を支払わない場合には、「悪意の遺棄」に該当する可能性があります。
動機別 | 割合 |
1位 性格の不一致 | 37% |
2位 生活費を払わない | 31% |
3位 暴力を振るう | 19% |
ただ、生活費の不払いの全てが悪意の遺棄に当たる訳ではありません。
以下の事情を総合的に考慮して判断します。
悪意の遺棄といえるかの判断
- 生活費の不払いの内容や程度
- 夫婦の収入や生活に必要となる金額
- 預貯金等の資産の有無や金額
- 別居の有無や別居後の生活状況
- 婚姻期間
4-1.婚姻費用とは何か?
婚姻費用とは、夫婦が婚姻生活を維持するために必要な費用をいいます。
婚姻費用が問題となるケースは、別居している夫婦のうち、収入の少ない妻が夫に対して生活費の支払いを求める場合です。
婚姻費用は、裁判所が定めた算定表に基づいて簡易的に計算することができます。
細かい婚姻費用の計算は、複雑な計算式となるため、弁護士に計算してもらうことを推奨します。
▼裁判所の算定表はこちら▼
4-2.婚姻費用不払いの具体例
生活費の不払いが悪意の遺棄に該当するか否かの事例を紹介します。
肯定例
夫が、正当な理由なく別居を開始させ、妻以外の女性と同棲するようになり、妻に対して生活費を送金しない場合
半身不随の身体障がい者で日常生活もままならない妻を自宅に置き去りにし、正当な理由もないまま家を飛び出して長期間別居を続け、妻に生活費を全く送金しなかった夫の行為が悪意の遺棄に当たると判断しました事例(浦和地方裁判所・昭和60年11月29日)
否定例
妻が婚姻関係の破綻に主たる責任があるため、夫が妻に対して生活費を支払わなかったとしても悪意の遺棄とはいえない(最高裁判決昭39年9月17日)。
5.悪意の遺棄を理由とした慰謝料
夫が妻に対して、収入額に比べて十分な生活費を払わなかったために、夫婦関係が破綻したと言える場合には、慰謝料請求が認められることがあります。
生活費を渡さなかっただけで当然に慰謝料請求が認められるわけではありません。
以下の事情を総合的に捉えて、悪意の遺棄によって婚姻関係が破綻したといえるかがポイントです。
・別居に至る経緯
・別居期間の長さ
・夫婦の収入状況
・子供の有無や年齢
・遺棄された側の健康状態
5-1.悪意の遺棄の慰謝料の相場
悪意の遺棄を理由とした慰謝料額の相場としては、明確な基準があるものではありませんが、過去の裁判例を踏まえると、50万円から200万円程かと思われます。
悪意の遺棄以外にも、不貞行為や暴力・DVといった有責行為が存在する場合には、200万円を超える可能性は十分にあります。
5-2.悪意の遺棄の慰謝料の証拠
悪意の遺棄を理由とした慰謝料請求が認められるためには、①悪意の遺棄によって②夫婦関係が破綻したことを裏付ける客観的な証拠が必要となります。
悪意の遺棄があった事実を証明する証拠としては、以下のものが考えられます。
①通帳履歴・・・生活費が支払われていない事実
②住民票・・・配偶者が別居している事実
③LINEメッセージ・・・別居に至る経緯や原因
④障がい者手帳・診断書・・・遺棄された配偶者や子供の健康状態
⑤給与明細や源泉徴収票・・・夫婦の収入格差
⑥日記・・・別居に至る経緯・原因
5-3.東京地方裁判所令和3年1月15日
平成30年7月の時点において、夫婦双方が他方を強い表現で相互に非難するばかりで、自分達の建設的な話合いにより問題を解決できない状況にあり、同居の継続が困難な状態にあったものと認められる。
そうすると、本件別居は、夫による悪意の遺棄として不法行為を構成するものということはできない。
5-4.東京地方裁判所平成28年2月23日
別居の原因は、別居前に妻に対して横暴な言動を重ねてきた夫自身にあるというべきであるから、夫が自宅に通うのをやめ、婚姻費用を全く支払わなくなったことは、悪意の遺棄に当たる。ただ、別居期間が約10年の長期間に及んでいること、夫が妻に離婚に伴う財産分与として3964万0566円を支払ったこと、未払婚姻費用の全額104万円を支払ったことを踏まえると慰謝料は、50万円と認めるのが相当である。
6.離婚手続について
悪意の遺棄等の離婚原因がある場合の離婚手続について解説します。
離婚調停や離婚訴訟は非常に専門的な手続であり、また、当事者本人の諸々の負担も大きいため、弁護士に依頼することを推奨します。
6-1.協議から始める
いきなり離婚調停や離婚訴訟を提起することはありません。
まずは、夫婦間で離婚の話し合いをします。
離婚それ自体に加えて、親権や養育費、財産分与、慰謝料といった離婚条件について協議します。
協議といえども、できるかぎり有利に進められるように、悪意の遺棄や不貞行為等の離婚原因に関する証拠を収集しておくことが重要です。
当事者間での協議が難しい場合には、無理をせずに代理人弁護士に依頼することを検討しましょう。
6-2.離婚調停の申立てをする
離婚協議に進展が見られない場合には、離婚調停の申立てを行います。
離婚調停とは、家庭裁判所の調停委員を通じて、離婚の話し合いを進めるプロセスです。
訴訟手続ほど、厳密な主張立証は求められません。
裁判所内での話し合いを基調としているからです。
ただ、話し合いといえども、離婚原因となる悪意の遺棄や不貞行為等の証拠を提出することは必要です。
離婚原因を裏付ける証拠があれば、話し合いを有利に進めることができます。
6-3.離婚調停の成立
調停手続を通じて離婚条件の調整ができれば、離婚調停が成立します。
離婚調停が成立すれば、その成立をもって離婚も成立します。
なお、調停の成立によって離婚も成立しますが、戸籍に離婚の事実を反映させるために離婚届と調停調書等を市役所に提出する必要はあります。
6-4.離婚訴訟
離婚調停が不成立となれば、離婚訴訟を提起します。
離婚訴訟では、話し合いの要素は薄まり、主張を記載した準備書面とこれを裏付ける証拠の提出することが求められます。
主張・反論を尽くされた段階で、裁判官から裁判上の和解が打診されます。
将来の判決を見越した和解案が提案されます。
和解が成就しなければ、証人尋問を行った上で判決となります。
6-5.有責配偶者による離婚請求
離婚を求める配偶者が、悪意の遺棄等の離婚原因を自ら作り出している場合、たとえ離婚原因が存在しているとしても、離婚請求が認められない可能性があります。
離婚原因を自ら作り出している配偶者を有責配偶者といいます。
有責配偶者による離婚請求が認められるためには、以下の要素を踏まえ離婚を認めることが信義に反しないことが必要となります。
- 夫婦の別居が両当事者の年齢及び同居期間との対比において相当の長期間に及ぶこと
- 夫婦に未成熟の子が存在しないこと
- 相手方配偶者が離婚により精神的・社会的・経済的に極めて苛酷な状態におかれないこと
【浦和地方裁判所昭和60年11月29日】
婚姻生活はすでに破綻しているが、破綻原因は夫の不貞行為や悪意の遺棄に起因するものであるから、このような離婚原因を作った有責配偶者からの離婚請求に対し相手方がこれを拒んだ場合には、離婚請求は許容することができないものと解するのが相当である。
7.弁護士に相談しよう
悪意の遺棄や婚姻費用について解説しました。
悪意の遺棄に該当するかは様々な事情を総合した判断となります。
また、婚姻費用についても、放置するのではなく調停手続を通じて、相手方に対して適正額の支払いを求めるべきでしょう。
弁護士に依頼するメリット
- 悪意の遺棄に該当するかを判断できる
- 婚姻費用の支払いを求めることができる
- 離婚全般についてアドバイスをもらえる
- 自身に有利な条件について相談できる
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