不妊は、民法が定める法定離婚事由(不貞・悪意の遺棄・3年以上の生死不明・強度の精神病・その他婚姻を継続し難い重大な事由)に含まれません。そのため、相手が離婚に応じない場合、不妊のみを理由とした裁判離婚は原則として認められません。
一方で、協議離婚・調停離婚は、夫婦が納得すれば理由を問わず成立します。また、「不妊」を口実に不貞やDVが隠れている場合は、そちらが離婚原因・慰謝料の対象になり得ます。
不妊治療の負担から夫婦関係が悪化し、離婚を考える方、そして「不妊を理由に離婚を求められた」方の双方から、当事務所には多くのご相談が寄せられます。とてもデリケートな問題であり、つらいお気持ちを抱えている方も少なくありません。
だからこそ、感情だけで結論を出す前に、まず法律上の位置づけとご自身の立場でできることを正しく知ることが大切です。この記事では、不妊治療と離婚率のデータ、不妊が離婚原因になるのか、慰謝料の考え方、そして「求める側」「求められた側」それぞれの対処法を、弁護士がわかりやすく解説します。
不妊・不妊治療で離婚率は上がる?データで確認
「子どもができないと離婚しやすいのではないか」というイメージを持つ方は多いですが、不妊や不妊治療が離婚率を上げると断定できる公的統計は存在しません。まずは手元のデータで、実際のところを確認しましょう。
厚生労働省「人口動態統計」
離婚割合(2019年調査)
データの読み方(正直に)
離婚の過半数は、むしろ子どもがいる世帯で起きています。つまり「子どもがいない=離婚しやすい」とは言えません。不妊は夫婦関係悪化のきっかけの一つになり得ても、離婚を決定づける要因ではない、というのが統計から言える範囲です。
出典:厚生労働省「令和3年 人口動態統計月報年計(概数)」、同「2019年度 人口動態調査」。上記は離婚件数の構成比であり、特定の世帯の離婚率そのものを示す数値ではありません。
とはいえ、不妊治療が夫婦にとって大きな負担になるのは事実です。次章以降で、法律上の扱いと具体的な対処を見ていきます。
不妊は「法律上の離婚原因」になりにくい
不妊がきっかけで離婚を考えたとしても、不妊だけでは法律上の離婚原因には該当しません。相手が離婚に応じなければ、不妊のみを理由とした離婚請求は認められにくいでしょう。
法律上の離婚原因(民法770条1項)
裁判で離婚が認められる原因は、民法770条1項が定める次の5つに限られます。
| 法定離婚事由 | 具体例 |
|---|---|
| 不貞行為 | 配偶者以外の者と性的関係を持つこと。キスやSNS・LINEのやり取りのみは通常あたりません。 |
| 悪意の遺棄 | 生活費を渡さない、理由なく同居を拒む、相手を追い出す等、夫婦の同居・協力・扶助義務に反する行為。 |
| 3年以上の生死不明 | 連絡が取れず、生死が3年以上わからない状態。 |
| 強度の精神病 | 回復の見込みがない強度の精神病。 |
| その他婚姻を継続し難い重大な事由 | 継続的な暴力・DV、長期間の別居、修復不能な関係破綻 等。 |
「不妊のみ」では離婚原因にならない理由
不妊が問題になるのは、5つのうち「その他婚姻を継続し難い重大な事由」に当たるかどうかです。しかし、不妊がきっかけで夫婦関係に亀裂が入ることはあっても、不妊それ自体が「修復し難いほど夫婦関係を破綻させる理由」にはならないと考えられています。
不妊には男女どちらの要因もあり得るうえ、一方に責任があるとは言い切れないことも多く、法律上は「婚姻を継続できない重大な理由」とまでは評価されないのが原則です。
ただし、不妊が起点となってDV被害を受けた、長期間の別居に至ったといった事情が重なれば、その事情が「婚姻を継続し難い重大な事由」に当たり、離婚原因になり得ます(詳しくは後述)。
それでも協議・調停なら離婚できる
裁判離婚では不妊は原因になりませんが、協議離婚・調停離婚は「話し合いで決める」ものなので、夫婦双方が納得すれば理由を問わず離婚できます。お互いが合意していれば、不妊を理由に離婚すること自体は当然に可能です。
ただし、離婚するにあたっては、財産分与・慰謝料・年金分割・(子がいる場合は)親権や養育費といった条件を取り決めておくことが重要です。多くのケースでは、これらの条件が合意できなければ、相手が離婚に応じないのが実情です。
⚠ 「離婚条件」で交渉が難航しやすい
相手から「離婚原因が存在しない以上、応じないのが基本。ただし、そちらが求める財産分与や慰謝料といった条件に応じるなら離婚に応じる」という対応を取られることがあります。この場合、最終的に離婚を求める側が多くの経済的負担を負うことになりがちです。条件を詰める段階で弁護士に相談すると安全です。
公正証書を作成しておくと安心
話し合いで離婚が決まったら、離婚届を提出すれば離婚は成立します。ただし、後々のトラブルを防ぐため、財産分与や慰謝料などの取り決めは「協議離婚合意書」、できれば「公正証書」にしておくことをおすすめします。
TIPS:公正証書のメリット
公正証書は公証人が当事者の意思を確認して作成する公文書のため、合意内容に齟齬が生じにくく、将来の紛争を予防できます。さらに強制執行認諾文言を付けておけば、相手が支払いを怠ったときに、訴訟を経ずに差押えなどの強制執行が可能になります。
話し合いがまとまらないときは離婚調停
協議で合意できない場合は、家庭裁判所に離婚調停(夫婦関係調整調停)を申し立て、調停委員を介して話し合います。調停でも結論が出なければ裁判離婚(離婚訴訟)に進みますが、不妊のみが理由の場合、裁判では離婚原因と認められにくい点は理解しておきましょう。訴訟になった際は、弁護士のサポートを受けることをおすすめします。
【立場別】あなたはどちらの立場ですか?
不妊をめぐる離婚は、立場によって取るべき対応が大きく異なります。ご自身の状況に近い方をお読みください。
- 不妊のみでは裁判で離婚は認められにくい。まずは夫婦での話し合いから始める。
- 相手が応じれば協議・調停離婚は可能。財産分与・慰謝料等の条件を整理する。
- 自分に不貞などがあれば有責配偶者となり、離婚請求はさらに困難になる。
- 不妊のみを理由に離婚に応じる義務はありません。応じたくなければ拒否できる。
- 相手が有責配偶者なら、その離婚請求は原則として認められません。
- 背後に不貞・DVがあれば、あなたが慰謝料を請求できる立場になり得ます。
⚠ 「不妊」を口実にした離婚要求に注意
それまで不満を見せなかった相手が突然「不妊だから」と離婚を切り出した場合、実際には不妊が理由ではなく、不倫相手の存在など別の事情が隠れているケースがあります。「不妊を口実にすれば離婚をスムーズに進められる」という思惑が働くためです。安易に応じる前に、事実関係を確認しましょう。相手が浮気をしていた場合は有責配偶者となり、あなたからの離婚・慰謝料請求の理由になります。
不妊でも離婚を回避するための選択肢
不妊治療をしても妊娠・出産に至らないケースは多くあります。そこから夫婦関係が悪化することもありますが、離婚を選ぶ前に検討できる選択肢もあります。
子どものいない人生を一度考えてみる
子どもがいなくても幸せな夫婦生活を送っている夫婦は多くいます。子どもがいれば幸せなこともあれば、多くの負担や制約が生じることもあります。二人で送る生活そのものの価値を、改めて話し合ってみることも一つの方法です。
養子縁組や里親制度を検討する
不妊治療でも子どもを授かれない場合、養子縁組や里親制度の利用を検討する道もあります。
養子縁組とは
養子縁組は、養親と養子の間に法律上の親子関係をつくる制度です。実親との関係を残す普通養子縁組と、実親との関係を終了させる特別養子縁組があります。
里親制度とは
里親制度には養育里親・養子縁組里親・親族里親等があります(児童福祉法6条の4)。このうち養子縁組里親により子どもを迎え入れることが可能です。ただし誰でも里親になれるわけではなく、児童相談所等の研修・家庭訪問・調査を経て登録を受ける必要があります。
不妊が離婚原因と認められる事情
前述のとおり不妊それだけでは離婚原因になりません。しかし、不妊とは別に夫婦関係を破綻させる事情がある場合、それらは離婚原因となり、慰謝料の対象にもなり得ます。
不貞行為(不倫・浮気)
配偶者以外の異性と性的関係に及ぶ行為を不貞行為といい、離婚原因の一つとして規定されています。不貞行為は離婚原因となるだけでなく、これを理由とした慰謝料請求(不貞相手・有責配偶者に対して)が可能です。
DV(暴力・暴言)
配偶者に対する暴力・暴言は、「婚姻を継続し難い重大な事由」として離婚原因となります。暴力の程度によっては一回でも該当し得ますし、軽微でも継続・長期にわたれば離婚原因となり得ます。人格を否定するような暴言(モラハラ)も、度を越したものであれば離婚原因になり得ます。
長期間の別居
別居期間が長期に及ぶと、夫婦関係は形骸化しているといえるため、離婚原因に該当します。一概には言えませんが、同居期間との対比で、おおむね別居が3〜4年を超える場合には、夫婦関係が破綻していると判断されるケースが多いでしょう。
セックスレス
夫婦のいずれかが正当な理由なく性交渉を拒否し続けると、離婚原因になる可能性があります。短期間では不十分で、少なくとも1年を超えて拒否している状況が目安とされます。不妊治療のタイミング指導が負担となり、夫婦生活そのものが失われてセックスレスに至るケースもあります。
不妊を理由に慰謝料は請求できる?
不妊は離婚原因とならない以上、不妊それ自体を理由とした慰謝料請求は認められません。慰謝料(不法行為に基づく損害賠償)が認められるには、次の要件を満たす必要があります。
- 婚姻関係の平穏を害する行為をしたこと
- それによって婚姻関係が破綻したこと
- 破綻によって精神的苦痛を受けたこと
- 故意または過失があること
不妊は、通常この「婚姻関係の平穏を害する行為」に当たりません。生殖機能に関する問題によって不妊という結果が生じたとしても、それを類型的に「夫婦共同生活の平穏を害する行為」と評価することは困難だからです。
慰謝料が問題になり得るケース
不妊そのものではなく、不妊を口実にした一方的な離婚要求・別居や、その背後にある不貞・DVがあれば、それらを理由に、離婚を求められた側から慰謝料を請求できる場合があります。金額は事情によって大きく異なり、一律の相場を当てはめられるものではありません。
「不妊を理由に離婚を求められ、精神的に追い詰められている」というケースでは、当事者だけで判断せず、証拠の整理を含めて弁護士にご相談ください。
離婚する場合に知っておくべきお金のこと
不妊がきっかけで離婚する場合も、さまざまな法律上・お金の問題を整理しておく必要があります。あらかじめ準備し、ご自身に不利にならない条件で離婚できるようにしましょう。
婚姻費用(別居中の生活費)
離婚が成立するまでの間、別居していても夫婦である以上、収入の多い配偶者は少ない側に婚姻費用(生活費)を支払う義務があります。金額は夫婦双方の収入をもとに、裁判所が公開している婚姻費用算定表を用いて計算するのが一般的です。
財産分与
財産分与は、結婚してから別居までに築いた共有財産を分け合う制度です。預貯金、購入した自宅不動産、別居時までに相当する退職金などが対象となり、婚姻前から持っていた財産や相続・贈与で得た財産(特有財産)は含まれません。原則として、手元に残るのはそれまでの共有財産の2分の1が目安です。あらかじめ相手方の財産構成とおおよその金額を把握しておきましょう。
年金分割
婚姻期間中に納めた厚生年金の記録を夫婦で分け合う制度です。将来受け取る年金額に影響するため、離婚条件の一つとして確認しておきます。
⚠ 「離婚してくれない」相手への一方的な行動は禁物
相手が離婚に応じないからといって、勝手に家を出て相手を追い出したり、生活費を一切渡さなくなったりすると、逆にあなた自身が「悪意の遺棄」に問われるおそれがあります。感情的に動く前に、必ず弁護士に相談してください。
よくある質問
不妊を理由に離婚できますか?
不妊は民法770条の法定離婚事由ではないため、不妊のみを理由とした裁判離婚は原則認められません。ただし、協議・調停で双方が合意すれば離婚は可能です。
不妊治療をすると離婚率は上がりますか?
「不妊治療で離婚率が上がる」と断定できる公的統計はありません。離婚件数に占める子の有無の割合を見ても大きな差はなく、不妊はきっかけの一つにはなり得ても、決定的な要因とは言えません。
不妊を理由に離婚を求められました。応じないといけませんか?
応じる義務はありません。不妊のみを理由とした離婚請求は裁判では認められにくく、相手が有責配偶者であればなおさらです。まずは条件面も含めて弁護士にご相談ください。
不妊を理由に慰謝料は取れますか/請求されますか?
不妊それ自体では慰謝料は発生しません。ただし、背後に不貞・DV等があれば、それを理由に慰謝料が問題になることがあります。
妊活で夫婦仲が悪くなり、離婚を考えています。
不妊治療は身体的・精神的・経済的な負担が大きく、夫婦関係が悪化することは珍しくありません。まずは将来設計の話し合いや第三者(カウンセラー・弁護士)の関与も検討し、それでも修復が難しい場合に離婚条件の整理を進めましょう。
男性側の不妊が原因でも、離婚の扱いは同じですか?
同じです。不妊は男女どちらの要因でも法定離婚事由には当たらず、一方に責任を負わせる考え方は取られません。したがって、男性不妊を理由に一方的な離婚や慰謝料が認められることも原則ありません。







