相続トラブルでよく生じるのが遺留分の問題です。
遺留分とは、法律で認められている最低限保障された相続人の権利です。たとえ遺言書を作成しても、遺留分は遺言に優先します。そのため、遺言者が、特定の相続人に全財産を渡したいと思っていたとしても、遺留分の問題により実現することが難しくなるのです。
遺留分の問題が生じると、長期間にわたって紛争に巻き込まれるだけでなく、親族関係を修復できないほどに悪化させます。
このような遺留分の問題を解決させる方法が「遺留分の放棄」です。遺留分の放棄は、相続人が「遺留分を放棄する。」と宣言するだけで認められるものではありません。
本記事では、遺留分の問題を未然に防ぐために認められている「遺留分の放棄」について解説します。
遺留分とは
遺留分とは、遺言や生前贈与によっても奪うことのできない相続人の権利を言います。遺留分は、兄弟姉妹を除く相続人に認められています。遺留分の割合は、相続分の2分の1となります。ただし、相続人が両親等の直系尊属である場合には、3分の1となります。
遺留分の放棄とは
遺留分の放棄は、被相続人(故人)の生前に、遺留分の放棄をする相続人が家庭裁判所に対して手続きをする必要があります。
よくある間違いとして、相続人ではなく被相続人が、相続人の遺留分放棄を行うことができると勘違いしているケースもあります。また、被相続人が他界した後に遺留分放棄の手続きを行えると誤解しているケースも散見されます。しかし、いずれも間違いです。
相続人の遺留分を放棄するためには、「被相続人の生前」に「相続人自身」で「被相続人の住所地の家庭裁判所」に対して所定の手続きを行う必要があります。
遺留分を放棄する念書
生前に相続人に遺留分を放棄する念書を作成させたとしても、その念書には法的な効力はありません。生前の遺留分放棄は、家庭裁判所の手続きを通じて行う必要があります。
他方で、相続開始後に、遺留分を有する相続人が遺留分侵害額請求を放棄することは、生前の遺留分の放棄とは異なり法律上の規定はありません。そのため、相続開始後の遺留分の放棄は、自由に行うことができます。そのため、相続発生後の遺留分放棄の念書には、法的な効力があるといえます。
相続放棄と遺留分放棄の違い
相続放棄は、相続開始後に、相続人が家庭裁判所に対して相続放棄の申述をすることで、亡くなった人(被相続人)の財産や債務を承継することを拒否することを言います。相続放棄により、はじめから相続人ではなかったことになります。
遺留分の放棄は、被相続人の生前に行う手続きです。また、遺留分の放棄をしたとしても、相続人としての立場にあり続けます。
相続分放棄と遺留分放棄の違い
相続分の放棄とは、相続の開始後に、相続人が自身の相続分を放棄することで遺産を取得しないことを言います。相続放棄と異なり相続人としての地位を有し続けます。遺留分の放棄は、あくまでも遺留分侵害請求をしないことを意味するだけであって、相続分の放棄まではしない点で異なります。
遺留分放棄をするケース
遺留分放棄を生前に行うケースは、親族間の争族を防ぐために活用される場合に加えて、特定の相続人に株式や事業用資産を承継させる場合に利用することが一般的です。
事業承継のケース
遺留分放棄が利用されるケースとして最も多いのが、特定の相続人に事業承継させる場合です。
被相続人が事業用の資産を所有しているため、後継者となる相続人に事業用の資産を集中させる必要があります。しかし、その他の相続人が後継者に対して遺留分請求をすることで、後継者の経済的な負担が大きくなり、経営の安定が妨げられるリスクがあります。そこで、事業承継後の経営の安定を図るために、遺留分の放棄が利用されることがあります。
親族の争族問題を防ぐため
その他にも親族間の紛争を未然に防止するために遺留分放棄が活用されることがあります。特に、離婚歴があり、前妻の子どもがいるような場合、相続人間の紛争が生じがちです。親族間の紛争を予防するために、前妻の子どもに対して生前贈与をするなどして一定の配慮をした上で、前妻の子どもに遺留分の放棄をしてもらうことがあります。
遺留分放棄のメリット
遺留分を放棄するメリットは、立場によって様々あります。遺留分を放棄する相続人の立場から見たメリットもあれば、被相続人やその他の相続人の立場から見たメリットがそれぞれあります。
立場の違いから見た遺留分のメリットを紹介します。
遺留分を放棄した人のメリット
遺留分を放棄した相続人のメリットは、被相続人から遺留分放棄の引き換えに代償金を受け取れる点です。必ず代償金を受け取れるわけではありませんが、家庭裁判所は、放棄する理由や必要性に加えて、被相続人が放棄する相続人に対して、代償金を払っているかを考慮して、遺留分放棄を認めるかを判断します。
また、遺留分の放棄をすることで、相続人に対して対決姿勢がないことを示すことができ、親族間の信頼関係を維持できるかもしれません。
遺留分の支払義務者となる相続人のメリット
遺留分を放棄することで、遺留分の義務者となり得る相続人は、遺留分の義務から解放されるため、大きなメリットを受けることができます。
被相続人から多くの遺産を承継している相続人は、遺留分侵害請求を受けることで、遺留分侵害額を支払わなければなりません。
しかし、遺留分の放棄をすることで、遺留分義務者の相続人は、この遺留分侵害請求を受けずに済むため、経済的な負担から解放されます。
また、遺留分侵害請求を受ければ、調停や訴訟といった裁判手続きに長期間対応しなければならず、心理的な負担も大きくなります。
しかし、遺留分の放棄により、裁判手続に伴う心理的な負担からも解放されます。
被相続人のメリット
被相続人のメリットとしては、被相続人の意思を実現できる点です。
遺留分を放棄することで、遺言や生前贈与に対して、遺留分侵害請求がなされることが無くなります。
そのため、遺言や生前贈与による被相続人の意思を実現させることができます。
また、遺留分侵害請求によって、相続人間が激しい対立関係となることを防ぐことができます。
特に、被相続人が会社経営をしている場合には、相続紛争を予防することができるため、特定の相続人に自社株を集中させて経営の安定を実現できます。
遺留分放棄をする流れ
遺留分の放棄の手続きには、亡くなった人の生前に行う手続きと死亡後に行う手続きの2種類あります。その一つが生前の遺留分放棄です。
被相続人の生前の遺留分放棄は、家庭裁判所の許可を受けることで行うことができます。無制限に遺留分放棄を認めると、遺留分の権利を持つ相続人が遺留分の放棄を強要される事態が生じてしまいます。そこで、遺留分の放棄は家庭裁判所の許可制となります。
以下では、生前の遺留分放棄のプロセスを解説します。
遺留分放棄の許可審判申立て
生前の遺留分放棄をするためには、遺留分を放棄する相続人が家庭裁判所に対して「遺留分放棄許可審判申立書」を提出しなければなりません。相続人本人以外の人が相続人本人に代わって遺留分放棄の申立てをすることはできないため注意が必要です。
提出先の裁判所(管轄裁判所)
被相続人となる人の住所地を管轄する家庭裁判所です。相続人の住所地を管轄する裁判所ではないため注意してください。
提出書類
申立てにあたり以下の書類を提出する必要があります。
- 申立書
- 財産目録
- 被相続人の戸籍謄本(全部事項証明書)
- 申立人の戸籍謄本(全部事項証明書)
- 収入印紙800円分
- 郵便切手
申立書には、遺留分を放棄する理由や遺留分放棄に対する代償金の有無等の具体的な事情を記載する必要があります。また、財産目録には、申立時点で把握している被相続人の相続財産(預貯金や不動産等)を記載しなければなりません。
審問期日
遺留分放棄の申立てをすると、家庭裁判所は、申立人に対して、審問期日を指定します。
申立人は、指定された審問期日に家庭裁判所に出頭さなければなりません。審問期日では、家庭裁判所の裁判官が申立人に対して質問をし、申立人は、この質問に対して回答する必要があります。
具体的には、遺留分放棄が自由な意思によるものか、遺留分放棄の理由、遺留分放棄に見合うだけの代償を受けているか等の事情を聞き取ります。遺留分放棄の理由が合理的であると判断されれば、遺留分放棄の審判が行われます。
遺留分放棄の審判に対して、不服を申し立てることはできません。また、遺留分放棄が認められた後、これを撤回することも原則としてできません。
何を判断されるのか(判断基準)
遺留分放棄の審判には、以下の事情を考慮して遺留分放棄が相当であるといえるときに、遺留分放棄の許可の審判が出されます。
①遺留分権利者の自由意思
②放棄の理由の合理性・必要性
③放棄の引き換えの代償の有無
そのため、遺留分放棄の申立てをすれば、必ず許可の審判が出るわけではありません。
①遺留分権利者の自由意思
遺留分放棄の申立てが、申立人本人の自由な意思により行われていることが必要です。
被相続人や親族から強要されたり、間違った情報の提供を受けて申立てをしている場合には、認められません。
②放棄の理由の合理性・必要性
遺留分を放棄する理由に合理性や必要性が必要です。
単に、兄弟や家族の仲が悪いからといった感情的な理由では、遺留分放棄は認められません。
例えば、被相続人が会社を経営している場合に、自社株を後継者に集中させて、株式の分散を防ぐ場合には、放棄の理由としては合理的といえます。
また、死後の相続問題を回避するために、婚外子に対して生前贈与をして遺留分の放棄をする場合も、放棄をする理由として合理的といえるでしょう。
さらに、老齢の親の介護をするために同居する子供以外の子供に遺留分を放棄させる場合には、放棄の理由として合理性必要性が認められています。
③ 放棄の引き換えの代償の有無
遺留分の放棄の代償として贈与をしている場合、遺留分の放棄の時点で既に贈与済みであるか、これと同時に贈与されることが求められます。
遺留分の放棄の数年後に贈与をするという不確定な内容では、十分な代償がなされているとは判断されません。
遺留分放棄に必要となる費用
遺留分放棄に必要となる費用は、収入印紙代と郵便切手代に加えて、提出する戸籍謄本の取り寄せ費用や弁護士等の専門家の相談費用、弁護士に委任する場合の弁護士費用となります。
裁判所に提出する戸籍謄本の種類は、相続人が誰であるかによって異なるため、戸籍謄本の取り寄せ費用はケースバイケースですが、1000円前後から高くても1万円程となるでしょう。
弁護士等の相談費用は、初回相談無料の事務所も多く、相談料が発生する場合でも30分5500円から11000円と設定していることが多いでしょう。
弁護士に遺留分放棄の申立てを委任する場合の弁護士費用としては、20万円から50万円(税別)と設定していることが多いでしょう。なお、弁護士に委任する場合も、被相続人ではなく、遺留分放棄をする相続人自身が委任する必要があるため、注意が必要です。
遺留分の放棄の撤回と審判の取消し
遺留分を放棄すると、原則としてこれを撤回することはできません。ただし、例外的に遺留分放棄の許可審判の取り消しが認められています。
審判後に、申立ての前提となる事情が変化したことで、遺留分を放棄した状況を維持することが不適当といえる場合には、家庭裁判所は、遺留分放棄の家事審判を取り消すことができます。
遺留分放棄の注意点
遺留分放棄には、メリットがあるものの、注意点もあります。
不服申し立てできない
遺留分放棄の審判に対して、許可または却下のいずれに対しても、不服申し立てをすることはできません。
遺留分放棄しても相続放棄とはならない
相続人が、遺留分を放棄しても、相続人としての地位を失わず相続権を持ち続けます。そのため、遺留分を放棄したとしても、遺言がなければ、相続開始後に遺産分割をしなければなりません。
また、被相続人が債務超過となっている場合には、相続人としての地位を有する以上、相続放棄をすることも検討する必要があります。
他の相続人に影響しない
複数の相続人のうちの一部が遺留分を放棄しても、他の相続人には影響を与えません。そのため、他の相続人の遺留分が、入りの放棄に伴って増加することもありません。
遺留分放棄以外の生前の遺留分対策
遺留分の放棄は、被相続人の生前に、遺留分を放棄する相続人本人が行う必要があります。しかし、遺留分の放棄をする大きなメリットがなければ、不利益を受ける相続人自身が遺留分の放棄を自ら行うことはあまり期待できません。
そこで、遺留分対策として遺留分放棄以外の方法も検討しておくことが重要です。
他の相続人の遺留分に配慮する遺言を作成する
遺留分請求をすることを避けるため、他の相続人の遺留分に相当する金額あるいはこれに近い金額を残す内容の遺言書を作成することです。
特定の相続人に全ての遺産を相続させるような極端な遺言は、それ以外の相続人の心情を害してしまい、遺留分請求を促してしまうおそれがあります。
遺言書を残し相続人間の対立を避けるため、他の相続人にも幾分かを相続させる内容の遺言書を作成することが遺留分対策となります。
他の相続人に対して生前贈与をする
生前、他の相続人に対して生前贈与をしておくことが遺留分対策となります。
遺留分の侵害額は、被相続人が残した遺産額に加えて、遺留分を請求する権利者側の生前贈与も加味して計算されます。生前贈与の金額が遺留分の侵害額やこれに近い金額に達している場合、遺留分請求をする意味が失われます。
そこで、相続人に対する生前贈与をしておくことは遺留分の対策となります。なお、生前贈与の内容を明確にしておくために、贈与契約書を作成しておくことが大切です。
生命保険を活用する
生命保険に加入しておくことは遺留分対策となります。
遺留分の侵害額は、相続時に残っている遺産と生前贈与等を踏まえて計算されます。つまり、相続時の遺産額が小さくなればなるほど、遺留分の侵害額も小さくなります。
生命保険の保険金は受取人固有の財産とされており、遺産には原則としてなりません。そこで、手持ちの預金や現金を基に生命保険の保険料を支払うことで、受取人兼相続人の受取額を減らすことなく遺留分の侵害額を減らすことができます。
ただ、死亡保険金の金額が遺産額に比してあまりにも大きくなると、例外的に特別受益として遺留分の対象となるため、保険金の金額には注意が必要です。
相続開始後の遺留分放棄
二つ目の遺留分放棄は、被相続人が亡くなった後の遺留分放棄です。
経営承継円滑化法による遺留分の特例
一定の条件を満たせば、事業承継において、自社株を遺留分算定の基礎から除外することができます。
すなわち、次の条件を満たすことで、先代経営者が後継者に対して生前贈与等をした自社株を、遺留分算定の基礎となる財産の価額に算入せず(除外合意)、又は算入する際の価額を合意時の価額とすること(固定合意)ができます。
- 後継者と全ての遺留分権利者の全員で合意書面を作成し、
- 後継者が、合意から1か月以内に、経済産業省に対して合意の確認申請をした上で、
- 後継者が②の確認を受けた日から1か月以内に、家庭裁判所に対して申立てをし、家庭裁判所の許可を受けること
遺留分の放棄は、遺留分の全てを放棄するものですが、遺留分の特例は自社株を遺留分の基礎財産から除外することに留まる点で異なります。
遺留分の放棄は弁護士に相談を
遺留分放棄の審判には不服申し立てができません。
そのため、生前の遺留分放棄には十分な準備が必要です。
当事務所では、信託会社に勤務経験のある弁護士が在籍しており、相続問題に関する数多くの経験を持っています。
弁護士に相談するメリット
遺留分放棄の理由を精査できる
遺留分放棄の代償の必要性を検討できる
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