相続が発生し、遺産分割協議の結果、代償分割を選択したものの、現金をすぐに用意できないという状況は、決して珍しくありません。特に不動産などの分割が難しい遺産が中心の場合、このような問題に直面する方は少なくないでしょう。
「代償分割」とは、特定の相続人が遺産を現物で取得する代わりに、他の相続人に対して金銭(代償金)を支払うことで、相続における公平性を保つ方法です。しかし、この代償金を支払うための現金がない場合、一体どうすれば良いのでしょうか?
この記事では、代償分割で払う現金がない場合の解決策を5つご紹介します。それぞれの解決策について、メリット・デメリット、注意点などを専門家の視点から詳しく解説していきますので、ぜひ参考にしてください。
代償分割とは?現金がなくても諦める必要はありません
現金がない状況でも代償分割を実現する方法は複数存在します。以下では、具体的な解決策を5つ解説し、それぞれのメリットとデメリット、そして実行する上での注意点についても詳しくご紹介します。
遺産を公平に分けるための「代償分割」
代償分割とは、不動産のように物理的に分けにくい遺産がある際、特定の相続人がその財産を単独で取得する代わりに、他の相続人へその差額分を現金などで支払う遺産分割方法です。この仕組みによって、不動産などの固有資産を無理に分割したり売却したりすることなく、各相続人が法定相続分に相当する価値を公平に受け取れます。相続人間で実家や家業の承継を希望する場合に、特に有効な手段と言えるでしょう。
具体的な例を挙げます。評価額2000万円の実家を長男が相続し、長男と次男がそれぞれ2分の1ずつ相続する権利を持つとします。この場合、長男は本来の取得分である1000万円を超えて実家を取得するため、次男へ現金1000万円を代償金として支払うことで、公平な遺産分割が実現します。代償金の額は相続人同士の話し合いで決定しますが、一般的には遺産の時価に基づいて算出されます。
遺産分割の方法には、以下の種類があります。
- 現物分割:遺産をそのままの形で分ける方法です。
- 換価分割:遺産を売却し、得られた現金を分配する方法です。
- 代償分割:特定の相続人が財産を取得する代わりに、他の相続人へ現金を支払う方法です。
このような遺産分割方法の中で、代償分割は、特定の相続人が実家に住み続けたい、あるいは家業を継続したいといった具体的な希望がある場合に、遺産を希望通りに引き継ぎながら、他の相続人との公平性を保てるため、非常に有効な選択肢となります。
現金が用意できないケースは少なくない
相続財産の多くが自宅や土地などの不動産で、預貯金といった金融資産が少ない場合、代償金の用意が難しくなるケースは少なくありません。特に、実家などの不動産が遺産の大半を占め、その評価額が高額になると、相続人自身の資金だけでは代償金を賄いきれない状況が頻繁に発生します。例えば、評価額4,000万円の不動産を単独で相続し、他の相続人に代償金として2,000万円を支払う必要が生じたとしても、手元の預貯金が少ない場合には、対応に困ってしまうでしょう。
このように、代償分割を希望しながらも代償金を支払う現金がないという悩みは、決して珍しいものではなく、多くの方が直面する現実的な課題です。しかし、現金がない状況でも代償分割を成功させる方法は複数存在します。次の章では、具体的な解決策を詳しくご紹介します。


【徹底比較】代償分割で現金がないときの5つの解決策
代償分割において、手元に現金がない場合でも、解決策がないと諦める必要はありません。以下では、代償金を用意できないときに検討すべき5つの解決策をご紹介します。
解決策1:相続人同士で話し合い「分割払い」を交渉する
代償金を一括で支払うことが難しい場合、他の相続人との話し合いを通じて、複数回に分けて支払う「分割払い」を交渉する方法があります。この方法は、金融機関などを介する必要がなく、相続人間の合意のみで進められるため、手続きが比較的簡便です。また、支払期間や利息の有無、その利率なども柔軟に設定できる点が大きな利点です。
交渉を成功させるためには、なぜ一括での支払いが困難なのかを誠実に説明し、相手の理解を得ることが重要です。その上で、「いつからいつまで、毎月いくらずつ支払うのか」といった具体的な支払計画を提示し、信頼関係を築くことが成功の鍵となります。
合意した内容は、口約束で終わらせず、必ず遺産分割協議書に明確に記載しましょう。これにより、将来的なトラブルを未然に防ぐことができます。
ただし、分割払いには、他の相続人が交渉に応じてくれない可能性や、将来的に自身の支払いが滞るリスクも伴います。特に支払いが滞ると、相続人間でのトラブルを再燃させる恐れがあるため、無理のない返済計画を立てることが非常に重要です。
項目 | 詳細 |
支払総額 | 全体で支払うべき金額 |
各回の支払額 | 1回あたりに支払う金額 |
支払期日 | 各回の支払期限 |
支払期間 | 支払いを完了するまでの期間 |
遅延時の取り決め | 支払いが遅れた場合の遅延損害金など |
解決策2:相続財産を担保に「不動産担保ローン」を借りる
相続した不動産を手放すことなく代償金を支払いたい場合には、不動産担保ローンの活用が有効な選択肢です。この方法は、相続により取得した不動産やその他の不動産を担保に金融機関から融資を受け、その資金を代償金の支払いに充てるものです。
ただし、不動産担保ローンの利用には以下の注意点があります。
- ローンには金融機関による審査があり、申込者の返済能力と担保となる不動産の価値が重視されます。
- 融資実行時には、事務手数料に加え、抵当権設定登記の費用や印紙税などの諸経費が発生します。
- ローンの返済が滞ると担保に入れた不動産を失うリスクがあることです。
- このローンを利用する前提として、対象不動産の相続登記を完了させ、名義を相続人本人にしておく必要があります。
解決策3:現金以外の「他の資産」で代償する
代償金を現金で用意するのが難しい場合、不動産を相続する方が、ご自身が所有する別の資産を他の相続人に渡すことで、代償金の支払いに代える方法があります。具体的には、有価証券、自動車、貴金属などがその対象となり得ます。この方法は、現金を新たに準備したり、金融機関からローンを組んだりする必要がないため、手元資金に余裕がない場合でも実行できる点が大きなメリットです。他の相続人がこれらの資産を受け入れることに同意すれば、柔軟な解決が期待できます。
ただし、この解決策には注意すべき点もあります。代わりに渡す資産の評価額を巡る相続人同士の意見の相違です。不動産と同様に、有価証券や貴金属なども、評価方法によってその価値が変わる可能性があります。
また、代替資産の種類によっては、譲渡所得税等の税金が課税される可能性も考慮が必要です。
解決策4:視点を変えて「換価分割」で不動産を売却し現金で分ける
代償分割で現金の準備が難しい場合、選択肢の一つとなるのが「換価分割」です。換価分割とは、相続した不動産などの遺産を第三者に売却し、その売却代金を相続人全員で分割する方法を指します。この方法を用いると、特定の相続人だけが多額の代償金を準備する必要がなく、手元に現金がないという根本的な問題を解決できます。
換価分割の利点は、代償金の用意が難しいという悩みを解消し、遺産を現金化して公平に分配できることです。また、将来的な不動産の維持管理にかかる費用や手間から解放されることも利点です。
一方で、デメリットや注意点も存在します。
・故人との思い出が詰まった実家など、大切な不動産を手放すことへの精神的な負担が生じる。
・不動産の売却活動にはある程度の時間がかかる可能性があり、市場状況によっては希望通りの価格で売却できないリスクがある。
・売却益が出た場合には譲渡所得税が発生する可能性があります。
解決策5:故人の「生命保険金」を支払いに充てる
代償分割で現金の用意が難しい場合、故人が加入していた生命保険金が有効な解決策となりえます。生命保険金は、原則として受取人固有の財産であり、遺産分割の対象となる「相続財産」には含まれません。そのため、相続人自身が受け取った生命保険金を、代償金の支払いに充てることが可能です。
この解決策には、主に以下のメリットがあります。
- 相続財産を売却したり、新たにローンを組んだりする必要がありません。
- 受取人がすでに保険金を受け取っていれば、比較的簡単かつ迅速に代償金を支払えるため、急ぎで資金が必要な場合に特に有効です。
ただし、生命保険金は相続税法上、「みなし相続財産」として相続税の課税対象となる場合があります。全ての生命保険金が課税対象となるわけではなく、「500万円×法定相続人の数」で計算される非課税枠を超える部分について相続税が課されます。したがって、生命保険金を代償金に充てる際は、相続税への影響についても事前に確認しておくことが重要です。
現金なしで代償分割を行う際の注意点
現金がない状況で代償分割の解決策を検討する際は、それぞれのメリットだけでなく、潜在的なリスクや注意点も事前に把握しておくことが重要です。以下の注意点を事前に把握した上で、適切な対策を講じることで、円滑な遺産分割を実現できるでしょう。
分割払いやローンの滞納リスクと対策
代償金の分割払いや不動産担保ローンなどの返済が滞ると、大きなリスクが生じます。
まず、遅延損害金が発生し、返済額が増加します。さらに、不動産を担保に入れている場合は、ローンの滞納が続くと、担保不動産が差し押さえられ、最終的には競売にかけられる可能性もあります。何よりも、他の相続人との間に金銭的なトラブルが生じ、それまでの信頼関係が損なわれる事態は避けたいものです。
これらのリスクを回避するためには、ご自身の収支状況を十分に把握し、無理のない返済計画を立てることが不可欠です。
不動産などで支払う場合に発生する「譲渡所得税」とは
代償分割では、現金の代わりに不動産や有価証券などの資産(代償財産)を渡して代償金を支払う場合、税務上、その資産を時価で売却したものとして譲渡所得税の課税がされます。代償分割によって消滅した債務の金額いかんに関わらず時価で計算されます。
また、代償分割によって取得した不動産を譲渡する場合の税金にも注意が必要です。支払った代償金は、相続税の計算で既に考慮されているため、譲渡所得税の計算上、取得費に算入されませんし、譲渡費用にもなりません。ただし、相続開始のあった日の翌日から相続税の申告期限の翌日以後3年を経過する日までに譲渡する場合には、相続税額のうち譲渡する相続財産の相続税額を取得費に加算することが認められています。
項目 | 記載内容 |
支払いの詳細 | 支払総額、支払期間、毎月の支払額、具体的な支払方法 |
ペナルティ条項 | 遅延損害金、期限の利益喪失 |
トラブルを防ぐための遺産分割協議書の書き方
代償分割は、相続人全員の合意に基づいて成立するものです。将来的な「言った言わない」といった無用なトラブルを防ぐためにも、その条件を遺産分割協議書に明確かつ具体的に記載することが極めて重要です。特に、代償金を現金で支払えない場合の解決策を実行する際には、その詳細を正確に盛り込む必要があります。
代償金を分割払いとする場合は、遺産分割協議書に支払総額、支払期間、毎月の支払額、具体的な支払方法を明記しましょう。さらに、支払いが遅れた場合の遅延損害金や、一定期間滞納した場合に分割払いの権利を失う「期限の利益喪失」といった条項も必ず記載することで、支払いの履行を促す効果が期待できます。
また、現金以外の資産(代償財産)で代償を行う「代物弁済」の場合には、どの資産を渡すのかを具体的に特定し、所有権が移転する時期等も詳細に記載することが必須です。
相続税の支払いは大丈夫?延納・物納制度について
相続が発生した場合、相続税の納税義務が生じることがあります。相続税は、原則として金銭による一括納付が求められますが、相続財産の多くが不動産などで構成され、手元に十分な現金がない状況も少なくありません。このような場合の救済措置として、「延納」と「物納」という制度が設けられています。
延納は、相続税を分割で納めることができる制度です。この制度を利用するためには、以下のような要件を満たす必要があります。
- 相続税額が10万円を超えること
- 金銭で一括納付が困難であること
- 延納税額および利子税の額に相当する担保を提供すること
- 申告期限までに延納申請の必要書類を提出する
一方、物納は、延納によっても金銭での納付が困難な場合に、不動産や有価証券などの相続財産そのもので納税することを認める最後の手段とされています。
いずれの制度も厳格な要件と手続きが伴うため、利用を検討する際は、事前に税理士などの専門家へ相談することをおすすめします。
遺産分割審判では特別の事由が必要
遺産分割協議や遺産分割調停は、相続人間の話し合いをベースとするため、遺産分割の方法として代償分割を選択するためには厳格な条件は求められません。
一方、遺産分割審判は、裁判官が当事者の主張や証拠等に基づき、どのように遺産分割するべきかの判断を示します。
そのため、代償分割が認められるためには、代償分割を認める「特別の事情」があると認められることが必要です。
- 現物分割が不可能な場合
- 現物分割をすると分割後の財産の経済的価値を著しく損なうため不適当である場合
- 特定の遺産に対する特定の相続人の占有,利用状態を特に保護する必要がある場合
- 共同相続人間に代償金支払の方法によることについて,おおむね争いがない場合
相続人間で遺産分割協議や遺産分割調停が成立しない場合、遺産分割の手続きが審判に移行することも視野に入れなければなりません。その場合に、代償分割により不動産を取得することを希望するのであれば、先ほどの特別な事情が満たされるかを検討することが必要となります。
代償分割のことなら難波みなみ法律事務所へ

相続は、人生で何度も経験するものではないため、いざ直面するとどうすれば良いか途方に暮れてしまう方も少なくありません。特に、代償分割で代償金を用意できないという問題は、多くの相続人が直面する現実的な課題の一つです。しかし、本記事でご紹介したように、分割払いでの交渉、不動産担保ローンの活用、他の資産による代償、不動産を売却して分配する換価分割への変更、故人の生命保険金の活用といった複数の解決策が存在します。
ただし、どの解決策を選択するにしても、注意すべき点がいくつかあります。そのため、ご自身の状況に最も適した方法を見つけ、安心して遺産分割手続きを進めるためには、相続問題に精通する弁護士のサポートが不可欠です。一人で抱え込まず、まずは弁護士へ相談することから始めてみましょう。
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