コラム
公開日: 2026.07.06

医療ADRとは?示談交渉から解決までの流れと期間を弁護士が解説

難波みなみ法律事務所代表弁護士・中小企業診断士。大阪弁護士会所属(登録番号49544)、大阪中小企業診断士会所属(登録番号 420113)、幻冬舎「GOLDONLINE」連載第1回15回75回執筆担当。法的な問題には、法律の専門家である弁護士の助けが必要です。弁護士ドットコムココナラ弁護士ナビに掲載中。いつでもお気軽にご相談ください。初回相談無料(30分)。

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結論として、医療事件の解決ルートは4つあります。決して「いきなり裁判」というわけではありません。

医療過誤の疑いで病院に責任を問うと決めても、いきなり訴訟を起こすわけではありません。実務では、①示談交渉 → ②医療ADR・民事調停 → ③訴訟と、段階を踏んで解決を目指すのが一般的です。そして、そのすべての土台になるのが、事前の医療調査です。

各ルートには、それぞれ向いている場面と、かかる期間の目安があります。

解決ルート向いている場面期間の目安
示談交渉調査で過誤を具体的に指摘でき、病院側に話し合いの姿勢がある場合数か月〜1年程度
医療ADR・民事調停責任の有無より賠償額の多寡が争点の場合、話し合いでの解決や説明・謝罪を重視する場合半年〜1年程度
訴訟交渉・調停でも解決しない場合、責任の有無を正面から争う場合2年超またはそれ以上

この記事では、それぞれの手続きの中身、メリットと限界、期間の考え方、そして見落とされがちな「交渉やADRの間も時効は進む」問題への対処までを解説します。

出発点は医療調査から

どのルートを選ぶにしても、その前提として、カルテ等の診療記録の確保、医学文献・ガイドラインの調査、協力医からの意見聴取という医療調査が必要です。調査を尽くさないまま交渉を始めても、病院側に具体的な医療過誤を指摘できず、「問題はなかった」という回答で終わってしまうのが通常だからです。

調査には半年前後かかることも珍しくありません。調査の進め方は「医療過誤の調査はどう進める?協力医・医師意見書の役割と医療調査の流れ」で詳しく解説しています。以下は、調査を経て「責任を追及できる見通しが立った」後の話になります。

示談交渉|最初の選択肢であり、最も多い解決の形

進め方

調査の結果を踏まえ、過誤の内容と法的根拠、請求する損害額を具体的に示した書面(請求書)を医療機関側に送り、交渉を始めます。漠然と「誠意ある対応を求める」のではなく、カルテの記載や医学的知見に基づいて争点を特定して示すことが、交渉を前に進める鍵となります。

知っておきたいのは、交渉の相手方の事情です。多くの医療機関は医師賠償責任保険に加入しており、賠償に応じるかどうかは、病院だけでなく保険会社側の審査を経て判断されるのが通常です。このため、請求から病院側の正式な回答までに数か月単位の時間がかかることは珍しくありません。回答が遅いこと自体は、必ずしも不誠実の表れではないのです。

示談のメリットと注意点

示談は、裁判に比べて短期間・低コスト・非公開で解決できるのが最大のメリットです。一方で、注意点もあります。

  • 後遺障害が固まってから:症状が安定し、後遺障害の程度が確定する前に示談すると、損害の全体を織り込めないおそれがあります
  • 清算条項に注意:示談書には通常、「本件についてこれ以上互いに請求しない」という趣旨の条項(清算条項)が入ります。一度示談すると、原則としてやり直しはできません。金額の妥当性を含め、署名の前に必ず弁護士のチェックを受けてください
  • 示談書に盛り込まれがちな条項:病院側から、示談の内容を第三者に話さないという口外禁止条項や、刑事・行政上の責任をこれ以上追及しないことの確認を求められることがあります。口外禁止も一律に拒むべきものではありませんが、「正当な理由のある口外は除く」「再発防止に関する事項は対象外とする」など、範囲を限定する工夫の余地があります。条項の一つひとつに意味がありますので、ここも弁護士のチェックが重要です

なお、示談は金銭の合意だけとは限りません。事案によっては、経過の説明、遺憾の意の表明、再発防止策といった内容を盛り込む形で解決に至ることもあります。何をもって解決とするかは、ご依頼者の願いから出発して設計します。

医療ADRとは|裁判によらない「話し合い」の専門手続き

医療ADRの仕組み

ADR(裁判外紛争解決手続)とは、公正な第三者が間に入り、話し合いによる解決を目指す手続きです。2000年代にADRの利用を促進する法律が整備されて以降広がり、医療事件については、弁護士会が運営する紛争解決センターに医療事件専門の手続き(医療ADR)が設けられています。現在では東京のほか、大阪を含む全国十数か所の弁護士会で実施されており、運用の詳細は弁護士会ごとに異なります。

医療ADRの大きな特徴は、あっせんを担うあっせん人の構成です。たとえば東京の弁護士会では、患者側で医療事件を扱ってきた弁護士と、医療機関側で扱ってきた弁護士がそれぞれあっせん人に加わる複数名体制の運用がとられており、双方の実務感覚を踏まえた、専門性と公平性のバランスのとれた進行が期待できます(あっせん人は中立の立場であり、どちらかの味方をするわけではありません)。

手続きの流れ

  1. 申立て:申立書には、経緯や問題点とともに、どのような解決を望むかを記載します。損害賠償の請求に限らず、「診療内容の説明を求める」といった申立ても可能で、賠償を求める場合も必ずしも金額を確定させておく必要はありません。訴訟に比べて、入口の柔軟性が高い手続きです
  2. 相手方の応諾:センターから病院側に参加の意向が確認されます。参加は任意です。大阪では、医療機関側がADRには応じないことも珍しくない印象です。
  3. 期日:概ね月1回ペースで進みます。運用上、まず当事者間の対話と情報共有を図り、そのうえで具体的な合意形成に向けた調整を進める、という2段階で進められることがあります。オンラインでの期日に対応するセンターもあります
  4. 和解の成立または終了:合意に至れば和解契約を締結します。合意が難しければ手続きは終了し、調停や訴訟を検討することになります

東京の弁護士会の公表資料では、終了までの平均期間は半年強、期日回数は3〜4回程度とされており、2年を超えるとされる医療訴訟の平均審理期間と比べると、大幅に短期間です。

医療ADRが向いている場面

  • 責任の有無ではなく、賠償額の多寡が対立点の場合:病院側も一定の落ち度を認めているが金額が折り合わない、というケースはADRの典型的な適性場面です
  • 損害額が比較的小さく、訴訟の費用対効果が見合わない場合:訴訟に踏み切りにくい規模の事案の受け皿になります
  • 金銭以外の解決も重視する場合:和解の内容は金銭に限られず、経過の説明、謝罪、再発防止策、今後の治療方針など、判決では得にくい内容を柔軟に盛り込める可能性があります。「何が起きたのかを説明してほしい」が主な願いである事案には、特に適性があります
  • 交渉が行き詰まった場合:当事者同士では接点が見えなくても、争点を理解する第三者を交えた対話の中で、医学文献や意見書を踏まえて病院側が歩み寄る例もあります

医療ADRの限界と注意点

  • 参加を強制できません:病院側が応諾しなければ手続きは始まりません。特に大阪ではあまり医療ADRは利用されず、調停手続の方が活用されています。
  • 責任を確定させる場ではありません:訴訟のような証拠調べの手続きはなく、責任の有無に大きな争いがあり双方の言い分がかけ離れている事案には不向きです
  • 費用がかかります:申立時の手数料のほか、期日ごとの手数料、和解成立時の手数料がかかるのが一般的です(金額はセンターごとに定められています)
  • 時効の完成を止める効力がありません:重要な注意点です。後述のとおり、医療ADRの申立てには、民事調停や訴訟と異なり、消滅時効の完成を止める効力が原則としてないため、時効が迫っている事案では別途の手当てが必要です

民事調停|裁判所での話し合い

調停は、裁判所で調停委員会(裁判官と調停委員)を交えて行う話し合いの手続きです。医療事件では、裁判所によって医師が調停委員に指定される運用もあり、医学的な争点を含む話し合いに適性があります。

ADRとの違いとして、①裁判所の手続きであること、②成立した調停調書には判決と同様の効力(強制執行も可能)があること、③申立てにより時効の完成猶予の効果が生じることが挙げられます。他方、こちらも話し合いの手続きである以上、相手方が出頭しない場合や合意に至らない場合には不成立となり、訴訟を検討することになります。

訴訟手続

交渉・ADR・調停でも解決しない場合、訴訟で決着を図ります。医療訴訟は争点が専門的なため審理に時間がかかりやすく、裁判所の統計では平均審理期間は2年を超えるとされています。東京地裁・大阪地裁などには医療事件を集中的に扱う専門部(医療集中部・医事部)が置かれ、専門的な審理の体制が整えられています。

もっとも、訴訟=判決とは限りません。医療訴訟は審理の中で和解により解決する割合が高いのが実情です。そして和解では、金銭賠償に加えて、病院側の説明や遺憾の意の表明、再発防止の体制づくりの約束など、判決では実現できない内容を盛り込める場合もあります。裁判の実態と勝つための戦略は「医療裁判の勝率は?勝てない理由と勝つためのポイント」をご覧ください。

交渉やADRの間も「時効」は進行する

損害賠償請求権には消滅時効(原則、損害および加害者を知ったときから5年)があります。ここで重要な点が2つあります。

  1. 示談交渉をしているだけでは、時効の進行は止まりません。「話し合い中だから大丈夫」と思っているうちに時効が完成してしまう、このような事態は絶対に避けなければなりません
  2. 医療ADRの申立てにも、原則として時効の完成を止める効力はありません。民事調停や訴訟の申立てと異なる点であり、ADRを選ぶ際には、話し合いが不調に終わった場合でも時効までに次の手を打てるか、残り期間を見極めておく必要があります

もっとも、法律には手当てがあります。当事者間で協議を行う旨の合意を書面で交わすことによる時効の完成猶予や、調停・訴訟の申立てによる完成猶予の制度があり、交渉やADRが長引きそうな場合には、こうした措置を適切なタイミングで講じるのが患者側代理人の重要な仕事です。時効の詳細は「医療過誤の時効は何年?」で解説しています。

どのルートを選ぶ?|判断のポイント

どの手続きが最適かは、次のような要素の掛け合わせで判断します。

  • 争点の性質:責任の有無そのものに大きな争いがあるなら、最終的には訴訟を見据えた組み立てが必要です。事実関係に大きな隔たりがなく、額の多寡が中心なら、ADR・調停の選択するケースも多いでしょう
  • 証拠の強さ:調査で確保できた記録・文献・協力医の意見がどれだけ強固か
  • 病院側の姿勢:話し合いに応じる意思があるか、責任を全面的に争う構えか(ADRの申立て前に、病院側の意向を打診することもあります)
  • ご依頼者の目的:賠償金額を最優先するのか、説明・謝罪・再発防止を重視するのか。目的によって「良い解決」の形は変わります
  • 時効までの残り期間:前述のとおり、ADRには時効の完成を止める効力が原則ないため、残り期間が短い事案では調停・訴訟を優先する判断もあります
  • 時間と費用の許容度:訴訟は年単位の手続きです。生活再建のスケジュールも踏まえて選択します

実務では、「まず示談交渉、決裂したら訴訟」と一直線に進むとは限らず、交渉の途中でADRや調停に切り替える、訴訟提起後に和解で解決するなど、状況に応じてルートを行き来しながら最善の着地点を探ります。

よくある質問

Q. 病院側は、本当にADRの話し合いに応じてくれるのでしょうか?

参加は任意ですが、地域や事案によって医療機関が応諾しているとのケースも多くあります。医療機関側にも「きちんと説明して理解を得たい」というニーズがあるためです。「賠償には応じられないが、説明はする」という姿勢での参加もあり、そこから対話が動き出すこともあります。応諾の見込みも踏まえて、申立ての要否とタイミングを判断します。

Q. 病院が話し合いに一切応じません。ADRを申し立てれば、強制できますか?

いいえ。ADRへの参加を病院側に強制することはできません。相手方が応じない場合は、調停(こちらも合意が前提です)や、最終的には訴訟を検討することになります。どの手続きなら相手が乗ってくる見込みがあるかも含めて、戦略を立てます。

Q. 病院から示談書にサインを求められています。応じてよいでしょうか?

署名の前に、必ず弁護士にご相談ください。示談書には通常、以後の請求を封じる清算条項が入っており、一度示談すると原則としてやり直しができません。口外禁止条項などの付随的な条項も含め、提示額が適正な水準か、後遺障害の評価が織り込まれているかを検証してからでも遅くありません。

Q. お金よりも、何が起きたのかの説明と謝罪がほしいのです。

そのご希望は、解決手段の選択に直結する大切な情報です。医療ADRでは、損害賠償に限らず「説明を求める」ことを目的とした申立ても可能とされており、和解にも説明・謝罪・再発防止策・今後の治療方針といった内容を盛り込める場合があります。訴訟上の和解でも同様の工夫が可能です。ご希望の「解決の形」を最初にお聞かせください。

Q. 交渉やADRをしている間に、時効になってしまいませんか?

対策をしなければ、交渉中も時効は進行します。また、医療ADRの申立てには原則として時効の完成を止める効力がありません。協議を行う旨の書面による合意や、調停・訴訟の申立てによって時効の完成が猶予される制度があり、残り期間を見ながらこれらの措置を適切に講じます。時効が近い事案は、その旨を必ず最初にお伝えください。

Q. 医療ADRと民事調停は、どう違うのですか?

どちらも話し合いによる解決手続きですが、医療ADRは弁護士会の紛争解決センターで行われ、医療事件の経験豊富な弁護士があっせん人を務めます。調停は裁判所の手続きで、医師の調停委員が関与することもあり、成立時の調書には判決と同様の効力があります。また、調停の申立てには時効の完成猶予の効果がありますが、ADRには原則ありません。事案の性質、相手方の姿勢、時効までの期間によって使い分けます。

Q. 裁判になったら、何年もかかるのでしょうか?

医療訴訟の平均審理期間は、裁判所の統計で2年を超えるとされています。ただし、審理の途中で和解により解決するケースも多く、必ずしも判決まで争い続けるとは限りません。見通しは証拠の状況によって大きく変わりますので、調査の結果を踏まえてご説明します。

「解決の形」から逆算して、最適なルートを選びましょう

医療事件の解決は、訴訟だけではありません。示談交渉、医療ADR、調停、訴訟——それぞれに向き不向きがあり、そして何より、ご依頼者が何をもって「解決」と考えるかによって、選ぶべき道は変わります。

難波みなみ法律事務所では、医療過誤に関する初回相談30分を無料で実施しています。調査から交渉・ADR・訴訟まで、段階に応じた見通しと選択肢をご説明します。「裁判までは考えていない」という方も、まずはお気軽にご相談ください。

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