入居者を強制的に退去させるには、契約解除 → 建物明渡請求訴訟 → 判決 → 強制執行という手順を必ず踏む必要があります。家賃滞納を理由とする解除は3か月程度の滞納で信頼関係が破壊されたと評価されるのが実務の目安で、1〜2か月では解除が認められにくいのが実情です。鍵の交換・荷物の搬出・電気や水道の停止といった自力救済は違法で、逆に損害賠償責任を負います。全体の期間はおおむね6か月〜1年、費用は訴訟費用・強制執行費用・弁護士費用の3つに分かれ、いずれもいったん貸主が立て替えるため、早期に法的手続へ移すことが損失を最小化します。
この記事のポイント
- 強制退去は「契約解除→明渡訴訟→判決→強制執行」の順。手順を飛ばすことはできない
- 鍵交換・荷物の搬出・ライフラインの停止は自力救済として違法。損害賠償責任を負う
- 家賃滞納では3か月程度が信頼関係破壊の目安。解除通知は相当期間を定めた催告とセットで内容証明で送る
- 全体の期間の目安は約6か月〜1年。訴訟の期日間隔と断行日程の確保が主な要因
- 費用は訴訟費用・強制執行費用(搬出運搬・保管・処分)・弁護士費用の3つ。執行費用の負担が最も重い
- 連帯保証人や家賃保証会社への請求、占有移転禁止の仮処分も並行して検討する
賃貸物件のオーナーにとって、家賃滞納や契約違反を行う入居者への対応は大きな悩みの一つです。特に、支払いが長期間滞っている場合や無断転貸・近隣トラブルなどの問題行動がある場合、「強制退去をさせたい」と考える方も多いのではないでしょうか。
しかし、賃借人を退去させるには、法律に基づいた厳格な手続きを踏む必要があります。仮に、オーナー自身の判断で鍵交換や荷物の撤去などを行うと、「自力救済」として違法と判断され、損害賠償請求などのリスクを負うおそれがあります。
そのため、強制退去を実現するためには、督促から訴訟、そして強制執行に至るまでの一連の流れを正しく理解し、適切に対応することが不可欠です。また、手続きには一定の期間や費用がかかるため、事前に全体像を把握しておくことも重要です。
本記事では、賃貸物件の強制退去について、オーナーが知っておくべき基本知識から、具体的な手続きの流れ、期間・費用の目安、注意点までをわかりやすく解説します。
強制退去とは?オーナーが知るべき基本
賃貸経営において、入居者トラブルが深刻化した場合には「強制退去」を検討せざるを得ないことがあります。ただし、強制退去は単に入居者を追い出す行為ではなく、法律に基づいた厳格な手続きを経て初めて実現できるものです。まずは、その基本的な意味と注意点を正しく理解しておきましょう。
強制退去の定義|建物明渡し+強制執行
強制退去とは、一般的に「建物明渡し」と「強制執行」の2つの段階を経て、入居者を法的に退去させる手続きのことを指します。
まず、オーナーは賃貸借契約の解除を行ったうえで、入居者に対して物件の明渡し(退去)を求めます。しかし、入居者が任意に退去しない場合には、裁判所に対して「建物明渡請求訴訟」を提起し、判決や和解によって明渡し義務を確定させる必要があります。
その後もなお入居者が退去しない場合には、裁判所の手続きを経て「強制執行」を申し立てます。これにより、執行官の立ち会いのもとで、入居者の占有を排除し、物件を明け渡させることが可能となります。
このように、強制退去は私的に行えるものではなく、「裁判→強制執行」という法的プロセスを踏んで初めて実現する点が重要です。
適正な手続きを踏まない自力救済には重大なリスクがある
強制退去を急ぐあまり、オーナーが自ら鍵を交換したり、室内の荷物を処分したりするケースがありますが、これは「自力救済」として原則違法とされています。
たとえ家賃滞納が続いていたとしても、入居者には居住権が認められているため、裁判所の手続きを経ずに一方的に占有を排除することは許されません。違法な自力救済を行った場合、入居者から不法行為に基づく損害賠償請求を受ける可能性があります。
また、トラブルが拡大すれば、オーナー側の信用低下や他の入居者への悪影響につながるおそれもあります。こうしたリスクを避けるためにも、強制退去は必ず適法な手順に沿って進めることが不可欠です。
強制退去が認められる代表的な3つのケース

強制退去は、どのような場合でも自由に行えるわけではありません。賃貸借契約は借主の居住を保護する側面が強いため、退去を求めるには「契約解除が正当であること」が前提となります。ここでは、実務上、強制退去が認められやすい代表的なケースを説明します。
家賃の長期滞納
賃貸借契約は、賃料の支払いを前提とする契約であるため、滞納が続けば契約関係の信頼は大きく損なわれます。一般的には、2~3か月以上の滞納がある場合、信頼関係が破壊されたと評価され、契約解除および明渡し請求が認められる可能性が高くなります。
もっとも、1回や2回の支払い遅れだけでは直ちに解除が認められるわけではありません。滞納期間や金額、これまでの支払状況、督促への対応などが総合的に考慮されます。
そのため、家賃滞納を理由に強制退去を進める場合には、督促の履歴や支払状況を適切に記録しておくことが重要です。
無断転貸やペット飼育禁止違反などの契約違反
契約違反も、強制退去が認められる重要な理由の一つです。
たとえば、オーナーの承諾なく第三者に物件を貸す「無断転貸(又貸し)」や、契約で禁止されているペットの飼育、用途違反(住居用物件での事業利用)などが該当します。
これらの行為は、物件の管理や他の入居者への影響、近隣トラブルの原因となるため、重大な契約違反と評価されます。
建物の老朽化による建替えなど貸主側の正当な理由
貸主側の事情によって退去を求める場合もあります。
たとえば、建物の老朽化が進み、安全性に問題がある場合や、建替え・大規模修繕が必要な場合などです。このようなケースでは、貸主に「正当事由」が認められるかが重要なポイントとなります。
正当事由の判断においては、以下のような事情が総合的に考慮されます。
| ・建物の老朽化や使用状況 ・貸主・借主双方の必要性 ・立退料の提供の有無や金額 ・これまでの契約経緯 |
このように、強制退去が認められるかどうかは、個別の事情によって判断されます。不安があるときは事前に弁護士に相談することをおすすめします。
強制執行による建物明渡しまでの全手順

強制退去は、一度の手続きで実現できるものではなく、段階的に進めていく必要があります。ここでは、督促から強制執行による明渡し(断行)までの全体の流れと、各ステップのポイントを説明します。
督促(口頭・書面)
まずは、入居者に対して家賃の支払いや契約違反の是正を求める督促を行います。
初期段階では電話や口頭での連絡でも構いませんが、後の証拠として残すために、書面やメールなど記録が残る方法で行うことが重要です。督促の回数や内容は、後に「信頼関係の破壊」が認められるかどうかの判断材料となります。
連帯保証人への請求
強制退去が賃料滞納を原因とする場合には、保証人に対しても滞納賃料の支払いを請求します。
連帯保証人は、借主と同様の支払義務を負うため、保証人への請求によって問題が解決するケースもあります。また、保証人に連絡を取った事実も、後の裁判において重要な事情として考慮されます。
内容証明郵便による契約解除通知
督促をしても支払いがない場合には、内容証明郵便を用いて正式に契約解除の意思表示を行います。
この際、「一定期間内に支払いがない場合は契約を解除する」といった催告を行い、その期間経過後に解除する方法が一般的です(民法541条)。内容証明郵便は、送付した事実と内容を証明できるため、裁判において重要な証拠となります。
建物明渡請求訴訟の提起
契約を解除しても入居者が退去しない場合には、裁判所に「建物明渡請求訴訟」を提起します。
この訴訟では、賃貸借契約が適法に解除されているか、明渡し請求に理由があるかが争点となります。訴状の作成や証拠の準備が必要となりますので、専門家である弁護士のサポートが不可欠です。
裁判(和解・判決)
裁判では、和解によって解決するケースも多くあります。
和解が成立した場合には、退去期限や未払い賃料の支払い方法などを取り決めます。一方、和解に至らない場合には、裁判所が判決を下し、明渡し義務の有無が確定します。
確定判決や和解調書は、後の強制執行を行うための「債務名義」となります。
強制執行の申立て
判決や和解に至っても入居者が退去しない場合には、裁判所に対して強制執行を申し立てます。
この手続きにより、執行官が関与し、法的に入居者の占有を排除する準備が進められます(民事執行法168条)。申立てには、以下のようなものが必要になります。
・債務名義(確定判決、和解調書など)
・執行文
・送達証明書
明渡し催告
強制執行の手続きに入ると、まず「明渡し催告」が行われます(民事執行法168条の2)。
これは、執行官が現地に赴き、「一定期限までに自主的に退去するように」と最終通告を行う手続きです。この段階で退去に応じる入居者もいます。
また、催告の際には、断行日(強制的に明渡しを実施する日)が指定されるのが一般的です。
強制的な明渡し(断行)
催告期限を過ぎても退去しない場合には、「断行」と呼ばれる強制的な明渡しが実施されます。
断行当日は、執行官の指揮のもと、業者が入居者の動産を搬出し、物件の占有を排除します。搬出された荷物は保管され、一定期間内に引き取られない場合は処分されることになります。もあります。
このようにして、初めて物件の明渡しが完了します。
強制退去にかかる期間の目安
強制退去は、すぐに実現できるものではなく、一定の期間を要する手続きです。オーナーとしては、「どれくらいの時間がかかるのか」をあらかじめ把握しておくことで、資金計画や対応方針を立てやすくなります。ここでは、一般的な期間の目安について解説します。
全体の期間目安|約6か月〜1年程度
強制退去に至るまでの期間は、おおむね6か月〜1年程度が一つの目安とされています。
ただし、これはあくまで標準的なケースであり、入居者の対応状況や裁判の進行状況によっては、さらに長期化することもあります。特に、争いが激しい場合や、裁判が長引く場合には、1年以上かかるケースもあります。
各手続きごとの期間の目安
強制退去までの各ステップごとの期間は、以下のとおりです。
| 手続き段階 | 期間の目安 |
|---|---|
| 督促・交渉段階 | 数週間〜1か月程度 |
| 内容証明による催告・契約解除 | 1〜2週間程度 |
| 建物明渡請求訴訟 | 3か月〜6か月程度 |
| 判決確定後〜強制執行申立て | 2週間〜1か月程度 |
| 明渡し催告〜断行 | 1か月半〜2か月程度 |
これらを合計すると、スムーズに進んだ場合でも6か月~1年程度は必要となるのが一般的です。
強制退去にかかる費用の目安
強制退去を進めるにあたっては、一定の費用が発生します。費用の内訳を事前に把握しておくことで、想定外の出費を防ぎ、適切な判断が可能になります。ここでは、主な費用項目とその目安について説明します
訴訟費用(印紙代・郵券など)
建物明渡請求訴訟を提起する際には、裁判所に納める費用が必要です。
主な費用は、以下のとおりです。
| 費用項目 | 金額目安 |
|---|---|
| 収入印紙代(訴額に応じて決定) | 1万円〜数万円程度 |
| 郵券(切手代) | 数千円〜1万円前後 |
印紙代は、請求内容や物件の評価額によって異なりますが、一般的には1万円〜数万円程度が目安です。郵券も数千円〜1万円前後が多いです。
これらは比較的少額ですが、手続き上必ず必要となる費用です。
強制執行費用(執行官・搬出費用等)
強制執行の段階では、まとまった費用が発生します。
主な内訳は、以下のとおりです。
- 執行官への手数料
- 動産の搬出・運搬費用
- 保管費用(倉庫代など)
- 鍵交換費用
これらを合計すると、おおむね20万円〜50万円程度が目安となります。
特に、荷物の量が多い場合や大型家具がある場合には、搬出費用が高額になる傾向があります。また、保管期間が長引くと、その分費用も増加します。
弁護士費用の相場
強制退去の手続きは専門性が高いため、弁護士に依頼するケースが一般的です。
弁護士費用の相場は、事務所によって異なりますが、目安は以下のとおりです。
| 費用項目 | 金額目安 |
|---|---|
| 着手金 | 20万円〜50万円程度 |
| 報酬金 | 20万円〜50万円程度 |
案件の難易度や請求内容によっては、これ以上の費用がかかることもあります。
また、滞納賃料の回収もあわせて依頼する場合には、回収額に応じた成功報酬が設定されることもあります。
強制退去を進める際の注意点
強制退去は法的手続きに基づいて進める必要があるため、対応を誤ると、かえってオーナー側が不利な立場に立たされるおそれがあります。ここでは、トラブルを防ぎ、適切に手続きを進めるための重要なポイントを説明します。
無断で鍵交換や立ち入りをしない
たとえ家賃滞納が続いていたとしても、オーナーが無断で鍵を交換したり、室内に立ち入ったりする「自力救済」は、原則として違法とされています。入居者には居住する権利があるため、裁判所の手続きを経ずにこれを排除することは認められていません。
違法な対応を行った場合、入居者から損害賠償請求を受けるリスクがあるため、必ず適法な手続きを踏む必要があります。
家賃滞納や督促の経緯を記録する
強制退去の可否は、「信頼関係が破壊されているか」によって判断されます。そのため、家賃滞納の状況や督促の経緯を客観的に記録しておくことが重要です。
具体的には、以下のような記録を残しておくとよいでしょう。
・家賃の入金履歴
・滞納期間・金額の一覧
・督促の日時・方法・内容
・入居者とのやり取り(メール・書面など)
内容証明による契約解除を適切に行う
契約解除は、強制退去の前提となる重要な手続きです。
解除が適切に行われていない場合、明渡請求自体が認められない可能性があります。そのため、内容証明郵便を用いて、催告・解除の意思表示を明確に行うことが重要です。
また、解除のタイミングや文面についても注意が必要であり、不備があると手続きのやり直しになることもありますので、専門家である弁護士に対応してもらうとよいでしょう。
感情的・過度な督促を行わない
入居者とのトラブルが長引くと、つい感情的な対応をしてしまいがちですが、過度な督促は逆効果となる場合があります。
たとえば、頻繁な電話や威圧的な言動は、場合によっては違法な取り立てと評価されるおそれもあります。また、トラブルが激化すると、交渉や裁判にも悪影響を及ぼします。
あくまで冷静かつ法的根拠に基づいた対応を心がけることが重要です。
早期に弁護士へ相談する
強制退去の手続きは専門性が高く、対応を誤ると時間や費用のロスにつながります。
特に、以下のような場合には早期に弁護士へ相談することが望ましいです。
・滞納が長期化している
・入居者と連絡が取れない
・契約違反が複雑で判断が難しい
・裁判や強制執行を見据えている
弁護士に相談することで、適切な手続きの選択や証拠の整理、スムーズな訴訟対応が可能となり、結果的に早期解決につながることが期待できます。
まとめ|強制退去は正しい手順と準備が重要

強制退去は、家賃滞納や契約違反に対応するための有効な手段ですが、オーナーの判断だけで行えるものではありません。督促や契約解除、訴訟、強制執行といった法的手続きを適切に踏む必要があります。
また、無断で鍵交換や荷物の処分を行うと違法となるリスクがあるため、慎重な対応が求められます。期間や費用も一定程度かかるため、事前に全体像を把握しておくことが重要です。
トラブルを円滑に解決するためにも、早期に専門家へ相談し、適法かつ冷静に手続きを進めましょう。
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賃貸物件の強制退去に関するよくある質問(FAQ)
家賃を滞納したらすぐ強制退去させられますか?
できません。賃貸借契約の解除には、単なる債務不履行に加えて信頼関係が破壊されたと評価できることが必要とされており、実務では3か月程度の滞納が一つの目安とされています。1〜2か月の滞納では解除が認められにくく、まずは相当の期間を定めた催告を行い、それでも支払われない場合に解除する流れになります。
鍵を交換して締め出してもよいですか?
絶対にしてはいけません。契約を解除していても、判決に基づく強制執行によらずに実力で明渡しを実現する行為は自力救済として違法です。鍵の交換、荷物の搬出、電気・ガス・水道の停止、貼り紙による督促などは、不法行為として損害賠償を命じられたり、住居侵入罪や器物損壊罪に問われたりするおそれがあります。
強制退去までどのくらいの期間がかかりますか?
事案によりますが、おおむね6か月から1年程度が目安です。内訳としては、催告と解除通知に1か月程度、訴訟の提起から判決まで3か月から6か月程度、強制執行の申立てから明渡し催告を経て断行までに1か月から2か月程度かかります。相手が争ってきた場合や、送達に手間取る場合はさらに長期化します。
費用はどのくらいかかりますか?誰が負担しますか?
費用は、訴訟費用(印紙代・郵券)、強制執行費用(執行官の手数料、搬出運搬費、保管費、処分費)、弁護士費用の3つに分かれます。とくに執行費用は荷物の量に比例して大きくなり、全体の中で最も重い負担になります。判決で相手方の負担とされても、資力のない相手からは現実に回収できないことが多く、実質的には貸主の持ち出しになる前提で判断してください。
残された家財道具はどうなりますか?
断行日に執行官の立会いのもとで搬出し、目録を作成したうえで一定期間保管されます。期間内に引き取りがなければ売却または廃棄となります。保管や運搬にかかる費用は貸主があらかじめ予納する必要があり、荷物が多いほど高額になります。明渡し催告の段階で任意の退去と荷物の引取りに応じてもらえれば、この費用を大きく圧縮できます。
入居者と連絡が取れない場合はどうすればよいですか?
行方不明でも手続は進められます。訴状が通常の方法で送達できない場合は、付郵便送達や公示送達によって訴訟を進めることが可能です。また、第三者が住み着いているおそれがあるときは、訴訟提起の前に占有移転禁止の仮処分を申し立てておくと、判決後に占有者が入れ替わって執行できなくなる事態を防げます。






