交通事故でケガをしたとき、相手への賠償とは別に、自分が入っている保険が力になることがあります。その代表が人身傷害保険と弁護士費用特約です。名前が似ていて混同されがちですが、役割はまったく違い、両方を同時に使えます。
この記事では、人身傷害保険と弁護士費用特約の違い、併用するときの請求の順番で手取りが変わること、そして併用の注意点を、大阪の被害者側の弁護士が解説します。
結論から
Q. 人身傷害保険と弁護士費用特約は併用できますか。
併用できます。人身傷害保険は「自分のケガの損害を自分の保険でまかなう」もの、弁護士費用特約は「相手への賠償請求にかかる弁護士費用を自分の保険でまかなう」もので、別の制度です。片方を使ったからもう片方が使えなくなる、という関係ではありません。
Q. どちらを先に使うべきですか。
順番で手取りが変わるのは、主に示談・ADRで解決する場合や古い約款のときです。このとき、人身傷害を先に使うと手取りが多くなることがあります。一方、訴訟(判決・裁判上の和解)で解決し、裁判基準への読み替えがある約款が適用される場合は、先でも後でも裁判基準の損害額を確保でき、順番で結論は基本的に変わりません。なお、先に受け取る保険金が自分の過失部分より小さいと、その差額までは埋められないことがあります。結論は約款と解決方法により変わるので、順番は依頼前に弁護士と相談して決めるのが安全です。
Q. 弁護士費用特約は人身傷害保険の請求にも使えますか。
特約が対象とするのは、原則として「相手方への損害賠償請求」の弁護士費用です。自分の保険会社に対する人身傷害保険の請求そのものには使えないことが多く、扱いは約款によります。使えるかどうかは、依頼前に保険会社へ確認してください。
人身傷害保険と弁護士費用特約は「別物」
まず、二つの違いをはっきりさせておきましょう。目的も、相手も、支払われるお金の性質も異なります。
人身傷害保険|自分のケガの損害を補償する保険
人身傷害保険は、交通事故で自分や同乗者がケガをしたとき、自分の過失の有無にかかわらず、治療費・休業損害・慰謝料などの損害を、契約した保険の約款の基準で支払ってくれる保険です。相手と過失割合でもめている間でも、先に自分の保険から受け取れるのが大きな利点です。支払いの相手は自分(契約者側)の保険会社です。
弁護士費用特約|相手への賠償請求の費用を負担する特約
弁護士費用特約は、相手方への損害賠償請求を弁護士に依頼するときの弁護士費用・法律相談料を、自分の保険会社が負担してくれる特約です。これ自体がケガの補償をするわけではなく、「相手から適正な賠償を取るための費用」をまかなうものです。使えない場合や等級への影響は弁護士費用特約の記事でくわしく解説しています。
| 項目 | 人身傷害保険 | 弁護士費用特約 |
|---|---|---|
| 目的 | 自分のケガの損害の補償 | 相手への賠償請求の弁護士費用の負担 |
| 請求の相手 | 自分の保険会社 | 自分の保険会社 |
| 過失の影響 | 自分に過失があっても約款基準で支払われる | 相手への請求ができる事故が対象 |
| 金額の基準 | 保険約款の基準 | (費用の負担。限度額あり) |
併用できる|両方を同時に使うのが基本形
この二つは別の制度なので、同時に使えます。実務でよくあるのは、次の組み立てです。
① 人身傷害保険で、自分のケガの損害を先に受け取る
過失割合の決着を待たず、治療費や休業損害などを自分の保険から確保します。
② 相手方へは、弁護士費用特約を使って弁護士が賠償請求する
慰謝料や過失割合を裁判基準で組み立て、相手の保険会社に請求します。弁護士費用は特約でまかなえます。
つまり、「自分の保険(人身傷害)で足場を固め、相手への請求(特約つきの弁護士依頼)で上積みする」という形です。自分に過失があっても使えるため、過失のある事故ほど併用の意味が大きくなります。
請求の順番で手取りが変わる(過失がある事故)
見落とされがちですが、自分にも過失がある事故では、人身傷害保険と相手からの賠償の「どちらを先に受け取るか」で、最終的に手元に残る金額が変わることがあります。相手から受け取れる賠償は過失相殺で減らされる一方、人身傷害保険は過失にかかわらず約款基準で支払われるためです。ただし、順番で結論が変わるかどうかは、「どの手続で解決するか(訴訟か、示談・ADRか)」と「約款の内容」によります。
訴訟(判決・裁判上の和解)で解決する場合は、現在の多くの約款にある読み替え(後述)により、人身傷害を先に受け取っても後に受け取っても裁判基準の損害額を確保でき、順番で結論は基本的に変わりません。これに対し、示談・ADRで解決する場合や、古い約款の場合は読み替えが働かず、受け取る順番で手取りが変わることがあります。次の例は、その「順番で差が出る」ケースです。
かんたんな例で見る「順番の差」(読み替えが働かない場合)
たとえば、裁判基準の損害額1,000万円、人身傷害保険の基準では800万円、被害者の過失15%というケースを考えます(説明のための簡単な例です)。
| 受け取り方 | 相手からの賠償 | 人身傷害保険 | 合計(手取り) |
|---|---|---|---|
| 相手の賠償を先に受け取る | 850万円(過失相殺後) | 120万円 | 970万円 |
| 人身傷害を先に受け取る | 200万円 | 800万円 | 1,000万円 |
このように、読み替えが働かない場面(示談・ADRでの解決や古い約款)では、人身傷害を先に使った方が手取りが多くなることがあります。一方、訴訟(判決・裁判上の和解)で解決し、読み替えのある約款が適用される場合は、先でも後でも裁判基準の損害額(この例では1,000万円)を確保でき、順番で結論は基本的に変わりません。なお、被害者に過失がない事故では、どちらを先にしても合計額は基本的に変わりません。
なぜ順番で変わるのか——代位の考え方
人身傷害保険を支払った保険会社は、その範囲で相手方への損害賠償請求権を取得します(保険代位。保険法25条)。この代位の範囲について、訴訟実務では裁判基準差額説(訴訟基準差額説ともいいます)が採られており、人身傷害保険金と過失相殺後の損害賠償請求権の合計が、過失相殺前の裁判基準による損害額を上回る場合に限って、その超過部分を保険会社が代位取得すると整理されています(最高裁平成24年2月20日判決・最高裁平成24年5月29日判決)。言いかえると、人身傷害保険金はまず被害者の過失にあたる部分(相手に請求できない部分)に充てられ、それを超える残りがあるときだけ、その分を保険会社が代位します。そのため被害者は、裁判基準の損害額まで優先的に確保しやすくなります。ただし、受け取る保険金が自分の過失部分より小さいときは、過失部分の一部しか埋まらず、裁判基準の満額には届かないこともあります(この場合、不足分を人身傷害保険から追加で受け取れるわけではありません。足りない分は相手への賠償請求で取りにいくことになります)。なお、保険法25条との関係では人傷基準差額説を支持する見解も有力で、議論は完全には決着していません。先に人身傷害を受け取ったからといって、代位の計算が「比例説」(保険金のうち加害者の過失割合分を代位する考え方)に切り替わるわけではありません。
また、人身傷害保険会社があとで自賠責保険から回収したとしても、その回収があったことだけを理由に、相手への請求権がさらに減るわけではありません。差し引けるのは、あくまで上記の代位の範囲に限られる、というのが近年の最高裁判例の方向です(最高裁令和4年3月24日判決・最高裁令和5年10月16日判決)。ただし、保険金額を超える追加の支払いがされた場合など、例外として差し引かれることもあります。
損害賠償を先に受け取った場合
先に相手から賠償を受け取ると、人身傷害保険は後払いになり、約款上、自賠責保険金・対人賠償保険金・加害者からの支払・労災給付などを差し引いて計算されます。つまり、先に受け取った賠償額が人身傷害保険金の計算に影響します。
もっとも、現在の多くの約款では、判決や裁判上の和解で社会通念上妥当な基準により損害額が算定された場合はその額を損害額とみなす改訂(読み替え)がされており、受け取る順番による最終額の差をなくす方向で扱われます。約款によっては、受け取り済みの賠償金のうち一定額(自己負担額)を超える分だけを差し引くという方式(自己負担額方式)で同じ調整をするものもあります。ただし、この読み替えは判決や裁判上の和解を前提とするものが多く、裁判外の示談や紛争処理センターのあっ旋だけで解決する場合には働かないことがあります。先ほどの表のように順番で差が出やすいのは、古い約款のとき、裁判外の示談で解決する場合、判決・和解で損害額が確定する前に相手から先に支払を受ける場合です。示談で終わる事故も多いため、だからこそ自分の約款でどう計算されるかを確認したうえで、受け取り方を決めることが大切になります。
約款が「過失部分払」のときは満額にならないことがある
人身傷害保険の約款には、自分の過失にあたる部分だけを、人身傷害保険の基準で支払うタイプ(いわゆる過失部分払)もあります。この場合、保険会社は相手への賠償請求権を代位しない代わりに、支払われるのは人身傷害基準で計算した過失分に限られるため、人身傷害基準と裁判基準の差額は残ります。
たとえば裁判基準1,000万円・人身傷害基準700万円・過失50%なら、相手から500万円、人身傷害からこの条項で350万円を受け取って合計850万円となり、裁判基準の1,000万円には届きません。足りない分は、相手への賠償請求で取りにいくことになります。どのタイプの約款かで受け取り方が変わるため、保険証券と約款の確認が欠かせません。
併用するときの注意点
① 約款の基準と裁判基準には差がある
人身傷害保険は約款の基準で支払われるため、裁判基準(弁護士基準)で計算した金額より低くなることが少なくありません。人身傷害だけで満足せず、差額は相手方への賠償請求で取りにいくことが大切です。金額の相場観は慰謝料計算の記事で確認できます。
② 二重取りはできない(損益相殺)
人身傷害保険で受け取った分と、相手からの賠償を二重に受け取ることはできません。すでに受け取った保険金は、最終的な賠償額から調整(損益相殺)されます。併用は「二重取り」ではなく、取りこぼしを防ぐための仕組みだと理解してください。
③ 保険会社の代位・求償が絡む
人身傷害保険を支払った保険会社は、その範囲で相手方に求償します(保険代位)。被害者自身の請求と保険会社の求償が同じ相手に向かうため、どの範囲を誰が取るかの整理が必要になります。ここを誤ると手取りに影響するため、弁護士が関与して組み立てる意味があります。
④ 特約の対象は「相手への請求」——人身傷害の請求費用は原則対象外
弁護士費用特約には1事故あたりの限度額(300万円程度とする契約が多い)や支払基準があり、対象は原則として相手方への損害賠償請求に要する費用に限られます。自分の保険会社に対する人身傷害保険金の請求そのものにかかる弁護士費用は、特約から当然に支払われるわけではありません(人身傷害保険金請求訴訟の弁護士費用について特約からの支払いを否定した裁判例として、さいたま地裁平成24年9月28日判決があります)。加害者側になった場合の費用や刑事事件の費用も対象外とされます。
⑤ 依頼前に保険会社の同意・承認が必要なことがある
約款上、弁護士へ委任する際に保険会社の同意・承認を必要とする定めがあることがあります。裁判例では、適正妥当な金額であるのに同意しないなど同意拒否が不合理で裁量権の逸脱・濫用にあたる場合を除き、同意なしに特約の保険金を請求することはできないとされています(福岡高裁令和元年11月27日判決)。自分で弁護士を選ぶ場合は、依頼の前に保険会社へ連絡しておくことが大切です。
⑥ 搭乗者傷害・無保険車傷害との違い
自分側の保険には、ほかに搭乗者傷害保険(定額の保険金)や、相手が無保険のときの無保険車傷害保険があります。人身傷害とは支払いの性質が違い、組み合わせ方も変わります。相手が無保険のケースは相手が無保険の記事を参照してください。
人身傷害保険と弁護士費用特約を、どの順番でどう使えば手取りが増えるか——大阪市・なんば・心斎橋の難波みなみ法律事務所が、保険証券を確認しながら一緒に組み立てます。初回相談は30分無料、LINE・Zoom相談や土日祝・夜間のご相談にも対応しています。
よくある質問
人身傷害保険と弁護士費用特約は同時に使えますか。
使えます。人身傷害保険は自分のケガの損害を自分の保険で補償するもの、弁護士費用特約は相手への賠償請求の弁護士費用を自分の保険で負担するもので、別の制度です。両方に加入していれば併用できます。
どちらを先に請求すべきですか。
順番で手取りが変わるのは、主に示談・ADRで解決する場合や古い約款のときで、このとき人身傷害を先に使うと手取りが多くなることがあります。訴訟(判決・裁判上の和解)で解決し、裁判基準への読み替えがある約款が適用される場合は、先でも後でも裁判基準の損害額を確保でき、順番で結論は基本的に変わりません。また、先に受け取る保険金が自分の過失部分より小さいと差額までは埋められないことがあります。有利・不利は約款・過失割合・損害額・解決方法によって変わるため、順番は弁護士と相談して決めるのが安全です。
人身傷害保険を使うと等級は下がりますか。
人身傷害保険や弁護士費用特約の使用は、等級に影響しない(ノーカウント)とする契約が一般的ですが、扱いは約款によります。気になる場合は、使う前に自分の保険会社に確認してください。
弁護士費用特約は人身傷害保険の請求にも使えますか。
弁護士費用特約が対象とするのは、原則として相手方への損害賠償請求にかかる弁護士費用です。自分の保険会社に対する人身傷害保険の請求そのものには使えないことが多く、扱いは約款によります。依頼前に保険会社へ確認してください。
人身傷害保険で受け取った分を、相手からの賠償と二重に受け取れますか。
二重に受け取ることはできません。すでに受け取った人身傷害保険金は、最終的な賠償額から調整(損益相殺)されます。併用は二重取りではなく、取りこぼしを防ぐための仕組みです。
自分の過失が大きい事故でも弁護士に頼む意味はありますか。
あります。過失がある事故ほど、人身傷害保険の活用と裁判基準での請求、請求の順番の工夫によって手取りが変わる余地が大きくなります。保険証券を確認したうえで、使い方を組み立てる価値があります。
弁護士費用特約を使うのに保険会社の同意は必要ですか。
約款によっては、弁護士へ委任する際に保険会社の同意・承認を必要とする場合があります。自分で弁護士を選ぶときは、依頼の前に保険会社へ連絡しておくとスムーズです。弁護士費用特約の対象は相手方への損害賠償請求で、自分の保険会社への人身傷害保険金の請求そのものにかかる費用は原則として対象外です。
本記事は一般的な解説です。保険の適用や請求の順番は、加入している保険の約款・事故の内容によって結論が変わります。具体的な事案は弁護士にご相談ください。






