別居をすると、その日から生活費の不安が始まります。収入の少ない側にとって、離婚の話し合いより先に切実なのが「今月の生活費」です。婚姻費用は、別居中でも配偶者に請求できる生活費のこと。この記事では、婚姻費用の相場と計算方法、いつからいつまでもらえるか、相手が払わないときの対処、そして不倫した側でも請求できるのかまでを、大阪の弁護士がわかりやすく解説します。
婚姻費用とは何ですか?
別居中も含め、夫婦とその未成熟の子が通常の生活を送るための費用(衣食住・医療・子の教育費など)です。民法760条により、夫婦は収入その他一切の事情に応じてこれを分担する義務があり、収入の多い側が少ない側へ支払うのが基本です。
婚姻費用はいつからもらえますか?
原則として「請求したとき」から発生します。別居していても請求しないままだと過去分はさかのぼりにくいため、別居後はできるだけ早く、内容証明郵便や調停申立てで明確に請求しておくことが重要です。
相手が払わないときはどうなりますか?
調停や審判で金額が決まっていれば、家庭裁判所の履行勧告のほか、給与の差押えができます。婚姻費用のような扶養義務に関する債権は、給与の2分の1まで差し押さえられ(民事執行法152条3項)、将来の分もまとめて差押えできます(同法151条の2)。
このページは「婚姻費用の全体像」をまとめた総合ガイドです
相場・計算方法・いつからもらえるか・払わないときの対処までを一気に確認できます。手続きの詳しい進め方や、養育費との違いなど、テーマごとの詳細は次のページで解説しています。
- 婚姻費用の調停とは?流れ・コツ・費用・聞かれること/別居後に金額を決める調停の進め方
- 婚姻費用の審判とは?流れと注意点/調停がまとまらず審判に移るとき
- 婚姻費用と養育費の違い/対象・時期・金額の差を詳しく
- 婚姻費用調停で聞かれること・準備/調停で不利にならないための備え
1. 婚姻費用とは(別居中でも払う義務がある)
婚姻費用とは、夫婦と未成熟の子が、その収入・資産に応じた通常の生活を維持するために必要な費用のことです。具体的には、衣食住の費用、医療費、子の養育費・教育費などが含まれます。根拠は民法760条で、「夫婦は、その資産、収入その他一切の事情を考慮して、婚姻から生ずる費用を分担する」と定められています。
ポイントは、別居していても、離婚が成立するまでは夫婦であるという点です。夫婦である以上、互いに同じ水準の生活を保障し合う義務(生活保持義務)が続きます。そのため、別居中であっても、収入の多い側は少ない側に対して生活費を分担しなければなりません。「出て行ったのは向こうだから払わない」という理屈は、原則として通りません。
生活保持義務とは
自分と同じ生活レベルを相手にも保障する義務のことです。「余った分を分ける」のではなく、「自分の生活を切り下げてでも同水準を分け合う」という、親子・夫婦の間の強い扶養義務を指します。
2. 婚姻費用と養育費の違い
婚姻費用とよく混同されるのが養育費です。両者は「支払う時期」と「対象となる生活費の範囲」が異なります。
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| 婚姻費用 | 養育費 | |
|---|---|---|
| 支払う時期 | 別居してから離婚が成立するまで | 原則として離婚が成立した後 |
| 対象 | 配偶者の生活費+子の生活費 | 子の生活費のみ |
| 根拠 | 民法760条 | 民法766条・877条 |
| 金額の傾向 | 配偶者分を含むので高くなりやすい | 子の分のみで婚姻費用より低い |
つまり、婚姻費用は配偶者自身の生活費を含む分だけ養育費より高くなるのが通常です。離婚が成立すると、支払いは婚姻費用から養育費へと切り替わり、多くの場合は減額されます。離婚を急ぐ相手ほど、婚姻費用の負担から早く抜けたいという事情が背景にあることも少なくありません。
▶ 対象・共通点・計算のちがいをさらに詳しく:婚姻費用と養育費の違いとは?
3. 婚姻費用の相場と計算方法
婚姻費用の金額は、当事者双方の年収・子の人数・子の年齢で大きく変わります。実務では、裁判所が公表している「改定標準算定表(令和元年版)」(令和元年12月23日公表)を目安に決めるのが一般的です。まずは算定表で目安をつかむのが早道です。
算定表の見方
算定表は、子の人数(0〜3人)と年齢区分(0〜14歳/15歳以上)の組み合わせで表が分かれています。該当する表を選び、義務者(支払う側)の年収と権利者(受け取る側)の年収が交わるマスを読むと、月額の目安が2万円幅のレンジで示されます。
算定の考え方(標準算定方式)
算定表の背後には、次の標準算定方式があります。おおまかには、双方の「基礎収入」を出し、それを家族の生活費指数で按分して、義務者が負担すべき額を求める仕組みです。
計算式で書くと、
婚姻費用(年額)=(義務者の基礎収入+権利者の基礎収入)×(100+子の指数合計)÷(200+子の指数合計)-権利者の基礎収入
となります。
金額の目安(計算例)
いずれも夫婦とも給与所得者と仮定した、あくまで目安の例です。実際は一切の事情を考慮して調整されます。
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| ケース | 義務者の年収 | 権利者の年収 | 子 | 月額の目安 |
|---|---|---|---|---|
| ケースA | 500万円 | 100万円 | 1人(0〜14歳) | 約9万円 |
| ケースB | 600万円 | 0円(無収入) | 2人(0〜14歳) | 約14万円 |
| ケースC | 400万円 | 200万円 | なし | 約3〜4万円 |
算定表で足りない費用もある
私立学校の学費や高額な医療費など、算定表が想定していない特別な出費は、別途上乗せを主張できる場合があります。逆に、住宅ローンを義務者が払い続けて権利者が住み続けているようなケースでは、その一部が考慮されることもあります。個別事情の主張は結論を左右するため、金額に納得できないときは弁護士に相談してください。
4. 婚姻費用はいつから・いつまでもらえるか
始期は「請求したとき」から
婚姻費用は、原則として請求したときから発生すると扱われます。ここでいう請求とは、調停・審判の申立てや、内容証明郵便などで金額を明確に求めた時点を指します。別居した日にさかのぼって当然にもらえるわけではありません。
過去分はさかのぼりにくい
「別居して半年経つのに、まだ一度も請求していない」という場合、別居開始時までさかのぼって全額を回収するのは原則として難しくなります。請求せずに生活できていた=必要性が低かった、とみられやすいためです。特別な事情があれば例外もありますが、別居したらすぐに請求するのが鉄則です。
終期は離婚成立または別居解消まで
婚姻費用の支払いは、離婚が成立するまで、または別居を解消して同居を再開するまで続きます。離婚が成立すると、以後は(子がいる場合)養育費に切り替わります。
確定前の生活費 ― 婚姻費用の「仮払い」
調停や審判で金額が確定するまでには時間がかかり、その間の生活費に困ることがあります。確定を待たずに生活費を受け取る方法として、実務では「仮払い」と呼ばれる対応があり、大きく2つに分かれます。
1つは、義務者が任意に一定額を支払う仮払いです。当事者の合意で暫定的に支払ってもらうもので、話し合いが早く進む利点があります。ただし、この合意には強制執行の効力(執行力)を持たせられない点に注意が必要です。
もう1つは、家庭裁判所に暫定的な支払いを求める方法です。婚姻費用分担の調停中は、調停委員会に「調停前の処分」(家事事件手続法266条)を職権で命じるよう求める方法があります(当事者ができるのは職権の発動を促す申立てで、手数料はかかりません)。婚姻費用分担の審判を申し立てている場合は、「審判前の保全処分」(同法157条)を申し立てます。前者は従わない場合でも過料の制裁にとどまり執行力がないのに対し、後者は執行力があるなど、どの手続かによって効力や要件が異なります。いずれも生活が立ち行かないなどの必要性が認められて初めて認められ、実際に用いられる場面は限られます。
5. 婚姻費用を請求する手続き
収入資料(源泉徴収票・確定申告書・給与明細など)が金額を左右します。相手が収入を隠す・過少に見せるケースもあるため、資料の見極めは弁護士に任せるのが安全です。
▶ 調停の流れ・費用・聞かれることを詳しく:婚姻費用の調停とは?/調停で聞かれること・準備 ▶ 調停がまとまらないとき:婚姻費用の審判とは?
6. 婚姻費用が減額される・もらえないケース
婚姻費用は原則として認められますが、次のような場合には減額されたり、本人分が認められないことがあります。
別居の原因を作った側(有責配偶者)からの請求
自分の不貞や暴力など、別居の原因を一方的に作った側(有責配偶者)が婚姻費用を請求する場合、請求した本人の生活費部分は、信義則・権利濫用の観点から否定または減額される傾向があります。自ら婚姻関係を壊しておきながら相手に生活費を求めるのは筋が通らない、という考え方です。
ただし、子の生活費は別
本人分が制限されても、子の生活費(養育費に相当する部分)は原則として認められます。子には別居の責任がなく、親の争いで不利益を受けるべきではないからです。実務では「本人分をゼロにし、子の分は支払う」という調整がよく行われます(大阪高裁 平成28年3月17日、東京高裁 平成29年9月4日など)。
そのほか金額に影響する事情
- 権利者の収入が義務者と同程度、または上回る場合(そもそも分担額が小さくなる、または発生しない)
- 義務者がすでに住宅ローンや家賃を負担し、権利者がその住居に住んでいる場合(一部が考慮されることがある)
逆に、「性格の不一致で別居しただけ」「相手が勝手に出て行った」といった事情は、それだけでは支払いを拒む理由になりません。有責性の有無は評価が分かれるため、「払わなくてよい」と自己判断せず、確認することをおすすめします。
7. 相手が婚姻費用を払わないときの対処
金額が調停や審判で決まっているのに支払われない場合、次の手段があります。
家庭裁判所の履行勧告・履行命令
まずは家庭裁判所に履行勧告を申し出て、支払うよう促してもらえます。強制力はありませんが、費用もかからず手軽です。さらに履行命令が出され、正当な理由なく従わないと10万円以下の過料の対象になります。
給与などの差押え(強制執行)
それでも払われないときは、強制執行で相手の給与や預金を差し押さえます。婚姻費用は扶養義務に関する債権なので、通常の債権より手厚く回収できます。
婚姻費用の差押えは特に強力です
・通常の債権では給与の4分の1までしか差し押さえられませんが、婚姻費用・養育費などは給与の2分の1まで差押えできます(民事執行法152条3項)。
・一度不払いがあれば、まだ支払期限の来ていない将来の分もまとめて差押えできます(同法151条の2)。毎月申立てをやり直す必要がありません。
離婚が成立しても未払い分は消えない
「離婚してしまえば、別居中の未払い婚姻費用はチャラになるのでは」と考える人がいますが、そうではありません。別居期間中の婚姻費用の分担を求める権利は、離婚によって当然には消滅せず、財産分与の中で清算を求めることもできると判断されています(最高裁 令和2年1月23日決定)。未払いを放置している相手にも、離婚後にきちんと請求できます。
弁護士からのひとこと
婚姻費用で最も多い後悔は、「請求が遅れて、その間の生活費を取り損ねた」というものです。婚姻費用は請求したときからしか発生しないのが原則なので、別居を決めたら、感情の整理より先に、まず金額を明示して請求してください。内容証明郵便一通で、婚姻費用の請求意思を明確にするとともに婚姻費用の始期を特定することができます。
金額は算定表という共通のものさしがあるため、見通しは比較的立てやすい分野です。相手が「払わない」と言い張っても、給与の2分の1まで差押えが効きます。逆に払う側になった場合も、算定表を大きく超える請求には根拠を求めて反論できます。どちらの立場でも、収入資料の読み方と個別事情の主張がものを言いますので、早めにご相談ください。
8. よくある質問
婚姻費用の相場はいくらですか?
双方の年収と子の人数・年齢で決まります。たとえば義務者の年収500万円・権利者の年収100万円・0〜14歳の子1人なら月約9万円が目安です。裁判所の算定表で、2万円幅のレンジとして目安を確認できます。
婚姻費用はいつから請求できますか?
別居していれば、離婚前の夫婦である間はいつでも請求できます。ただし金額が発生するのは原則「請求したとき」からなので、別居後はすぐに内容証明郵便や調停申立てで請求してください。
別居前や過去の生活費もさかのぼって請求できますか?
原則として難しいです。請求しないまま生活できていた期間は、必要性が低かったとみられやすく、別居開始時までさかのぼって全額を回収するのは容易ではありません。早期の請求が重要です。
専業主婦で収入がなくても婚姻費用はもらえますか?
もらえます。むしろ権利者の収入がゼロに近いほど、受け取れる婚姻費用は高くなります。収入の有無ではなく、双方の収入差に応じて分担額が決まります。
自分から家を出た場合でも婚姻費用を請求できますか?
できます。どちらが家を出たかではなく、収入の多い少ないで分担が決まるのが原則です。ただし、あなた自身が別居の原因を一方的に作った有責配偶者にあたる場合は、本人分が制限されることがあります。
不倫した側(有責配偶者)でも婚姻費用をもらえますか?
本人の生活費部分は、信義則・権利濫用の観点から否定・減額される傾向があります。もっとも、子の生活費(養育費に相当する部分)は子に責任がないため原則として認められます。
相手が婚姻費用を払わないときはどうすればいいですか?
調停・審判で金額が決まっていれば、家庭裁判所の履行勧告のほか、給与の差押えができます。婚姻費用は扶養義務に関する債権なので給与の2分の1まで差押えでき、将来の分もまとめて差押え可能です。
婚姻費用と養育費はどう違いますか?
婚姻費用は別居から離婚成立までの、配偶者と子を含む生活費です。養育費は離婚後の子の生活費のみを対象とします。配偶者分を含む婚姻費用のほうが一般に高くなります。
離婚が成立したら、別居期間中の未払い婚姻費用はどうなりますか?
消えません。別居期間中の婚姻費用の分担を求める権利は離婚によって当然には消滅せず、財産分与の中で清算を求めることもできるとされています(最高裁 令和2年1月23日決定)。
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監修:難波みなみ法律事務所 代表弁護士 南 宜孝(大阪弁護士会・登録番号49544)。大阪市中央区西心斎橋2-4-3 難波御堂筋ビル403/電話 06-6786-8103。婚姻費用・養育費・財産分与など離婚にともなうお金の問題について、協議・調停・審判・強制執行の各段階で対応しています。本記事は一般的な情報提供を目的とするもので、個別の事案の結論を保証するものではありません。






