交通事故にあうと、必ず出てくるのが「自賠責保険」と「任意保険」という2つの保険です。どちらが何を払ってくれるのか、被害者から見てどう使い分けるのか——ここを押さえておくと、保険会社とのやり取りで迷いにくくなります。
この記事では、自賠責保険と任意保険の違いを、補償の対象・限度額・手続きの面から、大阪の被害者側の弁護士が整理します。
結論から
Q. 自賠責保険と任意保険は、何が違いますか。
自賠責は「強制・対人賠償のみ・最低限の定額補償」、任意保険は「任意加入・物損も対人の上乗せもカバーする上積み」です。自賠責はすべての自動車に加入が義務づけられ(自賠法5条)、人身損害だけを一定の限度額まで補償します。任意保険は、その自賠責で足りない部分を補う上乗せの保険です。
Q. 被害者は、どちらに請求するのですか。
相手が任意保険に入っていれば、通常は相手の任意保険会社が窓口になり、自賠責の分もまとめて対応します(一括払い)。相手が任意保険未加入のときや、治療費を打ち切られたときは、自賠責保険会社へ被害者請求(自賠法16条)で直接請求できます。
Q. 自賠責の金額だけで足りますか。
足りないことが多いです。自賠責は傷害分が被害者1名あたり120万円までで、慰謝料も1日4,300円の定額です。実際の損害がこれを超えるときは、超過分を加害者(実際には任意保険会社)へ請求します。その際の金額は裁判基準(弁護士基準)で計算すると増えることが多く、保険会社の提示額とは差が出ます。
自賠責保険と任意保険の違い(一覧)
まず全体像を表で確認します。
| 項目 | 自賠責保険 | 任意保険 |
|---|---|---|
| 加入 | 強制(すべての自動車・原付に義務。自賠法5条) | 任意(入るかどうかは自由) |
| 補償の対象 | 人身損害のみ(対人) | 対人・対物のほか、自分側の補償(人身傷害・車両保険など)も選べる |
| 限度額 | 一定額まで(傷害120万円、死亡3,000万円など) | 契約した保険金額まで(対人・対物は無制限の契約が一般的) |
| 金額の算定 | 支払基準(国の定めた定額的な基準) | 任意保険基準(各社の社内基準)。示談・訴訟では裁判基準で争う |
| 示談代行 | なし | あり(保険会社の担当者が加害者に代わって交渉) |
| 過失相殺 | 原則そのまま。被害者に重大な過失(7割以上)があるときだけ減額 | 過失割合に応じて減額(過失相殺) |
自賠責保険とは——「人身損害の最低保障」
自賠責保険は、交通事故の被害者を救済するための強制保険です。原動機付自転車(原付)を含むすべての自動車に加入が義務づけられており(自動車損害賠償保障法5条)、未加入で運行すると罰則の対象になります。
特徴は、補償の対象が人身損害(ケガ・後遺障害・死亡)に限られることです。物の損害(車の修理代など)はいっさい対象になりません。また、加害者側に「自分には過失がない」ことなどの立証責任を負わせ(自賠法3条)、被害者が賠償を受けやすいしくみになっています。
自賠責の限度額(被害者1名あたり)
| 損害の区分 | 限度額 |
|---|---|
| 傷害(治療費・休業損害・慰謝料など) | 120万円 |
| 後遺障害(通常) | 限度額 第1級 3,000万円 〜 第14級 75万円 |
| 後遺障害(介護を要する場合) | 限度額 第1級 4,000万円/第2級 3,000万円 |
| 死亡 | 3,000万円 |
これらの限度額は、自賠法施行令2条で定められています。傷害分の120万円は、治療費・通院交通費・休業損害・入通院慰謝料などをすべて合わせた枠です。この枠を超えた分は、自賠責からは支払われません。
被害者に重大な過失があるときの「重過失減額」
任意保険の過失相殺と違い、自賠責では被害者の過失が7割以上あるときだけ減額されます(重過失減額)。
| 被害者の過失 | 傷害 | 後遺障害・死亡 |
|---|---|---|
| 7割未満 | 減額なし | 減額なし |
| 7割以上8割未満 | 2割減 | 2割減 |
| 8割以上9割未満 | 2割減 | 3割減 |
| 9割以上10割未満 | 2割減 | 5割減 |
被害者側にもかなりの過失があるケースでも、自賠責からは一定額が確保されやすいということです。
任意保険とは——「自賠責の上に積む補償」
任意保険は、自賠責で足りない部分を補う上乗せの保険です。加入は任意ですが、対人賠償が無制限の契約が一般的で、実務ではほとんどの損害賠償が任意保険から支払われます。主な補償には次のものがあります。
■ 対物賠償保険…相手の車・物の損害を補償(自賠責にはない補償)。
■ 人身傷害保険…契約者側のケガを、過失割合に関係なく自分の保険から補償。
■ 搭乗者傷害保険…同乗者を含む搭乗中のケガに、定額を上乗せ。
■ 無保険車傷害保険…相手が無保険などで十分な賠償を受けられないときに補償。
■ 車両保険…自分の車の修理代などを補償。
相手の加害者が任意保険に入っていれば、物損も、自賠責の枠を超える人身損害も、この任意保険から支払われます。逆にいうと、相手が任意保険に未加入だと、受け取れるのは自賠責の限度額までが基本になり、不足分は加害者本人へ請求することになります。
なぜ相手の任意保険会社が窓口になるのか(一括払い)
相手が任意保険に加入している場合、被害者が自賠責と任意保険の両方に別々に請求する必要はありません。任意保険会社が、自賠責で支払われる分も立て替えてまとめて支払い、あとで自賠責に求償するしくみがあるためです。これを一括払いといいます。
治療費が病院へ直接支払われたり、示談交渉を任意保険の担当者が進めたりするのは、この一括払いによるものです。示談の前に行われる治療費などの一括払いは、法的には仮払いの性質をもつと説明され、最終的には損害全体の中で精算されます(任意保険会社は、立て替えた自賠責相当分を自賠責保険会社へ精算請求します)。便利な一方で、窓口になる担当者は加害者側(相手の保険会社)の立場であることは知っておく必要があります。
自賠責の「支払基準」は、裁判所を縛らない
自賠責保険会社は、傷害・後遺障害・死亡の別に国が定める支払基準に従って支払わなければなりません(自賠法16条の3第1項)。この基準は、公平かつ迅速な支払のために定められた、いわば定額的なものさしです。
重要なのは、この支払基準は、保険会社が裁判外で支払うときに従うべき基準にすぎず、裁判所を拘束するものではないという点です。最高裁判所も、被害者請求訴訟(自賠法16条1項)では、裁判所は支払基準によらず、当事者の主張・立証に基づいて損害額を算定できると判断しています(最判平成24年10月11日)。だからこそ、示談で止まらず訴訟まで進むと、慰謝料などが裁判基準(弁護士基準)で認定され、増えることが多いのです。
被害者から見た使い分け——3つの場面
① ふつうに相手が任意保険に入っているとき
相手の任意保険会社が窓口となり、一括払いで対応します。賠償額の「ものさし」には、自賠責基準・任意保険基準・裁判基準(弁護士基準)の3つがあり、任意保険基準は各社の社内基準で、自賠責基準と裁判基準の中間程度とされることが多いものです。保険会社の提示額は任意保険基準によることが多く、それだけで裁判基準の金額が確定するわけではありません。慰謝料などを裁判基準で計算し直すと増えることが多いものの、最終的な金額は損害項目・過失割合・証拠によって変わります。ここが交渉のポイントになります。
② 治療費を途中で打ち切られたとき
任意保険会社が治療費の一括対応を打ち切っても、まだ治療が必要なら、自賠責保険会社へ被害者請求(自賠法16条1項)ができます。被害者請求は、保険金そのものではなく「損害賠償額の支払」を求める請求で、総損害が確定する前でも、すでに発生した治療費や休業損害について、診断書などの資料を添えて請求できます(自賠法施行令3条)。ただし、支払われるのは自賠責の限度額の範囲内で、請求した損害の内容と支払基準に照らして判断されるため、打ち切り後の費用が当然に全額出るわけではありません。症状固定前に自己判断で治療をやめると後遺障害の認定で不利になりやすいため、打ち切り=治療終了ではありません。
③ 相手が任意保険に入っていない/ひき逃げのとき
相手が任意保険未加入でも、自賠責に入ってさえいれば、まず自賠責へ被害者請求(または仮渡金請求)ができます。自賠責でも足りない分は加害者本人へ請求します。相手が自賠責にも入っていない(無保険車)・ひき逃げで加害者が不明のときは、国の政府保障事業(自賠法72条)が対象になります。
ただし、政府保障事業は自賠責と同じ限度額を上限とする補充的な制度で、自賠責と全く同じように無条件で全額が出るわけではありません。健康保険・労災・年金など他の法令による給付や、加害者など賠償責任者から受け取った額は差し引いて塡補されます(最判平成21年12月17日も補充的な制度と位置づけています)。
自賠責への請求には「時効」がある
被害者請求(自賠法16条1項)や仮渡金請求(17条1項)の権利は、3年で時効消滅します(自賠法19条)。条文上の起算点は「損害および保有者を知った時」ですが、実務では次のように整理されています。治療が長引いたり示談が進まなかったりするうちに時効が迫ることがあるため、早めの確認が大切です。
後遺障害分…症状固定日の翌日から3年
死亡分…死亡日の翌日から3年
傷害分と後遺障害分は別々に時効が進行するものとして扱われます。また、自賠責保険金の支払、支払不能通知、時効更新(中断)の承認などがあると、そこから新たに3年が進行します。示談交渉をしているというだけで時効が当然に止まるわけではないため、期限が近いときは、時効更新の手続など具体的な対応を確認してください。なお、自賠責への被害者請求権と、加害者本人への損害賠償請求権は別個の権利で、被害者請求をしても加害者への請求権の時効が当然に更新されるわけではない点にも注意が必要です。
自賠責と任意保険のどちらを使うか、提示額が妥当か——交通事故の被害者側のご相談を、大阪市・なんば・心斎橋の難波みなみ法律事務所で承ります。初回相談は30分無料、LINE・Zoom相談や土日祝・夜間にも対応しています。
よくある質問
自賠責保険と任意保険は、両方から二重にもらえますか。
二重にはもらえません。相手が任意保険に入っている場合は、任意保険会社が自賠責の分も含めてまとめて支払います(一括払い)。自賠責と任意保険は上下に積み重なる関係で、同じ損害を二重に受け取るものではありません。
自賠責保険だけで、物損(車の修理代)は払ってもらえますか。
払ってもらえません。自賠責保険は人身損害(ケガ・後遺障害・死亡)だけが対象で、車の修理代などの物損はいっさい補償されません。物損は相手の対物賠償保険、または加害者本人への請求になります。
相手が任意保険に入っていません。どうすればよいですか。
相手が自賠責に入っていれば、まず自賠責保険会社へ被害者請求をし、自賠責の限度額の範囲(傷害120万円など)で受け取ります。足りない分は加害者本人へ請求します。相手が自賠責にも入っていない、またはひき逃げのときは、政府保障事業(自賠法72条)が対象になります。ただし政府保障事業は自賠責と同じ限度額を上限とする補充的な制度で、健康保険・労災などの他の給付や加害者から受け取った額を差し引いて塡補されます。
自賠責の慰謝料はいくらですか。
入通院慰謝料は1日4,300円です(事故日が2020年3月31日以前なら1日4,200円)。対象日数は「実通院日数×2」と「通院期間」の少ない方で計算します。これは定額的な基準で、裁判基準(弁護士基準)で計算すると増えることが多くあります。
保険会社の提示額が低い気がします。なぜですか。
保険会社の提示は、自社の任意保険基準で計算されていることが多く、裁判基準(弁護士基準)より低い傾向があります。慰謝料や逸失利益は裁判基準で計算し直すと増えることが多いため、提示額をそのまま受け入れる前に確認することをおすすめします。
治療費を打ち切ると言われました。自賠責は使えますか。
使えます。任意保険の一括対応が打ち切られても、治療が必要なら自賠責保険会社へ被害者請求ができます。支払は自賠責の限度額の範囲で、請求内容と支払基準に照らして判断されるため、必ず全額が出るわけではありません。症状固定前に治療をやめると後遺障害の認定で不利になりやすいため、主治医と相談のうえ必要な治療は続けてください。
自賠責への請求に期限はありますか。
あります。被害者請求の時効は原則3年で、傷害分は事故日の翌日、後遺障害分は症状固定日の翌日、死亡分は死亡日の翌日から数えます。時効が近いときは早めに対応してください。
本記事は一般的な解説です。自賠責・任意保険の適用や限度額のあてはめ、過失相殺は、事故の内容や契約の条件によって異なります。具体的な事案は弁護士にご相談ください。






