托卵それ自体を処罰する刑罰規定はなく、刑事事件として立件されることは実務上ほとんどありません。しかし民事では、妻と不貞相手の双方に対して不法行為に基づく慰謝料を請求できます。
法律上の父子関係を切るには嫡出否認の訴えが原則で、2024年4月の民法改正により、出訴期間が1年から3年に伸びました。DNA鑑定で血縁がないと判明しても、それだけで父子関係が自動的に消えるわけではありません(最高裁平成26年7月17日判決)。
- 犯罪になるのか
- 誰に何を請求できるか
- 父子関係を解消する2つの方法
- 2024年の民法改正
- 請求できる期限
- 手続の流れ
托卵は犯罪になるのか
「托卵は犯罪ではないのか」「詐欺で訴えられないのか」というご相談をよく受けます。答えを先に言うと、刑事と民事では結論が異なります。
刑事:処罰する規定はない
日本の刑法に、托卵そのものを処罰する条文はありません。「自分の子ではない子を夫の子として育てさせた」という行為を直接に犯罪とする規定が存在しないためです。
詐欺罪(刑法246条)にあたるのではないか、という議論はあります。しかし詐欺罪が成立するには、欺罔行為によって相手に財物や財産上の利益を交付させたと評価できる必要があり、夫婦間の生活費や養育費の支出をこれにあてはめるのは容易ではありません。実際に刑事事件として立件されるケースは、ほとんどないのが実情です。
「法律がおかしい」と感じる方は少なくありませんが、刑事で戦えないことと、民事で責任を追及できないことは別の問題です。
民事:慰謝料は請求できる
民事では話が変わります。妻が夫以外の男性との間に子をもうけ、その事実を隠して夫の子として育てさせた行為は、不法行為(民法709条)にあたり、慰謝料の請求が認められます。
ここで問題になるのは、単なる不貞行為の慰謝料にとどまらない点です。夫は、婚姻関係を壊されただけでなく、血縁のない子を自分の子と信じて養育してきたという、別種の精神的苦痛を受けています。この事情は慰謝料の算定にあたって考慮されます。
誰に何を請求できるか
妻への慰謝料
妻に対しては、不貞行為と、出自を偽って養育させたことの両方を理由に慰謝料を請求します。離婚するかどうかにかかわらず請求は可能ですが、離婚に至った場合のほうが認められる額は大きくなる傾向があります。
不貞相手への慰謝料
相手の男性にも慰謝料を請求できます。ただし「何に対する慰謝料か」で結論が変わる点に注意が必要です。
- 不貞行為そのものに対する慰謝料(不貞慰謝料)——請求できます。妻と相手方は共同不法行為者(民法719条)として連帯して責任を負います。
- 離婚させられたことに対する慰謝料(離婚慰謝料)——原則として請求できません。最高裁判所平成31年2月19日判決は、不貞相手に対して離婚そのものを理由とする慰謝料を請求できるのは、その第三者が夫婦を離婚させることを意図して婚姻関係に不当な干渉をしたなどの特段の事情がある場合に限られるとしました。
連帯債務であるため、妻と相手方の双方から満額を重ねて受け取ることはできません。一方から回収した分は、他方の負担部分から差し引かれます。
また、相手の男性が妻を既婚者と知らず、知らなかったことに過失もなかった場合には、請求は認められません。
払った養育費は取り戻せるか
「血縁がないと分かった以上、これまで負担した費用を返してほしい」という思いは当然です。これは不当利得の返還請求(民法703条・704条)として争われます。
ただし、裁判所の判断は分かれています。返還を否定した東京高等裁判所平成21年12月21日判決がある一方、これを認めた大阪高等裁判所平成20年2月28日判決もあります。
結論を分ける主な事情は、妻が血縁のないことを知りながら夫に告げず、その結果として夫が父子関係を否定する法的手段を失ったといえるか、といった点です。法律上の父子関係が続いていた間は夫にも扶養義務があったと評価されうるため、単純に「全額返ってくる」という話にはなりません。
返還請求を検討する場合は、父子関係を解消する手続を先に進めるかどうかも含めて方針を立てる必要があります。
父子関係を解消する2つの方法
戸籍上の父子関係は、DNA鑑定の結果だけで自動的に消えることはありません。裁判所の手続を経る必要があり、方法は次の2つです。
①嫡出否認の訴え(原則)
婚姻中に妻が妊娠した子は、夫の子と推定されます(民法772条)。この推定を覆す原則的な手続が嫡出否認の訴えです。
- 誰が申し立てられるか——2024年3月までは夫だけでしたが、改正により子・母・前夫にも否認権が認められました。
- いつまでか——父および前夫は子の出生を知った時から3年以内、子および母は子の出生の時から3年以内です。
- 手続——人事訴訟にあたるため、いきなり訴訟は起こせず、まず家庭裁判所の調停を申し立てます(調停前置)。
②親子関係不存在確認の訴え(例外)
こちらには期間の制限がありません。ただし使える場面は限られており、そもそも嫡出推定が及ばない場合に限られます。
具体的には、夫の海外赴任や長期の別居、受刑などにより、妻が夫の子を妊娠することがあり得なかったことが外形上明らかな場合です。「血縁がないことがDNA鑑定で判明した」というだけでは、この手続は使えません。
DNA鑑定だけでは覆らない
この点について、最高裁判所は明確な判断を示しています。
最高裁判所平成26年7月17日第一小法廷判決は、DNA鑑定によって夫と子との間に生物学上の父子関係がないことが科学的に明らかであり、しかも夫婦がすでに離婚して子が母のもとで監護されているという事案について、それでも嫡出推定は及び、親子関係不存在確認の訴えによって父子関係を争うことはできないとしました。子の身分関係の法的安定を保つ必要が当然に失われるものではない、という理由です。
つまり、DNA鑑定は「証拠」にはなっても、それ自体が父子関係を切る手段にはならないということです。手続と期限を外すと、血縁がなくても法律上の父であり続けることになります。
2024年の民法改正で変わった点
民法等の一部を改正する法律(令和4年法律第102号)のうち、嫡出推定制度の見直しに関する規定は2024年(令和6年)4月1日から施行されています。托卵の問題に直結する変更は次の4点です。
出訴期間が3年に
嫡出否認の訴えの期間が1年から3年に伸びました。改正前は「知ってから1年」で、気づいた時にはすでに手遅れという事案が多くありました。
否認権者の拡大
これまで夫だけに認められていた否認権が、子・母・前夫にも認められるようになりました。
再婚後の子の推定
離婚等から300日以内に生まれた子でも、母が再婚した後に生まれた子は、再婚後の夫の子と推定されます。
再婚禁止期間の廃止
女性の再婚禁止期間が廃止されました。
注意していただきたい経過措置があります。改正後の規定は原則として施行日(2024年4月1日)以後に生まれた子に適用されます。施行日前に生まれた子とその母については、施行日から1年間に限って嫡出否認の訴えを提起できる特例が設けられていましたが、この特例期間は2025年3月31日で終了しました。
請求できる期限
托卵の問題は、気づいてから動き出すまでの時間が結果を左右します。主な期限を整理します。
- 嫡出否認の訴え——父・前夫は子の出生を知った時から3年、子・母は子の出生の時から3年。
- 慰謝料の請求——不法行為による損害賠償請求権は、損害および加害者を知った時から3年で時効にかかります(民法724条)。「托卵の事実と相手が誰かを知った時」が起算点です。
- 親子関係不存在確認の訴え——期間制限はありませんが、そもそも使える場面が限られます。
とくに慰謝料は、DNA鑑定の結果を見て呆然としているうちに3年が経ってしまうことがあります。時効の完成が迫っている場合は、内容証明郵便による催告や訴訟提起で進行を止める手当てが必要です。
托卵裁判の流れ
1. 証拠の確保
DNA鑑定の結果、不貞を示すやり取り、相手方の氏名や住所につながる情報を確保します。妻に問い詰める前に着手するのが原則です。問い詰めた後は証拠が消されます。
2. 方針の決定
父子関係を切るのか、子との関係を維持したうえで慰謝料だけを請求するのか。ここが最も重要な分岐点です。期限との兼ね合いもあるため、早い段階で決めます。
3. 家庭裁判所の調停
嫡出否認・親子関係不存在確認はいずれも人事訴訟のため、まず調停を申し立てます。この段階で裁判所を通じたDNA鑑定が行われることもあります。
4. 訴訟(調停不成立の場合)
調停でまとまらなければ人事訴訟へ移行します。慰謝料請求は、離婚訴訟と併せて申し立てることもできます。
5. 戸籍の訂正
判決等が確定したら、市区町村に届け出て戸籍を訂正します。ここまで行って初めて法律上の父子関係が解消されます。
よくある質問
まとめ
托卵の問題は、刑事では戦えなくても、民事では責任を追及できます。ただし嫡出否認は3年、慰謝料も3年という期限があり、動き出しが遅れるほど選べる手段が減っていきます。
そして最も難しいのは、法律論よりも子どもとの関係をどうするかという点です。父子関係を切るのか、切らずに慰謝料だけを請求するのか。この判断は取り返しがつきません。一人で結論を出す前に、それぞれの選択で何が起きるのかを確認してください。
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