Q. 無痛分娩の事故で、損害賠償を請求できますか?
麻酔の手技を誤った、局所麻酔中毒や全脊髄くも膜下麻酔などの合併症への発見・救命対応が遅れた、監視や急変対応の体制が不十分だったといった注意義務違反があり、適切に対応していれば結果を避けられた(因果関係)といえる場合には、損害賠償が認められることがあります。
Q. どんな事故が問題になりますか?
麻酔薬が血管内やくも膜下に誤って入ったことによるけいれん・心停止・呼吸停止、母体の血圧低下による赤ちゃんの状態悪化、感染などです。母体が重い後遺症を負ったり、亡くなったりする事例もあります。
Q. まず何をすべきですか?
麻酔記録・カルテ・CTG(胎児心拍数モニタリング)や分娩経過の記録を証拠保全で確保することが最優先です。無痛分娩の事故は経過が速く、記録が立証の鍵になります。早めに弁護士へご相談ください。
「痛みをやわらげるはずの無痛分娩で、母体が急変して重い障害が残った」「麻酔のあと赤ちゃんの状態が悪くなった」――無痛分娩(硬膜外麻酔などによる分娩の除痛)は、多くの場合は安全に行われますが、まれに命に関わる重い合併症が起こることがあります。近年は、無痛分娩に関連する重篤な事例をきっかけに、国が安全な提供体制づくりの提言を出すなど、体制の整備が進められてきました。この記事では、無痛分娩の事故で、どのような場合に損害賠償が認められるのか、過失が問われる場面と立証のポイント、そして安全な体制との関係を、患者・家族側の立場から弁護士が解説します。
無痛分娩とは・どんな合併症があるか
無痛分娩とは、背中の硬膜外腔(こうまくがいくう)に細い管(カテーテル)を入れて局所麻酔薬を注入するなどして、分娩の痛みをやわらげる方法です。多くは安全に行われますが、麻酔を使う以上、副作用や合併症のリスクがあります。主なものは次のとおりです。
| 区分 | 内容 |
|---|---|
| 比較的多い副作用 | 血圧の低下、発熱、かゆみ、悪心・嘔吐、尿意を感じにくい、頭痛(硬膜に穴があいて髄液がもれることによる頭痛)など。 |
| 局所麻酔中毒 | 麻酔薬が誤って血管内に入ることで起こる。舌や口のしびれ、耳鳴り、けいれんから、重症では意識障害・不整脈・心停止に至ることがある。備えとして脂肪乳剤(解毒に使う薬)を用意しておくことが求められる。 |
| 全脊髄くも膜下麻酔(全脊麻) | 硬膜外に入れるはずの薬が、脊髄を包むくも膜下腔に誤って入ることで、急激かつ広い範囲に麻酔が効いてしまう。血圧低下・徐脈・呼吸困難・意識障害・心停止に至ることがある。 |
| その他の重い合併症 | 硬膜外血腫・硬膜外膿瘍(感染)、神経の障害など。 |
| 赤ちゃんへの影響 | 母体の血圧が下がると胎盤への血流が減り、赤ちゃんの状態が悪くなる(胎児徐脈・胎児機能不全)ことがある。 |
なぜ重大化するのか
無痛分娩で起こる重い合併症は、短時間で急激に進行するのが特徴です。局所麻酔中毒や全脊髄くも膜下麻酔では、けいれんや呼吸・心臓の停止が起こりうるため、早く気づいて、ただちに救命の処置(気道の確保、人工呼吸、昇圧、脂肪乳剤の投与など)に移れたかが結果を大きく左右します。また、母体の血圧低下が続けば赤ちゃんの状態も悪化するため、母体と赤ちゃんの両方を同時に守る必要があります。だからこそ、無痛分娩では、異常にすぐ気づける監視体制と、急変にただちに対応できる備えが欠かせません。
無痛分娩では、赤ちゃんの被害だけでなく、お母さん自身が心停止・重い後遺症・死亡に至ることも問題になります。麻酔を担当する体制や、急変に対応できる人員・設備が整っていたかが、後から検証されることになります。
過失が問われる主な場面
無痛分娩の事故で医療機関の過失が問われるのは、大きく次の場面です。
| 場面 | 内容の例 |
|---|---|
| ① 麻酔の手技の誤り | カテーテルを入れる深さや位置を誤った、血管内やくも膜下に入っていないかの確認(吸引テストなど)や少量ずつの投与を怠った、といった手技上の過誤。 |
| ② 合併症の発見・救命対応の遅れ | 局所麻酔中毒や全脊麻の兆候に気づくのが遅れた、脂肪乳剤の投与・気道確保・人工呼吸・昇圧・心肺蘇生といった救命処置が遅れた・不十分だった。 |
| ③ 母体低血圧・胎児への対応の遅れ | 麻酔による血圧低下で赤ちゃんの状態が悪化しているのに、血圧を上げる処置や、必要な場合の急速遂娩(緊急帝王切開など)の判断が遅れた。 |
| ④ 監視・急変対応の体制の不備 | 継続的な監視(血圧・心拍・酸素・胎児心拍)や、急変にただちに対応できる人員・救急薬・設備が整っていなかった。 |
| ⑤ 説明義務の不足 | 無痛分娩のリスクや、起こりうる合併症、代替の選択肢について、事前に十分な説明がなかった。 |
| ⑥ 感染対策の不備 | 穿刺(せんし)の際の消毒などが不十分で、硬膜外膿瘍などの感染を招いた。 |
どこまでの対応が求められるかは、診療当時の医療水準に照らして判断されます。医療水準は全国一律ではなく、その医療機関の性格や地域の医療環境などの事情を踏まえて判断されるとされています(最高裁平成7年6月9日判決)。自院で十分な対応ができないときは、より高度な医療機関へ移す転送義務も問題になります。実際の裁判でも、無痛分娩で硬膜外にカテーテルを入れる際の手技を誤った過失を認め、医療機関に損害賠償を命じた例があります(京都地裁令和3年3月26日判決)。
説明義務も独立の問題です。無痛分娩の危険性(血圧の低下や、まれに起こる呼吸停止・意識喪失など)、分娩の経過への影響、自然分娩などの選択肢について十分な説明がなく、選ぶ機会を奪われたといえる場合には、たとえ結果との因果関係がはっきりしないときでも、自己決定権の侵害を理由に慰謝料が認められることがあります。
国の「安全な提供体制」と施設選び
無痛分娩に関連する重い事例が相次いだことを受けて、2018年に、国(厚生労働省)の研究班が「無痛分娩の安全な提供体制の構築に関する提言」をまとめました。これに基づき、施設が自ら安全体制を点検するための自己点検表が作られ、2023年からは、無痛分娩に関する情報が関係学会・団体の連絡協議会(JALA)のサイトに集約されています。無痛分娩を扱う施設の情報も公表されるようになりました。提言では、無痛分娩の麻酔を管理する責任者(無痛分娩麻酔管理者)を置き、硬膜外麻酔を安全に行い合併症に適切に対応できる人員・設備・情報共有の体制を整えることなどが求められています。
こうした提言や体制整備は、直接に「守らなければ即・過失」というものではありません。もっとも、安全な麻酔管理・急変対応の体制が求められる方向にあることは、医療水準を判断するうえで重要な手がかりになります。監視や急変対応の体制が整っていなかったことが、過失の評価に関係する場合があります。
因果関係と、補償制度・損害賠償の使い分け
過失が疑われる場合でも、因果関係(適切に対応していれば結果を避けられたか)が争点になります。適切な医療で救えたことが高い確からしさ(高度の蓋然性)で認められれば、発生した損害の賠償が認められます。仮に、それが認められなかったとしても、適切な医療で救えた「相当程度の可能性」があったといえるときには、その限度で損害賠償が認められることがあります(最高裁平成12年9月22日判決)。
結果によって、使える救済の道が異なります。赤ちゃんに重度の脳性麻痺が残り生存している場合は産科医療補償制度の対象になりうる一方、死産や、脳性麻痺と診断される前の新生児死亡は同制度の対象になりません(制度は、生存して重度の脳性麻痺が残った児を補償するものだからです)。また、お母さん自身の被害(重い後遺症・死亡)も、児の脳性麻痺を対象とする制度の性質上、対象外です。これらの場合は、損害賠償が主な救済手段になります。補償金と損害賠償の関係は脳性麻痺と産科医療補償制度の記事、亡くなった場合の損害は医療事故で死亡したときの記事もあわせてご覧ください。
立証と、まずすべきこと
無痛分娩の事案では、麻酔の手技と、その後の監視・対応を、記録に基づいて時系列で検討することが出発点です。
麻酔記録(薬剤の種類・量・投与時刻)、カルテ、血圧・心拍・酸素などのモニター記録、CTG(胎児心拍数陣痛図)、看護・助産記録は、事故の経過と対応を検証する中心的な資料です。とくにCTGは、母体の血圧低下などで赤ちゃんの状態が悪化していなかったかを検証する重要な記録です。産科は小規模な医院も多く、記録の内容で結論が左右されるため、実務では、カルテ開示を待つよりも、裁判所を通じてその場で記録を保全する「証拠保全」(民事訴訟法234条)を第一に検討します。手順は証拠収集・カルテ開示の記事にまとめています。
いつ麻酔薬が投与され、いつ・どんな異常(けいれん、血圧低下、意識・呼吸の変化、胎児徐脈など)が現れ、いつどの救命処置がとられたかを、記録から分単位で突き合わせます。
確保した記録を、産科・麻酔にくわしい協力医とともに精査し、手技や監視・救命対応が適切だったか、適切に対応していれば結果を避けられたか(因果関係)を検討します。
無痛分娩の事故は、「まれな合併症で避けられなかった」と説明されがちです。しかし、麻酔記録やモニターの記録を丁寧にたどると、異常への気づきや救命処置、監視・急変対応の体制に問題がなかったかが見えてくることがあります。お母さんが重い被害を負われた場合は補償制度が使えず、損害賠償だけが向き合える手段になることも少なくありません。産科・麻酔は記録の内容で結論が大きく変わるため、私たちは証拠保全を第一の選択肢として考えます。当事務所には元裁判官の弁護士が在籍し、看護を学んだ協力弁護士とも連携して、記録から過失と因果をどう組み立てるかの見立てをお伝えできます。
よくある質問(FAQ)
無痛分娩の合併症はまれと聞きました。それでも賠償を請求できますか?
合併症そのものを完全に防ぐことは難しい面がありますが、問題になるのは手技と、その後の対応です。麻酔の手技を誤った、合併症の発見・救命が遅れた、監視や急変対応の体制が不十分だった、といった注意義務違反があり、適切に対応していれば結果を避けられたといえる場合には、損害賠償が認められることがあります。
どんな場合に医療機関の過失が問われますか?
主に、①カテーテルの位置・確認・投与などの麻酔手技の誤り、②局所麻酔中毒や全脊髄くも膜下麻酔への発見・救命対応の遅れ、③母体の血圧低下で赤ちゃんの状態が悪化したのに対応が遅れた場合、④監視・急変対応の体制の不備、⑤リスクの説明不足、⑥消毒など感染対策の不備です。
局所麻酔中毒や全脊髄くも膜下麻酔とは何ですか?
局所麻酔中毒は、麻酔薬が誤って血管内に入り、けいれんや、重症では心停止などを起こす合併症です。全脊髄くも膜下麻酔は、硬膜外に入れるはずの薬がくも膜下腔に入り、急激に広く麻酔が効いて、血圧低下・呼吸困難・意識障害・心停止に至りうる合併症です。いずれも早期の発見と救命処置が重要です。
母体(お母さん)が亡くなった、または重い後遺症が残った場合はどうですか?
母体の被害も損害賠償の対象になります。麻酔や急変への対応に過失があり、適切に対応していれば結果を避けられたといえるかが問題になります。母体の死亡や重い後遺症は産科医療補償制度の対象外のため、損害賠償が主な救済手段になります。
「安全な体制の施設か」は関係しますか?
関係することがあります。2018年に国の研究班が無痛分娩の安全な提供体制の提言をまとめ、施設の自己点検や情報公表が進められています。これらは直ちに過失を決めるものではありませんが、安全な麻酔管理・急変対応の体制が求められる方向にあることは、医療水準を判断する手がかりになります。
赤ちゃんに障害が残った場合、産科医療補償制度は使えますか?
赤ちゃんに重度の脳性麻痺が残り要件を満たせば、産科医療補償制度の対象になりえます。過失があれば損害賠償も請求でき、すでに受けた補償金は損害賠償に充当・控除されます。一方、死産や、脳性麻痺と診断される前に亡くなった場合は対象外です。
まず何をすればよいですか?
麻酔記録・カルテ・CTG(胎児心拍数モニタリング)・モニター記録・分娩経過の記録が失われたり書き換えられたりしないうちに確保することが最優先です。産科では、カルテ開示より先に証拠保全を第一に検討します。時効もあるため、早めに弁護士へご相談ください。
相談のとき、何を準備すればよいですか?
お手元にある母子健康手帳、同意書や説明書面、診療明細、退院時の説明資料、ご記憶にある経過のメモなどがあると役立ちます。記録がそろっていなくても、まずはご相談ください。必要な記録の確保からお手伝いします。
無痛分娩の事故でお悩みの方へ
「まれな合併症で避けられなかった」と言われても、麻酔記録やモニターの記録は客観的な証拠として検証できます。お母さんが重い被害を負われた場合は補償制度が使えず、損害賠償だけが向き合える手段になることもあります。初回無料で、過失の可能性と見通しをお伝えします。大阪・なんばの弁護士が、お電話・メール・LINEで承ります。
あわせて読みたい関連記事
監修:難波みなみ法律事務所 代表弁護士 南 宜孝(大阪弁護士会・登録番号 49544/中小企業診断士)。大阪市中央区西心斎橋2-4-3 難波御堂筋ビル403。初回相談30分無料。本記事は一般的な解説であり、個別の事案の結論を保証するものではありません。麻酔管理や医療水準の評価、因果関係の判断は、個別の事情により異なります。






