Q. 麻酔で事故が起きたら、医療過誤として損害賠償できますか?
麻酔には本来的にリスクがあり、悪い結果が出たことだけで当然に過誤になるわけではありません。麻酔の管理や監視(モニタリング)に注意義務違反(過失)があり、それによって被害が生じたといえる場合に、損害賠償が認められます。
Q. どんな麻酔事故がありますか?
全身麻酔での気道確保・挿管のトラブルや低酸素、脊椎麻酔での急激な血圧低下、薬剤によるアナフィラキシーショックや悪性高熱症、局所麻酔薬中毒などです。多くは、異変に早く気づいて対応できたかが問われます。
Q. まず何をすべきですか?
麻酔記録・モニターの記録・カルテを確保することが最優先です。時間が経つと入手が難しくなり、時効もあります。早めに弁護士へご相談ください。
手術のための麻酔のあとに、意識が戻らない、重い後遺症が残った、あるいは命を落とされた――そんなとき、「麻酔のミスではないか」と考えるのは自然なことです。麻酔は、身体に大きな負担をかけ、呼吸や血圧を人工的に管理する医療行為であり、本来的にリスクを伴います。この記事では、麻酔事故がどのような場面で問題になるのか、麻酔中に医師が負う監視(モニタリング)の義務、そして誰が責任を負うのかを、患者側の立場から弁護士が解説します。
麻酔事故とは
麻酔事故とは、麻酔の管理や監視の過程で注意義務に違反したミスによって、患者に被害が生じることをいいます。麻酔は、呼吸や循環(血圧・心拍)を薬でコントロールするため、わずかな異変が短時間で重い結果につながることがあります。もっとも、麻酔に伴う合併症は一定の確率で避けられないものもあり、悪い結果が生じたことだけで、当然に過誤になるわけではありません。損害賠償が認められるには、麻酔の管理・監視に過失があり、それによって被害が生じたこと(因果関係)が必要です。
麻酔事故の主な類型と合併症
麻酔の方法によって、起こりやすい事故は異なります。主な類型と合併症は次のとおりです。
| 麻酔の種類 | 問題になりやすい事故・合併症 |
|---|---|
| 全身麻酔 | 気道確保・気管挿管のトラブル(挿管困難・食道への誤挿管)、換気の不足による低酸素、覚醒の遅れ、まれに麻酔から十分に眠れていない「術中覚醒」。 |
| 脊椎麻酔(腰椎麻酔)・硬膜外麻酔 | 局所麻酔薬の効き過ぎによる急激な血圧低下、麻酔の範囲が広がりすぎる「全脊髄くも膜下麻酔」など。 |
| 局所麻酔 | 薬剤の過量や血管内への誤った注入による局所麻酔薬中毒。 |
| 麻酔全般に共通 | 薬剤に対するアナフィラキシーショック(重いアレルギー反応)、体質的な素因などが関わる悪性高熱症。 |
これらの多くに共通するのは、異変に早く気づき、速やかに対応できたかが問われるという点です。そこで重要になるのが、次に説明する麻酔中の監視(モニタリング)の義務です。
麻酔中の監視(モニタリング)の義務
麻酔中は、患者の状態を継続的に監視することが不可欠です。日本麻酔科学会の「安全な麻酔のためのモニター指針」は、麻酔中に監視すべき項目を定めており、実務でも標準的な基準とされています。主な項目は次のとおりです。
- 酸素化:パルスオキシメータで、血液中の酸素の状態(SpO2)を監視する。
- 換気:全身麻酔では、カプノメータ(吐く息の二酸化炭素)で換気を監視する。胸の動きや呼吸音などでも確認する。
- 循環:心電図モニターを使い、血圧を原則として5分ごとに測定する(必要ならさらに頻回に)。
- 筋弛緩:筋弛緩薬などを使うときは、筋弛緩の状態を監視する。
- 体温:体温を測定する。
これらの監視を怠って、低酸素や血圧の異常といった異変の兆候を見落とし、あるいは気づいても対応が遅れた結果、患者に被害が生じた場合には、麻酔を担当した医師の過失が問題になります。麻酔中は、原則として麻酔を担当する医師が患者のそばを離れず、監視を続けることが求められます。あわせて、血圧の低下などの急変にすぐ対応できるよう、点滴ルートの確保や、昇圧剤・人工呼吸器の準備といった備えも必要とされています。
注意事項に従わなかったときの「過失の推定」
麻酔薬にも、製薬会社が作成する添付文書があり、投与後の観察方法などの使用上の注意が記載されています。最高裁は、腰椎麻酔薬について、添付文書が「注入後は2分間隔で血圧を測定する」よう求めていたのに、医師が5分間隔での測定を指示し、幼児に重い後遺症が残ったという事案で、医師が添付文書の使用上の注意に従わず事故が生じた場合には、特段の合理的理由がない限り医師の過失が推定される、と判断しました(最高裁判決 平成8年1月23日)。
麻酔は「監視」で結果が変わる。この判例は、麻酔中の血圧の監視を怠った点が問われたものです。麻酔事故では、この「監視をどれだけ適切に行っていたか」が争点の中心になります。添付文書に従わなかった場合の過失の推定について詳しくは、投薬・薬剤過誤の記事で解説しています。
また、麻酔薬の投与量そのものが問題になることもあります。全身麻酔と局所麻酔を併用した手術で、患者の血圧が下がっているのに麻酔薬を通常の速度で投与し続け、患者が死亡した事案について、最高裁は、患者の年齢や全身状態に即して各麻酔薬の投与量を調整すべき注意義務を怠った過失を認め、その過失と死亡との相当因果関係を肯定しました(最高裁判決 平成21年3月27日)。この判決は、どの程度投与量を減らせば結果を避けられたかが確定できない場合でも、適切に調整していれば死亡を避けられなかったという事情がうかがわれない限り、因果関係を認めるとした点でも、患者側にとって重要です。
誰が責任を負うのか
麻酔事故では、麻酔の管理・監視を担当した麻酔科医が中心的な責任を負います。麻酔科医がいない手術では、執刀した医師が麻酔も担うことがあり、その場合は執刀医が麻酔中の監視義務も負います。いずれの場合も、勤務先の病院は使用者として責任を負います。手術そのものの手技上の過誤や、術後管理の過誤については、手術ミスの記事で解説しています。また、麻酔のリスクについての事前の説明が不十分だった場合には、説明義務違反が別に問題になることもあります。
立証と、まずすべきこと
麻酔事故でも、過失と因果関係を患者側が立証する必要があります。麻酔中に何が起きていたかは、記録に残っています。まずは記録を確保することが出発点です。
麻酔記録には、血圧・脈拍・酸素飽和度(SpO2)などが時系列で記録されています。手術記録・看護記録とあわせて、カルテ開示を請求して入手します。改変のおそれがあるときは証拠保全を検討します。手順は証拠収集・カルテ開示の記事にまとめています。
入手した記録を、同じ分野(麻酔科など)の協力医とともに精査し、監視や対応に問題がなかったか、適切に対応していれば結果を避けられたか(因果関係)を検討します。過失と因果関係の立証の考え方は手術ミスの記事もあわせてご覧ください。
麻酔事故は、麻酔記録とモニターの記録に、異変が起きた時刻とその後の対応が刻まれています。「なぜ気づくのが遅れたのか」「気づいてから何をしたのか」を時系列で読み解くことが立証の鍵です。当事務所には元裁判官の弁護士が在籍し、記録から過失をどう組み立てるかの見立てもお伝えできます。
よくある質問(FAQ)
麻酔で事故が起きたら、必ず医療過誤として損害賠償できますか?
いいえ。麻酔には本来的にリスクがあり、悪い結果が出たことだけでは足りません。麻酔の管理や監視に注意義務違反(過失)があり、それによって被害が生じたこと(因果関係)を立証できて、はじめて損害賠償が認められます。合併症の中には、適切に対応しても避けられないものもあります。
麻酔事故には、どんな種類がありますか?
全身麻酔での気道確保・挿管のトラブルや換気不足による低酸素、脊椎麻酔での急激な血圧低下や全脊髄くも膜下麻酔、局所麻酔薬中毒、薬剤によるアナフィラキシーショック、体質が関わる悪性高熱症などがあります。多くは、異変に早く気づいて対応できたかが問われます。
麻酔中、医師にはどんな監視の義務がありますか?
日本麻酔科学会の「安全な麻酔のためのモニター指針」により、酸素化(パルスオキシメータ)、換気(全身麻酔ではカプノメータ)、循環(心電図と、原則5分ごとの血圧測定)、筋弛緩、体温を監視することが標準とされています。これらを怠って異変を見落とせば、過失が問題になります。
「麻酔の合併症だから仕方ない」と言われました。あきらめるしかないですか?
あきらめる必要はありません。合併症が起こりうること自体は事実でも、その発生を防ぐ注意義務や、発生後に速やかに対応する注意義務を怠っていれば、過失は別に問題になります。麻酔記録やモニターの記録から、監視と対応が適切だったかを検討する価値があります。
麻酔事故の責任は、誰が負いますか?
麻酔の管理・監視を担当した麻酔科医が中心的な責任を負い、勤務先の病院も使用者として責任を負います。麻酔科医がいない手術では、執刀した医師が麻酔も担い、その監視義務が問題になることがあります。
麻酔のリスクについて説明を受けていませんでした。問題になりますか?
なる場合があります。麻酔には重い合併症のリスクがあり、事前にそのリスクを説明する義務があります。説明が不十分だった場合には、麻酔の管理の過失とは別に、説明義務違反が問題になることがあります。
麻酔事故を証明するには、何が必要ですか?
麻酔記録(血圧・脈拍・酸素飽和度などの時系列)、モニターの記録、手術記録、看護記録が重要です。これらをカルテ開示や証拠保全で確保し、麻酔科などの協力医とともに、監視や対応に問題がなかったか、適切に対応していれば結果を避けられたかを検討します。
麻酔事故を疑ったら、まず何をすべきですか?
麻酔記録・モニターの記録・カルテが失われたり書き換えられたりしないうちに、カルテ開示や証拠保全を検討して確保することが最優先です。時効もあるため、早めに弁護士へご相談ください。
麻酔事故が疑われる方へ
麻酔記録とモニターの記録には、何が起きていたかが刻まれています。まずは記録を確保することが第一歩です。初回無料で、過誤の可能性と見通しをお伝えします。大阪・なんばの弁護士が、お電話・メール・LINEで承ります。
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監修:難波みなみ法律事務所 代表弁護士 南 宜孝(大阪弁護士会・登録番号 49544/中小企業診断士)。大阪市中央区西心斎橋2-4-3 難波御堂筋ビル403。初回相談30分無料。本記事は一般的な解説であり、個別の事案の結論を保証するものではありません。


