手術のあとに深刻な後遺症が残ったり、ご家族が亡くなったりしたとき、「これは手術ミスではないか」「損害賠償を請求できるのか」と考えるのは自然なことです。もっとも、悪い結果が出たこと自体が、ただちに手術ミス(医療過誤)になるわけではありません。ここでは、どのような場合に手術ミスとして損害賠償が認められるのか、その判断の枠組みと、立証のために何が必要かを、患者側の立場から弁護士が解説します。
手術の結果が悪ければ、手術ミスとして損害賠償を請求できますか?
できるとは限りません。損害賠償が認められるには、医師の行為が「診療当時の臨床医学の実践における医療水準」に達していなかったこと(過失)と、その過失によって悪い結果が生じたこと(因果関係)を、患者側が立証する必要があります。悪い結果が出たことだけでは足りません。
手術ミスかどうかは、どうやって判断するのですか?
まず手術記録・麻酔記録・看護記録などのカルテを入手し、その手術の場面で医師に求められた注意義務は何か、それが尽くされたかを、同じ分野の協力医の意見も踏まえて検討します。カルテの精査と医学的検討が出発点です。
まず何をすればよいですか?
カルテが改変されないうちに証拠を確保することが最優先です。カルテ開示を請求し、必要に応じて証拠保全を検討します。手術ミスには時効があり、時間の経過で立証も難しくなるため、早い段階で弁護士にご相談ください。
DATA数字で見る、手術(外科)の医療訴訟の現在地
手術は外科系の診療科で行われることが多く、外科は医療訴訟でも件数の多い分野です。最高裁判所が公表している医事関係訴訟の統計(令和8年5月公表)によると、令和7年に地方裁判所へ新たに提起された医事関係訴訟のうち、外科は内科・歯科に次ぐ件数で、診療科目別の上位に入っています。まず全体像を、公的な数字で確認します。
この数字は、手術に関する紛争が特別なものではなく、毎年一定数が裁判で争われていることを示しています。一方で、認容率が約2割にとどまることは、「悪い結果が残った」というだけでは請求が認められにくいという現実も表しています。だからこそ、後述する過失と因果関係の立証が決定的に重要になります。
※ 診療科目別の件数は、各診療科における医療事故の起こりやすさを表すものではありません(統計の注記による)。認容率は判決総数に対して認容(一部認容を含む)が占める割合です。認容率のより詳しい見方は、医療裁判の勝率の記事で解説しています。
POINT 01「手術の結果が悪かった=手術ミス」ではない
最初に、多くの方が誤解しやすい点をはっきりさせます。手術で悪い結果が生じたことだけを理由に、当然に損害賠償が認められるわけではありません。手術という医療行為は、そもそも身体に侵襲(メスを入れること)を伴い、確実に良い結果が得られることは保障されていません。患者ごとの体質や持病によって結果は変わり、手術をしてもしなくても一定の危険が残ることもあります。そのため、悪い結果が生じたというだけでは、医師に注意義務違反(過失)があったとはいえないのです。
過失の判断基準は「医療水準」
では、何を基準に過失を判断するのか。最高裁は、医師には「危険防止のために実験上必要とされる最善の注意義務」が求められると述べ(最判昭和36年2月16日・輸血梅毒事件)、その注意義務の内容は「診療当時のいわゆる臨床医学の実践における医療水準」によって定まるとしました(最判昭和57年3月30日)。つまり、その手術が行われた当時に、臨床の現場で標準的に行われていたことを基準に、医師の行為が適切だったかを判断します。
さらに、この医療水準は、すべての病院に一律に当てはめるものではありません。最高裁は「当該医療機関の性格、所在地域の医療環境の特性等の諸般の事情を考慮すべきであり、(中略)すべての医療機関について診療契約に基づき要求される医療水準を一律に解するのは相当でない」と判示しています(最判平成7年6月9日)。大学病院と個人クリニックとでは、期待される医療の水準が異なりうるということです。
整理すると。手術ミスがあったといえるのは、「その手術・その病院で、当時の医療水準からみて求められた注意義務が尽くされず、それによって悪い結果が生じた」場合です。結果が重いかどうかではなく、行為の過程に過失があったかが問われます。過失そのものの全体像は、医療過誤とはの記事もあわせてご覧ください。
POINT 02手術ミスとして問題になる過失の3類型
手術に関する過失は、大きく次の3つの場面に分けて考えると理解しやすくなります。実際の事案では、これらが組み合わさっていることも少なくありません。
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| 類型 | 問題になる場面 | 検討の視点 |
|---|---|---|
| 手技上の過誤 | 執刀中の操作の誤り、切ってはならない血管・神経・臓器の損傷、器具・ガーゼの遺残など | 手術記録・麻酔記録から、どの操作で何が起きたかを特定する。標準的な手技から逸脱していたか |
| 適応・術式の選択 | そもそも手術の必要性・適応があったか、より侵襲の小さい方法や別の術式を選ぶべきだったか | 術前の検査・診断が十分だったか。選択した術式が当時の医療水準として妥当だったか |
| 術後管理の過誤 | 術後の出血・感染・合併症の兆候の見落とし、対応の遅れ、経過観察や再手術の判断の遅れ | 看護記録・検査結果の推移から、異常の兆候にいつ気づけたか。対応が遅れなければ結果を防げたか |
とくに術後管理の過誤は、「何かをした誤り」ではなく「すべきことをしなかった誤り(不作為)」として問題になります。この場合は、適切な対応をしていれば悪い結果を避けられたといえるかが争点になり、後述する因果関係の検討がより重要になります。
手術ミスの検討では、手術記録だけでなく麻酔記録・看護記録・検査データを時系列で並べ直すことが欠かせません。当事務所には元裁判官の弁護士が在籍し、証拠から事実をどう組み立てれば裁判所に伝わるかという見立てもお伝えできます。また、看護を学んだ協力弁護士と連携し、医療現場の実際の動きを踏まえて検討します。
POINT 03手術ミスを立証する ―― カルテと因果関係
手術ミスの損害賠償請求では、過失と因果関係を患者側が立証しなければなりません。診療の記録は病院側が保管しているため、まず証拠を確保することがすべての出発点になります。
手術記録・麻酔記録・看護記録・検査結果・同意書などを入手します。改変のおそれがある場合は、裁判所の手続である証拠保全を検討します。手順は証拠収集・カルテ開示の方法で詳しく解説しています。
入手した記録を医学的に精査し、その場面で求められた注意義務は何か、それが尽くされたかを検討します。同じ分野の医師(協力医)の意見や意見書は、過失と因果関係の立証の柱になります。医療過誤の調査で流れを説明しています。
特定した過失と、患者に生じた結果との間に因果関係があることを、医学的な機序に沿って主張します。総花的に多数の過失を並べるのではなく、結果に結びつく過失に絞ることが、かえって説得力を高めます。
因果関係の証明は「高度の蓋然性」
裁判で因果関係が認められるためには、どの程度の証明が必要でしょうか。最高裁は、訴訟上の因果関係の証明について「通常人が疑を差し挟まない程度に真実性の確信を持ちうるものであることを必要とし、かつ、それで足りる」と判示しました(最判昭和50年10月24日・ルンバール事件)。これは「高度の蓋然性」と呼ばれ、心証の程度としてはおおむね80%程度とされています。100%の科学的証明までは要求されていません。
術後管理の遅れのような不作為型の事案では、医学統計上の救命率・治癒率が重要な手がかりになります。適切な処置をしていれば救命できた可能性が高かったといえるかを、統計や医学文献を用いて主張していきます。裁判例でも、救命率が相当程度高かったことを根拠に、過失と死亡との因果関係を認めたものがあります(東京地判平成5年6月14日など)。
POINT 04病院側の反論と、その限界
手術ミスを争うと、病院側からは典型的な反論が出てきます。あらかじめ知っておくと、あきらめる前に冷静に検討できます。
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| 病院側の反論 | 反論の限界・検討すべき点 |
|---|---|
| 「これは合併症であって過失ではない」 | 合併症は一定の確率で起こりうる事象ですが、その発生を防ぐ注意義務や、発生後に適切に対応する注意義務を怠っていれば、過失は別に問題になります。「合併症だから」で当然に免責されるわけではありません。 |
| 「同意書にサインしている」 | 同意は手術そのものへの承諾であって、手技上の過誤まで免責するものではありません。説明が不十分だった場合には、むしろ説明義務違反が別途問題になることもあります。 |
| 「もともとの病気・体質が原因(素因)」 | 素因による減額には限界があります。診療の対象そのものである病的状態は、素因減額の対象になりません。素因として考慮されるのは「疾患」であり、単なる身体的特徴は含まないと理解されています。 |
| 「避けられない結果だった」 | 本当に不可避だったかは、当時の医療水準に照らして検証すべき事柄です。協力医の意見や医学文献で、回避可能性を具体的に示せる場合があります。 |
これらの反論に「そういうものか」と引き下がってしまうと、本来認められるべき賠償が得られないことになりかねません。反論の当否は、あくまで記録と医学的根拠に基づいて検討します。
POINT 05請求できる損害と、知っておきたい注意点
手術ミスが認められた場合、請求できる損害の費目は、治療費・入通院や後遺症の慰謝料・後遺障害による逸失利益・死亡の場合の逸失利益と死亡慰謝料など、交通事故などと共通する部分があります。具体的な金額の考え方は、医療事故の慰謝料相場の記事で算定表とあわせて解説しています。ここでは、手術ミスなど医療事故に特有の注意点を2つだけ挙げます。
後遺障害の「等級認定機関」が存在しない
交通事故では自賠責保険による後遺障害等級の認定手続がありますが、医療事故にはこれに相当する公的な認定機関がありません。労災の等級表を参考にすることはありますが、等級を認定してくれる第三者機関や、決まった後遺障害診断書のひな形があるわけではない点に注意が必要です。
因果関係が完全には証明できないときの「相当程度の可能性」
過失がなければ確実に助かった(結果を避けられた)とまでは言い切れない事案でも、救命・回復の「相当程度の可能性」が失われた場合には、その可能性の侵害について損害賠償責任が認められることがあります(最判平成12年9月22日)。この考え方は死亡事案に限らず、重い後遺症が残った事案にも及ぶとされています(最判平成15年11月11日)。因果関係の立証が難しいからといって、すぐにあきらめる必要はありません。
時効に注意。手術ミスの損害賠償請求権には時効があり、時間が経つほど立証も難しくなります。「まだ様子を見てから」と待つうちに権利が消えてしまうこともあります。時効の起算点や期間は、医療過誤の時効の記事をご確認ください。
FAQよくあるご質問
手術がうまくいかなかったら、必ず手術ミスとして損害賠償できますか?
いいえ。悪い結果が出たことだけでは足りません。医師の行為が診療当時の医療水準からみて注意義務に違反していたこと(過失)と、その過失によって結果が生じたこと(因果関係)を立証できて、はじめて損害賠償が認められます。手術は身体への侵襲を伴い、確実な結果が保障されているわけではないためです。
手術の同意書にサインしていても、損害賠償を請求できますか?
請求できる場合があります。同意書は手術を受けること自体への承諾であって、執刀中の手技の誤りや術後管理の過誤まで免責するものではありません。むしろ説明が不十分だった場合には、説明義務違反が別に問題になることもあります。
手術ミスかどうかは、どうやって調べればよいですか?
まずカルテ開示を請求し、手術記録・麻酔記録・看護記録・検査結果などを入手します。これらを時系列で精査し、その場面で医師に求められた注意義務が尽くされたかを、同じ分野の協力医の意見も踏まえて検討します。記録が改変されるおそれがあるときは証拠保全を検討します。
手術ミスの損害賠償には、どのくらいの期間がかかりますか?
事案によりますが、裁判になった場合の医事関係訴訟の平均審理期間は、最高裁の統計で約24か月(令和7年24.1か月)とされ、通常の民事訴訟の約2.7倍です。一方で、実際には判決まで行かず和解で解決する割合が約5割を占めています。示談交渉やADRで、より早く解決できる場合もあります。
「合併症だから仕方ない」と病院に言われました。あきらめるしかないですか?
あきらめる必要はありません。合併症は一定の確率で起こりうる事象ですが、その発生を防ぐ注意義務や、発生後に適切に対応する注意義務を怠っていれば、過失は別に問題になります。合併症であることが、当然に病院を免責するわけではありません。記録と医学的根拠に基づいて検討する価値があります。
もともとの病気が重かった場合、賠償は減らされてしまいますか?
素因による減額には限界があります。診療の対象そのものである病的状態は、素因減額の対象になりません。素因として考慮されるのは「疾患」であり、単なる身体的特徴は含まないと理解されています。「もともと重症だったから」という理由だけで、当然に賠償が大きく減るわけではありません。
手術ミスを理由に損害賠償を請求できる期限(時効)はありますか?
あります。損害賠償請求権には消滅時効があり、期間が経過すると請求できなくなります。時間の経過は立証の面でも不利に働きます。起算点や具体的な期間は事案によって異なるため、早めに弁護士に確認することをおすすめします。
手術で家族が亡くなりました。因果関係が証明できないと言われそうで不安です。
因果関係の証明は「高度の蓋然性」(おおむね80%程度の心証)で足り、100%の科学的証明までは求められません。仮に完全には証明できない場合でも、救命の「相当程度の可能性」が失われたとして損害賠償が認められることがあります。まずは記録を確保し、可能性を検討することが大切です。
手術ミスかもしれない、と感じたら
「これは手術ミスなのか」を見極めるだけでも、最初の一歩になります。カルテの確保には期限があり、早いほど選択肢が広がります。お電話・メール・LINEのいずれでも、まずはお気軽にご相談ください。
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監修:難波みなみ法律事務所 代表弁護士 南 宜孝(大阪弁護士会・登録番号 49544/中小企業診断士)。大阪市中央区西心斎橋2-4-3 難波御堂筋ビル403。初回相談30分無料。本記事は一般的な解説であり、個別の事案の結論を保証するものではありません。




