個人事業主・フリーランスの休業損害は、給与所得者と考え方が違います。「売上」ではなく確定申告の所得を出発点に、青色申告特別控除・専従者給与・固定費を足し戻して計算するのが実務です。基礎収入の作り方、2つの算定方法、赤字や過少申告のときの対応まで、被害者側の視点で解説します。
Q. 基礎収入は「売上」で計算するのですか?
A. いいえ。原則は確定申告の「所得金額」です。そこへ青色申告特別控除額・専従者給与・休業中も出ていく固定費を足し戻して基礎収入を作ります。
Q. 赤字だと休業損害はゼロですか?
A. 言い切れません。控除や固定費を足し戻してもなお赤字なら認められにくい傾向ですが、事故前後の所得を比較して減収分を請求できる場合があります。
Q. 申告額が実際より低いのですが、実収入で請求できますか?
A. 裏づけがあれば実収入をもとにできる余地はありますが、裁判所は簡単には認めず、控えめな金額にとどまりがちです。申告の見直しなど早めの備えが重要です。
給与所得者と自営業では、どこが違うのか
給与所得者は勤務先が作る休業損害証明書で「休んだ日数」と「減った給与」を証明します。これに対し自営業(事業所得者)は、欠勤という概念がなく、収入は事業全体で上下します。そのため確定申告の数字を出発点に、休業と収入減のつながりを自分で組み立てて立証する必要があります。ここが最初のハードルです。
基礎収入は「所得金額」に足し戻して計算する
原則は事故前(通常は前年)の申告所得額を基礎にします。ただし申告所得そのままではなく、次の費目を足し戻します。いずれも「実際にお金が出ていない」または「休業中も出ていく」ため、申告所得額に加算する必要があるからです。
| 足し戻す費目 | 理由 |
|---|---|
| 青色申告特別控除額 | 実際の支出を伴わない会計上の控除だから |
| 専従者給与(配偶者等) | 家族専従者の労働も事業の稼働に含まれるため(後述の寄与率で調整) |
| 固定費(家賃・リース・保険料・減価償却・駐車場等) | 休んでいる間も払い続けるしかない、事業を続けるための費用だから(事業を再開・継続する場合) |
休業損害 = 基礎収入 ÷ 365 × 休業日数
社会保険料・所得税・住民税は、基礎収入から差し引きません。固定費の加算は、事業を再開・継続する前提のときです(後述)。
家族が手伝っているときの「寄与率」
配偶者などの家族(専従者)が事業を手伝っている場合、事業全体の所得のうちケガをした本人の稼働で生み出された分だけが休業損害の基礎になります。そこで、いったん専従者給与を足し戻して事業全体の所得を出したうえで、本人の稼働割合=「寄与率」を乗じて本人分に戻します。専従者給与を足したままにすると、家族の働き分まで含めて過大になってしまうため、この調整が欠かせません。寄与率は、事故前後の営業状況・本人の仕事内容・業種・家族の関与の程度などから個別に判断します(本人ひとりで営む事業なら100%です)。開業医・弁護士・作家のように収入がほぼ本人の技量による自由業では、多少家族の手伝いがあっても100%とされます。
計算方法は2つ。事案で使い分ける
① 事故前後の所得を比較する方法
事故前年の所得と事故当年の所得の差額を、そのまま休業損害と捉える方法です。廃業に至らず営業を続けたケースで、減収がはっきり出るときに向きます。
本人ひとりで営む事業(寄与率100%)を想定します。足し戻したあとの基礎収入が、事故前年は年600万円、事故当年は年270万円だったとしましょう。
| 足し戻し後の基礎収入 | |
|---|---|
| 事故前年 | 600万円 |
| 事故当年 | 270万円 |
| 休業損害(差額) | 330万円 |
数値はすべて説明のための架空の例です。配偶者などの専従者が手伝っている事業では、上の差額にさらに本人の寄与率を掛けて本人分に戻します。
② 事故前の所得をもとに算出する方法
確定申告書の入手が先になる場合や、休業期間と申告対象期間がずれる場合に用います。事故前の基礎収入から日額を出し、相当な休業日数を掛けます。先ほど解説したように親族等が事業を手伝っている場合には、寄与率を考慮することで本人の収入額を算出することになります。
固定費を「加算できる場合」と「できない場合」
必要経費は、売上に応じて増減する変動費と、売上が止まっても出ていく固定費に分けられます。固定費(家賃・リース・保険料など)は差し引かずに基礎収入へ含めるのが、いまの実務の主流です。含められるのは、事業を続けるために、休んでいる間も払い続けるしかなかったからです。逆に、もう事業を再開する見込みがなくなった後の固定費は含められません(やめてしまえば要らない費用だからです)。再開の見込みがあるかどうかで、含められる期間が区切られます。
ただし、被害者にも損害の拡大を防ぐ努力(損害拡大防止義務)が求められます。休業が長引くと分かった場合は、賃貸借契約の一部解約や従業員の休職や解雇など、固定費の支出を抑える工夫をしていたかも見られます。青天井で加算されるわけではありません。
申告額と実収入がずれているとき
「本当はもっと稼いでいた(経費を多めに計上して申告していた)」というケースはよくあります。しかし、申告より実際は多く稼いでいた、という主張を、裁判所は簡単には受け入れません。証言だけではなかなか通らないのが実情です。裏づけがあれば実収入をもとにできる余地はありますが、認められても控えめな金額にとどまりがちで、申告所得の一定割合で計算される例も多くあります。心当たりがあれば、早めに申告の見直しや資料の整備を検討してください。
赤字・開業直後・無申告のとき
事故前年が赤字でも、青色申告特別控除・専従者給与・固定費を足し戻すことで、基礎収入がプラスになれば休業損害が認められる可能性があります。他方で、足し戻してもなおマイナスなら、休業損害は認められにくい傾向です。もっとも、事故前後の所得を比較する方法で赤字の「増加分」を請求できる場合や、開業直後・無申告で申告所得による立証が難しい場合に、賃金センサス(平均賃金)を手掛かりに算定することもあります。いずれも個別性が強く、資料の作り込みが結果を左右します。
用意する書類
- 確定申告書(税務署の受受印がある控え。e-Taxなら受信通知)
- 収支内訳書(白色申告)または 青色申告決算書(青色申告)
- 事故前年分の資料(就労の実態を示すため。取引先の受注記録・帳簿等)
- 休業の裏づけ(キャンセル・受注減の記録、取引先の証明など)
自賠責基準と弁護士基準の差
自賠責(最低限の補償)では、休業損害は原則1日6,100円、収入減を立証できれば1日19,000円を上限に増額されます。ただし自賠責の傷害部分は治療費・慰謝料等を含めて総額120万円が上限です。実際の減収がこれを超えるなら、加害者の任意保険や訴訟で弁護士基準による回収を目指すことになります。
よくある質問
休業損害の「所得」は、確定申告書のどの数字を使いますか?
売上ではなく「所得金額」です。そこへ青色申告特別控除額・専従者給与・固定費を足し戻して基礎収入を作ります。
まだ開業して間もなく、前年の申告がありません。どう計算しますか?
申告所得での立証が難しいため、事故前後の受注・売上記録や、賃金センサス(平均賃金)を手掛かりに算定する方法が検討されます。資料の作り込みが重要です。
固定費は必ず加算してもらえますか?
いいえ。事業を再開・継続する前提で、休んでいる間も払い続けるしかなかった費用に限られます。再開の見込みがなくなった後の固定費は含められません。
家族に払っている専従者給与はどう扱われますか?
いったん事業全体の所得に足し戻したうえで、ケガをした本人の稼働割合=「寄与率」を掛けて本人分に戻します。足し戻したままだと家族の働き分まで含めて過大になるため、この調整をします。寄与率は事故前後の営業状況や本人の仕事内容などで個別に判断します。
自賠責の120万円を超えそうです。どうすればよいですか?
自賠責の傷害部分は総額120万円が上限です。実損がこれを超えるなら、任意保険や訴訟で弁護士基準による回収を目指します。着手金無料でご相談いただけます。
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