Q. 脳性麻痺のとき、産科医療補償制度の補償と損害賠償の両方を受けられますか?
産科医療補償制度は過失の有無を問わず支払われる無過失補償で、分娩機関への損害賠償請求とは両立しえます。ただし、分娩機関に賠償責任があると認められる場合は、すでに支払われた補償金は損害賠償に充当され、同じ損害を二重には受け取れません(調整されます)。
Q. 補償の対象にならなかった、あるいは古い出生でも救済はありますか?
2025年1月に始まった産科医療特別給付事業があります。かつての「個別審査」で対象外とされた児のうち、現在の基準に相当する場合に、1,200万円の特別給付金が支給されます(平成21年〜令和3年に出生した児が対象)。
Q. まず何をすべきですか?
賠償を視野に入れるなら、CTGやカルテなどの記録を証拠保全で確保することが最優先です。補償制度の申請と、賠償の検討は並行して進められます。時効もあるため早めにご相談ください。
「お産のあと、赤ちゃんに脳性麻痺の診断がついた」「産科医療補償制度から補償を受けたが、これで終わりなのか、病院の責任は問えないのか」――重い障害を前に、制度と損害賠償の関係がわからず戸惑う方は少なくありません。産科医療補償制度は、分娩に関連して重度の脳性麻痺が生じた赤ちゃんとご家族を支える大切な仕組みですが、補償金を受け取ることと、分娩機関に損害賠償を求めることは、別の話です。この記事では、脳性麻痺と産科医療補償制度の関係、2025年に始まった特別給付事業、そして補償と損害賠償の調整や、賠償で請求できるものを、患者・家族側の立場から弁護士が解説します。
産科医療補償制度とは
産科医療補償制度は、分娩に関連して重度の脳性麻痺が発症した場合に、赤ちゃんとご家族の経済的な負担を速やかに補償し、あわせて原因分析と再発防止を進めることを目的とした制度です(運営は日本医療機能評価機構)。分娩機関が加入し、掛金を負担します。医療機関に過失があったかどうかを問わない「無過失補償」である点が最大の特徴で、原因が分娩時の医療にあるかどうかにかかわらず、要件を満たせば補償されます。
ここでいう「重度の脳性麻痺」とは、身体障害者福祉法の障害程度等級で1級または2級に相当する脳性麻痺をいいます。対象となるかどうかは、出生の時期・在胎週数・出生体重などの基準で判断されます。2022年1月1日以降に生まれた赤ちゃんの補償対象基準は、次のとおりです。
| 区分 | 2022年1月1日以降に出生した場合の基準 |
|---|---|
| 在胎週数 | 在胎週数28週以上であること。2021年12月末で「個別審査」が廃止され、2022年1月以降に出生した場合は在胎28週以上が基準となりました(2021年以前に出生した場合は、出生体重や在胎週数の基準が異なります)。 |
| 重症度 | 身体障害者手帳の1級または2級に相当する、重度の脳性麻痺であること。 |
| 除外されるもの | 児の先天性の要因(広範な脳の奇形、染色体異常、遺伝子異常、先天性代謝異常など)や未熟性、新生児期の要因による脳性麻痺。ただし先天性疾患があっても、それが重い運動障害の主な原因でなければ対象となりうる。 |
2022年の改定では、それまで一部の事案で行われていた「個別審査」が廃止され、在胎週数28週以上であれば対象となる基準に整理されました。これにより、より多くの赤ちゃんが対象に含まれるようになっています。補償の内容は、看護・介護のための資金として、次のように定められています。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 補償総額 | 3,000万円 |
| 内訳 | 準備一時金600万円+分割金の総額2,400万円 |
| 分割金の支払方法 | 20年間にわたり、毎年120万円を支給 |
| 掛金(分娩機関の負担) | お産1件あたり1万2千円(改定前は1万6千円) |
補償の申請には、所定の診断基準や書類が必要で、原則として満1歳の誕生日から5歳の誕生日までの間に申請します(重症の場合は生後6か月から申請できます)。補償の対象になったかどうかと、分娩機関に損害賠償責任があるかどうかは、別々に判断されます。補償を受けたからといって、病院の責任を追及できなくなるわけではありません。
【2025年開始】産科医療特別給付事業
2022年の基準改定より前に生まれた赤ちゃんの中には、当時の「個別審査」で補償の対象外とされたものの、現在の基準であれば対象になったはずのケースが少なくありませんでした。この不公平を埋めるために、2025年1月に「産科医療特別給付事業」が創設されました。過去に個別審査で対象外とされた児のうち、現在の基準に相当すると認定された場合に、特別給付金が支給されます。
| 項目 | 産科医療補償制度(通常) | 産科医療特別給付事業(2025年〜) |
|---|---|---|
| 対象 | 基準を満たす重度脳性麻痺の児 | 平成21年1月〜令和3年末に出生し、当時の個別審査の対象で、現在の基準に相当すると認定された児 |
| 給付額 | 総額3,000万円(一時金+20年分割) | 1,200万円(一括) |
| 申請期間 | 原則1歳〜5歳の誕生日まで | 2025年1月10日〜2029年12月31日 |
お子さんがすでに大きくなっていて、「昔、補償の対象にならなかった」というご家庭でも、この特別給付の対象になる可能性があります。申請には期限があるため、心当たりがある場合は、早めに制度の窓口や専門家に確認することをおすすめします。
脳性麻痺の原因と「分娩との因果」
脳性麻痺とは、受胎から新生児期までの間に生じた脳の損傷によって、姿勢や運動に持続的な障害が残る状態をいいます。損傷そのものは進行しませんが、症状は生涯にわたって続きます。ここで大切なのは、脳性麻痺の原因が一つではないということです。かつては分娩時の低酸素(いわゆる「お産のときの酸素不足」)が主な原因と考えられていましたが、近年は、分娩のときに生じた低酸素が原因とされるのは全体の一部にとどまるとの知見が有力になっています。
実際には、出生前の要因(子宮内の感染、胎盤や臍帯の異常、胎児自身の要因、遺伝的な要因など)が関わることも多く、複数の要因が重なっている場合もあります。そのため、損害賠償を考えるうえでは、「分娩の対応が適切であれば障害を避けられたか」という因果関係の検討が、大きな山場になります。
分娩時の低酸素が脳性麻痺の原因かどうかを判断する手がかりとして、米国の産科・小児科の学会が示した診断基準(重い酸血症などの所見を求めるもの)が参照されることがあります。もっとも、裁判所はこの基準を機械的に当てはめるのではなく、ほかの所見もあわせて、分娩時の低酸素が原因として合理的に説明できるかを法的に評価します。CTG(胎児心拍数モニタリング)に異常が出ていても、それが必ず脳性麻痺に直結するわけではありません。
因果関係が完全には証明しきれない場合でも、適切な医療が行われていれば救えた「相当程度の可能性」があったといえるときには、その限度で損害賠償が認められることがあります(最高裁平成12年9月22日判決)。分娩監視やCTGの見落としそのものについては、分娩監視義務違反・CTGの見落としの記事でくわしく解説しています。
補償金と損害賠償は両立するか
ご相談でよくあるのが、「補償金を受け取ったら、もう病院に損害賠償は請求できないのか」という疑問です。結論として、補償金の受給と損害賠償請求は両立しえます。産科医療補償制度は過失を前提としない無過失補償であり、分娩機関の法的責任とは切り離して支払われるからです。制度は、補償金を受け取るにあたって損害賠償請求権の放棄を求めていません。そのため、補償を受けた児・家族はもちろん、補償の対象にならなかった児・家族も、損害賠償を求めることができます(補償を受けたうえで賠償を求めた例として福島地裁平成25年9月17日判決、補償の対象にならなかったケースで賠償を求めた例として高知地裁平成28年12月9日判決)。
ただし、両方を「まるまる二重に」受け取れるわけではありません。分娩機関に損害賠償責任があると認められる場合、すでに支払われた補償金は、同じ損害(主に看護・介護の費用)の填補として、損害賠償額から差し引かれます(調整・控除)。裁判でも、損害賠償額を算定するにあたって、既に支払われた補償金を損益相殺として控除した例があります(大阪高裁令和3年12月16日判決)。整理すると次のとおりです。
| 観点 | 産科医療補償制度の補償金 | 損害賠償 |
|---|---|---|
| 性質 | 過失を問わない無過失補償 | 分娩機関の過失と因果関係を前提とする責任 |
| 受け取れる場面 | 基準を満たせば、過失がなくても受け取れる | 過失・因果関係が認められた場合に受け取れる |
| 両者の関係 | 両立しうるが、賠償責任がある場合は補償金が損害賠償に充当され、同じ損害を二重には受け取れない(調整・控除)。 | |
言いかえれば、損害賠償で認められる金額が補償金を上回る場合には、その差額を賠償として追加で受け取れる可能性があるということです。重度の脳性麻痺では、将来の介護費など損害が大きくなりやすく、補償金だけでは足りないことも少なくありません。だからこそ、補償を受けたあとでも、賠償の可否を検討する意味があります。
損害賠償で請求できるもの
分娩機関の過失と因果関係が認められた場合、損害賠償として請求できる主な項目は次のとおりです。重度の脳性麻痺では、生涯にわたる介護や、将来得られたはずの収入など、金額が大きくなりやすいのが特徴です。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 将来介護費 | 生涯にわたる介護に必要な費用。職業介護(ヘルパー等)と近親者による介護のいずれか・組み合わせで算定する。障害の程度や介護の実態に応じて金額が大きく変わる。 |
| 逸失利益 | 障害がなければ将来得られたはずの収入。就労前の子どもでも、賃金の統計などを用いて算定する。労働能力を全部失ったと評価される場合がある。 |
| 器具・装具費、住宅・車両の改造費 | 車いす・装具などの購入・買替え費用、バリアフリー化のための住宅改造費、介護用車両の費用など。 |
| 治療費・通院関係費 | 入通院にかかった費用、付添費、通院交通費など。 |
| 慰謝料 | 本人の精神的損害に対する慰謝料のほか、近親者(両親など)固有の慰謝料が認められる場合がある。 |
それぞれの金額は、障害の重さ、介護の体制、地域の実情などによって大きく異なるため、一律の相場を示すことはできません。実際の算定では、医学的な資料や介護の実態をもとに、一つひとつ積み上げていくことになります。損害項目の考え方は、後遺症・後遺障害と逸失利益の記事もあわせてご覧ください。
立証と、まずすべきこと
脳性麻痺の事案で賠償を検討するときは、「分娩の対応に過失があったか」と「その過失と障害との因果関係があるか」を、記録に基づいて丁寧に検討する必要があります。出発点は、やはり記録の確保です。
CTG(胎児心拍数モニタリング)の記録は、分娩中の胎児の状態と医療者の対応を、あとから客観的に検証できる中心的な資料です。産科は小規模な個人医院も多く、記録の内容しだいで結論が左右されるため、実務では、カルテ開示を待つよりも、裁判所を通じてその場で記録を保全する「証拠保全」(民事訴訟法234条)を第一に検討します。手順は証拠収集・カルテ開示の記事にまとめています。
補償の対象になると、原因分析委員会が「原因分析報告書」を作成します。分娩の経過を検証する重要な資料ですが、近年は記載が慎重になる傾向があり、報告書だけで賠償の見通しを立てるのは難しくなっています。裁判でも、原因分析報告書や再発防止のための報告書は、再発防止に向けた検証・提言であって、それだけで医師の過失を裏付けるものではないと位置づけた例があります(名古屋高裁令和3年2月18日判決)。報告書は手がかりの一つとして扱い、CTGやカルテなど記録全体とあわせて評価します。
確保した記録を、産科にくわしい協力医とともに精査し、分娩の監視や対応が適切だったか、適切に対応していれば障害を避けられたか(因果関係)を検討します。そのうえで、補償金との調整も踏まえて、賠償を求める意味があるかを判断します。
産科医療補償制度は、ご家族の生活を早く支えるという点でとても意義のある仕組みです。一方で、補償金だけでは将来の介護費をまかないきれないことも多く、「制度があるから賠償はあきらめる」と考える必要はありません。産科では、CTGの内容で結論が大きく左右されるうえ、小規模な医院も多いため、私たちは証拠保全を第一の選択肢として考えます。当事務所には元裁判官の弁護士が在籍し、看護を学んだ協力弁護士とも連携して、記録から過失と因果、そして補償金との調整をどう組み立てるかの見立てをお伝えできます。
よくある質問(FAQ)
補償金を受け取ると、病院に損害賠償を請求できなくなりますか?
いいえ。産科医療補償制度は過失を問わない無過失補償で、損害賠償とは切り離して支払われます。補償を受けたことだけを理由に賠償請求ができなくなることはありません。ただし賠償責任が認められる場合は、すでに受け取った補償金が損害賠償に充当され、同じ損害を二重には受け取れません。
補償金と損害賠償は、両方まるまる受け取れますか?
まるまる二重には受け取れません。分娩機関に賠償責任がある場合、支払われた補償金は同じ損害の填補として損害賠償額から差し引かれます。もっとも、賠償で認められる額が補償金を上回るときは、その差額を追加で受け取れる可能性があります。
産科医療補償制度の補償額はいくらですか?
補償対象と認定されると、総額3,000万円が支払われます。内訳は準備一時金600万円と、分割金の総額2,400万円(20年間、毎年120万円)です。看護・介護のための補償として定められています。
昔、補償の対象になりませんでした。いまからでも救済はありますか?
2025年1月に始まった産科医療特別給付事業があります。かつての個別審査で対象外とされた児のうち、現在の基準に相当すると認定された場合に、1,200万円の特別給付金が支給されます。対象は平成21年1月から令和3年末までに出生した児で、申請期間は2029年12月31日までです。
脳性麻痺は、お産のときの問題が原因といえますか?
必ずしもそうとは限りません。近年は、脳性麻痺のうち分娩時の低酸素が原因とされるのは一部にとどまるとの知見が有力で、出生前の要因も多く関わります。分娩時の低酸素が原因かどうかは、学会の診断基準なども手がかりに、ほかの所見とあわせて総合的に検討されます。
損害賠償では、どんなものを請求できますか?
主に、将来介護費、逸失利益(将来得られたはずの収入)、器具・装具費や住宅・車両の改造費、治療費・通院関係費、本人と近親者の慰謝料です。重度の脳性麻痺では介護費や逸失利益が大きくなりやすく、金額は障害の程度や介護の実態によって大きく異なります。
原因分析報告書があれば、賠償の見通しは立ちますか?
報告書は分娩経過を検証した重要な資料ですが、近年は記載が慎重になる傾向があり、報告書だけで賠償の見通しを立てるのは難しくなっています。報告書は手がかりの一つとして扱い、CTGやカルテなど記録全体とあわせて、協力医とともに評価します。
まず何をすべきですか?
CTGやカルテなどの記録が失われたり書き換えられたりしないうちに確保することが最優先です。産科では、カルテ開示より先に証拠保全を第一に検討します。補償制度の申請と賠償の検討は並行できます。時効もあるため、早めに弁護士へご相談ください。
脳性麻痺・お産の事故でお悩みの方へ
補償を受けても、将来の介護費まではまかないきれないことがあります。補償金と損害賠償の調整も踏まえ、初回無料で、賠償の可能性と見通しをお伝えします。まずはCTG・カルテの証拠保全が第一歩です。大阪・なんばの弁護士が、お電話・メール・LINEで承ります。
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監修:難波みなみ法律事務所 代表弁護士 南 宜孝(大阪弁護士会・登録番号 49544/中小企業診断士)。大阪市中央区西心斎橋2-4-3 難波御堂筋ビル403。初回相談30分無料。本記事は一般的な解説であり、個別の事案の結論を保証するものではありません。産科医療補償制度・特別給付事業の要件や補償金と損害賠償の調整は、個別の事情や制度改定により異なる場合があります。






