Q. 肩甲難産で、損害賠償を請求できますか?
危険因子があるのに分娩方針の検討や説明を怠った、クリステレル(子宮底圧迫)や過度の頭部の牽引で腕神経叢麻痺を招いた、適切な解除の手技をとらなかったといった注意義務違反があり、適切に対応していれば結果を避けられた(因果関係)といえる場合には、損害賠償が認められることがあります。
Q. 腕神経叢麻痺(エルブ麻痺)は産科医療補償制度で救われますか?
いいえ。産科医療補償制度は「重度の脳性麻痺」が対象で、腕神経叢麻痺は脳性麻痺ではないため対象外です。そのため、腕神経叢麻痺のケースでは損害賠償が主な救済手段になります。
Q. まず何をすべきですか?
カルテ・分娩経過やCTG(胎児心拍数モニタリング)の記録を証拠保全で確保することが最優先です。どの手技を、どの順で行ったかが立証の鍵になります。早めに弁護士へご相談ください。
「赤ちゃんの頭は出たのに肩がなかなか出ず、生まれたあと片方の腕が動かない」「巨大児といわれていたのに、そのまま普通のお産を続けて障害が残った」――肩甲難産(けんこうなんざん)は、赤ちゃんの頭が出たあとに肩が引っかかって娩出が難しくなる、分娩時の緊急事態です。対応の仕方によっては、赤ちゃんの腕の神経の麻痺(腕神経叢麻痺)や骨折、酸素不足による重い障害につながることがあります。この記事では、肩甲難産で、どのような場合に損害賠償が認められるのか、過失が問われる場面と立証のポイント、そして補償制度との関係を、患者・家族側の立場から弁護士が解説します。
肩甲難産とは・どんな被害が生じるか
肩甲難産とは、赤ちゃんの頭が出たあと、前側の肩がお母さんの恥骨(骨盤の前の骨)の裏に引っかかり、通常の方法では肩が出せなくなる状態をいいます。多くは予測が難しく、短時間での適切な対応が必要になる緊急事態です。概要は次のとおりです。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| どのくらい起こるか | 経腟分娩のおおむね0.2〜3%程度とされます。多くは危険因子のない出産でも起こり、事前の予測は難しいとされています。 |
| 主なリスク要因 | 巨大児(出生体重4,000g以上)、母体の糖尿病・妊娠糖尿病、肩まわりが頭に比べて大きい、過去の肩甲難産、遷延分娩、吸引・鉗子分娩、母体の肥満など。 |
| 赤ちゃんへの被害 | 腕の神経の麻痺(腕神経叢麻痺=エルブ麻痺など)、鎖骨や上腕の骨折、娩出の遅れによる酸素不足(重症では脳性麻痺・死亡)。 |
| お母さんへの被害 | 会陰の裂傷、分娩後の出血など。 |
なぜ緊急で、難しいのか
肩甲難産が難しいのは、事前の予測がつきにくいうえ、起きたときには短時間での適切な対応が求められるからです。肩が出ないからといって、あわてて赤ちゃんの頭を強く引っぱったり、おなかを押したり(クリステレル)すると、かえって腕の神経を傷つけて麻痺を招いたり、骨折を起こしたりすることがあります。正しくは、お母さんの体位を変える(McRoberts〈マクロバーツ〉法)、恥骨の上を押す、赤ちゃんの後ろの腕を出す、といった決められた解除の手技を、順を追って落ち着いて行うことが求められます。娩出が遅れれば酸素不足のリスクも高まるため、対応の速さと正確さの両方が問われます。
肩甲難産では、赤ちゃんの腕の麻痺(腕神経叢麻痺)が最も多く問題になります。これは、肩を出そうとするときの力の加え方(過度の牽引など)と関係することがある一方、子宮の収縮による力で生じることもあるとされ、原因の見極めが争点になります。だからこそ、どの手技をどの順で行ったかの記録が重要です。
過失が問われる主な場面
肩甲難産で医療機関の過失が問われるのは、大きく次の場面です。
| 場面 | 内容の例 |
|---|---|
| ① 危険因子の評価・分娩方針 | 巨大児や糖尿病などの危険因子があるのに、分娩方法(帝王切開を含む)の検討や、リスクの説明を怠った。 |
| ② クリステレル・過度の牽引 | 肩甲難産が疑われる状況で、クリステレル(子宮底圧迫)を続けた、または赤ちゃんの頭を過度に牽引して、腕神経叢麻痺や骨折を招いた。 |
| ③ 解除手技の選択・実施の誤り | McRoberts法・恥骨上圧迫・後ろの腕の娩出などの適切な手技を、順を追って行わなかった。 |
| ④ 娩出の遅れ・帝王切開の遅れ | 児頭の下降が不十分なのに経腟分娩を続けた、娩出の遅れで酸素不足が進んでいるのに帝王切開などへの移行が遅れた。 |
| ⑤ 説明義務の不足 | 巨大児・糖尿病などのリスクや、分娩方法の選択肢について、事前に十分な説明がなかった。 |
どこまでの対応が求められるかは、診療当時の医療水準に照らして判断されます(最高裁平成7年6月9日判決)。実際の裁判でも、肩甲難産の危険因子や徴候がある場合には、医師は肩甲難産の発生を予測し、クリステレルを差し控えて十分な児頭の下降を待ち、下降が不十分なら帝王切開に移行すべき注意義務があるとした例があります(名古屋地裁平成18年6月30日判決)。一方で、巨大児であっても帝王切開をすべき義務までは認められないとして請求が退けられた例(大阪地裁令和2年3月13日判決)もあり、危険因子があれば必ず帝王切開が義務づけられるわけではありません。自院で対応が難しいときは、より高度な医療機関へ移す転送義務も問題になります。
もっとも、肩甲難産そのものは予測が難しく、適切に手技を行っても腕神経叢麻痺などが避けられないこともあります。「起きたこと」だけで過失になるわけではなく、危険因子の評価、手技の選択と順序、力の加え方、娩出までの経過に問題がなかったかを、記録に基づいて検討することが重要です。
腕神経叢麻痺と補償制度・損害賠償
産科の重い障害には産科医療補償制度という無過失補償の仕組みがありますが、この制度の対象は「重度の脳性麻痺」です。肩甲難産で最も多い腕神経叢麻痺(エルブ麻痺)は、脳性麻痺ではないため、補償制度の対象になりません。整理すると次のとおりです。
| 結果 | 産科医療補償制度 | 損害賠償(過失がある場合) |
|---|---|---|
| 腕神経叢麻痺・骨折 | 対象外(脳性麻痺ではないため) | 請求できる(賠償が主な救済手段になる) |
| 酸素不足による重度の脳性麻痺 | 要件を満たせば対象 | 請求できる(すでに受けた補償金は損害賠償に充当・控除される) |
| 赤ちゃんの死亡 | 対象外 | 請求できる |
つまり、腕神経叢麻痺や骨折、赤ちゃんが亡くなった場合には、補償制度は使えず、損害賠償が救済の中心になります。補償金と損害賠償の関係は脳性麻痺と産科医療補償制度の記事、後遺症が残った場合の損害は後遺症・後遺障害と逸失利益の記事もあわせてご覧ください。
因果関係(手技と麻痺の関係)
過失が疑われる場合でも、因果関係が争点になります。腕神経叢麻痺は、肩を出すときの過度の牽引などで生じることがある一方、子宮の収縮による力でも生じうるとされ、「手技が原因か」をめぐって争いになりやすいのが特徴です。適切な医療で結果を避けられたことが高い確からしさ(高度の蓋然性)で認められれば、発生した損害の賠償が認められます。仮に、それが認められなかったとしても、適切な医療で救えた「相当程度の可能性」があったといえるときには、その限度で損害賠償が認められることがあります(最高裁平成12年9月22日判決)。
立証と、まずすべきこと
肩甲難産の事案では、いつ・どの手技を・どの順で行い、どれだけ時間がかかったかを、記録に基づいて検討することが出発点です。
カルテ、分娩経過の記録、看護・助産記録、CTG(胎児心拍数モニタリング)の記録は、肩甲難産の発生と対応を検証する中心的な資料です。産科は小規模な医院も多く、記録の内容で結論が左右されるため、実務では、カルテ開示を待つよりも、裁判所を通じてその場で記録を保全する「証拠保全」(民事訴訟法234条)を第一に検討します。手順は証拠収集・カルテ開示の記事にまとめています。
児頭が出た時刻、肩が出た時刻、その間に行われた手技(McRoberts法・恥骨上圧迫・後ろの腕の娩出・クリステレルの有無など)、牽引の程度、帝王切開の検討などを、記録から突き合わせます。
確保した記録を、産科にくわしい協力医とともに精査し、危険因子の評価や手技が適切だったか、適切に対応していれば結果を避けられたか(因果関係)を検討します。
肩甲難産は「予測できない緊急事態で避けられなかった」と説明されがちです。しかし、分娩記録をたどると、巨大児や糖尿病といった危険因子の評価、クリステレルや牽引の有無、解除手技の順序に問題がなかったかが見えてくることがあります。腕神経叢麻痺は補償制度が使えず、損害賠償だけが向き合える手段になることも少なくありません。産科は記録の内容で結論が大きく変わるため、私たちは証拠保全を第一の選択肢として考えます。当事務所には元裁判官の弁護士が在籍し、看護を学んだ協力弁護士とも連携して、記録から過失と因果をどう組み立てるかの見立てをお伝えできます。
よくある質問(FAQ)
肩甲難産は予測できない緊急事態と聞きました。それでも賠償を請求できますか?
肩甲難産そのものの予測は難しいとされますが、問題になるのは危険因子の評価と、起きたときの対応です。巨大児や糖尿病などの危険因子があるのに検討・説明を怠った、クリステレルや過度の牽引で麻痺を招いた、適切な解除手技をとらなかった、といった注意義務違反があり、適切に対応していれば結果を避けられたといえる場合には、損害賠償が認められることがあります。
腕神経叢麻痺(エルブ麻痺)は産科医療補償制度の対象ですか?
対象外です。産科医療補償制度は重度の脳性麻痺を対象とする制度で、腕神経叢麻痺は脳性麻痺ではないため補償されません。そのため、腕神経叢麻痺のケースでは、過失があれば損害賠償が主な救済手段になります。
どんな場合に医療機関の過失が問われますか?
主に、①巨大児・糖尿病などの危険因子があるのに分娩方針の検討・説明を怠った場合、②クリステレルや過度の頭部の牽引で腕神経叢麻痺・骨折を招いた場合、③McRoberts法などの適切な解除手技を順に行わなかった場合、④娩出の遅れや帝王切開への移行が遅れた場合、⑤リスクの説明不足です。
巨大児といわれていました。帝王切開にすべきだったのでは?
巨大児や糖尿病などの危険因子がある場合、分娩方法として帝王切開を検討し、リスクを説明して選択の機会を与えるべきだったかが問題になります。ただし、推定体重には誤差があり、危険因子があれば必ず帝王切開が義務づけられるわけではありません。当時の状況と医療水準に照らして個別に判断されます。
「引っぱり方は問題なかった」と言われています。あきらめるべきですか?
あきらめる必要はありません。腕神経叢麻痺が牽引によるものか、子宮内の力によるものかは争点になりますが、分娩記録から、危険因子の評価や手技の順序、クリステレルの有無などを協力医とともに精査すると、問題点が見えてくることがあります。まずは記録を確保して検討することが大切です。
酸素不足で重い障害が残った場合はどうですか?
娩出の遅れによる酸素不足で重度の脳性麻痺に至った場合は、産科医療補償制度の対象になりうるほか、過失があれば損害賠償も請求できます。赤ちゃんが亡くなった場合は補償制度の対象外で、損害賠償が主な救済手段になります。
まず何をすればよいですか?
カルテ・分娩記録・CTG(胎児心拍数モニタリング)などが失われたり書き換えられたりしないうちに確保することが最優先です。産科では、カルテ開示より先に証拠保全を第一に検討します。時効もあるため、早めに弁護士へご相談ください。
相談のとき、何を準備すればよいですか?
お手元にある母子健康手帳、出生時の体重がわかる資料、診療明細、退院時の説明書面、ご記憶にある経過のメモなどがあると役立ちます。記録がそろっていなくても、まずはご相談ください。必要な記録の確保からお手伝いします。
肩甲難産の被害でお悩みの方へ
「予測できない緊急事態だった」と言われても、分娩記録やCTGは客観的な証拠として検証できます。腕神経叢麻痺は補償制度が使えず、損害賠償だけが向き合える手段になることもあります。初回無料で、過失の可能性と見通しをお伝えします。大阪・なんばの弁護士が、お電話・メール・LINEで承ります。
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監修:難波みなみ法律事務所 代表弁護士 南 宜孝(大阪弁護士会・登録番号 49544/中小企業診断士)。大阪市中央区西心斎橋2-4-3 難波御堂筋ビル403。初回相談30分無料。本記事は一般的な解説であり、個別の事案の結論を保証するものではありません。手技の適否や医療水準の評価、因果関係の判断は、個別の事情により異なります。





