Q. 吸引分娩・鉗子分娩の事故で、損害賠償を請求できますか?
適応や実施の条件を満たさないのに器械分娩を行った、児頭の位置を確かめず過度に牽引した、切り替えるべきなのに吸引に固執した、娩出後の頭の出血を見逃したといった注意義務違反があり、適切に対応していれば結果を避けられた(因果関係)といえる場合には、損害賠償が認められることがあります。
Q. どんな被害が問題になりますか?
赤ちゃんの頭の出血(頭血腫、重篤な帽状腱膜下血腫、頭蓋内出血)、それによる脳への障害や死亡などです。鉗子では顔面の神経の損傷などもあります。
Q. まず何をすべきですか?
カルテ・分娩記録・CTG(胎児心拍数モニタリング)や新生児の記録を早期に確保することが重要です。いつ・どの条件で・何回・何分牽引したかが立証の鍵になります。早めに弁護士へご相談ください。
「吸引や鉗子で引っぱって生まれたあと、赤ちゃんの頭に出血が見つかった」「もっと早く帝王切開にしてくれていれば」――吸引分娩・鉗子分娩(器械分娩)は、お産を早く終わらせる必要があるときに行われる医療行為で、多くは安全に行われますが、適応や手技を誤ると、赤ちゃんの頭に重い障害を残すことがあります。この記事では、吸引分娩・鉗子分娩の事故で、どのような場合に損害賠償が認められるのか、過失が問われる場面と立証のポイント、そして補償制度との関係を、患者・家族側の立場から弁護士が解説します。
吸引分娩・鉗子分娩とは
吸引分娩・鉗子分娩は、赤ちゃんの頭に器具(吸引カップまたは鉗子)をあてて引き出し、分娩を助ける方法で、「器械分娩」と呼ばれます。お産を早く終わらせる必要がある場面で行われますが、行うためには一定の条件を満たしている必要があります。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 主な適応 | 分娩第2期(子宮口が全開大したあと)が長引いている、胎児の状態が心配(胎児機能不全の疑い)、母体の状態からお産を早く終える必要がある、など。 |
| 実施の条件 | 破水している、赤ちゃんが頭を下にしている(頭位)、赤ちゃんが十分に育っている、赤ちゃんの頭が一定以上下がっている(適位)、いつでも帝王切開に移れる体制がある、など。 |
| 牽引の目安 | 吸引分娩では、総牽引時間が20分、または総牽引回数が5回(すべり抜け=滑脱を含む)に達しても生まれないときは、鉗子分娩または帝王切開に切り替えることとされています(産婦人科の診療ガイドライン)。 |
どんな合併症・被害が生じるか
器械分娩では、赤ちゃんの頭に力が加わるため、頭の出血などの合併症が起こることがあります。とくに帽状腱膜下血腫は重篤で、命に関わることもあります。
| 合併症 | 内容 |
|---|---|
| 頭血腫 | 頭の骨の外側にできる出血によるこぶ。多くは自然に吸収されるが、吸引分娩では自然のお産より頻度が高い。 |
| 帽状腱膜下血腫 | 頭皮の下の広い空間に出血が広がるもの。大量の出血,重症化,新生児死亡につながることがある重篤な合併症で、娨出後の早期発見・対応が重要。 |
| 頭蓋内出血 | 頭の中の出血。脳への障害(脳性麻痺など)や死亡につながることがある。 |
| 鉗子による損傷 | 頭や顔の皮膚の傷、顔面の神経の麻痺など。 |
器械分娩で生まれた赤ちゃんは、しばらく十分な監視のもとに置き、頭の出血(とくに帽状腱膜下血腫)の有無を注意深く観察する必要があります。顔色が悪い(チアノーゼ)、元気がない、頭が腫れてくるなどの異常があれば、速やかに医師が対応すべきとされています。
過失が問われる主な場面
吸引分娩・鉗子分娩で医療機関の過失が問われるのは、大きく次の場面です。
| 場面 | 内容の例 |
|---|---|
| ① 適応・実施条件を満たさない実施 | 赤ちゃんの頭が十分に下がっていない(適位でない)のに器械分娩を行った、児頭の位置を十分に確かめないまま実施した。 |
| ② 牽引時間・回数の超過 | 吸引の総牽引時間20分・回数5回の目安を超えても吸引に固執し、鉗子や帝王切開への切り替えが遅れた。 |
| ③ 過度の牽引・クリステレル併用 | 過度の力で牽引した、子宮底を強く押すクリステレルを不適切に併用して、赤ちゃんの頭に過大な力を加えた。 |
| ④ 娩出後の観察・対応の遅れ | 帽状腱膜下血腫や頭蓋内出血の兆候があるのに、観察・検査・治療が遅れた、助産師から医師への報告が遅れた。 |
| ⑤ 説明義務の不足 | 器械分娩を行うことや、そのリスク、帝王切開などの選択肢について、十分な説明がなかった。 |
どこまでの対応が求められるかは、診療当時の医療水準に照らして判断されます(最高裁平成7年6月9日判決)。実際の裁判でも、医師が適応を十分に検討しないまま吸引・鉗子分娩やクリステレル胎児圧出法を行い、赤ちゃんに過重な力を加えた点に過失を認めた例があります(山口地裁平成27年7月8日判決)。また、吸引分娩に固執して長時間・多数回にわたり反復し、鉗子分娩や帝王切開への移行を怠ったために赤ちゃんが仮死状態で生まれて亡くなった事例でも、医療機関の過失が認められています(名古屋高裁平成14年2月14日判決)。
もっとも、器械分娩は正当な適応で行われることも多く、器械分娩をしたこと自体で過失になるわけではありません。適応・実施条件を満たしていたか、牽引の時間や回数、切り替えの判断、娩出後の観察に問題がなかったかを、記録に基づいて検討することが重要です。実際、吸引分娩がうまくいかずに帝王切開へ切り替えた判断自体には過失がないとして、損害賠償請求が認められなかった裁判例もあります(東京高裁平成21年5月13日判決)。
とくに帝王切開を希望していたのに医療機関が経腟分娩(吸引・鉗子分娩を含む)を勧める場合には、説明義務も問題になります。最高裁は、胎児の推定体重や胎位など分娩方法の選択に重要な事項、経腟分娩を勧める理由、そして緊急時に帝王切開へ移るには一定の時間がかかり間に合わないことがあることまで具体的に説明し、妊婦側に経腟分娩を受け入れるかどうか判断する機会を与える義務があるとしています(最高裁平成17年9月8日判決)。「異常があればすぐ帝王切開に移れる」とだけ説明して誤解を与えた場合は、説明義務を尽くしたとはいえません。
帝王切開へ移る時期について:吸引・鉗子分娩から帝王切開へ切り替える時期は、胎児心拍数の異常や低酸素の有無、子宮口の開大や児頭の下降、吸引・鉗子で短時間に安全に娩出できる見込み、そして帝王切開の準備状況を総合して判断されます。急いでお産を終える必要があると判断した時点で帝王切開の準備を並行して進め、困難ならすぐ移れる体制(ダブルセットアップ)を整えていたか、という点も問われます。一律の時間や回数だけで決まるものではありません。
因果関係・補償制度と損害
過失が疑われる場合でも、因果関係(適切に対応していれば結果を避けられたか)が争点になります。適切な医療で結果を避けられたことが高い確からしさ(高度の蓋然性)で認められれば、発生した損害の賠償が認められます。仮に、それが認められなかったとしても、適切な医療で救えた「相当程度の可能性」があったといえるときには、その限度で損害賠償が認められることがあります(最高裁平成12年9月22日判決)。
結果によって、使える救済の道が異なります。頭蓋内出血などで赤ちゃんに重度の脳性麻痺(身体障害者手帳1・2級相当)が残った場合は産科医療補償制度の対象になりうる一方、脳性麻痺に至らずに赤ちゃんが亡くなった場合や、生後6か月未満で亡くなった場合は同制度の対象外で、損害賠償が主な救済手段になります。なお、補償を受けても損害賠償を請求できなくなるわけではありませんが、分娩機関が賠償責任を負う場合は補償金が損害賠償金に充当され、両方を重複して受け取ることはできません。補償金と損害賠償の関係は脳性麻痺と産科医療補償制度の記事、亡くなった場合の損害は医療事故で死亡したときの記事もあわせてご覧ください。
立証と、まずすべきこと
器械分娩の事案では、いつ・どの条件で・何回・何分にわたり牽引し、娩出後にどう観察したかを、記録に基づいて検討することが出発点です。
カルテ、分娩経過の記録、CTG(胎児心拍数モニタリング)、看護・助産記録、新生児の記録は、器械分娩の適応・手技と娩出後の対応を検証する中心的な資料です。産科は小規模な医院も多く、記録の内容で結論が左右されます。記録の改ざん・隠匿のおそれなど、後で証拠として使うことが困難になる事情がある場合には、裁判所を通じて記録を保全する「証拠保全」(民事訴訟法234条)を検討します。手順は証拠収集・カルテ開示の記事にまとめています。
器械分娩の適応、児頭の位置(適位だったか)、牽引の回数・時間、クリステレルの有無、鉗子・帝王切開への切り替えの判断、娩出後の観察と対応を、記録から突き合わせます。
確保した記録を、産科・小児科にくわしい協力医とともに精査し、適応・手技・娩出後の管理が適切だったか、適切に対応していれば結果を避けられたか(因果関係)を検討します。手技の過失は、「本来どのような手技をとるべきだったか」を当時のガイドラインや標準的な医学文献で示し、それが行われなかったこと・行っていれば結果を避けられたことを、協力医の意見とあわせて具体的に立証していきます。
器械分娩は「お産を助けるための処置で避けられなかった」と説明されがちです。しかし、分娨記録をたどると、適応や実施条件を満たしていたか、牽引の時間・回数が目安を超えていなかったか、娨出後の頭の出血への対応が遅れていなかったか、といった点が見えてくることがあります。とくに帽状腱膜下血腫は、早く気づけば救えることもある重篤な合併症です。産科は記録の内容で結論が大きく変わるため、記録の保全が必要な事情があるときは証拠保全(民事訴訟法234条)も含めて記録の確保を検討します。当事務所には元裁判官の弁護士が在籍し、看護を学んだ協力弁護士とも連携して、記録から過失と因果をどう組み立てるかの見立てをお伝えできます。
よくある質問(FAQ)
吸引・鉗子で生まれた赤ちゃんに障害が残りました。賠償を請求できますか?
器械分娩をしたこと自体では過失になりません。適応や実施条件を満たさない実施、牽引時間・回数の超過、過度の牽引、娩出後の観察・対応の遅れといった注意義務違反があり、適切に対応していれば結果を避けられたといえる場合には、損害賠償が認められることがあります。
帽状腱膜下血腫とは何ですか?
頭皮の下の広い空間に出血が広がる合併症です。大量の出血につながり、重症化すると命に関わることもある重篤な合併症で、吸引分娩などのあとに起こることがあります。娨出後の早期発見と対応が重要です。
どんな場合に医療機関の過失が問われますか?
主に、①赤ちゃんの頭が十分に下がっていない(適位でない)のに実施した、児頭の位置を確かめなかった場合、②吸引の総牽引時間20分・回数5回の目安を超えて固執し切り替えが遅れた場合、③過度の牽引やクリステレルの不適切な併用、④娩出後の帽状腱膜下血腫・頭蓋内出血への対応の遅れ、⑤リスクの説明不足です。
吸引を何回もされました。問題ないのですか?
産婦人科の診療ガイドラインでは、吸引の総牽引時間が20分、または総牽引回数が5回(すべり抜けを含む)に達しても生まれないときは、鉗子分娩または帝王切開に切り替えることとされています。これを大きく超えて吸引に固執した場合には、過失が問題になることがあります。
「処置は適切だった」と言われています。あきらめるべきですか?
あきらめる必要はありません。分娩記録から、適応や児頭の位置、牽引の回数・時間、娩出後の観察などを協力医とともに精査すると、問題点が見えてくることがあります。まずは記録を確保して検討することが大切です。
赤ちゃんが亡くなった場合、産科医療補償制度は使えますか?
産科医療補償制度は、重度の脳性麻痺(身体障害者手帳1・2級相当)が残った赤ちゃんを対象とする制度です。生後6か月未満で亡くなった場合は補償の対象外とされています。そのため、帽状腱膜下血腫などで脳性麻痺に至らずに亡くなったケースや、生後6か月未満で亡くなったケースでは、損害賠償が主な救済手段になります。頭蓋内出血などで重度の脳性麻痺が残った場合は、補償制度の対象になりうるほか、過失があれば損害賠償も請求できます。
まず何をすればよいですか?
カルテ・分娩記録・CTG・新生児の記録が失われたり書き換えられたりしないうちに確保することが重要です。記録の改ざん・隠匿のおそれなど、後で証拠として使うことが困難になる事情があれば、証拠保全(民事訴訟法234条)も検討します。時効もあるため、早めに弁護士へご相談ください。
相談のとき、何を準備すればよいですか?
お手元にある母子健康手帳、退院時の説明書面、診療明細、ご記憶にある経過のメモなどがあると役立ちます。記録がそろっていなくても、まずはご相談ください。必要な記録の確保からお手伝いします。
吸引分娩・鉗子分娩の事故でお悩みの方へ
「処置は適切だった」と言われても、分娩記録やCTGは客観的な証拠として検証できます。とくに帽状腱膜下血腫は、対応の遅れが結果を左右する重篤な合併症です。初回無料で、過失の可能性と見通しをお伝えします。大阪・なんばの弁護士が、お電話・メール・LINEで承ります。
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監修:難波みなみ法律事務所 代表弁護士 南 宜孝(大阪弁護士会・登録番号 49544/中小企業診断士)。大阪市中央区西心斎橋2-4-3 難波御堂筋ビル403。初回相談30分無料。本記事は一般的な解説であり、個別の事案の結論を保証するものではありません。適応・手技の適否や医療水準の評価、因果関係の判断は、個別の事情により異なります。






