Q. 転送・転院が遅れたら、損害賠償できますか?
その医師が、自院では適切に対処できない重大で緊急性のある病気の可能性が高いと認識でき(認識すべきで)、適切な医療機関へ転送すべきだったのに怠り、それによって救命や後遺症の回避ができなかったといえる場合には、損害賠償が認められます。
Q. 開業医に高度な治療までは求められないのでは?
そのとおりです。求められるのは高度な専門治療そのものではなく、「自院では対応できない可能性が高い」と気づいたときに、対応できる病院へ確実につなぐ判断です。病名を特定できていなくても、転送義務が問題になります。
Q. まず何をすべきですか?
カルテ・経過記録・検査結果・紹介状(診療情報提供書)の有無を確保することが最優先です。時効もあります。早めに弁護士へご相談ください。
「かかりつけ医にかかっていたのに、大きな病院へ紹介してもらえず手遅れになった」「症状が悪化していたのに、いつまでも同じ医院で様子を見られていた」――こうした転送・転院(転医)の遅れは、医療過誤の重要な類型のひとつです。この記事では、医師が患者を適切な医療機関へ転送すべき義務(転送義務・転医義務)がどのような場面で問題になるのか、どこまでが求められるのか、そして誰が責任を負うのかを、患者側の立場から弁護士が解説します。診断そのものの誤りについては誤診・がんの見落としの記事を、検査結果の見落としについては検査・検査結果の見落としの記事もあわせてご覧ください。
転送義務・転医義務とは
転送義務(転医義務)とは、医師が、自院の設備や専門では適切に対処できない病気の可能性があるときに、それに適切に対処できる医療機関へ患者を転送・紹介すべき義務をいいます。とくに、かかりつけの開業医や一次医療機関(クリニック・診療所)で問題になります。悪い結果が生じたことだけで当然に過誤になるわけではなく、損害賠償が認められるには、転送に関する注意義務の違反(過失)と、それによって被害が生じたこと(因果関係)が必要です。
転送義務は、大きく2つの場面に分けて整理されます。ひとつは、病名の見当がついた後に、その治療が自院では難しいために専門の医療機関へ移すべき場合(確定診断後の転送)で、裁判では転送の時期の遅れや転送先の選び方が争われます。もうひとつは、まだ病名がはっきりしないものの、高度な検査・治療を要する病気が疑われる場合(確定診断前の転送)で、この記事でとくに問題にする「診断がつかないうちの転送」はこちらにあたります。
転送義務が問題になる場面
転送の遅れは、大きく次の3つの場面で問題になります。
| 場面 | 内容の例 |
|---|---|
| ① 自院で対応できない | 自院の設備・専門では対応できない重篤・緊急の疾患(急性脳症、脳卒中、心筋梗塞、重症の感染症など)が疑われるのに、自院で抱え込んで専門機関へつながなかった。 |
| ② 悪化・急変を放置 | 症状が悪化・急変しているのに、漫然と同じ医院で経過を見続け、高次の医療機関へ移すのが遅れた。 |
| ③ 異常所見を放置 | 検査で異常な所見が出ているのに、専門的な精査・治療ができる医療機関へ紹介しなかった。 |
②は診断後の経過を見る義務(経過観察義務)、③は検査結果の見落としと重なります。いずれも「自院では適切に対処できない」という状況をどう評価するかが出発点になります。
どこまで求められるのか(判断基準)
開業医や一次医療機関に、大学病院のような高度で専門的な治療そのものを行うことは求められません。求められるのは、「自院では適切に対処できない可能性が高い」と気づける状況で、対応できる医療機関へ確実につなぐ判断です。
裁判では、医師が、その病名までは特定できないとしても、自院では検査・治療の面で適切に対処できない重大で緊急性のある病気にかかっている可能性が高いことを認識できたときは、これに適切に対処し得る医療機関へ転送すべき義務を負うと判断されています(最高裁判所 平成15年11月11日判決)。つまり、「確定診断がつかなかった」ことは、転送しなかったことの言い訳にはなりません。むしろ、はっきりしないからこそ、より適切に検査・治療できる医療機関へつなぐべきだった、と評価されることがあります。
もっとも、どこまでを転送すべきかの線引きは一律ではありません。夜間・休日やへき地といった時間的・地理的な制約や、かかりつけ医が担うプライマリ・ケアという役割も踏まえて判断され、専門外の診療にどこまでの水準を求めるかについては裁判例の判断も分かれています。だからこそ、その時々の記録と個別の事情を踏まえた検討が欠かせません。
「診断がつかなかったから様子を見た」は、危うい。重い症状や急変があるのに、確定診断がつかないまま自院で経過観察を続けたケースは、転送義務違反が問われやすい類型です。カルテに症状の重さや悪化が記録されていないか、確認する価値があります。
過失と因果関係
転送義務違反は、「すべき転送をしなかった」という不作為が問題になります。そのため、適時に転送していれば、より適切な検査・治療を受けられ、救命できた・後遺症を避けられた(または軽くできた)といえるかという因果関係が争点になります。どの時点で転送すべきだったのか(転送すべき義務が生じた時点)を見きわめ、その時点で転送していれば結果が変わったといえるかを、診療記録に基づいて検討していきます。
仮に救命まで確実とはいえない場合でも、適切な時期に転送・治療されていれば生存していた、あるいは重い後遺症が残らなかったといえる「相当程度の可能性」が失われたとして、慰謝料が認められることがあります。因果関係の考え方や慰謝料の相場は、誤診・がんの見落としの記事と慰謝料相場の記事で解説しています。
誰が責任を負うのか
転送の遅れでは、最初に診た開業医や一次医療機関の医師が問題になり、勤務先の病院・診療所も使用者として責任を負います。また、紹介を受けた側の医療機関が、緊急性を正しく引き継がずに対応が遅れた場合には、その受入れ側の責任も問題になり得ます。複数の医療機関が関わるケースでは、どの段階で何を怠ったのかを、時系列に沿って切り分けていくことになります。
立証と、まずすべきこと
転送義務違反は、診療の記録から明らかになります。まずは記録を確保することが出発点です。
カルテ、経過記録、検査結果、バイタル(体温・血圧・脈拍など)の推移、紹介状(診療情報提供書)の有無や時期を、カルテ開示を請求して入手します。とくに、症状がいつ悪化し、いつ転送されたのか(あるいはされなかったのか)の時系列が重要です。手順は証拠収集・カルテ開示の記事にまとめています。改変のおそれがあるときは証拠保全を検討します。
入手した記録を、同じ分野の協力医とともに精査し、どの時点で「自院では対応できない可能性が高い」と判断すべきだったのか(転送義務の発生時点)、その時点で転送していれば結果を避けられたか(因果関係)を検討します。過失と因果の立証の考え方は、手術ミスの記事もあわせてご覧ください。
転送の遅れは、「確定診断がつかなかった」という説明の陰で見過ごされがちですが、記録をていねいに追うと、症状の重さや悪化のサインが残っていることが少なくありません。大切なのは、結果を知ってから振り返るのではなく、その時々の記録から「その時点で転送すべきだったか」を評価することです。当事務所には元裁判官の弁護士が在籍し、記録から過失をどう組み立てるかの見立てもお伝えできます。
よくある質問(FAQ)
転送・転院が遅れれば、必ず損害賠償できますか?
いいえ。医師が、自院では適切に対処できない病気の可能性が高いと認識でき(認識すべきで)、適切な医療機関へ転送すべきだったのに怠ったこと(過失)と、適時に転送していれば結果を避けられたこと(因果関係)を立証できて、はじめて損害賠償が認められます。悪い結果が出たことだけでは足りません。
開業医に、大きな病院と同じ高度な治療まで求められるのですか?
いいえ。開業医や一次医療機関に、高度で専門的な治療そのものを行うことは求められません。求められるのは、「自院では適切に対処できない可能性が高い」と気づける状況で、対応できる医療機関へ確実につなぐ判断です。転送義務は、この「つなぐ判断」を怠った点を問うものです。
確定診断がついていなくても、転送しなかったことが問題になりますか?
なる場合があります。裁判では、病名までは特定できないとしても、自院では適切に対処できない重大で緊急性のある病気の可能性が高いことを認識できたときは、適切に対処し得る医療機関へ転送すべき義務を負うとされています(最高裁判所 平成15年11月11日判決)。「診断がつかなかったから様子を見た」という説明は、かえって転送すべきだったと評価されることがあります。
「転送しても助からなかった」と言われました。あきらめるしかないですか?
あきらめる必要はありません。適時に転送していれば結果を避けられたかを、記録に基づいて医学的に検討します。仮に救命まで確実とはいえない場合でも、適切な時期に転送・治療されていれば生存していた、あるいは重い後遺症が残らなかったといえる「相当程度の可能性」が失われたとして、慰謝料が認められることがあります。
転送の遅れの責任は、誰が負いますか?
最初に診た開業医や一次医療機関の医師が問題になり、勤務先の病院・診療所も使用者として責任を負います。紹介を受けた側の医療機関が緊急性を正しく引き継がず対応が遅れた場合には、受入れ側の責任も問題になり得ます。複数の医療機関が関わるときは、どの段階で何を怠ったのかを時系列で切り分けます。
転送すべきだったことを、どう証明するのですか?
カルテ、経過記録、検査結果、バイタルの推移、紹介状(診療情報提供書)の有無や時期が重要です。症状がいつ悪化し、いつ転送されたのか(されなかったのか)の時系列を確保し、協力医とともに「どの時点で転送すべきだったか(転送義務の発生時点)」を検討します。これらはカルテ開示や証拠保全で確保します。
誤診や検査の見落としと、どう違うのですか?
重なる部分があります。誤診は診断そのものの誤り、検査の見落としは検査結果を活かせなかったこと、転送義務違反は「自院では対応できないのに適切な医療機関へつながなかったこと」に着目します。ひとつの事案で複数が同時に問題になることも多く、それぞれの記事もあわせてご覧ください。
転送の遅れを疑ったら、まず何をすべきですか?
カルテ・経過記録・検査結果・紹介状が失われたり書き換えられたりしないうちに、カルテ開示や証拠保全を検討して確保することが最優先です。時効もあるため、早めに弁護士へご相談ください。
転送・転院の遅れが疑われる方へ
「確定診断がつかないまま様子を見られていた」ケースは、記録から転送義務違反を検討できる分野です。まずはカルテと経過記録の確保が第一歩です。初回無料で、過失の可能性と見通しをお伝えします。大阪・なんばの弁護士が、お電話・メール・LINEで承ります。
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監修:難波みなみ法律事務所 代表弁護士 南 宜孝(大阪弁護士会・登録番号 49544/中小企業診断士)。大阪市中央区西心斎橋2-4-3 難波御堂筋ビル403。初回相談30分無料。本記事は一般的な解説であり、個別の事案の結論を保証するものではありません。





