交通事故の損害賠償には時効があります。「忙しくて後回しにしていた」「相手の保険会社と話していたら何年も経っていた」——そうしているうちに、請求できる権利が消えてしまうことがあります。
やっかいなのは、どこに請求するかで時効の期間や数え方が違うことです。この記事では、交通事故の時効を、大阪の被害者側の弁護士が請求先ごとに整理し、時効を止める方法まで説明します。
結論から
Q. 交通事故の損害賠償は、いつまでに請求すればよいですか。
請求先で期間が違います。加害者本人や任意保険会社への損害賠償請求は、「損害と加害者を知った時」から、ケガなど人身の損害は原則5年、物(車など)の損害は3年です(民法724条・724条の2)。自賠責保険への被害者請求は3年です(自賠法16条1項・19条)。これとは別に、不法行為の時から20年という上限もあります(民法724条2号)。
Q. いつから数え始めますか。
原則は「損害と加害者を知った時」です。ケガ(傷害)の損害は、治療が終わった時(後遺障害が残ったときはその症状固定の時)から数えるとする裁判例が多くなっています。治療中は損害の全体が分からず請求できないためで、事故の時から数えるという考え方もあります。物損は事故の時が起算点です。
Q. 期限が近いとき、止める方法はありますか。
あります。もっとも確実なのは裁判を起こすことです。ほかにも、内容証明で請求する(催告=6か月の猶予)、書面で「協議を行う旨の合意」をする、相手に債務を認めてもらう(承認)といった方法があります。ただし口頭の交渉だけでは時効は止まりません。
請求先・損害の種類ごとの時効期間
交通事故でお金を請求する相手は、大きく①加害者本人・任意保険会社と②自賠責保険に分かれます。時効の期間と根拠を一覧にすると、次のとおりです。
| 請求先・対象 | 期間 | 根拠 |
|---|---|---|
| 加害者・任意保険 (人身の損害) |
原則5年 | 民法724条・724条の2 |
| 加害者・任意保険 (物の損害) |
3年 | 民法724条 |
| 共通の上限 (不法行為の時から) |
20年 | 民法724条2号 |
| 自賠責への被害者請求 (人身の損害) |
3年 | 自賠法16条1項・19条 |
まず切り分け:「加害者への請求」と「自賠責への請求」は別の時効
交通事故の時効でいちばん誤解されやすいのが、この2つを一緒に考えてしまうことです。
加害者本人や任意保険会社に対する損害賠償請求権(民法のルール)と、自賠責保険への被害者請求権(自賠法16条1項の権利)は、別個の権利です。期間も数え方も別々に進みます。
ここが実務で致命傷になりやすいところです。加害者を相手に損害賠償の裁判を起こしても、それだけでは自賠責への被害者請求権(3年)の時効は当然には止まりません。逆に、自賠責へ被害者請求をしても、加害者に対する損害賠償請求権の時効は止まりません。「訴訟をしているから大丈夫」と思っているうちに、自賠責への請求権だけが先に消えてしまう、ということが起こり得ます。相手に賠償できるだけの資力がないときほど、この差が効いてきます。
自賠責への被害者請求の期間・起算点・一括対応中の扱いについては、自賠責の被害者請求とは(必要書類13点と3年の期限)でくわしく説明しています。
いつから数えるか(起算点)
民法の時効(加害者・任意保険への請求)は、原則として「被害者が損害と加害者を知った時」から数えます(主観的起算点)。ここでいう「知った時」は、裁判例上、加害者に賠償を求めることが事実上できる程度に、損害の発生と加害者を現実に知った時を指すと理解されています。もっとも、損害の種類によって、いつを起算点とみるかの扱いが異なります。
| 損害の種類 | 起算点(実務上の扱い) |
|---|---|
| 傷害(ケガ)の損害 | 治療が終わった時(後遺障害が残れば症状固定の時)から数える裁判例が多い |
| 後遺障害の損害 | 症状固定の時とされることが多い |
| 死亡の損害 | 死亡の時 |
| 物(車など)の損害 | 事故の時 |
ケガ(傷害)の損害の起算点は、考え方が分かれてきた論点です。事故の時には受傷も相手も分かるため事故の時から数えるという考え方がある一方、治療が続いている間は治療費・休業損害・慰謝料といった損害の全体が確定せず、請求できる状態にないという理由から、治療が終わった時(後遺障害が残ったときはその症状固定の時)から数えるという考え方があります。近年の交通事故の裁判実務では、人身の損害をひとまとまりのものととらえ、後遺障害が残らなければ治療終了の時、残れば症状固定の時から、傷害分を含む全体の時効が進むとする裁判例が多いと紹介されています(大阪地判令和2年9月2日など)。最高裁で一つに定まったわけではなく、損害の内容や治療経過によって判断されるため、迷ったら早めに確認してください。
後遺障害は、事故から時間がたって症状が固定し、等級が決まってはじめて損害の全体が分かります。そのため、後遺障害分の損害については、裁判例上、医師から症状固定の診断を受けた時が基本的な起算点とされています。損害の全体を現実に認識できるのが通常その時だからです(高松高判平成27年7月23日など)。自賠責の後遺障害等級が何級に認定されたか、という結果によって起算点が変わるものではないとされています。いつを起算点とみるかは損害の内容や認識した時期によって判断が分かれることがあるため、迷ったら早めに確認してください。症状固定がいつかは、時効の起算点にも関わる重要なポイントです。
なお、「損害と加害者を知った時」から数える3年・5年とは別に、不法行為の時から20年という上限があります(民法724条2号)。これは加害者が分からなくても進んでいきます。ひき逃げなどで加害者が分からないケースでは、3年・5年の時効は加害者が判明するまで進みませんが、20年の上限は事故の時から進んでいる、という関係になります。
また、同じ事故でケガ(人身)と車の損害(物損)の両方が生じた場合でも、車の損害についての時効は、その車の損害を知った時から別に進むとした最高裁の判断があります(最判令和3年11月2日)。人身の5年が物損にそのまま及ぶわけではなく、物損は物損として3年で管理する必要があります。
時効を止める・延ばす方法
時効が完成しそうなときは、進行を止めたり、完成を先延ばしにしたりする手段があります。2020年の民法改正で、これらは「更新」(期間がリセットされて振り出しに戻る)と「完成猶予」(一定期間は時効が完成しない)として整理されました。代表的なものは次の3つです。
このほか、相手(加害者や保険会社)が債務を認めると、時効は更新されます(承認=民法152条)。一部でも賠償金を支払う、支払いの猶予を申し入れる、といった行為が承認にあたることがあります。裁判例には、加害者側の弁護士が後遺障害の等級を問い合わせた行為を、賠償金を支払う意思を前提としたものとして黙示の承認と認めたものもあります(名古屋地判平成26年3月12日)。もっとも、債務があるかどうかがはっきりしない段階で、単に交渉を申し入れただけでは承認にはあたらないとした裁判例もあり(東京地判平成31年4月26日)、承認といえるかは行為の中身によります。
自賠責には独自の「時効更新の承認」がある
ここまでは主に民法(加害者・任意保険への請求)の話でしたが、自賠責保険への被害者請求(3年)には、自賠責独自の時効の止め方があります。代表的なのが「時効更新の承認」です。時効が満了する前に、自賠責保険会社へ時効更新申請書を提出して承認を受ければ、その承認日の翌日から、新たに3年の時効が進み始めます。申請理由は、治療中・資料の取り付け中・示談交渉中・訴訟中などです。申請書は異議申立書とは別の書面で、提出しただけでなく承認を受けた日を確認しておくことが大切です。
注意したいのは、自賠責への手続(被害者請求・異議申立て・時効更新の承認)は、加害者本人や任意保険会社に対する損害賠償請求権の時効には当然には及ばないという点です。自賠責と加害者は別個の権利・別の相手ですから、自賠責側で承認を受けても、加害者側の時効は別に管理しなければなりません。逆もまた同じです。
気をつけたい誤解
「交渉中だから時効は来ない」——これは誤りです。示談交渉をしている間も、時効は進み続けます。交渉が長引いているときほど、残り期間を意識してください。
「一括対応をしてもらっているから安心」——注意が必要です。保険会社が治療費などを立て替える一括対応をしている間は、自賠責への被害者請求権(3年)の時効は進まないとされています(一括払いが解除された時点から進み始めます)。しかし、これは自賠責側の話で、加害者・任意保険への損害賠償請求権の時効は別に進んでいることがあります。一括対応=すべての時効が止まる、ではありません。
「裁判をすればすべて止まる」——片方だけのことがあります。前述のとおり、加害者への損害賠償請求と自賠責への被害者請求は別個の権利です。しかも、裁判上の請求などによる時効の完成猶予・更新の効力は、原則としてその手続の当事者どうしの間にしか及びません(民法153条)。加害者を相手に訴えても、それだけで自賠責への請求権の時効は止まらない、という関係です。どちらも必要なときは、両方について手を打つ必要があります。
「もう時効かもしれない」と不安なときこそ、早めの確認が大切です。残り期間の見立てから、止める手続き、請求の進め方まで、大阪市・なんば・心斎橋の難波みなみ法律事務所でご相談を承ります。初回相談は30分無料、LINE・Zoom相談や土日祝・夜間にも対応しています。
よくある質問
交通事故の時効は何年ですか。
請求先で違います。加害者本人や任意保険会社への損害賠償請求は、損害と加害者を知った時から、ケガなど人身の損害は原則5年、物の損害は3年です(民法724条・724条の2)。自賠責保険への被害者請求は3年です(自賠法16条1項・19条)。別に、不法行為の時から20年という上限もあります。
人身の時効が5年になったのはいつからですか。
2020年4月1日に施行された民法724条の2によって、人の生命・身体を害する不法行為の時効が3年から5年に延ばされました。物の損害(物損)はこの延長の対象外で、3年のままです。施行日より前の古い事故で、施行の時点ですでに3年が過ぎていたものは3年のことがあるため、古い事故は個別の確認が必要です。
時効はいつから数え始めますか。
原則は損害と加害者を知った時からです。ケガ(傷害)の損害は、治療が終わった時(後遺障害が残れば症状固定の時)から数えるとする裁判例が多くなっています。治療中は損害の全体が分からず請求できないためで、事故の時から数えるという考え方もあります。死亡の損害は死亡の時、物の損害は事故の時が起算点です。なお、自賠責への被害者請求では傷害は事故発生日を基準に3年とされ、民法の加害者請求とは扱いが異なり得ます。
後遺障害の時効はいつから数えますか。
後遺障害の損害については、実務上、症状固定の時を起算点として扱われることが多いとされています。症状が固定して等級が決まってはじめて損害の全体が分かるためです。いつを起算点とみるかは事案で判断が分かれることがあるため、早めに確認してください。
保険会社と交渉している間は時効は止まりますか。
口頭の交渉だけでは止まりません。時効の完成を猶予するには、書面での「協議を行う旨の合意」(民法151条)や、内容証明による催告(6か月の猶予。民法150条)などの手続きが必要です。確実に止めるには裁判を起こすことです。
時効を確実に止めるにはどうすればよいですか。
もっとも確実なのは裁判を起こすことです(裁判上の請求。民法147条)。訴えを起こすと時効の完成が猶予され、判決が確定すれば時効は更新されて数え直しになります。期限が近いときは、内容証明による催告で6か月つなぎつつ、提訴の準備に入るのが安全です。
後遺障害の異議申立て中は、時効は止まりますか。
止まりません。異議申立てをしたこと・審査中であること自体には、時効の完成を止める効力はないとされています。自賠責への請求権(3年)の時効が近いときは、異議申立てとは別に、満了前に自賠責保険会社へ時効更新申請書を提出し、承認を受けておく必要があります。承認を受ければ、その承認日の翌日から新たに3年が進みます。
相手がひき逃げで分かりません。時効はどうなりますか。
損害と加害者を知った時から数える3年・5年の時効は、加害者が判明するまで進みません。ただし、不法行為の時から20年という上限は事故の時から進みます。加害者不明のときは、政府保障事業への請求という別の制度もあるため、早めにご相談ください。
時効が過ぎてしまったら、もう請求できませんか。
時効期間が過ぎても、相手が時効を主張(援用)しなければ請求できる場合があります。また、起算点の考え方や、時効が更新・猶予されていた事情によって、まだ請求できることもあります。あきらめる前に、知った時期や手続きの経過を弁護士にご確認ください。
本記事は一般的な解説です。時効の期間・起算点や、時効を止める手続きは、事故の種類・損害の内容・請求先によって異なり、古い事故には改正前のルールが関わることもあります。具体的な事案は弁護士にご相談ください。






